[孤絶 家族内事件]第5部「海外の現場から」<1>埋もれたSOS<2>里親からも虐待<3>心の病<4>精神障害<5>「介護者の権利」<6>若者と同居孤立死防ぐ…(読売新聞)

 

(2018年1月15日 読売新聞朝刊連載)  幼い子どもの虐待、家族の精神障害や介護の苦悩が生んだ悲劇、地域社会から隔絶された孤立死……。最終章となる第5部では、これまで取り上げてきた問題に対する欧米諸国の取り組みと、直面する課題などを紹介する。

<1>虐待 埋もれたSOS

米で通告200万件 職員重荷

 昨年12月中旬。米カリフォルニア州パームデール市。アパートの前にある街路樹に結びつけられた靴下の飾りには、黒い文字でメッセージが書き込まれていた。「メリークリスマス、ガブリエル」。約4年半前に虐待死した男児を悼む人たちによるものだった。

 「児童保護機関の職員はなぜ、あの子を親から引き離さなかったのか」。アパートに住む自営業ファーミン・アラルコン・ジュニアさん(46)は、隣の部屋で起きた悲劇を思い返し、憤った。

 事件が起きたのは2013年5月。アパートに住んでいたガブリエル・フェルナンデス君(当時8歳)が、頭やあばらの骨が折れた状態で病院に運ばれ、亡くなった。幼少期は祖父母に育てられ、事件の半年前に母親と交際相手の男が住むアパートに移っていた。

 翌14年8月、母親と男の2人が殺人罪で起訴された後、事件は異例の展開を見せる。昨年3月、同市を管轄するロサンゼルス郡児童保護機関(日本の児童相談所に相当)の職員4人が、ガブリエル君が虐待されていたことを知りながら放置したとする児童虐待などの罪で起訴されたのだ。

 現地報道などによると、同機関には、ガブリエル君が通う小学校の教諭らから、虐待を疑う情報が60回以上寄せられたが、職員らは母親らと引き離すなどの措置を取らなかった。また、母親が「ベルトでたたいた」と認めたのに、内部の報告書に「虐待は未確認」と記載したり、体の傷をチェックする点検表を作らなかったりした疑いもあるという。

 交際相手の男に対し、同郡上級裁判所の陪審団は昨年12月、死刑が妥当との判断を下した。判決は3月に宣告される予定だ。職員らは、今後の裁判で「親子を引き離すだけの十分な証拠がなかった」などとして無罪を主張するとみられる。

 一方、地元ロサンゼルス郡は、ガブリエル君の虐待死を受け、再発防止のための有識者委員会を開き、管轄地域で近年に起きた虐待死28件について、児童保護機関の対応に問題がなかったかどうかを調査。この中で、現場の職員から「対応件数が多すぎる上、職員への支援や研修などが不十分」とする課題が報告された。

 米国では、児童保護機関に集まる虐待の通告が年間200万件を超える。近年、通告が急増している日本と比べても20倍近い。

 背景には、強制的に通告を促す制度がある。虐待を受ける子どもが多数報告されるようになった1960年代に作られ、教諭や医者など子どもと関わる専門職が通告を怠った場合には刑事罰が科されることもある。

 現在、これらの専門職による通告が全体の6割を占めるが、調査の結果、実際に虐待が確認されるのは全ての通告の2割にとどまる。

 米国の通告制度に詳しい池谷和子・長崎大准教授(45)によると、責任追及を恐れ、不確かなまま通告をする専門職もおり、担当職員は深刻な虐待事案の調査に時間を割けない状況にあるという。池谷准教授は「米国は、過剰な通告がもたらす問題の解決策を見つけられずにいる」と話す。

 同郡はガブリエル君の事件後、虐待対応の態勢強化を図り、担当職員はこの4年で約1000人増えた。

 研修も充実させ、職員がパソコンや携帯電話でマニュアルをすぐに閲覧できるようにした。同郡児童保護機関の広報担当ニール・ザンビルさん(66)は、「ガブリエル君の死を無駄にせず、今後も職員の技術を磨き続ける」と話した。

 「ガブリエルズ・ジャスティス」というグループを作り、事件の裁判を傍聴してフェイスブックで報告しているアマンダ・ネバーレズさん(41)は「虐待の傷を見逃さないため看護師を現場に同行させるなど、同じ被害を起こさない態勢を作るべきだ」と訴えている。

日本は急増 年12万件

 児童虐待問題の専門機関「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)の増沢高・研修部長の調査などでは、行政機関に寄せられる虐待通告は米国約220万件(2015年)、英国約62万件(16年)に対し、日本は12万件余(16年度)。通告に対応する職員は、人口約870万人の米国ロサンゼルス郡の約3500人(14年)に対し、日本は全国で約3100人(17年)となっている。ただ、米国や英国の通告件数が近年横ばいなのに対し、日本では通告制度の浸透により、09年度の約4万件から、16年度は3倍以上に急増している。

 

<2>里親からも虐待(2018.1.16 読売新聞朝刊)

米 増える親族委託

 虐待などで実の親と暮らせない子どもの多くが施設で育てられる日本と異なり、8割が里親に預けられている米国。その数は約42万人に上る(2015年)。

 1960年代に「施設での養育が子どもの発達に問題を与える」とする研究が公表されて以降、子どもには家庭的な環境が必要との考え方が広がり、「施設から里親へ」の流れが定着。裁判所もこれに従って子どもの預け先を決めており、里親を職業とする人も珍しくない。しかし、そんな米国でも直面する課題は多い。

 「彼女は、父親からも里親からも虐待されたのよ」

 カリフォルニア州コントラコスタ郡の児童保護機関に3年前まで勤務した女性(41)は、当時担当した幼い少女が忘れられない。

 この女性によると、両親が別居し、父親と暮らしていた少女は、父親から性的虐待を受け、その交際相手からもたばこの火を押しつけられるなどし、6歳で里親に預けられた。

 だが、数か月後に女性が少女に会うと、右のまぶたが大きく腫れていた。理由を尋ねると「里親に殴られた」と告白。少女の反抗的な態度にストレスをためていた里親が、少女の髪にシラミが付いていたのを見て激怒し、殴ったという。結局、女性は少女が母親と暮らせるよう手続きをとった。

 女性は、「過去に受けた虐待の影響で問題行動を取る子どももおり、その心情を理解できない里親は多い」と明かした。

          ◎

 サンフランシスコ市で虐待を受けた子どもの治療を行っているセラピストの内丸幸枝さん(37)が約3年にわたって関わった10歳代前半の少女も、里親の元で問題行動を繰り返した。

 少女は祖父から長年にわたって性的虐待を受けていたが、母親に話しても信じてもらえなかった。少女は虐待通告に基づいて保護された後、里親に預けられたが、門限を破って叱られ、その度に家出を繰り返した。

 次に親族の家庭に預けられたが、少女はここでも家出を繰り返し、さらには大麻やアルコールにも手を出すなど、生活は悪化。少女は結局、「これ以上、親族を困らせたくない」と自らグループホームに行くことを決めたという。

 内丸さんは「州法は、実の親から子どもを離す場合でもより家庭に近い環境におくべきだと定めており、預ける先は里親が原則」としながらも、「つらい経験をした子どものケアを学ぶなどし、心理学の専門知識を持つ里親をもっと増やす必要がある」と指摘する。

          ◎

 全米の統計では、里親に委託される子どもは、06年からの9年で約16%減っている。米スタンフォード大のマイケル・ワード名誉教授(76)は「里親の家庭になじめず問題行動を起こす子どもが少なくないことから、一部の児童保護機関には実の親と引き離す措置を避ける動きも出てきた」と話す。

 里親に預ける場合でも、他人より親族が選ばれるケースが増えており、ワード名誉教授によると、全米での里親全体に占める「親族里親」の割合は、過去25年間で5%から45%になったという。

 海外の里親制度に詳しい林浩康・日本女子大教授(56)(社会福祉学)によると、里親が親族である方が、子どもにとっても家族を失ったという喪失感が少なく、学習意欲も高くなるとの研究結果があり、米国でも重視されているという。

 ただ、一般の里親と比べて経済的に困窮している家庭が多い上に、州などから受け取る手当が一般の里親よりも少ない場合もあるといい、林教授は「親族としての義務感で里親を引き受けている人も多い」と話す。

日本 なり手育成急ぐ

 厚生労働省によると、日本で里親家庭や児童養護施設などで暮らす子ども約3万6000人のうち、里親に預けられているのは18.3%の約6500人(2016年度末)。一方、日本社会事業大社会事業研究所の報告書によると、里親委託率は、英国74%、ドイツ48%、デンマーク58%など。

 里親委託率の低い日本だが、16年の児童福祉法改正で、親と離れて暮らす場合は里親などによる家庭養育を原則とすることが明記された。さらに、同省の有識者検討会は17年、未就学児については5~7年以内に75%以上とする目標を打ち出した。なり手の育成や支援の強化が急務となる。

<3>心の病 老父の絶望…伊 在宅治療の息子銃殺

2018年1月17日 読売新聞朝刊

 「父が一瞬、狂気に駆られ、悲劇が起きてしまったんだ……」

 首都・ローマから北東に車で約3時間、イタリア半島中央部を縦貫するアペニン山脈の麓にある人口約7000人の町・カンプリ。中心部の教会に近い公園で、ガブリエーレ・ライモンドさん(42)は、自分の家族の中で起きた事件を、苦悩の表情で語り始めた。

 9年前の3月。朝の日課である祈りを終え、教会を出るとサイレンが聞こえた。「大変なことが起きた!」。約1キロ離れた自宅アパートで、76歳だった父が兄(当時37歳)を護身用の銃で殺害したことを親族から知らされた。

 地元警察幹部などによると、兄は北西に約500キロ離れたミラノ近郊で警察官をしていたが、精神疾患を発症。事件の1か月ほど前からカンプリに来て、総合病院の精神科に約2週間入院した後、両親、ライモンドさんと一緒に暮らすようになった。

 真面目でしっかり者との評判だった兄だが、発症後は橋から飛び降りようとするなどの行動が目立つようになり、家族を困惑させた。そして、父には暴言を浴びせた。

 「家族に危害を加えることを恐れた」。父はわが子の命を奪った動機を、警察にそう説明した。

          ◎

 イタリアは、在宅での精神医療や患者の支援を充実させる改革を進めてきたことで世界的に知られる。40年前に、公立の精神科専門病院の新設と新たな入院を禁じる法律をつくり、各地に支援の拠点となる精神保健センターを設置。自宅への訪問や、多様な居住・就労支援を充実させるなどし、国外からの視察も多い。

 入院治療が中心に据えられ、自宅で暮らす精神障害者への支援が不十分と指摘される日本の医療、福祉関係者からも注目を集めているイタリア。そんな国で起きた悲劇について、長年、支援制度の改革に関わっている社会学者のマリアグラツィア・ジャンニケッダさんは「イタリアでも、苦悩を抱える家族に手を差し伸べられないケースがある」と話す。

 北部トレント市のレンツォ・デ・ステファニ精神保健局長(70)も「現状は、すばらしい支援と、ひどい支援が混在している。緊急時に自宅訪問ができないセンターも少なくない」と指摘し、地域によって支援に格差があることを打ち明けた。

          ◎

 南部シチリア島の出身で、厳格で無口な性格だったライモンドさんの父は、周囲に悩み事を打ち明けることも、助けを求めることもなかったという。「父は誰より悩んでいたはずなのに、一人で抱え込んでいた」

 現場となった自宅近くで商店を営む女性(47)は、「ここは住民同士で助け合うことが多い町だけど、あの家族は周囲と溶け込もうとせず、孤立していた」と振り返る。

 ライモンドさんの兄は退院後、地元の精神保健センターで治療を続けていたが、ライモンドさんは「センターは、兄のことはきちんと見てくれていたが、父の苦悩までは目が届かなかったのだと思う」と振り返った。ジャンニケッダさんは、「家族の精神疾患を苦にした悲惨な事件を防ぐには、障害者本人を支える家族を孤立させないための支援をどう続けるのかが重要だ」と指摘する。

 殺人罪に問われた父は、実刑判決を受けて服役したが、4年ほど前に高齢と健康悪化を理由に仮釈放され、家族の元に戻った。しかし、食事をあまり食べなくなり、そのまま約1年半後、ほぼ絶食状態のまま82歳で亡くなった。事件について家族に語ることは、最後までなかったという。

  支援体制 地域で格差

 イタリアでは、自宅で暮らす精神障害者に対する外来・訪問医療を担う精神保健センターと、重症者が入院する総合病院の精神科急性期病棟が整備されている。

 イタリア国内に約700か所ある同センターには、医療・福祉スタッフが常駐している。在宅患者約2000人に対応しているトレント市のセンターでは、当初は土曜午後と日曜を休館していたが、家族の要望を受け、10年ほど前から年中無休にした。

 ただ、イタリア全体では、対応時間を平日昼などに限定しているセンターもあり、地域で格差がある。

 

<4>精神障害 支える市民…伊 働く場提供 自立促す

(2018年1月21日 読売新聞朝刊)

 「調子はどう?」「気分は?」。イタリア国内でも精神障害者支援の先進地として知られる北部トレント市(人口約12万人)。同市の総合病院・精神科急性期病棟で、アドリアーナ・グリセンティさん(72)は、週数日の出勤日には必ず、廊下を歩きながら患者一人ひとりに声をかける。

 同市では、精神障害の経験者や家族らが専門スタッフとして治療に関わる独自の取り組みが行われている。グリセンティさんはUFE(「当事者」「家族」「専門家」の頭文字=ウッフェ)と呼ばれる専門スタッフの一人だ。

 「患者や家族は不安や恐怖にさいなまれることが多いから、まず声をかけ、話を聞くようにしているの」

        ◎

 グリセンティさんの次男(50)は、10歳代で薬物依存症となり、40歳過ぎに統合失調症とわかった。市の精神保健センターに通ったが、自宅で暴れるなどした末に入院。「心身ともつらく、疲れ果てた」。その後、センターの勧めでグループホームに入居した次男は、UFEの助けを借りながら、徐々に庭の手入れや掃除などを行えるようになり、今はアパートで自立して暮らす。

 7年前にUFEとなったグリセンティさんは、病棟で落ち込む家族がいると、自身の経験を伝える。「ひどい症状だった息子も回復した。必ずよくなるわ」

 同センターにはUFEが約50人おり、重症者や自宅に閉じこもりがちな患者に声をかけて治療を促している。同センターのUFE担当、パオラ・ナルドンさんは「障害への偏見は根強い。孤立しがちな患者や家族の心を軽くするにはUFEの存在が不可欠だ」と話す。

        ◎

 昨年12月上旬、トレント市郊外で行われた電力会社のランチミーティング。出席した関係者約60人に軽食や飲み物を手際よく提供する、精神障害者ら3人の大きな声が響く。

 「コーヒーいかがですか」「ジュースもありますよ」

 電力会社が利用したのは、市の精神保健センターと協力しているNPO法人が、精神障害者の就労支援事業として約10年前から始めたケータリングサービスだ。

 働けば1時間約500円の給与を受け取れるが、軽食などを提供したミケーレさん(22)は「給与だけでなく、チームワークも学べる。自分に自信を取り戻すことができるんだ」と話す。

 「実際に働く姿を見てもらえば、彼らが病気でも、能力や知性は変わらないことがわかる。我々と同じ、普通の人間だよ」。事業を統括するグイード・ソンタッキさん(73)は、こう実感しているという。

        ◎

 イタリアでは一昨年、親が亡くなっても精神障害者らが自立して暮らせるよう、政府が助成金を出すなどして支援することを定めた新法が施行された。

 トレント市に住むミレッラ・ファイセさん(88)には、女手一つで育ててきた、精神障害を持つ娘(59)がいる。「最後まで面倒は見られない」とは理解しつつ、その将来を気にかけてきた。

 娘は19歳で発症。入院では症状は改善せず、在宅治療に切り替え、障害者が共同生活するアパートに入居。普段の生活は、定期的に訪問する市の精神保健センターのスタッフが支えてきた。

 さらに、新法の施行によって、仕事を休みやすくなったという息子が、週に1回は娘の様子を見てくれるようになった。ファイセさんは笑顔でこう話す。「サポートしてくれる人や制度のおかげでここまで来られた。スタッフに加えて息子も娘を見てくれるのだから、もう自分が死んだ後を心配する必要はないわね」

在宅支援 少ない日本

 経済協力開発機構(OECD)が2014年に出した報告書によると、人口10万人あたりの精神科の病床数は、加盟34か国(当時)の平均68床に対し、日本は269床と最も多い。イタリアは10床と先進7か国中最少だった。

 海外の精神医療に詳しい東京都医学総合研究所の西田淳志・プロジェクトリーダーは「日本は予算と人員が入院治療に多く割かれる反面、在宅患者への支援が少なく、家族の負担が大きい」と指摘。「訪問医療や就労支援などの予算、人員をさらに増やし、家族の負担を減らすべきだ」と話す。

<5>「介護者の権利」法律に…英 「駆け込み寺」で支援

(2018年1月23日 読売新聞朝刊)

 「母の介護は孤独で、悪夢のようだった。どうにかもちこたえられたのは、皆さんの支えのおかげです」

 今月中旬の昼下がり。英国・ロンドン郊外のサットン区にある介護者センターの談話室。アン・ウィチカさん(54)は、介護者の交流会に集まった8人の前で涙を浮かべた。認知症と診断され、約6年間介護した91歳の母親を、昨年末に看取みとったばかりという。

 同センターは、高齢の親や配偶者らを介護する人を支援する専門機関で、交流会やカウンセリングなどを開催している。

 一人っ子で独身のウィチカさんは、一人で母親を介護した。「1対1だと逃げ場がない。孤立し、孤独だった」と介護生活を振り返る。認知症が進んだ母は目が離せず、ウィチカさんは仕事を続けることも、熟睡することもできなくなった。「耐えられなくなって駆け込むと、いつも誰かが温かく迎えてくれた。介護者センターは私の生命線だった」

    ◎

 英国では1995年、介護する人の権利をうたった法律ができたことで、介護者への支援が本格化した。介護に携わった時間などが一定の基準に達した人には自治体に支援を求める権利が保障され、自宅で介護をしている人に現金を支給したり、介護休暇を取りやすくしたりする制度もできた。

 2014年には、介護に関する複数の法律を統合した介護法が制定され、個々の介護者が自治体から必要に応じた支援を受ける権利が明確になった。

 だが、そんな「介護者支援先進国」の英国でも、介護に行き詰まった高齢者による事件は後を絶たない。

 11年の国勢調査によると、英国で認知症や障害のある家族らを介護する人は約650万人。高齢化の進行で、介護が必要な人はさらに増える一方、10年前の金融危機から続く緊縮財政で、予算は削減傾向にある。介護者支援の全国団体「ケアラーズUK」の政策広報責任者、クロエ・ライトさん(37)は「介護法は画期的だが、支援が十分に行き届いているとはいえない」と話す。

    ◎

 16年7月、英国南部・カーディフ郊外の住宅街。通りの一番奥にある2階建て住宅に暮らしていた男性(当時86歳)が、4年間介護した認知症の妻、マーガレット・メイヤーさん(同85歳)を自宅寝室で殺害。自分も死のうと地域の主要駅に向かい、駅でホームから線路に下りて横たわった。

 男性は、列車に脚をひかれたが救助された。「妻をこれ以上苦しませたくなくて殺した。妻には、施設に入れたら自殺すると言われていた」。殺人罪で起訴されたが、7週間後にけがが元で死亡した。近くに住むアマンダ・ゲディさん(44)は「献身的に介護していた。そんなに追いつめられていたとは……」と話す。

 しかし、家族は男性の異変に気づいていた。

 地元報道によると、夫婦と離れて暮らしていた娘や息子は、介護で目に見えてやつれた男性を心配し、事件の数週間前、地元自治体に介護支援を増やすことを求めていた。だが、自治体側は、「夫妻が同意しない」として対策を講じなかった。

 子供たちは事件後、「父は明らかに限界だったのに、行政は本人の同意がなければ支援できないと放置した。正常な判断力を失った高齢の介護者の同意にこだわらず、もっと積極的に家族からの警鐘に耳を傾けてほしかった」と話した。

 高齢者の事件に詳しい精神医学の専門家・グレアム・ヨーストン氏(55)は、「高齢の介護者は、助けを求めると周囲に迷惑をかけると考えて孤立したり、うつ症状の悪化などで的確な判断ができなくなったりすることがある。専門家のカウンセリングなどで、支援を必要としている人を早期に見つけ出すことが課題だ」と話している。

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* 日本 明確な位置づけなし

 介護者の権利や支援の必要性については、欧州連合(EU)諸国やオーストラリアなども法律などに位置づけている。高齢化が進み、介護を必要とする人が増える中で、介護者の負担を減らし、介護を理由にした仕事、学業の断念などを防ぐための制度が整備されている。一方、日本では2000年に介護保険制度が導入されたが、介護する側の権利は明確に位置づけられていない。全国の1741市町村のうち、介護保険利用者の家族に「健康相談」を行ったのは152、「慰労金等の贈呈」を実施したのは709にとどまる(2016年度調査)など、介護者への行政の支援は限定的となっている。

 

<6>若者と同居孤立死防ぐ…03年猛暑以降仏で広がる

(2018年1月26日 読売新聞朝刊)

 「2003・8・11」「…8・14」「…8・18」

 フランス・パリの近郊。敷地面積100ヘクタールを超すティエ墓地には、2003年夏に亡くなった人たちの墓が集中する一角がある。

 「普段は週1回程度だった遺体搬送の車が連日ひっきりなしに来て、休日もなく対応に追われたんだ」。墓地の男性職員は、当時の混乱をそう振り返った。

 欧州各地を襲った03年の猛暑。気温が連日40度に迫ったフランスでは、約1万5000人が亡くなったとされる。パリなど都市部で、独居高齢者が自宅で命を落とす「孤立死」が相次いだ。

 この年に孤立死した人の人生を追うドキュメンタリー番組を制作したジャーナリスト、ダニエル・アレさんは「個人を重視し、親子が別々に住むのが普通だったこの国に衝撃を与えた出来事だった」と話す。

        ◎

 フランスではこの経験の後、人とのつながりを後押しする動きが広がった。その一つが、高齢者世帯に若者が同居する「異世代ホームシェア」の取り組みだ。

 「気持ちが若返るし、安心感もあるよ」

 パリ近郊の一軒家で妻と暮らすドミニク・ジャランクさん(80)は、2年前の秋から同居している学生2人を見ながら笑顔を見せた。ここから近くの専門学校に通う南部トゥールーズ出身のリュシル・デュモンさん(25)も「パリに知り合いがいないので心強いし、経済的にも助かる」と応じた。

 同居を仲介したのは非営利団体「二つの世代のアンサンブル」。高齢者の孤立を防ごうと、06年に設立。若者には割安な家賃で暮らせる利点があり、これまでに約4200組が成立した。

 近年は、同居の成立件数などに応じ、行政から助成金を支給されている。同団体のティフェンヌ・ドゥ・ペンフェンテニョ代表は「高齢者が新たな人間関係を作る仕掛けが必要だ」と話す。

 また、集合住宅や住宅街の住人が飲食物を中庭などに持ち寄って交流を深めるパリ発祥の「隣人祭り」は、03年を機に注目を集めるようになり、フランス各地のほか欧州など約30か国で行われるようになった。

 パリ17区のアパート管理人で、約15年前から隣人祭りを続けるルルデスさん(52)は手応えを語る。「住民たちは、今やみんな顔見知り。子育てや買い物を手伝い合うこともあるわ」

        ◎

 ただ、孤立死は、その後もなくなってはいない。

 パリから電車で約1時間のマント・ラ・ジョリ市にある低所得者向けアパートで昨年3月、住人の男性(当時68歳)のミイラ化した遺体が見つかった。

 「1年以上顔を見なかったが、異変には気づかなかった」。向かいの部屋に住むジョージさん(42)は、取材にこう打ち明けた。

 住民や現地報道によると、男性は約10年前まで母親と2人暮らしだったが、死別後は元気を失い、近所付き合いも減った。家賃滞納で強制執行官が部屋に入った時、郵便物は1年2か月前からたまっていたという。

 男性は、亡くなる直前はジョージさんが握手を求めても拒否するなど心を閉ざした様子だった。「ショックだが、どうすればよかったのか……」と力なく語る。

 1999年に隣人祭りを発案したパリ市議のアタナーズ・ペリファンさん(52)は、「孤立をどう食い止めるかは世界的な課題だ」と指摘、「行政も個人も、社会的な孤立が生命などのリスクを高めることを認識し、人と人とのつながりをどう作っていくのかを考えていかなければならない」と話した。(第5部は小田克朗、石井恭平、小池和樹、藤井亮、角谷志保美、粂文野が担当しました)=おわり

  独居高齢者 日本は16%

 内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果」(2015年度)によると、一人暮らしをしている60歳以上の割合は、米国、ドイツ、スウェーデンは48~38%で、日本は16%。一方、この4か国の60歳以上の人に「同居する家族以外に頼れる相手」を尋ねたところ、欧米の3か国では「友人」「近所の人」が45~25%あったが、日本はいずれも2割未満だった。

 石田光規・早稲田大教授(人間関係論)は「当たり前に家族に頼れた時代は日本でも終わりつつある」と指摘。「単身世帯の増加に備えた社会保障システムの整備が急務だ」としている。

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2018年1月15日