[想う2018]豊かな「高原」歩める時代に…社会学者 見田宗介さん 80 (読売新聞)

 

(2018年1月25日 読売新聞朝刊)

近代化の坂 懸命に上った明治/上り終え 幸福探る平成

  今年は平成30年と明治維新150周年という二つの節目が重なる年だ。日本を代表する社会学者で東大名誉教授の見田宗介さんに、維新を出発点とする近代日本の歩みと、終幕を迎えている平成時代についてのおもいを語ってもらった。(編集委員 鶴原徹也)

明るく治める

 明治という年号は幼い天皇がクジ引きで選んだとされますが、結果的に時代を象徴しました。「明」には文明開化の意志、「治」にはきちんと治めようという意志が表れています。

 維新は初め、疑いの目で見られていました。こんな狂歌が流行します。

 「上からは明治だなどというけれど、治まるめえと下からは読む」

 明治20年(1887年)を過ぎて、市町村制・帝国憲法・帝国議会ができて、ようやく民衆が政府に従うようになるのです。

 文明開化の中身は富国強兵です。それで日本は近代化し、発展してゆく。

 近代化を担ったのは農村の次男、三男たちです。あの頃、国民の8割以上が農民でした。農地は小さく、相続するのは長男ひとり。次男、三男はあぶれ、結婚もできずに、長男の継いだ家に住ませてもらう。そんな運命だったのが、維新で道が開ける。東京、横浜、大阪に出れば働き口がある。重工業の労働者や工員になり、一家の主になれる、大変な好機でした。次男、三男のパワーが近代化を支えたのです。農村の娘たちは過酷な労働環境下、紡績などの軽工業を担います。

 明治の精神はまさに「坂の上の雲」です。

 〈「坂の上の雲」は司馬遼太郎(1923~96年)の小説。先進諸国を追いかけて富国強兵にひた走る明治の日本を描く〉

 人々は坂の上の雲を目指して懸命に上ったのです。

2段式

 富国強兵は昭和20年(1945年)の敗戦で頓挫します。明治からの歴史を敗戦の前と後に分けて「戦前と戦後」という言い方が一般的ですが、ここでは明治・大正・昭和を一貫したものとしてとらえてみます。近代化の真の目標は富国でした。強兵は列強による植民地化を免れるために必要でしたが、無理をしてやり過ぎ、米国などにガツンとたたかれ、敗戦で断念させられます。これが時代状況にもかない、富国が勢いを得ることになる。20世紀半ば以降、資本主義が新しいものへと変わるからです。

 20世紀前半までの資本主義は10年ごとに恐慌にひんし、それを回避する方法が戦争でした。第1次大戦が1914年に勃発し、景気は回復します。大戦終了の約10年後、1929年の大恐慌が起きます。その10年後、ナチスが第2次大戦に出て、ドイツの失業者は一気に減ります。

 ところが今日、株価は戦争の危機が高まると下がり、和平の機運が増すと上がります。転機は60年代、新しい資本主義、つまり情報化消費化資本主義が出現したことです。

 典型は20世紀前半に登場した米ゼネラル・モーターズ(GM)。古い資本主義の王者、米フォード・モーターは頑丈なT型フォードを大量生産し全米を席巻しましたが、中流層に車が行き渡り、売れなくなります。GMは「自動車は見かけで売れる」と唱え、車をファッション商品に変えます。消費者は新型が出ると買い替えます。新しい資本主義はデザインや広告など情報の力で市場を無限に作り出します。けしからんと怒る人もいますが、戦争をしなくても恐慌を回避できるようになりました。

 日本はその恩恵を受けます。60年代の資本主義世界の4強は軍備費の対国内総生産(GDP)比の高い順に米国・英国・欧州共同体(欧州連合の前身)・日本ですが、その10年間の世界経済の中でのシェア(占有率)の伸びは順位が逆転し、日本が1位、米国が4位でした。

 日本の近代化は2段式ロケットでした。1段目「強兵」を敗戦で切り離したことで、かえって2段目「富国」がぐんぐん伸びた。これが戦後の高度成長です。

曲がり角

 日本経済は80年代に頂点を迎えます。バブルに沸く有頂天の時代です。

 昭和は89年に終わり、平成になる。株価は平成元年の大納会をピークに暴落します。そして「1・57ショック」です。

 〈1人の女性が生涯に産む子供の数を推計する合計特殊出生率は、平成元年調査で戦後最低の1・57を記録、少子化の実態を如実に突きつけた〉

 僕の考えでは、平成の始まりは明治維新と並ぶ、大きな歴史の曲がり角です。二つは対照的です。明治は坂を上り始めた時代、平成は坂を上り終えた時代。

 ただ、消極的にとらえる必要はありません。日本は富国を成し遂げたと考えるべきです。この先、谷底に下りるのではなく、高原を歩き続けられるようにすることが大切です。地球環境・資源に限りはありますが、無理をしなければ、今の相当豊かな生活をほぼ保つことができるはずです。

 どうやって高原の明るい見晴らしを切り開くのか、それが日本の課題です。

 NHK放送文化研究所の調査によると、20歳代で衣食住に満足している人は73年は6割でしたが、2013年は9割近い。人間の歴史でも、世界的にも高い満足度です。一方で、人生全般に満足している20歳代は13年でも3割弱。物質的には満たされているが、精神面か人間関係かリアルな生活の充実なのか、何かが欠けているのです。

 英国の哲学者バートランド・ラッセル(1872~1970年)は「幸福論」で、富者が幸福でないのであれば、全ての人を富者にすることに何の意味があるのかと問いました。まさに平成日本の問題です。これは経済成長で解決できる性質のものではなく、別次元の幸福という問題です。

 明治以来の富国は本当に最終目標だったのでしょうか。詰まるところ、人間を幸福にする手段だった。日本が貧しい頃は「豊かさイコール幸福」でした。

 日本の近代化ロケットは実は3段式だったのではないか。平成開始で2段目「富国」を切り離した次に、今度は垂直ではなく水平に飛ぶ、3段目で幸福に向かうことが必要なのです。

 みた・むねすけ  社会学者。東大名誉教授。豊かさ・消費・管理・脱産業化・情報化など様々な様相を持つ現代社会を統合的に解明した「現代社会の理論」などで知られる。真木悠介の筆名の著作でも有名。「定本 見田宗介著作集」全10巻、「定本 真木悠介著作集」全4巻など著書多数。

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リアルに飢える

 見田さんは平成の満たされない若者を語り、2008年の秋葉原無差別殺傷事件に触れた。犯人は「リア充の連中」を憎みつつ、殺すことのリアルに飢えていたとする。その点で、手首を自傷する女子を連想させるという。リストカッターとしてネットアイドルになった女子は1999年に自殺した。リアルへの飢えが内向したのが自傷、外に向かい爆発したのが秋葉原事件と見田さん。平成の病理といえよう。(鶴)

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2018年1月25日