・Sr 阿部のバンコク通信㉒タイ在住の末期がんの老婦人が詩画集に笑顔!

  バンコクの 女子パウロ会はドンムアン空港の東、サパンマイ地区、大通りにはBigC 百貨店、大きな市場、商店街が並ぶ便利な生活圏にあります。交通網はバスですが、数年前からスカイトレイン(“空中”を走る電車)の延長工事で渋滞改修の為の酷い渋滞…もう暫くの辛抱。

   私達の使命はメディアを通して人々に福音をもたらす事。タイ語の出版は、書籍45点、視聴覚CD、 DVD、 VCDが合わせて25点程になり、人々の心に福音を届けながら着実に歩み続けています。教会外の人々を含めた対象を常に考慮し、タイの人々の好みに合った、ピリッと効いた甘みのある味付けで出版しています。

   セントルイス カトリックの総合病院内にパウロ書院があり、小さな宣教の拠点になっています。タイ語、英語、信心用具、聖像など、タイ社会の要望に叶う奉仕に努め、日本語の書籍コーナーも設けています。

   在タイの日本企業は多く、在留登録している日本人だけでも4万人近いと思います。これはと思う書籍を選び、機会あるごとに紹介し、役立てています。一冊の本との出会いがもたらす恵みを考え、祈り込めて待機しています。

   先日も、大学の日本語科教授のお母さん(85歳で末期がんの痛みに耐えておられる)に「何か良い本がないか」と教授の親友が書院へ。日本語が解らないので、家で編集の仕事をしていた私に連絡があり、LINE-Videoで本の紹介、星野さんの詩画集と晴作久神父の説教集を選び贈物。後日、娘教授のメンセージを添えた感謝と喜びの知らせがありました。子供のような喜びの笑顔で、本を抱いて読んでいるお母さんの写真も添えてありました。癒しと喜びをもたらした書物、暫くして更に3冊、その後日本に帰ってホスピスに入る事に決めたので、最後のプレゼントにと来院。

    魂に届く福音の良薬は、苦味なく喜びと癒しをもたらす。バンコクの片隅で、今日も人々と福音との喜びの出会を祈りつつ励んでいます。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2018年7月3日 | カテゴリー :

・Sr.岡のマリアの風 ㉚神学校の授業が終わり…ローマ、ポーランドへ

 今年度、神学校の授業が終わり、毎年のように、感謝・反省・祈り…という気持ちです。

 わたしなりに全力を傾けるので、ホッとして、感謝。同時に、自分の(いろいろな意味での)足りなさが見えて来るので、反省。さらに、短い間とはいえ、関わってきた神学生たち(すでに司祭になっている方々も含め)のために、祈る。

 何を祈るかというと…主よ、あなたの望みが行われますように!… そして、すべての司祭を、主の母マリアの、母のご保護に委ねて…

 7月4日から18日までの2週間、ローマ出張と、ポーランドの共同体訪問です。ローマでは、アジアとオセアニアのマリアン・アカデミー(MAAO)の責任者、デニス神父との話し合い。教皇庁立国際マリアン・アカデミー(PAMI)長官、神学院での先輩、ステファノ神父に相談ごと。そして、わたしの博士論文担当教授だったサルバトーレ・ペレッラ神父を母校に訪問…。

 ポーランドの、わたしたちの修道会の共同体(ストラホチナという小さな村にある)のシスターたちは、今、黙想会や巡礼に訪れる人々への奉仕で忙しい時期とか。でも、どんなに疲れていても、シスターたちは、マリア論の話を聞きたがる。わたしの方も、まさに「イエス・キリスト中心」を、日々の生活の中で生きている-祈り・奉仕…-シスターたちに、学ぶことが多くあります。

 どのような「旅」になるのか…

 祈りは、いつも同じです

 …主よ、あなたの望みが行われますように!… …聖母よ、わたしの中で「みことば」が実現するよう、助け、守ってください!…

*海外出張前・・定期健診

 健康診断で、骨が弱いと言われた。「あなたの年齢に対して、骨は、20歳くらい年を取っていますよ(!)。転んだら骨を折るかもしれないから気を付けてください。今から、薬を定期的に飲むことをお勧めします」…。

ということで、生まれて初めて「定期通院」を始めた。約一か月に一回、薬をもらうために、お医者さんのところに行く。優しいH先生は、「一か月、どうでしたか?何かあったら、何でも言ってくださいね」と言ってくださる。

 「あの~、骨とは全く関係ないのですが…」「いいですよ、何でも言ってください」…そこで、わたしは、H先生に、お腹をこわしたとか、風邪を引いたとか、海外出張の後、時差ボケで眠れないとか、ほんとうに骨とは全く関係ないことを「報告」する。H先生は「薬を出しましょうか?市販の薬よりも安いですよ」、と丁寧に処方してくださる。

 ということで、わたしは今、一か月に一回、健康チェックをしていただいている。自分ではよく見えないことも、お医者さんのH先生には見えるみたいだ。何度も行くうちに、わたしの体の傾向、癖(?)なども分かるのだろう。

 この前、風邪を引いたときは(そのくらいでは普通、病院には行かないが)、たまたま「定期通院」の時だったので、それを言ったら、「どんな症状ですか?咳が出ますか?のどが痛いですか?…」と、わたしの状態に合った薬を処方してくださった(それも、毎食後、四錠!あまり薬を飲まないわたしにとっては、何だか病人になった気分)。さすがに、病院の薬(?)。効き目は早かった。

***
月一回の、体のチェックが、こんなに大切だとは思わなかった。もっと目に見えない「心」のチェックは、もっと大切だな、と思った。放っておけば、どんどん流される。奉献生活者といえども、ぼ~っとしていたら、この世のロジックに簡単に振り回される。

 だから、祈り、なんだ。だから、奉献生活者は、日に数回、特に、朝、昼、晩、聖堂に、イエスの前に集まって、共同で、祈る。

 「共同の祈り」が始まる、少なくとも五分前には聖堂に行って、心を整えなさい、と言われる。バタバタと聖堂に入って、すぐ、共同の祈り、ではなく、仕事を後ろに残して、聖堂に行って、自分の席に座り、十字架の印をゆっくりとする。「主よ、あなたはわたしに、今、何をお望みですか?」「聖母マリア、わたしが、どんな逆境にあっても、あなたのように、ひたすら主の望みだけを求めていけるよう、助けてください」と、ゆっくりと祈る。

 朝、昼、晩、心の「チェック」をする。一日の終わりに、心のチェックをする。毎月一回、心のチェックをする。…

 教皇フランシスコは、「識別」について話すとき、先ず、主の前で、主のみことばに照らして、自分自身の心を見つめたら、今度は、周りにいる「知恵ある人」と対話、相談しなさい、と言う。知恵ある人とは、聖霊に導かれて、霊の識別をする賜物をいただいている人のことで、若くても、そのような人はいる、とパパは言う。体のチェックを、お医者さんにしてもらうように、心のチェックを、先ず、主の前で、そして、知恵ある人にしてもらう。

 その時、大切なのは、(体のばあいも、心のばあいも)嘘をつかない、率直であることだろう。良く見せようとしたり、言い訳を先に並べたりすると、だんだん、嘘になってくる。言葉で表現するのが恥ずかしいことであればあるほど、聖霊に祈りながら、率直に、そして安心して、心を開く。

 「知恵ある人」といっても(魔法使いではないので)、わたしが心を開かなければ、何がそこにあるのかは見えないだろう。わたしも、わたしを助けてくれる人も、みな、主の霊の協力者だ-と、わたしはイメージする。

 「すべてのものを一つに集める」キリストの霊。キリストの「集める」は、無理やりに、ではなく、自らをすべて差し出し、降り尽くした方の「集める」だ。
わたしの、月一回の、心の「チェック」は、そのキリストの心との「ぶれ」を認めることから始まるのだろう。だから、謙虚、柔和、忍耐、率直…

***
結局、海外出張前になっても、咳が止まらなかったので、またH先生のところに行った。「(出張が2週間なので)、念のため、2週間分、お薬出しておきましょうね。あとは、何かありますか?」と、いつものように優しい。「出張すると、時々、お腹をこわす…ことがある…」と言ったら、「分かりました、お腹の薬も2週間、処方しましょうね」。

***
こんなことで、よかったのだろうか、主よ、わたしはあなたの望みだけを求めているでしょうか、と祈っていたら、誰かから、ポン、と、言葉が来る。メールが来る。わたしの祈りについては、知らないはずなのに、あたかも、その答えのように。

***
神は、時に、ピリ辛で、時に優しさで、足りないばかりのわたしを、忍耐深く、あたたかく、導いてくださる。日々の何気ない出来事の中に、祈り求めていることの答えを見つける。
ご自分の民と、共に歩いてくださる神。本当に、十字架の傷をもって、傍らにいてくださる主キリスト。見えなくなったときに、いつでも、そっと、キリストに導いてくださる、聖母マリア。神との対話の中で、わたしを支えてくださる、たくさんの聖人、兄弟姉妹たち。

***
海外出張前と言っても、考えてみれば、わたしたち奉献生活者は、文字通り「着の身着のまま」で出かけられるはず。マリアの、エリザベト訪問のように。軽やかに、率直に、喜んで…。いつのまにか、あれも、これも…と、「旅慣れ」してしまったな~、と反省。

 大切なものが見えなくならないように、単純に、素朴に生きたい。「あなたのことばが、わたしのことばとなるように!」アーメン。

 

*二週間の出張の前に…今朝の独り言…

 いつくしみ深い父である神は…ご自分の「幸い」を共有するために…被造界を造り、人間を造った… 父である神は、ご自分が造ったものが、一つでも滅びることは、「幸い」に入らないことは、望まない…

 「分からんちゃん」の人間(わたしたち)は、父である神の心はいざ知らず…「滅び」に向かう道にばかり行きたがる… でも、父である神は、ほんとうに、真に、「すべての人の救い」を望んでいる… その、父の「思い」「心」を、ほんとうに、真に実現したのが、「子」である神、イエス・キリスト…「時が満ちた」ときに… 父が「子」に託した「思い」は、さらに、「悪い奴を滅ぼす」ことではなく、「悪い奴のためにも、すべてを、いのちまでも差し出す」ということだった…

 受肉から始まる、「神の降下-ケノーシス-」…どんなに、何度も考えても、思いめぐらしても、想像しても、祈っても…やっぱり「すごい」… 「神の降下」は、受肉で終わらない。それは、「過越-受難・死・復活-」にまで行く。

 そう、「復活」でさえも、「降下」だ。東方教会の「復活イコン」は、「陰府降り」と呼ばれる。まさに、闇の中で救い主・メシアを待っていた、アダムとエバから始まるすべ
ての人たちのところにまで降っていく、メシア・キリストの姿だ。

 キリストが「王」であるという真理は、十字架の「苦しむしもべ」の中に輝き出る。神の「力」「権力」は、滅ぼす力ではなく、救う力、まさに、「愛の力」だ。しかも、わけ隔てのない、「出来の悪い子らこそいつくしむ」父の愛の力だ。だから、「すべての人の」救い。

 その、父である神の心、子である神の心は、十字架上のメシアの最後のいのちの息吹-聖霊-を渡された「教会」に受け継がれていく。
十字架のもとで、「すべての人」の母となる使命を受けた、「生まれつつある教会」の「原型」、イエスの母マリアを通して、キリストの「思い」は、単なる概念でも、象徴で
もなく、具体的に、リアルに、受け継がれていく。

 「すべての人」の母となるよう呼ばれた、旧約の神の民、イスラエルの民。そのイスラエルの娘、マリア。キリストによって、実際に、ほんとうに、あがなわれた「すべての人」の母となるよう呼ばれた、キリストの民、教会。その「原型」、「初穂」であるマリア。マリアを通して、天地創造の「原型のペア-アダムとエバ-」から始まる、壮大な「契約」のプロジェクトが、引き継がれていく。最終目的、「天のエルサレム」、「完成、成就のペア-キリストと教会(神の民)-」に至るまで。

 ***
何を朝っぱらから、大きなことを考えているのか、と言われそうだけれど…。でも、これこそ、わたしたちが「共同体」で、今、わたしがいる、「この」共同体で、丸ごと、誰も欠けることなく、天の国に行くこと-神の永遠のいのちを共有すること-を、「真剣に」「本当に」心から望まなければならない理由だと、思う。

 「わたしは天国に入りたい」「わたしは救われたい」「あの人も、救われて欲しい」「でも、あの人は、知らない」「あの人と一緒に、天国に行きたくはない」… そんなこと、口に出してはいなくても、時に、そう思っているかのように行動しているわたしたち。

 「あんなことをする人は、神の救いに入らなくていい」「あんな恩知らず、滅んで自業自得だ」と、一瞬でも神が思ったなら、わたしたち誰一人として、神の国に入れなかった
だろう。悪魔の誘惑に負けて、ぼろぼろになったわたしたちを見捨てたなら、「神の降下」は、なかっただろう。神は、「降下」する必要など、なかっただろう。

 「共同体」は、わたしの共同体は、みんなが聖人みたいだから救われるのではない。「わたし」も含めて、みんな、「欠けている」。その欠けているわたしたちが丸ごと、天の国に、神のいのちに、入る。わたしは、それを、本当に望んでいるだろうか?

 ***
先日、共同の祈りの先唱者(当番)が、祈りを間違えた(というより、その日にするはずではなかった祈りを始めた)。みんな、ちょっと、「あれっ?」と思った。新しく就任
した院長シスターは、助けを求めるように、きょろきょろ。オルガン当番だったわたしと、目が合う。

 暗黙のうちに、「でも…いいよね。せっかく、祈りを始めたんだし、姉妹たちも、最初はちょっと心もとなげに、でも、だんだん声を大きくして祈り出したし…」。 …というわけで、結構長い祈りだったが、姉妹一同、最後まで「祈り上げた」。

 祈りが全部終わった後で、先唱当番のシスターにちょっと教えてあげる。彼女も、祈り始めたものの、みなが小さい声だったので、「なんで~、もっと大きな声出してよ」と思
ってた、「えっ?わたしが間違えたのか」と。そして、二人で大笑い。共同体って、そういうものではないか、と思った。

 間違いを指摘することも出来るけど、まあ、みんな、「欠けた者同士」だし、祈ってわるいってことではないし、一緒に付き合って、祈りましょう…そして、声を合わせて祈っ
ているうちに、間違えたなどということは忘れて、一緒に主に心を向けている…という感じ。

 主は、そんな「欠けた者同士」で受け入れ合っている共同体の祈りを、ほほえんで受け入れてくれたのではないか…(実際、それは、「イエスのみ心の連祷」だったし…)

 ***
明日の朝から、二週間の海外出張。

 この地上の「信仰の旅」を共に歩んでいる、「共同体」の存在がなつかしくなるだろう(いつも、そうだから)。でも今回、半分は、ポーランドの自分たちの共同体だから、二
週間ずっと、何か少し「緊張」している必要はない。感謝。

 「遺言」ではないけれど、長期出張の前は、やはり、ちょっと立ち止まって、共同体の姉妹たちに「ありがとう」と言いたい。二週間後に帰ってきたら、「また、よろしくお願
いします」、と…「欠けた者」同士、それでも、いっしょに天の国に向かって、また歩いて生きましょう!…主よ、あなたの望みが、行われますように!母マリアよ、わたしたちの、よろよろの信仰の歩みを支えてください。教会が、キリストが集めるすべての人々の救いの「場」となりますように!
アーメン

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年7月1日 | カテゴリー :

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑪「美女」と「葡萄酒」の続き

 ペルシャの大詩人ハーフェズの詩に繰り返し登場する「美女」と「葡萄酒」についての続きである。

 ハーフェズは、神への愛の道の実践を自らの人生とし、美女と葡萄酒に仮託してその生きざまを詩的に表現した。神への愛の道は、至福よりもむしろ苦難や苦痛に満ちていた。しかしそれが自分の人生である以上進むほかに道はない。

 「すき間がある限り すべてを埋め尽くせ」である。

 愛は報われずとも、進むほかにない。「汝のもとに赴けば何をも耐えるほかにない 何者をも成就できなければ最後は恥じるほかにない」

 従って、「汝(美女)が千里の道ほどに自分を裏切っても 自分は汝の心と身に危害が及ばないよう願う」覚悟である。これが神の愛への道を求めるハーフェズの人生への心構えであるが、それは、「痛みの激しさはいかなる説明も描写もかなわない」。

 そうした中での慰み、あるいは救いは、「嗚呼、汝(美女)がおでこに皺を寄せれば(それだけで)自分は力が抜けてしまう しかし それはまた、汝の身と心からのメッセージを示唆するもの」。

 美女がおでこに皺をよせ不快を示すだけで、自分の心は引き裂かれてしまうが、しかし、美女の振る舞い、美女が反応を示すこと自体、同時に何か自分へのメッセージを示すものと受け止めることである。

 もとより、そう受け取る背景には、「人生における良きことも悪しきことも 喜び悲しむ必要があるのか この世界の出来事はすべて跡形もなくなる」、また、「天国の宮殿は この世の行為の褒美として与えられるもの 我は無頼漢にして乞食 道の長老がいれば十分 流れのほとりに座して時の流れを見よ それだけで移ろう世界は自分にとって十分」との見えざる世界への深い信念がある。

 ここでいう無頼漢、あるいは乞食とは、実際のそれではなく、富や権力など移ろう世界に惑わされず、唯一絶対と信じる神のみを求める生き方、すなわち神以外のすべてを捨て去って世の柵から自由に生きる人生、ハーフェズ自身のことである。

 このハーフェズの詩句は、ほぼ同時代の日本の知識人の生き方を思い起こさせる。もとより、唯一絶対神という考え方は異なるものの、鴨長明が小さな庵に座して、変転極まりない世のありさまを「方丈記」で、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」と、ハーフェズと似たような人生観を吐露したのは13世紀の初めであり、ハーフェズのほぼ一世紀半前のことである。そのことはあとでまた触れる。

 ハーフェズが描き上げた美女は、イランの伝統芸術である細密画(ミニアチュール)の格好の題材となっている。イラン美女の典型であるが、そこでは顔、唇、目・瞳、まつ毛、黒髪、うなじ、えくぼが微細に描かれている。

 次回は同じくハーフェズの詩で多用される葡萄酒についてである。

(ペルシャ詩の翻訳はいずれも筆者)(駒野欽一=国際大学特任教授、元イラン大使)

・三輪先生の国際関係論 ㉚「クローデルの日本愛」

 ポール・クローデルは、大東亜会議の共同宣言を、日本民族の精神の高貴さの証として 評価したのではないか。

 かつて、大正から昭和にかけて駐日フランス大使を務めたことのある詩人外交官Paul Claudel (1868-1955)は、日本人について、次のように語ったことがある。

 「大東亜戦争」中の事で、1943年11月23日の事であっ た。この月の6日には、日本軍が占領「解放」した諸民族の国家代表を東京に集めて開催した「大東亜会議」は、共同宣言を発していた。それはチャーチルとローズヴェルトの1940年8月にはっした「大西洋憲章」 を超える理念を盛り込んだ戦争目的の表明であった。23日のクローデルの語りは、この共同宣言を評価しての言葉であっ たのではないか。

 彼はこう言っていたのである。「もし、この戦争に生き残る価値のある 民族があるとすれば、それは日本民族である。彼らは物質的には貧しいが、高貴な精神の持ち主である・・・」。

 この発言は、1943年11月23日、つまり東京の「大東亜宣言」から2週間余たってのことだったのである。それはPrincesse Helene Shakowskoyの家で、クローデルとポール・ヴァレリー(詩人でアカ デミー会員、クローデルも1946年4月4日には、アカデミー会員に選出されている)が話した内容の一部である。記録に残っているところから原文で示せば、以下のとおりである。

 Un peuple pour lequel je souhaite qu’il ne soit jamais ecrase,c’est le peuple japonais. Il ne faut pas que disparaisse une antique civilisation si interessante. Nul peuple ne merite mieux sa prodigieuse expansion. Ils sont pauvre, mais nobles, quoique si nombreux.(アクサンは省略)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

・Sr.石野のバチカン放送今昔 ㉔結びに代えて

 これまで二年ほど、コラム「バチカン放送・今昔」を担当させていただきました。お読みくださったみなさまに心より御礼を申し上げます。少ない字数の中で、思ったことを十分表現できず、舌足らず文章になったこともあり、読んでいらしてご理解に苦しまれたところもおありになったのではないかと思っております。どうかその点ご容赦ください。

 バチカンでの働きは、ずいぶん昔のことなのに、時間の隔たりを少しも感じないで、つい最近の出来事のように、いろいろの場面を思い出しながら、一コマ一コマを楽しく書かせていただきました。

 バチカン放送に勤務当初は、放送局があまりののんびりムードに、「放送は秒刻み」という日本の常識にとらわれていた私は驚きました。「何とか、日本の通念を貫こう」と頑張りましたが、緊張と疲労が募るばかりでした。

 「朱に染まれば赤くなれ」。いつか知らないうちに、というよりは自覚してだんだんと、日本的繊細さを失い、イタリア色に染まりながら、それでも楽しく仕事をしていました。そのうち放送局も少しずつ改革が行われ、だいぶ日本の放送感覚に近いものに変わってきました。

 現在は、バチカンの広報関係は、放送、新聞、テレビ、広報室などが一本化されたと聞いています。どのようになったのか、詳細は分かりませんが、永遠の都ローマの中心にあるバチカンにも改革・変革の波は押し寄せてきているようです。たとえどんなに変化しようとも、教皇様に直接お仕えできたバチカン放送での思い出は、私の心の中で、一生涯生き続けることでしょう。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女、元バチカン放送日本語課記者兼アナウンサー)

 *「カトリック・あい」よりお知らせ‥Sr石野のコラムは「Sr.石野のあれこれ思い出」という新たなタイトルで8月以降も随時継続させていただきます。お楽しみに)

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉑ この仕事でよかった…

 新人の介護福祉士の日常を描き、その成長ぶりを通じて「介護の仕事」のやりがいや喜びを描いた映画「ケアニン~あなたでよかった~」(鈴木浩介監督)の上映を支援する動きが全国に広がっている。

 映画の主人公は、21歳の男性・大森圭。高校卒業後、これといって希望する進路を見いだせなかった圭は、漠然とした思いから介護の専門学校へ通い、郊外にある小さな介護施設で「ケアニン」(ケアする人)として働き始める。

 圭が就職先に選んだのは、「小規模多機能型居宅介護」の施設で、「通い」「宿泊」「訪問」を一つの事業所で一体的に提供するサービス拠点だ。しかし圭は、認知症を患う利用者たちとなかなかコミュニケーションが取れず、トイレの世話が必要な利用者に怒鳴られたり、施設の利用を考える家族から不安な目で見られたりするなど悪戦苦闘を続ける。

 「どこにやりがいがあるのか?」「自分は何のために仕事をしているのか?」と、介護の職場を選んだことを毎日のように後悔する圭。そんなある日、彼は79歳の元幼稚園教諭・敬子のケアをメインで担当する。利用者と家族との間に立ち、先輩スタッフの協力も仰ぎながら、試行錯誤の末に敬子と向き合うことを学んでいく――。

 映画は2017年6月に劇場公開されてから、ちょうど1年が経過した。全国約30館での公開はおおむね終了したものの、今も自主上映の形でスクリーンにかけられ、全国各地の公共ホールや学校、福祉関係施設などで多数の観客を呼び込んでいる。この7月以降、首都圏だけでも文京区、大田区、府中市、日野市、横浜市、鎌倉市などで上映会が企画されている。

 この作品を通じて学ぶことは数多い。介護することの意味、家族としての認知症患者への接し方、看取りのあり方……。しかし、それ以上に強く感じられるのは、<多くの人に介護の現場を知ってもらい、介護職のネガティブな印象を払拭したい>という制作側の思いにほかならない。
映画は社会問題を描く作品制作で定評のある「ワンダーラボラトリー」(東京)などが手がけた。山国秀幸プロデューサーは、約30か所にのぼる介護施設などに取材し、職員から聞き取ったエピソードをもとに原作を執筆したという。

 厚生労働省は、団塊の世代(1947~49年生まれ)が75歳以上になる2025年には、介護職員が約38万人不足するとの見通しを示している。介護サービスの利用者は約253万人に達するのに、現在の採用ペースでは約215万人しか確保できないという試算だ。どの施設でも離職率は高く、介護をめぐる人材確保の状況は非常に厳しいものがある。

 筆者が今年1月に上梓した医療小説『ディア・ペイシェント』(幻冬舎)では、26歳の介護職員・瀬戸翔太が、日々のつらい仕事に悩んだ末に病院を辞めるシーンを描いた。介護の仕事を辞してしまう瀬戸翔太と、続ける道を選ぶ大森圭。そのいずれもが、紛れもない現実の若者の姿である。ただ、医療・介護の現場に立つ者としては、圭のように「この仕事でよかった」と考える介護スタッフがひとりでも増えてくれることを切に望みたい。そのために私たちは、さらに社会は、どのような具体策を講じるべきか? ぜひとも多くの人に考えてもらいたい。

(みなみきょうこ・医師、作家: クレーム集中病院を舞台に、医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月に刊行。http://www.gentosha.co.jp/book/b11411.html 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

2018年6月26日 | カテゴリー :

・「正義の戦争」の是非を問われた教皇の、絶妙な答えとは

 教皇フランシスコが、世界教会協議会(WCC)創設70周年の教会一致を祈る集いに出席のためジュネーブへ一日巡礼の旅をされたが、21日夕の帰国途上の機上会見で、短いがきわめて注目される記者団とのやり取りがあった。それは、「教会が『正義の戦争』論から距離を置く可能性はあるのか」との問いに対しての、教皇の絶妙な返答である。

 記者団の「正義の戦争」論には直接お答えにならず、このように話されたのだ。「第三次世界大戦があれば、それは核兵器によって戦われることになる、と私たちは知っています」。そして、「第四次、というもの」があれば「棒を使っての戦いとなるでしょう」と。核兵器による世界大戦は、地球に壊滅的な被害をもたらし、原始時代に戻ってしまうだろう。仮に生き残る人がいて、また戦争をしようとしても、銃も刀さえも残っていない。わずかに使えるのは棒きれだけ…

 この教皇の答え方がなぜ絶妙だ、と思ったのか。それは、ファリサイ派とヘロデ派の人々がイエスに、どう答えても攻撃できると考えて、皇帝の税金ついて、質問した場面を連想したからだ。「正義の戦争」という言葉は、歴史的に見ても、戦争を正当化するために利用されてきた。だから、「正義の戦争」という言葉を詳細な定義もないまま、支持するような発言をすれば、「教皇は戦争を是認している」とたたく材料を、マスコミに提供することになる。

 だが、記者団の問いを肯定し、「正義の戦争」は認められない、というニュアンスで語れば、第二バチカン公会議が決めた「現代世界憲章」の関連個所も、同公会議30周年を記念して教皇ヨハネ・パウロ二世が公布し、現在もカトリック教会の具体的な教義の基本となっている「カトリック教会のカテキズム」の関連個所も否定することになり、世界の現状を無視しているようにも受け取られかねない。

 「現代世界憲章」では、1596項で「戦争は、人間の状況から根絶やしにされたわけではない。戦争の危険が存在し、しかも十分な力と権限を持つ国際的権力が存在しない間は、平和的解決のあらゆる手段を講じたうえであれば、政府に対して正当防衛権を拒否することはできないであろう」という判断を示している。

 そして、「カトリック教会のカテキズム」は第3編「キリストと一致して生きる」第2部「神の十戒」第5項「第五のおきて」の3「平和の擁護」で、で「一人ひとりの国民及び為政者は、戦争を回避するために努力しなければなりません」(2308項)としたうえで、現代世界憲章の先の言葉を引用。「軍事力による正当防衛を行使できるための厳密な条件というものが、真剣に検討されなければなりません。…行使には、以下のすべての条件がそろっている必要があります」(2309項)と述べ、条件として①国あるいは諸国家に及ぼす攻撃者側の破壊行為が持続的であり、しかも重大で、明確であること②他のすべての手段を使っても攻撃を終わらすことが不可能であるか、効果をもたらさないことが明白であること③成功すると信じられるだけの十分な条件がそろっていること④武器を使用しても、除去しようとする外よりもさらに重大な害や混乱が生じないこと⑤現代の兵器の破壊力は強大なので、該当条件には極めて慎重に考慮すること-を挙げている。

 同項では続けて「戦争を倫理的に正当化する以上の諸条件がそろっているか否かを慎重に判断することは、共通善についての責任をゆだねられている人たちの任務」とし、「このような場合、政治をつかさどる者には、祖国防衛に必要な任務を国民に課す権利と義務があります。職業軍人として祖国の防衛に従事する人々は、国民の安全と自由を守るための奉仕者です。自分の任務を正しく果たすとき、共通善並びに平和の維持に真に貢献するのです」(2310項)と言明しているのだ。

 短い飛行時間の間の記者会見で、しかも、かなりの時間が「プロテスタントである配偶者に対する聖体拝領についてのドイツ司教団の前向きの姿勢」についての是非、という微妙な質問への対応にかなりの時間が撮られた後の、この質問である。本来なら、上記のような内容をご説明になったうえで、これらに記述された内容に変更はない、とお話しになれば、良かったかもしれないが、時間がなさすぎる。中途半端な答えでは、微妙な問題に誤解を生む。それよりも、先日も米国と北朝鮮の間で一時、核戦争の危険性が高まるなど、ますます深刻化する核の脅威を抑えることが先決、という日ごろからのお気持ちを表すことが、限られた時間の中では適当、と判断されたのだろう。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が18日発表した2018年版「世界の核軍備に関する年次報告」によると、世界の核保有国は米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9か国で、2018年年初現在の保有核弾頭の合計は推定1万4465発に上っている。

 弾頭数自体は、一年前の1万4935発よりも総数では米ロ中心にわずかに減っているが、そうした中で、中国だけは弾頭数を前年より10発多い280発に増やし、北朝鮮も10∼20発保有、米本土を狙う大陸間弾道弾(ICBM)の開発に合わせて、これに搭載する核弾頭の小型化も進めている。先の米朝首脳会談で、北朝鮮側は「半島の非核化」という抽象的な言明をしたものの、現在保有している核兵器を廃棄する、とは言っていない。

 北朝鮮は9番目の核武装国として既成事実化に成功し、中国は年二けたの軍事予算の大幅伸びを続ける中で、4つの空母打撃群を日本海からインド洋に至る広範な海域に展開すべく建造を進めているが、核兵器による武装を当然、前提としているだろう。ロシアも爆撃機搭載の長距離・高精度の極超音速核ミサイルを開発していることが明らかになるなど、事実上の独裁国による核攻撃力の近代化・強化の動きが目立っているのだ。

 教皇の世界的な視野の広い、公平かつ冷静な現状認識、そしていつもご自身が繰り返されておられる識別力に、先の機上会見の短いやり取りであらためて敬意と共感をもったのは、私だけではない、と思いたい。

 そして、それにつけても、悲しい思いを新たにしてしまうのは、こうした”不都合な真実”に目をつぶり、(中国や北朝鮮であれば、党や政府の批判者はたちまち逮捕され、極刑に付されるところだが、そのような相手への批判は皆無のまま)自分は絶対安全な場に身を置き、特定の政党の主張とほとんど異なることのない、もっぱら政府・与党を的にした「反自民」「反安保」「憲法改正反対」という半世紀前と同じ主張を繰りかえし、それに異議を唱える声に耳を貸そうともしない、教会の一部の上層部も含めた人々のことだ。彼らには、自分たちが国民一般の問題意識から乖離した存在になっている、という自覚もないのだろうか。

(2018.6.24 「カトリック・あい」南條俊二)

2018年6月24日

・梅田君、君はよくやった-僕たちは君の死を無駄にしない-新幹線刺殺事件

 梅田君、君はよくやった。仕事を終え、あと何時間かで、奥さんのもとに帰ろうとしていた新幹線で、暴漢に襲われている女性を助けようとして、君は命を捧げた。その時、君はどんな気持ちだったろう。僕だったら… どうしただろう。見て見ぬふりをして、逃げたかもしれない。でも、君は、自分の安全を考えずに、体を動かした。心ないマスコミの報道も一部にあったようだが、そういう興味本位、あるいは善人ずらをした、無責任な記事を書いた者にも、自分ならどうしたか、一度考えてもらいたいものだ。

 僕は、君と同じ高校をずっと前に卒業した。当時は、まだ、山岳部などもあって、中学一年で入部し、T大進学などそっちのけで、体力作りに励み、山に登っていた。「山の男の十の掟」というのがあって、毎土曜日の部活の前に全員で唱えていた-我らは山岳を愛敬す、我らは心身ともに清かるべし… 我らは兄弟献身愛をもって助け合う…。山岳部は無くなったが、その心は、今も、この学校のキーワード―Men for Others, with Others( 他者のために、他者とともに生きる), Agure Contra( 逃げたい気持ちとたたかい、なすべきことに専念する) -などに引き継がれているように思う。

 十数年前、OB会が主催していた”先輩による社会学講義”とでもいう、高校一年生、二年生を対象にしたゼミの講師に招かれて、新聞記者としての経験や考えている事などについて話をしたことがあった。二年生はまあまともに話を聞いてくれて、質問などもしてくれたが、一年生は昼食直後だったこともあったのか、半数以上が居眠りしてしまい、「こんなふやけた態度で、仮にT大には入れても、まともな社会人になれるのだろうか」と不安に思ったのを覚えている。

 君はその世代かも知れない。あるいは、そのゼミに参加していたかもしれない。しかし、君は、決してふやけてなどいなかった。無謀だったかも知れない。しかし、あのような状態で、安全か、危険か、説得して止めさせらるのか、考える時間はなかったに違いない。まさに、とっさの判断。でも、心の底に、Men for Others, with Othersがなければ、瞬間的にあのような行動を起こすことはなかっただろう。

 君の奥さんには言う言葉もないが、君は本当に立派だ。君を、この世界を作った存在は、君をたたえ、君を抱き締めているに違いない。

 そして、君の死を無駄には絶対にできない。あのような愚かな、あまりにも愚かな、残虐行為に走った者が、二度と現れることのないようにする必要がある。警備を厳重にするなど、再発防止の当面の措置は当然だが、根本的には、彼を生み、育てた家庭と周囲の環境について思いを致す必要があるだろう。

 教皇フランシスコは使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」で、人の成長における家庭の重要性を説き、そして、その後の説教でも、家庭が神の計画の中心に置かれていることを、一人ひとりを大切にする社会の原点としての家庭教育の重要性を繰り返し説かれている。それは、現代の社会が、そうした神の願いとはかけ離れていることの裏返しでもある。残虐で独りよがりの事件を起こした男は、それを生んだ家庭は、社会は、僕たちから遠い存在ではない。

 梅田君、今回の悲劇を、他人ごとではない、僕たち自身の問題として、皆が考える機会となるように、助けてほしい。 合掌。

(「カトリック・あい」南條俊二)

 

2018年6月18日

・Sr.岡のマリアの風 ㉙M.T.さんの葬儀…ありのままに…

 むつみの家 -重症心身障がい者施設-に8歳の時に入所し、昨日、31歳で帰天したM.T.さん。本部のシスターたちと一緒に、通夜、葬儀に参列した

 M.T.さんの障害は非常に重く、痙攣すると、足が背中につくほどエビなりになり、何とかリラックスさせてあげたいと、医者、看護師はじめ、すべての職員が心を砕いてきたそうだ。

 話すことは出来なかったが、体の調子が少し良いときのM.T.さんの「ほほえみ」は、周りにいる人たちを「癒して」くれた、と、お別れ会で看護師長さんが涙ながらに語り、ひつぎの中のM.T.さんに、何度も「ありがとう」と言っていた。

 葬儀 施設ホールでの「お別れ会」 には、家族、親族、職員と共に、むつみの家の入所者の方々が ベッドや車いすで運ばれ、参列した。家族も、職員も、献花の花に囲まれた、ひつぎの中M.T.さんを見ながら、手を合わせ、泣いていた。

 普通、この世で人々が「望むこと」-お金、権力、地位、快適な生活、幸せな結婚-の、どれ一つも約束されず、痙攣で苦しみ、ベッドの上で看護される、M.T.さんの、文字通り「生き抜いた」一生。そのM.T.さんの、まったく野心も利害もない、ありのままの「ほほえみ」が、周りのわたしたちの心を癒した。優秀なお医者さんや看護師さんたちが、この、「何も出来なかった」、でも「ほほえみ」をくれた、M.T.さんとの別れに涙する。

 看護師長さんは、「もっと一緒にいたかった。もっと生きていてほしかった」と、率直に言っていた。

 施設のホールでの、簡素な「お別れ会」。ベージュ色の、小さな、優しい表情で手を広げているマリア像の、その、開かれた手に囲まれるように、M.T.さんの棺が置かれていた。M.T.さんの顔は、どこか静かで、おだやかだった。その、生き抜いた「いのち」は、多くの人々の優しさによって受け入れられ、抱きしめられてきたのだ、と感じた。

 「いのち」の不思議さ… 一つの、本当に、この世に「たった一つのいのち」の神秘。さまざまな障がいをもった方々と接していると、与えるよりも、与えられるものが、いかに大きいかを知らされ、驚かされる。

 食事も排泄も一人では出来ず、痙攣でエビなりになり、苦しい、痛い… それが、31年間、毎日。そのMTさんを、少しでも楽にしてあげたい、と、お医者さん、看護士さん、スタッフたちは一生懸命だった。そして、M.T.さんが、楽になって「ほほえむ」と、周りがパァっと明るくなり、苦労も忘れる。そんな、毎日。

 何の解釈も、何のコメントも要らない。「いのち」の不思議さを、分析したり、切り刻んだりすることは、出来ないから。今日、一つの、生き抜いたいのちが、天に帰っていった。たくさんの、たくさんの人々に感動を与えながら。

 「いのち」は不思議だ。そんなに大切な、この世にたった一つの「いのち」をいただいているわたし、わたしたち。その「いのち」を一瞬一瞬生きて、生かされているわたし、わたしたち。

 M.T.さんに、そして、M.T.さんに関わってきた家族、スタッフの皆さんに「ありがとう」。

祈りつつ

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年6月18日 | カテゴリー :

・三輪先生の国際関係論 ㉙「改竄」-歴史研究に大切な文書類を日本人はどう扱ってきたか

  奄美群島出身の郷土史研究家によれば、流刑にされた西郷吉之助は決して英雄的ヒュウマニストではなく、植民地支配の小役人が考えそうな、島民の搾取で、薩摩の貧乏侍の生活の足しにすることを考えたりしていたことが、知られているという。

 そのような搾取の実態を示している当時の文書は、維新後の新日本発生と共に、跡形も無く破棄抹殺処分されてしまった、という。恥の文化が歴史の、言うならば、「改竄」に肩入れしている紛れも無い一例である。この一つの例を知るに及んで、世界の文明化社会のスタンダードと比較して、私は日本人とはいかにも矮小な国民ではないか、との想いを今更のように感じずにはいられない。

 世界の文明化社会のスタンダードといったが、その一例はフランスの場合である。以下の事は、ヴェトナム出身で、北海道大学で歴史研究で博士号を取得した人から学んだ事である。それは今から20年も昔のことになるだろうか、カナダのアルバータ大学で教授として日本史を講じていた彼から直接聞いた話である。彼は言った-「フランスは大帝国でした」と。

 「大帝国」の資格とは何か。彼は続けた。「フランスの仏領インドシナ支配の記録は、フランス本土の文書館に細大漏らさず、総て収められています。誰でもがそれを閲覧することが出来ます。其処にはフランスの植民地支配の良き事も悪しき事も、等しく記録として残されています。そうしようと思えば、『実証的』にフランスの名誉を貶めることが出来るわけです」と。

 これが、彼が言おうとした「大帝国」のいわれだった。

 その意味で、「西郷」にも「薩摩」にも、「大帝国」の属性から外れている点が見いだされる、と言うのが、この小論の一つの大切な結論である。(2018. 6 .5)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)