教皇フランシスコの新年ー荒波にもまれる聖ペトロの舟の舵取りは(Tablet)

(2018.1.3  by Marco Politi Tablet)「私の教皇在位期間は短いだろう、と思っている。4年、それとも5年・・」。教皇フランシスコは就任二周年を迎えた時、感慨深げにこう話した。そして、この3月18日に在位期間が丸5年になる。だが、彼は、まだ退任する気がない。

教会の諸改革が実を結ぶのにまだ時間が必要だが

 フランシスコは、「自分の力が大きく失われたと感じた日」に退任することを心に固く決めている。その一方で、バチカンと世界中の教会の支持者たちは、できるかぎり長く在任してくれるように強く希望している。教皇が推し進めようとしている、君主制ではなく共同体としての教会の理想、全世界司教会議と枢機卿団の刷新、教会の管理・運営についての様々な改革―こうした事業が実を結ぶのに時間が必要だ。

 そして、バチカンの機構、教会法、そして人事の変革以上に、教皇フランシスコが努めているのは、信徒たちのなかに新たな心と姿勢を育てることだ。教皇に選ばれた時、「アッシジの聖フランシスコ」の名を選んだ彼は、カトリック信者たちに、単に受け身的に信じるのでなく、福音を行動を通して伝える証人になるように、呼びかけている。そうした新しい考え方が根を下ろし、育つために、彼が何よりも必要としているのは「時間」だ。そして、彼の賛同者も反対者もよく分かっているのは、その時間が無くなりつつある、ということだ。

 世界13億人のカトリック信者の共同体を率いていくのは、たいへんな仕事である。昨年のミャンマー訪問の際、ヤンゴンに着いて、軍指導者と15分の会見をした以外、ほぼ丸一日、休息を取らねばならなかった。彼は先月、81回目の誕生日を祝った。前任者のベネディクト16世は、82歳で退任を考え、83歳で教皇宮殿を出た。

81歳の教皇はなお意気軒高

 だが、81歳になったフランシスコは、これまでよりももっと活動的になっている。今年10月に開く若者がテーマの全世界司教会議(シノドス)は、彼にとって今年の最重要課題だ。インド訪問も検討されている。5月には、ギリシャ正教会の総大主教、バーソロミュー1世をローマに迎え、8月には短期のアイルランド訪問を予定。そして、もっと大きな課題となっているのは、「中国問題」である。教皇が強調しているように、中国政府との交渉は「ゆっくりと、忍耐強く」進められている。こうして、教皇在任の第二幕が始まっている。

改革の成果・・教皇庁組織の再編統合・・脱中央集権化・・幹部に女性登用

 これまでの在任第一幕を振り返ると、いくつかの素晴らしい結果が出ている。バチカン改革は続いており、教皇庁はいくらか細身になった。それは、教皇選出に先立って枢機卿団が提起していた主要課題のうちの一つだった。教皇庁の「正義と平和協議会」など6つの機関が「人間開発のための部署」と「信徒・家庭・いのちの部署」の2つ統合・再編された。それぞれのトップにはピーター・タークソン、ケビン・ファレル両枢機卿が就いたが、このことは、部署のトップの人数が削減されたことでもあった。

 その一方で、慎重な脱中央集権化が始まった。世界の現地の教会の司教たちが、一定の条件の下で、バチカンの承認無しで「婚姻の無効」を宣言する権利を手にした。現地教会の司教協議会がバチカンの公式の承認 (recognitio) 無しに、確認 (recognitio)を得るだけで 典礼書を改定する権利を得た。慈しみの特別聖年の機会に、全世界の司祭たちは、ピオ十世会の会員も含めて、妊娠中絶を告白した信徒の罪を免除する権限を与えられた。

 女性が、まだ人数は少ないが、バチカンの幹部職員に就くようになった。生物倫理学教授のガブリエラ・ガンビーノ女史と判事のリンファ・ギソーニ女史が教皇庁の部署の再編統合で新設された「信徒・家庭・いのちの部署」の次官に、学者で前駐バチカン・米国大使のマリー・アン・グレンドン女史がバチカン銀行の理事に、英国の社会理論家のマーガレット・アーチャー女史がバチカン社会科学アカデミーの総裁に任命された。女性助祭に関する委員会は、検討結果を教皇に提出しており、現在、教皇が吟味中だ。

 また教皇は、バチカン銀行に関して、教皇選挙権をもつ枢機卿たちの意向を受けた行動に出ている。現在、同銀行の1万8000にのぼる口座について外部の独立機関に精査させている。教会の活動と無関係の政治家や経営者が使用していた、これらのいわゆる「対外勘定」は、すべて凍結、あるいは閉鎖された。

 欧州委員会の資金洗浄規制局は、バチカン銀行は法律と規制の弱点を悪用している、と結論付けた。バチカンは「腐敗の防止に関する国際連合条約」を採択しており、幾つかの国と金融犯罪を共同で訴追する協力協定を結んだ。

「教会は野戦病院」の旗印のもとに・・

 教皇フランシスコの下で、現地教会の司牧に新たな風が吹き込まれている。一世紀にわたって教会にあった「性道徳の問題についての強迫観念」は緩和された。避妊薬の使用、婚前同棲、離婚、同性愛的な関係は、もはや「問答無用で否定」されるものではなくなった。教区司祭たちは、ほっとしている。実行不可能な司牧を強制されなくなったからだ。

 教会は‶税関〟ではない、‶野戦病院〟だ、と教皇は言っている。ミサは、完全無欠な人たちのためではなく、正しい道を求める罪びとたちのためにある、と言う。彼の言葉と振る舞いは、神の子たちの暮らしに、教書よりも、もっと効果的に、元気を取り戻させ、教会の境界線を越えた、神の慈しみのメッセージとなっている。

だが、数多い難題・・財政改革のトップが豪州の裁判所に召喚され機能不全・・

 こうして、教皇在任の第二幕に入るわけだが、深刻な難題を抱えた幕開けになりそうだ。教皇庁の財務事務局長官のジョージ・ペル枢機卿は母国オーストラリアの捜査当局から過去の性的違法行為で起訴され、昨年6月に帰国した。二か月後に、メルボルンの裁判所に召喚され、公判は何週間か続く見通しだ。

 ペル長官は、バチカンの様々な省庁の予算や内部支出の封建的な絡み合いの解明に容赦しない姿勢から、ローマでは‶レンジャー(突撃隊員)〟という綽名で知られていた。教皇庁の公式の予算に計上されずに、何億ユーロもの支出が省庁の会計帳簿の中に隠されていたのを摘発したのも、彼だった。彼は、バチカンの官僚や‶封建貴族‶から嫌われており、誰も彼の努力を引き継ぐ者はいない。長官不在の間、職務を代行すべき副長官も任命されておらず、彼の職務帰に賭ける者は誰もいない。長官の事実上の空席は、良い兆候ではない。

 

理由不明の経理監査総監解任

 そうした一方で、ほぼ同時期に、リベロ・ミローネ経理監査総監が解任された。解任理由は明らかにされていないが、巷のうわさでは、「教皇庁職員の私生活を調査するため、外部企業を使うという違法行為をしたことによる」という。高い敬意を払われていた専門家を、解任の具体的理由も公表することなく、枢要なポストから外す、というやり方は、バチカン財政の透明化を図る戦いで戦線を後退させたように見える。この場合も、解任から何か月も経った今も、後任者が発令されないままだ。さらに、昨年11月には、バチカン銀行のジウリロ・マティエッティ副総裁がごくわずかな理由説明とともに、解任されている。これらも悪い兆候だ。

 

聖職者による性的虐待への対処も抵抗に遭って・・

 懸念される問題は他にもある。聖職者による性的虐待問題に抜本対処するために教皇フランシスコの肝いりで作られた「教皇庁の弱者保護の委員会」も好ましい結果を生んでいない。聖職者から性的虐待を受けた被害者の声を代表する委員二人、マリー・コリンズ女史とピーター・サンダース氏が、当時、教理省長官でこの問題の最高責任者だったゲルハルト・ミュラー枢機卿の「非協力」に強い不満を表明して辞任してしまったのだ。教皇は2015年に、聖職者による性的虐待問題への対応を怠った司教を裁判にかける特別法廷を設置するように、との同委員会の進言を受理したが、2017年に入っても、ミュラー長官はその実現に手を付けようとしなかったのだ。

  聖職者の性的虐待に対する教皇フランシスコの“zero tolerance(不寛容)”政策について、疑問の余地はない。だが、世界中の司教協議会の多くが、この方針に消極的抵抗をしていることも、疑問の余地が無いのだ。聖職者による性的虐待行為を当局に通報する、という司教たちに課せられた義務を受け入れない司教協議会が、いまだに存在する。教皇は昨年9月、「弱者保護の委員会」への私信で、性的虐待で有罪になった司祭は例外なく資格をはく奪されるようにする、と約束している。

 

世界で変わらぬ教皇の高い支持率・・だが教会内部に根強い抵抗勢力が

  教皇の支持率は現在も極めて高い。それは、カトリック信者の間だけではない。信者の枠を越えて、世界中の多くの人たちから、道徳的な権威者、地政学的な指導者として認識されている。移民、難民問題を始め、拡大を続ける不平等、性的搾取が目的の人身売買、何百万の労働者を搾取する‶現代の奴隷制度〟に対する彼の姿勢、環境破壊と社会的不正の密接な関係の度重なる彼の指摘は、世界の人々に広範な影響を与えている。

 だが、その一方で、カトリック教会内部では、ある種の内戦が続いているのだ。反対陣営は、教皇フランシスコが共産主義者、女性の権利主義者、大衆迎合者だと言い、教会の伝統と神の掟という神聖な部分を教皇座から劇的に搾り取ることにとらわれている、と言う。教皇庁を主要な、あるいは唯一の反対派の拠点と考えるのは誤りだろう。確かに、教皇庁の関係者の中に、教皇フランシスコの下で、カトリックの参謀長としてのほとんど軍隊的ともいえる‶オーラ〟を失いつつあると感じ、失望し、意気消沈している者がいるが、教皇フランシスコに対する広範な抵抗は、世界各地の教会に元があるのだ。

 「過去百年を振り返って、司教や一般聖職者の間からこれほどの反対を受ける教皇はいなかった」と、教会史の専門家で、

The Community of Sant’Egidio(イタリアに本部を置く、カトリック信徒の会で、世界70か国以上に5万人の会員がいるという)の創設者であるアンドレア・リカルディ氏は言う。教皇は2014年と2015年の2回、「家庭」に関する全世界司教会議(シノドス)を招集したが、そこでは、司教の過半数―その大部分が過去30年間にフランシスコの前の二人の教皇、ヨハネ・パウロ2世かベネディクト16世によって選ばれていた―が教会改革の明確な戦略を支持する用意をしていなかった。終わりの日に、改革支持者たちは、自分たちが少数派であることを知ったのだった。

 フランシスコの教会改革に反対する理由はたくさんある。ある司教たちは単純に神学的に保守的立場をとっており、ほかの司教たちは従来の慣習に従うのを良しとする伝統に固守している;彼らは社会の急激な変化に当惑し、自分たちが知っている道を取り続けることのほうが安全だ、と思っている。同じことが若い聖職者たちにも言える;彼らはフランシスコの改革に抵抗する決意において、しばしば最も強硬だ。同様に、これらの司教や聖職者たちは、教皇が前に進むのを妨げ、教皇が新たに任命した司教たちの仕事を抑えるという、ある種の泥沼を作っている。

 

いらだちを隠さない教皇・・枢機卿の中にも反対派、そしてさまざまな悪意

 2016年12月のクリスマス前恒例の教皇庁職員との年次会合で、教皇フランシスコは「恐怖心や硬直的な心をはらんだ陰に隠れた抵抗、霊的粉飾の空虚な美辞麗句、まだ変化への準備ができていない、と言い、すべてを従来通りのままにしておくことを欲する者たちの典型」と不満を漏らし、さらに「悪意のこもった反抗、それは(しばしば羊の皮をかぶった)悪魔が邪悪な気持ちをかきたてる時、誤りに導かれた心の中に沸き上がり、前面に出て行く」と厳しい言い方で批判した。

 この会合で、彼はまた、教皇庁内部に存在する「公平を欠き、根の無い、悪だくみと小さな徒党を組むような思考傾向」と、自己中心を主導する真の「癌」について言及した。そしてさらに、彼が強調したのは、裏切り者-改革を支持し、実現していくために選ばれたのに、「野望や虚栄心で自分を汚染してしまう」人-となることの危険を強調した。

 フランシスコに対する過激な反対について言えば、それは教皇に対する敵意を無謀に拡大する方法を選んでいる-「家庭」に関する二度の全世界司教会議(シノドス)を受けて教皇が出した使徒的勧告「 Amoris Laetitia(家庭における)愛の喜び」を議論の場に使っている-のだ。具体的には、レイモンド・バークら4人の枢機卿が署名入りで枢機卿団に対して行った‶神学上の疑問〟の文書提出、教皇を馬鹿にした偽の Osservatore Romano記事、そして何千人もの観光客と地元市民が目にするようにローマ中に貼りだされた教皇のポスターだ。そして、超保守派のウエブサイトが、教皇に対して容赦なく戦いを挑んでいる。

 教皇は、4人の枢機卿たちとの会見に決して同意しなかった。それは間違いだったかもしれない。教皇庁内部の批判者たちに「彼は自分を敢えて批判する人たち以外に、扉を開いているのだ」と非難することを事実上許したからだ。そして今、そうした敵意は、あからさまな形で増大している。バーク枢機卿は、教皇が‶修正〟することを求めている。もっとも新しいものとしては、「教皇がカトリック教徒を異端に導こうとしている」と批判する62人のカトリック神学者が署名した‶義務としての修正要望書〟がある。最新の電子書籍「独裁者教皇」は、彼を「嘘、陰謀、スパイ活動、不信と恐怖で固めたインターネットを使って」支配しようとしている、と酷評している。

 これは、米国のTea Partyを真似たやり方だ。この運動は、狙いにしていたオバマ大統領追い出しに成功しなかったが、次期大統領選挙に大きな影響を与えた。それと同じように、反フランシスコの過激派は日々、教皇の正当性を貶めようとし、彼の後継者が改革を続けることを出来なくしようとしている。「フランシスコ2世はない」と言わんばかりだ。

支持派は改革推進体制の強化を熱望・・「『変える』のでなく『成長させる』のだ』と教皇

 教皇フランシスコの在任期間の後半が成功するかどうかは、彼が取り組んで切る様々な改革の成功にかかっている。それには、カトリック教会の位階制の変革の進展、舞台裏で静かに始まっている、成功に持って行くやり方が含まれる。そうした理由のために、教皇の支持者たちは、(反フランシスコのリーダーと見なされている)ミュラー枢機卿の教理長官解任に続く教皇庁の全面改組を始めるように、教皇を優しく押している。

 教皇は人を甘やかす体制を絶対に好まなかったが、改革を担当するチームを教会のトップの地位に置くことを急良いでいるように見える。チームのメンバーの半数は(注・教義と伝統に保守的な)前教皇、ベネディクト16世時代の人だ。彼の支持者たちは「今必要なのは、教会の教理と伝統について教皇の受け止め方と一致する枢機卿、司教を、すべての枢要な役職につけることだ」と主張している。

 教皇フランシスコは一昨年に、フランスの情報通信専門家、ドミニク・ウォルトンにこう語っている。「伝統は変更の利かない銀行口座ではない。前進するのが、教義なのです・・必要なものは変わらないが、成長し、発展していきます」と。では、どのように伝統は成長するのか?「人と同じようにです」と教皇は強調した。「対話-赤ん坊にとってのミルクのようなものです-を通して・・私たちの周りの世界との対話・・対話をしなければ、成長することはできず、立ち止まったまま、小さいまま、発育不良になる」。

 新しい年は、聖ペトロの舟を進路に沿って舵を取るフランシスコがどこまで成功を収めるかを見る、重要な年になるだろう。

 (筆者のマルコ・ポリティはジャーナリスト。40年にわたってバチカンに関する問題を追いつつけている文筆家。最新の著作は「 Pope Francis Among the Wolves=Columbia University Press刊=だ)

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

(Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher”   The Tablet ‘s website address http://www.thetablet.co.uk)

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2018年1月5日