[聞く2018]混迷の世界「平和に不可欠な正義」(読売新聞)

 

(2018年1月9日 読売新聞朝刊)

旧ユーゴ国際戦犯法廷首席検察官 セルジュ・ブラメルツ氏 55

Serge Brammertz ベルギー東部オイペン生まれ。同国検察官を経て2003年、国際刑事裁判所(ICC)の次席検察官に就任し、スーダン西部ダルフール紛争で起きた住民虐殺などの捜査を指揮した。08年に旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)の首席検察官となり、ICTYが活動を終える17年末まで務めた。

訴追に実績 遺産多く/国際協力 大きく後退

 1990年代前半にオランダ・ハーグに設置された旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)への期待値は大変低いものだった。欧州では40年代のニュルンベルク裁判以来の国際戦犯法廷であったし、旧ユーゴの紛争に絡んだセルビアやクロアチア、ボスニアといった関係国から捜査協力を得られる見込みもなかったからだ。

 そんな中、我々は国際社会の協力を得て、最終的に計161人を起訴し、90件の有罪判決を勝ち取った。ニュルンベルク裁判以降、2002年に設置された国際刑事裁判所(ICC)、シエラレオネ内戦やカンボジアのポル・ポト政権下で行われた虐殺を裁く特別法廷などでの訴追件数を全て足しても、ICTYの訴追実績には届かない。

 法律学の見地からも、我々は大きく貢献できたと考えている。紛争に絡む性犯罪について、例えば民族浄化を目的に「奨励」されたレイプなど、特定の状況で行われた場合は「戦争における武器の使用と同等だ」と裁判官も認定した。

 また、予見可能性がありながら、部下の兵士による犯罪を防がなかった司令官の責任についても裁くことができた。捜査の進め方を含め、多くのレガシー(遺産)を残せたと思っている。

 ICTYは国連安全保障理事会の決議によって創設され、国連加盟国は協力する義務を負っている。これが他の特別法廷との最大の違いだ。

  機能不全

 ただ今日、こうした国際協力の余地は大きく後退し、国際協調主義は挑戦を受けている。自国第一主義を掲げる米国だけでなく、国粋主義的な傾向は、世界のどこにでも見受けられるようになってきている。

 個人としても、国連の検察官としても、そんな現状が残念でならない。

 シリアの状況が象徴的だ。内戦の終結に向け国連安保理は、アサド政権による説明責任の追及に向けた決定を得ることができず、機能不全に陥っている。

  指導者の責任 

 「平和」と「正義」。私は両方とも等しく重要で、恒久平和が成り立つためには、正義が不可欠だと考える。紛争に関して誰もが等しく法の裁きの対象となり、世界のどんな指導者であれ、説明責任を負う。そのように正義が確保されてこそ、憎しみと報復の連鎖が断ち切られ、真の平和が訪れる。正義がなければ、遅かれ早かれ憎しみと報復により平和が損なわれる。

 過去の紛争や内戦で最も冷酷に振る舞っていた指導者が解決に向けた交渉のテーブルに座り、自らの責任を逃れる形で紛争が終結したとして、その状態を平和と言えるだろうか。

 ICTYやICCの設立は、正義や説明責任がおろそかにされる状況に終止符を打つ画期的な前進だと思った。世界の誰もが等しく法の裁きの対象となる、そんなグローバルな司法制度に移行するものと期待していた。

 だが今日、人々は紛争解決に際し、平和と正義を平等に重視しているだろうか。少なくとも私には、確信が持てなくなっている。

 国際協調主義が揺らぐ中で、正義の確保に向けた取り組みは数年前に比べ、より大きな危機に直面している。(聞き手・ブリュッセル支局 横堀裕也、写真も)

  ◆旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷 =旧ユーゴ連邦の崩壊を機に起きた内戦に関連し1991年以降に起きた虐殺や拷問など、人道上、重大な違反行為を裁くため、93年に国連として初めて、安全保障理事会決議で設置された国際戦争犯罪法廷。ユーゴ元大統領ミロシェビッチ被告や、セルビア系の元指導者カラジッチ被告ら計161人がジェノサイド(集団虐殺)の罪などで起訴され、90人が有罪判決を受けた。法廷は2017年末で活動を終え、上訴審などは国連の別の機関に引き継がれた。

記者の目・シリア内戦 責任追及を

 六つの共和国で構成された旧ユーゴの解体を巡る紛争は、異なる民族や宗教が絡む複雑なものであっただけに、終結後の和解は今でも大きな課題だ。「恒久平和に、正義は不可欠だ」。紛争の被害者たちと数多くの面会を重ねてきたブラメルツ氏の言葉には、重みがあった。 同氏が憂慮したシリア内戦を巡っては、アサド政権を支持するロシアが和平協議で主導権確保を狙っている。仮にアサド氏の責任が追及されない形で幕引きが図られたらどうなるか。ブラメルツ氏の警告を真剣に受け止める必要がある。(横堀)

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2018年1月9日