気流[年末特集 今年の感謝](読売新聞)

(2017年12月30日 読売新聞朝刊)

  ◇主人が定年 2人で穏やかに…主婦 山崎 智子 57(千葉県成田市)

 春に主人が定年退職した。家族思いだが、思っていることが顔に出る人なので、職場で嫌なことがあるとすぐわかった。一時は自殺を考えたときもあり、ハラハラした日もあった。つらそうに朝出かける姿を見送った日々を思い出すと、今でも心が痛む。

 それでもなんとか勤め上げ、子どもたちは大学へも行き、無事社会人になることができた。「嫌な仕事でも、よく最後まで勤めてくれたね。本当にありがとう」と言うと、「どこの家も皆そうだよ。僕こそ色々わがまま言って悪かったね」と気づかってくれた。

 「もう子どもたちも手から離れたし、この先、死ぬときは絶対一緒よ。1、2、3だからね!」 「バカ、そんなにうまくいくか」 念を押す私に、主人はニッコリ笑って答えた。これからは、無理せず穏やかに暮らしていきましょうね。ありがとう。末永くよろしくね。

◇老々介護 支えは配達…無職 木下 昭子 73(東京都調布市)

 老々介護の典型的家族で、外出するのもままならない我が家。一番感謝しているのは、朝早い新聞、牛乳、重い荷物の生協など、配達の方々です。

 雨の日も風の日も、夏の暑さにも冬の寒さにも負けず。近頃は事前に連絡をもらえるので、代金を用意することもできます。台風の日に「大変ねえ」と言うと、「居てくれるだけで助かります」と言われるので、いかに不在配達が多いかが察せられます。

 ゴミの収集をしてくれる方まで、私たちは縁の下の力持ち的な方々に支えられて、生活が成り立っています。本当に感謝しております。

 ◇お米作り 大切さ知った…小学生 崎田 心桜みお 10(埼玉県富士見市)

 わたしは今年になって、お米の大切さを知りました。 わたしの学校は5年生になると、田植え、稲かりなど、自分たちでお米を育てる体験をするのです。そして、とれたお米は、おにぎりを作ってみんなで食べたり、学校で売ったりもしました。

 お米の作り方は、じもとの名人に教えてもらいました。わたしの祖父母も作っていましたが、あまりそのことは聞いたことがありませんでした。それで名人の話を聞いて、お米農家の人はとってもたいへんな思いをしてお米を作っていることが、わかりました。 これからは、お米を作っている方にしっかり感謝して、一つぶ一つぶ、大切に食べたいと思います。

 ◇初担任 生徒と一緒に学ぶ…高校教諭 今野 翔介 24(北海道釧路市)

 担任をしているクラスの生徒たちに、感謝の言葉を贈りたいです。

 ついこの前までは大学生で、気楽に生きてきましたが、教員2年目にして、いきなり40名のいわば「子持ち」になりました。初担任なので、迷い、悩むことが多いことは事実です。

 しかし、担任を持つ時に決めた「40名のために全力を尽くす」という熱い思いを持ち、日々、生徒たちと関わっています。何かと至らない点も多いですが、こちらが一生懸命な姿勢を示せば、うまくいかないことがあっても生徒たちは受け止めてくれますし、新たな視点を教えてくれます。生徒に教えながら、私が生徒から教えられることが、多いことに気づきます。

 まだ教師としては未熟な私ですが、挑戦は続いていきます。これからも生徒と一緒に学び、成長し続けられる存在でありたいと願っています。

 ◇次男のホッケー 充実の裏方役…教員 手塚 康彦 45(栃木県日光市)

 小6の次男がホッケーをやっていて、私は昨年から保護者会代表だった。全国優勝という目標のために、裏方に徹した一年だった。 山口県での大会で、子どもたちは準決勝で惜敗したが、優勝に匹敵するチームに成長できた。幸せいっぱいな気持ちで帰ってきた。共に準備や応援に頑張った保護者の皆さんに感謝、次男にはそれ以上に感謝する。最高の夏をありがとう。

 ◇働く厳しさと喜び…主婦 能瀬結美子 70(大阪府高槻市)

 4人の子と11人の孫がいる70歳です。8月でパートの仕事を退職しました。3年間でしたが、ずっと専業主婦だった私には未知の世界への大きな挑戦でした。

 「どうして今頃から」と不思議がられたものです。本当にドジで、働いてお給料をいただく厳しさを考えさせられる日々でした。先立った夫も一緒に喜んでくれるような気がしました。家族、パートの仲間たち、しっかり歩いてくれた人工股関節の入った両足に感謝しました。

 ◇夫に最高のケア 主婦…津久井延子 78(茨城県筑西市)

 最も感謝したいのは、11月に亡くなった主人を診てくださった医師、看護師、スタッフの皆さんです。これ以上ないほど、心から手厚くこまやかに対応してくださいました。

 壮絶ながんとの闘いでした。79歳の主人はギリギリまで自宅で頑張り、残りの大切な時は、緩和ケア病棟でお世話いただきました。最高で信じられないほど和やかな雰囲気で、最期を迎えることができました。

 私ども家族はもちろん、友人、知人まで感謝の念でいっぱいです。幸せな最後の15日間でした。これから、この感謝の思いを胸に生きていけます。ありがとうございました。

 ◇お陰でクラス会…自営業 山口智恵子 66(茨城県坂東市)

 10月末、50年ぶりに中学校のクラス会が開かれた。級友たちは、それぞれの地で子や孫を持ち、残念ながら鬼籍に入られた方もいて一抹の寂しさを感じた。 恩師を囲み、名札をつけた28人がそれぞれの面影を追う。あの頃の純朴な15歳の笑顔に戻るには、時間がかからなかった。木造校舎の教室がよみがえった。当時は教師と生徒の距離が近かったように思う。 恩師の分け隔てのない愛情は、今でも変わらない。毎年、絵画展を開いておられる恩師は、色紙の寄せ書きの真ん中に「死ぬまで挑戦」と書かれた。熱いメッセージに感動し、心に刻んだ。

 半世紀を超えて思い出深い時間を共有できたのも、ほかならぬ地元に住んでいるクラスメートの尽力があったからこそだ。心から感謝します。

 ◇私より私を思う…大学生 砂川 晃啓 18(前橋市)

 母への感謝を歌う、好きな曲がある。その曲が、いつも以上に胸にしみた年だった。初めての母との2人旅は、2月の大学受験だった。2人で見た田舎の景色は、鮮明に覚えている。

 結果を知って、母は私以上に悲しんだ。あれほどのため息を聞いたことがない。繰り上げ合格への期待も私以上。電話を待つため、数日間家に監禁された。 私のことで、私より喜んだり悲しんだりするのが、私の母だ。大学受験、第1志望は失敗したけれど、最後まで応援してくれてありがとう。部活の大会で負けても、応援に来てくれてありがとう。

 私の「ありがとう」の裏には、いつも「ごめんね」がある。ハッピーエンドでありがとうと言えたことは、あるのだろうか。来年こそは、ごめんねのないありがとうを、言いたい。

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2017年12月30日