・新型ウイルス危機の今こそ、世界の民主主義国は結束、課題解決へ努力を始める時-「東京会議宣言」

(2020.3.3 言論NPOニュース)

 言論NPOは2月29日と3月1日の2日間にわたり、世界10カ国の有力シンクタンクのトップや世界の要人が参加する「東京会議2020」を開催。最終日に未来宣言を採択しました。世界でも新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、感染防止に向けた様々な対応が進む中での開催には大きな困難がありましたが、こうした状況だからこそ、いま世界で起こっている課題に対する議論をきちんと行うべきだと考え、開催に踏み切りました。

 「東京会議2020」公開フォーラムの1日目、2月29日は、世界のシンクタンクのトップや日米の通商政策関係者が、米中対立の出口や、目指すべき国際秩序の姿について議論しました。参加者間では、コロナウイルスの感染が広がる状況だからこそ、多国間連携や民主主義の強靭さを試す局面で、リベラル秩序のもと米中や世界が共存する道筋を探る必要がある、との認識で一致しました。

 続く3月1日の公開フォーラム2日目では、第10代ドイツ連邦共和国大統領のクリスティアン・ヴルフ氏、インドネシアの元外務大臣のハッサン・ウィラユダ氏、フランスの元外務大臣のユベール・ヴェドリーヌ氏がそれぞれ「世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか」をテーマに基調講演を行いました。 続いて、世界のシンクタンクトップらも交えて行われたパネルディスカッションでは、既存の秩序をバージョンアップすることの必要性、その中に米中を共存させること、また10年後の新しい秩序作りに向けて、今動き出すべきなど、活発な意見交換がなされました。HIR_1155.png

 最後に司会の工藤が「次の第2セッションでは、この議論を踏まえ、我々が目指すべき国際秩序の姿やそのために問われる努力を明らかにしていきたい」と述べ、白熱した議論を締めくくり、3日間にわたる議論を踏まえた「東京会議2020」未来宣言を採択し、閉幕しました。

 今回の会議で最も重要な成果は、「米中対立が厳しくなり、世界経済の分断が否定できない中でも、リベラル秩序を守り抜く」という決意を世界10カ国のシンクタンクが合意したことです。こうした合意文を今年のG7議長国であるアメリカ政府を代表して、駐日米国大使の代理でニコラス・ヒル主席公使に手渡しました。

 今回、米国政府に提案したこの宣言文で重要なポイントは2点あります。

 1つは、中国が自由市場へのアクセスを得たいのであれば、相互主義を受け入れるべきであり、これ以上曖昧にしない、という明確なメッセージを打ち出したことです。ただそれは、中国の排除を目的としたものではなく、ルールに基づく国際秩序を守り抜くことがその目的であり、今後のルール・メイキングには中国をきちんと巻き込んでいく、という主張を入れ込みました。

 同時に民主主義国が協調してリベラル秩序を守り抜くためには、民主主義国の競争力を高めるためにそれぞれの国自体を強くし、民主主義そのものを強靭なものにするために、努力を始める、ということを申し合わせ、そのために協力し合うことを呼びかけました。

 これに対してヒル主席公使は「G7は首脳会議以外に、閣僚会合も重要。さらに、今日のような民間シンクタンク間の会議も極めて重要だ」と述べ、非公開議論も含めると3日間の対話を経て宣言をまとめた参加シンクタンクの努力に敬意を表しました。その上でヒル氏は「今日の宣言はホワイトハウスに伝達する」と明言しています。

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「東京会議2020」未来宣言

 私たちは2月29日と3月1日の2日間、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、日本、フランスのG7加盟7カ国にインド、シンガポール、ブラジルを加えた世界10カ国からのシンクタンクと今回で4回目となる「東京会議2020」を開催した。

 隣国・中国で発生した新型コロナウイルスの感染は世界中に影響が広がっている。このような状況にもかかわらず、世界を代表する10のシンクタンクがこの東京での議論に参加したのは、世界の状況は、私たちシンクタンク自身にも新しい覚悟を迫っていると考えたからである。

 この数年、米中経済対立は技術の覇権的な争いとなり、世界の自由秩序の将来は一層不安定なものとなっている。世界に広がる自国第一主義の傾向は、多国間による国際協力や合意形成にも深刻な影響を与えている。

 私たちが昨年に引き続き、米中対立の行方を話し合ったのは、世界は今後、米中の二つの大国の競争を軸に展開し、さらに深刻化し、長期化することが避けられなくなっているからである。

 コロナウイルスの感染の拡大は、世界が即時に連鎖する、相互依存を高めていることを明らかにしている。こうした世界が共有する課題の解決は、協力の上にしか成り立たず、その協力は双方向的なものである。にもかかわらず、世界の繁栄を支えてきたリベラルな国際秩序の未来は不透明になり、世界経済の分断の可能性も否定できない状況が続いている。世界の民主主義国は結束し、努力を始めなければならない局面だと私たちは判断した。

 私たちが目指すのは、世界の自由秩序とその枠組みを守り抜き、アップデートすることである。大国間の対立はそうしたルールに基づく自由な市場での競争でなくてはならない。それが意味することは、この対立の出口は世界の分断ではなく、ルールに基づく世界の自由秩序の下での米中、あるいは世界の共存ということである。

 そのためにも世界の民主主義国は協調して取り組むことが必要であり、今が、その局面なのである。私たち10か国のシンクタンクはそのために積極的な貢献を行うつもりである。

 この「東京会議」に集まった10ヵ国のシンクタンクは各組織の既定の範囲内で、議論に参加することで合意している。私たちは二日間の議論で多くの点で共通の理解を得た。その中から、私たちは以下の5点に焦点を当てた。

第一に、本年のG7議長国となる米国は、大統領選の真っただ中にある。私たちは米国が国際社会での役割を重視し、G7で強いリーダーシップを取ることを今後も強く期待する。民主主義を唱えるG7など、世界の主要国は協調してリベラル秩序を守り、将来にわたってその秩序の中心に立つ努力をし続けるべきである。そのためにも主要国は新しいルール策定を先導し、世界のシステムの安定や地球規模課題での多国間協力で強いリーダーシップを取らなくてはならない。

第二に、米中対立の今後は、米国の禁輸リストをもとにした輸出、投資の規制の進展で緊張が高まり、全ての政策課題で安全保障と結びつけられた判断を求められる可能性がある。しかし、民主主義国は結束を崩さず、世界経済の分断の回避に努めるべきである。中国が世界市場に平等のアクセスを求めるのであるならば、中国は世界との相互主義を受け入れる必要がある。私たちは世界経済に公平な競争条件を実現するために相応の対応をし、中国に国内経済改革を迫る必要がある。ただし、中国を排除することがその目的ではない。

第三は、急速に進むデジタル等の技術開発やデジタル経済、AIの進展にルールが追い付いていないという問題である。日米のデジタル貿易協定や日欧の協議などルールに向けた動きが世界で期待されているが、こうした動きをG7が率先し、WTO等の場でマルチ化する努力が求められる。リベラル秩序を守り抜くということは、目指すべきリベラル秩序を再定義し、世界が共存できる新しいルールを作り上げる攻めの対応なのである。そして、この共同の努力に中国が参加するための努力を行うべきである。また、気候変動など世界の共通課題への対応、持続的成長の実現も緊急の課題である。

第四に、世界が戦略的な競争の過程に入る中で、G7各国など世界の民主主義国に問われることは、自由、民主主義という共通の価値を持つ国自体がより強くなることであり、それを私たちは一緒に取り組むべきである。民主主義国が、世界のリベラル秩序を守り抜くには、世界の共通利益であるグローバル化と国内の利益をつなぎ、世界だけでなく国内にも包摂的な成長を実現しなくてはならない。そのためにも、まず国内の経済格差などの問題に注力し、教育や必要なインフラ投資、技術の発展に積極的に取り組み、その競争力を高めなくてはならないのである。

第五に、G7各国は、それぞれの国の民主主義自体をより強靭なものに変えなくてはならない。民主主義国間に広がる権威主義の動きやポピュリズムの動きを抑え込むためには、民主政治の課題解決に向かうサイクルを立て直し、代表制民主主義への市民の信頼を回復する必要がある。そのためにも、権力の機能的な牽制や法の支配、そして何より市民が自己決定できる社会を守ることが必要である。独立のメディアやシンクタンクなどの知識層もその立ち位置から積極的な役割を果たすべきである。自由と民主主義の将来をかけたこの歴史的な作業は、幅広い人々の理解と支持に支えられるべきものである。
2020年3月1日「東京会議」

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▼一日目・セッション1報告 ーコロナウイルス流行が多国間連携や民主主義の強靭さを試す局面で、リベラル秩序のもと米中や世界が共存する道筋を議論 

第1セッションでは、まず、日米の通商政策関係者が、米中対立は長期的で構造的なものになる、という認識で一致。これを受けた議論では、現在続く新型コロナウイルスの流行拡大により、多国間の連携や社会の連帯、民主主義といった価値の強靭さが試されている、という意見が相次ぎました。そして、米中対立の出口は、こうしたリベラルな規範のもとでの米中の共存以外にない、という立ち位置で、その道筋をどう描くか、真剣な議論が行われました。

困難があるからこそ、それに向かい合う議論を社会に伝えるのがシンクタンクの使命

まず、開会の挨拶に立った言論NPO理事で、東京会議の運営委員会でもあるワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)委員の近藤誠一・元文化庁長官は、「コロナウイルスの流行で、人類もやはり地球の生命体の一つであることを再認識した」と述べた上で、「地球の生命が38億年間、維持されてきた秘訣は、多様性だ。生命体に単一の性質しか存在しなければ、環境変化によって全てが滅んでしまう」と発言。こうした自然界の原理になぞらえ、「国際秩序も開放性や多様性があってこそ存続するのだろう。米中対立の出口を考えていく上でも、その大原則を忘れてはならない」と主張しました。

続いて、主催者挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、コロナウイルスの感染拡大を受け、4カ国のシンクタンクトップや日本政府関係者らが次々と欠席を決めたことに言及。「しかし、言論NPOは設立から18年間、議論を中止したことは一度もない。困難があるからこそ、それに向かい合う議論を展開し、社会に発信するのがシンクタンクの使命だ」と語りました。

そして、2017年に立ち上げた「東京会議」の目的を、世界の自由と民主主義が直面する試練に、シンクタンクや知識層が連携して取り組み、世界、とりわけG7の議長国に提案することだと説明。こうした本気の議論が、東京で行われることが何より重要だ、と強調しました。

さらに工藤は、コロナウイルスが世界で流行するだけでなく、それにより人の移動やサプライチェーンなどへの影響が国境を越えて急速に広がる現状は、まさに「世界は一つ」であり、一つであり続けなければいけないことを表している、という見方を提示。同時に、「こうした人類共通の課題を解決するには多国間の協力が不可欠だが、今、国々の間には価値観や体制の違いが広がっている」と述べ、この状況に対し、あくまで「共通のルールに基づく自由な社会、大きな困難に世界が協力し合う世界」をつくるため、シンクタンクが結束して取り組む決意を重ねて語りました。

第1セッションの問題提起は、コロナウイルスの影響で急遽、会場での参加を取りやめた牧原秀樹・経済産業副大臣が、ビデオメッセージにより行いました。

日本に求められるのは、ルール作り、平和、国際協調の推進、民主主義的価値観の体現、という3つのリーダーシップ

牧原氏はまず、米中対立について、「米国にとっては、GDPや人口、技術力などでソ連よりも強大な中国の台頭を抑え込もうとするのは当然なのかもしれない」とした上で、「日本は、イデオロギー面でソ連とは明らかに逆の立場だった冷戦時代とは異なり、文化的・歴史的・地理的、そして経済的にも、中国を単純なライバルとして扱うことができない。また、米中対立自体も、米ソのような軍事的な二元対立ではない」と、状況の複雑さを説明。このような状況下で日本に求められる三つの役割を語りました。

牧原氏は第一に、「このような対立構造の複雑さに鑑みれば、中国を包含する多国間枠組みの存在が極めて大切」だと語り、その中で、EUや日本など米国以外の民主主義国には、「米中の対立を激化させず、ルールに基づく自由で公正な世界の秩序作りを担う役割がある」と強調。これらの国々が米国に対しても、自由で公正なルール作りのリーダーとして振る舞うよう粘り強く説得しなければならない、と主張しました。

そして、自身が担当する国際通商ルールは、日本がルール形成に主導的な役割を発揮している顕著な例だとし、世界的に保護主義が高まる中、TPP11や日EU・EPAを発効させ、RECEP(アジア太平洋包括的地域経済連携)の交渉も進めていること、さらにデジタル経済のルール作りでも、DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の理念をG20やWTO などで提唱していることを挙げました。

HIR_1105.jpg 第二に牧原氏は、先進民主主義国が安全保障面でも連携の必要性を挙げます。近年の地政学的対立の背景には、平和の大切さや国際協調の重要性への認識が薄れてきていることがあるのではないかとし、AI(人工知能)など最新技術を使った軍事兵器開発競争は、かつての核兵器開発競争のように人類そのものの存続にすら影響しかねないと懸念を示しました。そして、こうした兵器の開発も、核兵器の開発と同様、国際ルールによって抑制することが重要だとし、技術大国である日本やEUの役割は極めて大きい、と述べました。

第三の役割として、「民主主義という価値観の体現」を提示。牧原氏は、米政権が民主主義の価値を否定するような行動を続け、欧州でもポピュリズムの台頭で民主政治が機能不全に陥る中、今後、急速な台頭が予想されるアフリカなどの諸国は「民主主義体制は本当に良いものか、という疑問を感じている」と指摘。他方、アジアやアフリカなどの一部では非民主主義国が大きな発展を遂げるだけでなく、一部の国々は、進出先の国の市民ではなく、「その国の権力者の基盤を頼りに、インフラ整備で自らの権益も固めている」と憂慮しました。

牧原氏は、この状況に対し、「民主主義的価値観の良さを体現するロールモデルとしての役割が、日米欧に求められている」と主張。その基本は、権力者ではなく市民が主体である こと、そして「健全な」言論が自由にできることが何よりも大切であることを、世界に説かなければいけない、と訴えました。

問題提起を受け工藤は、「牧原氏が語った、公正なルール、多国間協調、民主主義の全てが困難に直面している。この状況のベースには米中対立があり、それが世界の分断を招きかねないという見方もあるが、今、世界では何が起こっているのか」と問いかけました。

米中対立の膠着状態を抜け出すには、中国が参加したいと思えるようなルールをつくることが必要

これに対し、米国からゲストとして招いたユーラシアグループ地政学担当部長のポール・トリオーロ氏は、米国内で進む中国とのデカップリング(切り離し)の議論について、「中国のハイテク分野での台頭が、欧米の自由主義的経済モデルと衝突し、経済、安全保障の両面で欧米諸国の脅威になっている」という認識が根底にあると指摘しました。

具体的には、国有企業への補助金や強制技術移転といった中国の政策に対する懸念は、トランプ政権以前から存在すること、加えて、ここ1年間では、国家安全保障の一部として、技術の輸出管理や中国からの投資の審査を急速に厳しくしたことを紹介。「過去30年で、世界のサプライチェーンが中国を中心に形成されてきたこと自体、米国の経済と軍事にとって脅威である」という認識がデカップリングを引き起こしている、と語りました。

一方、中国についてトリオーロ氏は、「共産党政権は国有企業の育成によって技術面の米国依存を解消しようとしているだけでなく、デジタル技術による監視社会を築き、欧米の価値観と対決している」という見方を示しました。

そして、ハイテク分野の覇権争いはAIや5G(第5世代通信規格)など次世代の技術にも及ぶため、米中対立はかなり長期化し、その打開は困難なものになるという見通しを提示。同時に、技術開発がグローバル化する中で日本や韓国、欧州なども中国の技術的攻勢を受けているため、これは米中二国間だけでなく世界の問題だ、という認識を語りました。

さらにトリオーロ氏は、こうした膠着状態を抜け出すために必要な二つの視点を提案。

第一に、米中対立のゴールをどこに定めるか、と指摘。同氏は、中国の経済規模や生産能力があまりに大きいため、一定の相互依存は止められないことを前提に、デカップリング以前の状況にどう巻き戻すのかを考えるべきだ、と提案しました。

第二に、国際秩序の再構築というテーマを提示。中国は「新たな国際秩序自体を構築する意思はなく、共通ルールに参加することに関心は持っている」という認識を示しました。そして、今後の課題は、中国が利害関係者として参加したいと思えるような仕組みをつくることだ、と主張し、それを促すことが民主主義国側の役割だ、と語りました。

続いて、議論は、コロナウイルスの感染拡大が米中対立にどのような影響を与えるのか、という論点に移りました。

コロナウイルスの流行が米中関係のさらなる悪化につながる危険性

ブラジルからビデオ出演したジェトゥリオ・ヴァルガス財団総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、「中国は国民の不満をそらすため、国外の問題に国民の目を向けさせるのか。また、全世界が景気後退に追い込まれる状況があるのか。誰もわからないまま、恐怖が広がっている」と、事態の不透明性を強調。その上で、「最悪の状況は、恐怖が地政学的な緊張を生むこと」だと語りました。

同時に、事態の収束後、南シナ海などの地政学的な緊張がさらに高まる可能性にも言及。「平和的な解決策は協力の上にしか成り立たない。それは、統治体制や人々の世界観が異なる国の間では難しい」と語り、自国を世界の民主主義の旗手と考える米国人と、自国が世界の中心とみなす中国人との間に、お互いが許容できる価値観を築くことができるかが課題だと述べました。

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米国外交問題評議会シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、今回の事態が、世界にとって様々な面で「試練」に直面しているとの解釈を示しました。

まず、各国政府にとって、適切な医療の提供や、経済への影響緩和といった対応の成否が、政権基盤を大きく左右すると指摘。

リンゼイ氏は中国について、「習近平主席は毛沢東以来の強い権力を持っているが、権力には責任が伴うため、対応を誤れば政権は一気に脆弱化する」との見方を提示します。また、習政権が中国経済の再活性化に失敗した場合、中国だけでなく世界にどういう影響をもたらすのか、注視する必要がある、と語りました。また、米国のトランプ大統領も、秋の大統領選ではコロナウイルスへの対応が国民の審判を受けることになる、と話しました。

こうした「政府の試練」は、政治体制を問わず各国に共通する課題であり、また、政治的に人気のある手法が必ずしも賢明ではない、と述べました。

一方でリンゼイ氏は、仮に米国でコロナウイルスの感染が広がれば、米中の「分断」が何を意味するのかが明らかになってしまう、という見方を披露します。同氏は、米国で使われる医療用マスクや医療機器の多くが中国で生産されていることを紹介。こうした資材の中国からの融通が滞り、それは中国が自国の感染対策を優先させているためだ、という認識が米国内で広がれば、米中の緊張関係はさらに急速に深刻化していくだろう、と語りました。

加えて、コロナウイルスの発生源を巡り、SNSで様々な「陰謀論」が広がっていることにも言及。フェイクニュースが真実を締め出す危険性が高まっているという意味でも、私たちは未知の領域に踏み込もうとしているのではないか、と述べました。「皆が恐怖心にとらわれている時こそ、『東京会議』のような対話によって世界の識者が互いに学び、賢明な選択肢を示していきたい」と。

人類共通の課題に対する多国間連帯のあり方が問われている

カナダのロヒントン・メドーラ氏(国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁)は、過去の金融危機時にIMF(国際通貨基金)が加盟国への大胆な政策介入に踏み切ったことを引き合いに出し、「少数の大出資国に権限が集中するIMFと違い、WHO(世界保健機関)はガバナンスの所在が曖昧だ。私たちは、WHOに強いリーダーシップを発揮してもらう意欲があるのか」と提起。今回のコロナウイルス流行により、望ましい多国間主義や国際機関のあり方が問われている、と語りました。

また、こうした多国間協調で重要なのは「仲が良くない国とも対話すること」だと主張。例えば、「イランは世界で4番目に感染者数が多いが、カナダは同国との外交関係が断絶状態にあり、イランで何が起こっているのか情報が入ってこない」と紹介し、様々な違いを超えて全ての国が参加することができる国際連携のルールやプロセスが必要だ、と訴えました。

ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏も、国際組織、多国間連携の重要性を強調。保健制度が整っていない途上国や、紛争地域にコロナウイルスが流入した場合の影響の大きさに触れ、「感染症対策のような世界共通の課題への取り組みは地政学的対立の影響を受けず、国際公共財として各国がそのコストを負担していくことが重要だ」と訴えました。

ペルテス氏は、コロナウイルスの発生当初、先進国ではこれが中国一国の問題に過ぎないとみなされ、中国での感染拡大を防ぐための資金拠出に消極的だったと指摘。「それは、人類の連帯が限定的だったことを意味する」と述べました。そして、こうした国際連携が機能する条件は、国内の社会で連帯や思いやりの精神が機能していることだ、と述べるペルテス氏は、「欧州では、中国からの帰国者が自分の街から締め出された事例があった」と紹介。この観点から、「私たちの社会が試されている」と語りました。

危機における民主主義国の強みは、政府と国民の信頼関係に基づく情報共有

インドのサンジョイ・ジョッシ氏(オブザーバー研究財団理事長)は、コロナウイルスの流行は社会の連帯に加えて民主主義の重要性をも明らかにした、と語ります。同氏は、中国やイランで自国の感染対策に対する国民の不満が高まっているのは、「政府の出した情報を国民が信頼できないからだ」と指摘。国民と政府との信頼関係に基づくオープンな情報共有ができるのは民主主義社会しかない、と訴えました。

WAC委員で東京大学大学院総合文化研究科教授の古城佳子氏は、感染症や金融危機のような、グローバル化によって起きる問題への対応には国際協調しかなく、「今後も生じうる危機にどのような協力体制が必要なのか、議論を進めていく必要がある」と主張。その際には、それぞれの国が重要な情報をオープンにし、オープンな議論ができる環境をつくっていくことが不可欠である、と述べました。古城氏はその点で、「各国が出す情報が国内外で信頼されるものでなければ、協力体制が生む果実は少なくなる」とし、情報へのチェック機能が働く民主主義国の利点を強調しました。

各国のパネリストが多国間協力の重要性で一致したところで、司会の工藤が、「主権国家を基礎とした今の国際秩序において、それが分断の危険に直面する状況下で、国境を越えた課題に各国が協力し合う取り組みがどう実現するのか」と重ねて論点を提示。先進国内で自由民主主義への疑念も生じている中、「自由秩序に基づく米中の共存を実現するため、どのような作業が必要なのか」と、パネリストらに尋ねました。

ルール形成の「仲介者」としての日本への期待

ドイツのペルテス氏は「欧州として米中対立の過熱を和らげる解決策がなく、その影響から逃れることもできない状況」を前提に、「地域主義」の強化によって欧州自身の競争力を高めていくしかない、と主張。「米中のはざまで同じ立場にある日本も、アジアの民主主義国間の連携をリードしてはどうか」と提案しました。

カナダのメドーラ氏は、データ管理や知的財産権の活用といった新しい領域において、「ブレトンウッズ体制のような、何十年間もの繁栄を世界にもたらすルールが必要」だと発言。例えば医療の分野においても、新技術の迅速で普遍的な広がりを奨励するルールが不在であることを指摘しました。そして、異なる規範に基づく世界、つまり国家中心の中国、企業中心の米国、市民中心の欧州、が併存しているという現状認識を示した上で、「そうした新しいルールには、中国も引き込んでいきたい」と意欲を見せました。

インドのジョッシ氏は、グローバル化により台頭したインドにとって、グローバル化への疑問が米政権から呈されていることを「ジレンマ」と表現し、その解決策は、国と国とが対話することだ、と強調。その意味で、日本は「フェアな仲介者」として多くの国々から注目されている、と語りました。そして、「世界はさらなるグローバル化を必要としている」という観点から、インドが交渉離脱を表明したRCEPについて、「対象が工業品に偏っており、インドが強いサービス分野の自由化は進んでいない」と指摘。日本が中国を巻き込んでルール作りに役割を果たすことへの期待を述べました。

シンガポールのオン・ケンヨン氏(ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長)は、コロナウイルスのような喫緊の課題には、国連やWHOといった既存の国際制度を活用するしかなく、この下での連携を通し、「有益なルールは引き続き活用しつつ、時代に合わないルールをアップデートしていく必要がある」と主張。

ルール形成において米中との間合いの取り方に苦労しているASEANの立場から、米中を説得しルール形成での連携を働きかける上で「日本には引き続き模範となってほしい」と語りました。

 

▶一日目セッション2報告―リベラルな国際秩序再興のためには、各国の「国内を強く」すると同時に、多様性をどこまで受け入れられるかが重要に

引き続き行われたセッション2では、「米大統領選の意義と目指すべき国際秩序」をテーマとした議論が展開されました。

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国益を最大化するためには、国際協力こそが最も効果的である

セッションの冒頭、今年1月までアジア開発銀行(ADB)の総裁を務めていた中尾武彦氏が問題提起を行いました。その中で中尾氏はまず民主主義の現状について論及。グローバル化と技術の進化は日進月歩であるとした上で、その恩恵を享受できず、取り残された非エリート層の市民の苛立ちや不満が拡大している現象が多くの民主主義国で見られること指摘。その不満を解消できない民主主義システムへの不満も同時に高まっているとしました。また、メディアや知的エリートといったこれまで民主主義秩序を支えてきた層もSNSの言論空間に押されて、その影響力を低下させていることも民主主義の弱体化を加速させている要因であるため、影響力を維持するための努力は不可欠であると各界の有識者が居並ぶ会場を見渡しながら語りました。

中尾氏はさらに、グローバル化と主権国家の関係についても言及。自身のADBでの経験を振り返りつつ、他国からの干渉や影響力を排除したいと考え、グローバル化と国際協力に後ろ向きな小国は数多いと解説。しかしその一方で、気候変動や金融危機、そしてまさに現在進行中の感染症などは即座に国境を越え得る課題である以上、やはり国際協力と、それを担う国際機関は不可欠であることを強調しました。同時に、国際協力の進展に向けてこれまでの日本のADBなどの取り組みを概観。こうした1980年代に行われてきたような取り組みが現在のアジアのグローバル・バリューチェーンの基礎となってきたと評価し、長期的な視野に基づく取り組みの重要性を説きました。

中尾氏は最後に、米中両国についても言及。中国もこれまで「干渉されてきた」という鬱屈した思いを抱えているとの見方を示すと同時に、そうした中国の行動とその背景にある意図を丁寧に分析しながら対応していく必要があると指摘しました。米国については、自国第一主義自体はどこの国にも「国益」というものがある以上はある程度はやむを得ないと理解を示しつつ、「国益を最大化するためには、国際協力こそが最も効果的である」ということを折に触れて説き続ける必要があると語りました。

 

次期政権にかかわらず米国の変化は望めない以上、同盟国・友好国も自助努力すべき

続いて、米国から外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏が問題提起に登壇しました。リンゼイ氏は、これまで米国が主導してきたルールベースの国際秩序が崩れ始めてきているのは、実はこの秩序が多くの国と人々に豊かさをもたらすなど成功を収めてきたが故であると切り出しました。例えば、途上国も豊かになって都市化され、エネルギー消費量が増大したことが、国際社会を分断させる一因となっている気候変動問題を加速させたと指摘。世界貿易機関(WTO)の機能不全にしても、加盟国が164カ国・地域、世界貿易に占める割合が97%以上となるなど、多くの国々が自由貿易の恩恵を受けようと加入した結果、利害調整が複雑化し、機能不全となった、といったある種のパラドックスがあると指摘しました。

もっとも、要因はそれだけではなく、やはり中ロなど権威主義体制からの挑戦、さらには、米国自身の外交展開の失策による国際社会からの信頼失墜も大きいとリンゼイ氏は語りました。

その米国の信頼低下の要因として、リンゼイ氏はトランプ大統領についても言及。”米国ファースト”に確固たる信念を持ち、マルチよりもバイの方が米国の利益になると確信しているトランプ氏の行動を変えることは容易でないとしました。同時に、米国内での世論調査では、米国国民の中では実は、”米国ファースト”の意識は低下しつつあると明るい材料も挙げましたが、しかし今秋の大統領選で外交が主要な争点になることはないということも断言。しかも、民主党の候補者も気候変動以外ではトランプ氏と大差ない姿勢であるため、「民主党政権になれば米国が即座に多国間主義に再転換するというのは幻想だ」と釘を刺しました。

その上でリンゼイ氏は、そのように次期政権にかかわらず米国の再転換は期待薄である以上、同盟国・友好国も「米国と共に何ができるのか、と考えるべきだ」と自助努力を促しました。

最後に、リンゼイ氏は中国についても言及。トランプ氏も多くの米国国民も、中国と積極的に対立したいと考えているわけではなく、既存の秩序から恩恵を受けているのであれば応分の責任や負担も担うべきだと考えているとすぎないとし、中国側で過激な対米強硬論が台頭することを牽制しました。

 

リベラルな国際秩序再興のためには、各国の「国内を強く」すること、そしてシンクタンクの役割が重要

続いて、イギリス・王立国際問題研究所(チャタムハウス)所長のロビン・ニブレット氏がビデオメッセージを通じて問題提起を行いました。ニブレット氏はその中でまず、世界には自由民主主義国、権威主義国など多くの異なる政治システムが並存とした上で、現在の世界は、気候変動やデータ管理、テロなど国境を超えた共通のグローバルな課題に直面していることを指摘。したがって、異なる政治システムの国同士だからといって分断するのではなく、共通の課題に向けて共に取り組んでいかなければならない状況にあると語り、そのためには長期の国際協力を可能とするような包摂的なシステムを構築すべきであると主張しました。

同時にニブレット氏は、リベラルな民主主義国家側の課題についても問題提起。これまでグローバル化による利益追求にのみ注力してきたことで、国内に格差を生じさせるなど、分断をつくり出したことが、民主主義に対する不信を生み、民主主義を弱体化させたと分析。そこで例えば、教育、インフラ、投資などを通じて、国内の変化が「単に勝者を利して敗者の現状をより悪化させるだけのものではない」ということを国民は理解してもらうための努力が必要であると主張。とりわけ、米国がリベラルな秩序のリーダーとしての役割から離れつつある中では、日欧豪などの各国は共に民主主義の国として「国内を強くしなければならない」と説き、それこそが終局的にはリベラルな価値を守ることにもつながるとしました。

一方、中ロなど権威主義国家については、外から変化を促すことは困難であるとしつつ、共存していくしか選択肢はない以上、過度に敵視することは妥当ではないとも指摘。中国のような強権的で管理型の政治システムを採用したいと考える政治指導者はいても、その中で暮らしたいと考える市民はいない、と指摘しつつ「我々はこのリベラルなシステムに自信を持ち、守護し、促進いくべき」と語りました。

その上でニブレット氏は最後に、シンクタンクの役割について言及。この「東京会議2020」に参加しているシンクタンク自身も、リベラルな国際秩序の中で育ち、市民社会の一部となってきたと振り返りつつ、リベラルな国際秩序を維持・発展させていくために何ができるのか、シンクタンク同士も国境を越えて連帯していかなければならないと呼びかけました。

 

問題提起の後、ディスカッションに入りました。

倫理宣言からガバナンスの確立へ

カナダ・国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏は、各氏の問題提起に同意しつつ、これまでリベラルな国際秩序から各国が恩恵を受けてきたということを再確認しながら、秩序維持に向けて努力を積み重ねていくしかないと語りました。その上でメドーラ氏は、テクノロジーの飛躍的進歩とそれを規律する秩序・ルールの空白の問題について言及。1948年の世界人権宣言のような倫理宣言を、例えばデジタル分野で打ち出すことを提案。世界人権宣言は法的拘束力はないものの、各国国内でその趣旨を盛り込んだ法制度の整備につながっていったように、倫理宣言もやがて実効的なガバナンスの確立につながっていくとその狙いを説明しつつ、こうした議論を通じて国際協力の機運を高めていくべきだと語りました。

米国・ユーラシアグループテクノロジー地政学担当部長のポール・トリオロ氏も、新技術に関する倫理原則について提言。とりわけAIでは、各国政府、地域、民間といった各レベルが倫理原則策定の必要性を認めているため、協力の余地は大きいと語りました。またトリオロ氏は、こうした倫理原則の必要性は中国も認めているため、中国も引き込んだ議論は十分に可能であるとしましたが、その一方でAIと監視カメラのテクノロジーとを融合させた顔認証システムによって国民管理を進める中国の危険性についても指摘しつつ、人権の観点をどう盛り込んでいくかは大きな課題となると問題提起。他にも、市民からのボトムアップ型で議論しているEUと、政府からのトップダウン型の中国との間の議論も難航が予想されることなどの課題を提示しました。

民間も役割を果たすべき

インド・オブザーバー研究財団理事長のサンジョイ・ジョッシ氏は、リンゼイ氏の問題提起に補足するかたちで、米国の外交政策の変化について論及。”エンゲージ離れ”自体はオバマ政権期にも見られたものであるとしつつ、中東、アフガニスタンなどでは「離れようとする試みが事態を悪化させたため、結局深入りせざるを得なくなった」と回顧。しかし、トランプ氏の場合、「事態が悪化してもかまわず、そのまま見捨てる」という点が歴代政権とは決定的に異なると指摘。そうした姿勢は米国に対する信頼を大きく失墜させたが、これは仮に民主党政権になっても挽回することは容易ではないほど大きな失地であると指摘しました。

一方でジョッシ氏は、こうした米国に期待できない状況下にあっては、他国が自助努力をしていくほかはないとの見方に賛同しつつ、民間の役割についても言及。GAFA(米グーグル、米アップル 、米フェイスブック、米アマゾン・ドット・コム)をはじめとする巨大企業の影響を政府も無視できないことや、そもそも世界の富の多くが民間の手中にあることなどから、民間も秩序について考え、提言していくべきだと主張しました。

合意のハードルを低くしながら多くの国々をリベラル陣営に取り込んでいくべき

ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏も、誰が次期大統領になったとしても、米国にこれまでのようなリベラル秩序の擁護者としての役割は期待できない以上、日欧など他の国々も支える努力をしなければならないとの見方に同意。もっとも、そこで留意すべきこととしては、そうした努力が「各国にとってあまり負担が大きすぎないようなものにすること」であると指摘。日欧などは高次のリベラル秩序を追求できるかもしれないが、その高い理想について来られない国々も出てくるだろうとの見方を示しつつ、合意のハードルを低くしながら多くの国々をリベラル陣営に取り込んでいくべきであるとしました。

さらに、ペルテス氏は、リベラル秩序再構築にあたってのポイントとして、「一方依存ではなく、相互依存」であることを提示。中国の一帯一路戦略はまさに一方依存の典型例であるとしつつ、アジアやアフリカの諸国が中国に取り込まれないようにするためにも、日欧も積極関与し、適切なパートナーシップに基づく相互依存関係を構築すべきと語りました。

最後にペルテス氏は、香港問題に言及しながら、あれほど中国が介入姿勢を強めているのは、共産党政権も民主主義に抗いがたい魅力があることを認め、恐れているからに他ならないからだ、として中国も決して余裕があるわけではないことを指摘。リベラル秩序の真空地帯に入り込もうとする中国に対して、西側は恐れる必要はないと主張しました。

“違い”をどこまで互いに受け入れられるか

シンガポール・ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長のオン・ケンヨン氏は、「合意のハードルを低く」というペルテス氏の提案に同意。大国だけでなく、アジアやアフリカ、南太平洋の小国にもそれぞれが拠って立つ信仰や理念があり、それらは多種多様であることを指摘。違いをどこまで互いに受け入れられるか、ということは実は大きな課題であるとした上で、そうした国々をリベラル秩序に取り込んでいくためにも、各国の宗教や理念にも細かく目を配っていくことは重要なポイントになると注意を促しました。

米中共に変化の可能性はあることを見据えた戦略の構築を

これまでの議論を受けて元駐米大使の藤崎一郎氏は、WTOがすでに超大国となっている中国を定義上発展途上国として扱い、優遇措置を与えていることなどをトランプ氏が批判していることを挙げ、トランプ氏が現状に合わないルールに対して異議申し立てをしている点については、「警鐘と捉えるべき」と一定の評価をしました。

同時に藤崎氏は、「米中対立は今後も続く」と世界の誰もが考えていることに対して疑問を差し挟み、「米国は選挙戦の真っ最中だから強硬なことを言っているだけかもしれないし、前任者の外交を全面的に転換することはこれまでしばしば見られた」と指摘。中国についても、新型コロナウイルスや香港問題への対応で強権的な体制にも揺らぎが垣間見えるとし、「米中どちらも変わる可能性はある」との見方を示しました。そうである以上、日本をはじめとする他の国々としても「変わる」可能性も視野に入れながら今後の戦略を練っていくべきだと語りました。

こうしたディスカッションを受けて、再び問題提起者の2人が発言しました。

リンゼイ氏は、 米プロバスケットボール(NBA)ヒューストン・ロケッツのゼネラル・マネジャーが昨年10月、香港で続く反政府・民主化デモを支持するツイートをしたところ、中国のスポンサー企業が離れるなど中国側の猛反発を受け、謝罪に追い込まれたことを振り返りながら、こうした中国の振る舞いを「脅威」と警戒。通商や安全保障に限らず、戦略的な米中競争は今後も続くとの見通しを示しました。もっとも、米国の対抗策としては、対立一辺倒ではなく関与も組み合わせた包括的なものになるとの見方を示しつつ、そのようにしながら「対立の複数の着地点」を模索することが、安定した国際秩序を取り戻す上でも重要になると語りました。

中尾氏は、中国も既存の秩序から恩恵を受けてきたので国際秩序再興への意欲はあるため、今後の世界は「リベラルと権威主義の二項対立にはならない」との見通しを示しつつ、しかしそのためには、アジアやアフリカの小国が権威主義体制側に取り込まれないようにする必要があると指摘。グローバル化に伴う格差などの不満解消に努めるとともに、米国が世界のリーダーに復帰することが不可欠であり、終局的にはそれが米国にとっても利益になるということを説き続けるしかないと改めて語りました。

その後、会場からの質疑応答を経て工藤は、今日の議論は世界に対する重要な問題提起になったと手応えを口にするとともに、明日、「『東京会議』2020未来宣言」を発出し、今年のG7議長国である米国に突き付けることへの意欲を示しました。

続いて閉会の挨拶に立った藤崎氏は、新型コロナウイルスという重大リスクがある中でも会場に駆け付けた各国のパネリスト及び聴衆の”覚悟”に対して敬意と感謝を示しつつ、「東京会議2020」初日の議論を締めくくりました。

世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか―「東京会議2020」で世界の賢人3氏が基調講演

 言論NPOが主催する「東京会議2020」は3月1日、東京プリンスホテルにて2日目の公開フォーラムを行いました。フォーラムの前半では、ドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領ら世界の首脳・外相経験者3氏が、「世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか」をテーマに基調講演を行いました。

冒頭、挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の流行で様々なイベントが自粛される中でも、「東京会議」のために来日を決めた海外の要人や、会場に駆け付けた聴衆に感謝を述べました。

世界の課題に向き合う政府、市民の覚悟が問われている局面

工藤は、コロナウイルスの世界的な感染拡大は、文字通り「世界は一つ」であることを示しており、世界は感染の収束に力を合わせなければいけないが、今の世界はむしろ、地政学的な対立により分断が懸念されている、と憂慮。「世界の自由秩序や国際協力、そして世界の困難に向き合う各国政府やその市民の覚悟が問われている局面だ」と提起した上で、「そうした状況で、民主主義の発展を使命に誕生した言論NPOが黙っているわけにはいかない」と、今回の開催にかける強い決意を語りました。

さらに、「東京会議」発足の経緯を「自由や民主主義の価値を守るために世界のシンクタンクが力を合わせようと言論NPOが呼びかけて2017年に誕生した」と説明。今回はコロナウイルスの影響で4カ国のシンクタンクの代表が来日を断念したが、会議の最後に発表する「未来宣言」づくりでは彼らとも連絡を取り合っていると紹介し、10カ国の「東京会議」参加シンクタンクの強い結束を強調しました。

さらに、「東京会議」が、今回からシンクタンクのトップだけでなく世界の知識人も参加する議論の場へ発展することについて、「世界の課題に日本がリーダーシップを発揮し、東京からメッセージを発信する舞台があることに、世界のハイレベルな要人たちからは『この挑戦を応援し、議論に参加したい』という声がかなり出ている」と紹介。その中から、今回発言に立つ3氏を紹介し、挨拶を終えました。

続いて、言論NPOアドバイザリーボード・メンバーで元国連事務次長の明石康氏が挨拶。明石氏は、「未来宣言」の素案を読んだ感想として、「世界の分断を進めるのではなく、世界が一致して合意されたルールに基づく国家の共同体として共存する、という精神が土台となっている」と評価。同宣言が「目指すべき共通の未来に向けて、多くの人の支持を得るものだと確信している」と述べました。

「内に結束、外に平和を」。市民の統治への意思と、他国を尊重する態度を取り戻すべきークリスティアン・ヴルフ(第10代ドイツ連邦共和国大統領)

初めに、急遽ビデオ出演での参加となったドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領のメッセージが上映されました。

c.jpg ヴルフ氏は、「『東京会議』で意見交換できることを非常に嬉しく思う」と述べた上で、民主主義における各国の協力強化という非常に重要な問題について六つのポイントを提案しました。

第一に、「未来はオープンであると理解すること」だと指摘しました。ヴルフ氏は、「未来を予測することはできないが、国家が安定的で参加型であるほど前提条件は良くなるものだと、歴史的に証明されてきた」と発言。「前提は常に変化するので、民主主義は動的でなければいけない」とし、そのため若者を含めたそれぞれの世代が民主主義の在り方を常に新しく形成していく必要がある、と語りました。

第二に、こうした大きな変化に対しては「優れた回答が必要だ」と主張しました。デジタル化により公的な議論に人々が直接参加できるようになり、従来のメディアが力を失っている状況を、かつて印刷技術の発明で誰もが聖書を読めるようになり、聖職者の存在意義が失われた歴史になぞらえ、「社会の秩序を揺るがす」ものだという解釈を示しました。そして、デジタル化は当初、真の意味での全員参加型の民主主義を可能にするものだと思われたが、「それを悪用して誤った情報を流し、人々を操り、民主的な意思決定を個人の利益に誘導する勢力が台頭している」とし、これが「優れた回答」を妨げることに強い懸念を示しました。

第三に、民主主義においては、国民が「統治する意思」を持つべきだと強調しました。同氏は、「権威主義者は声高で単純な主張を展開するが、課題への答えは持ち合わせていない」と批判。権威主義の台頭を防ぐ唯一の策は「我々が課題に立ち向かう意欲を持つことだ」とし、これが失われた結果が、1920年代以降のナチスの台頭だ、と語りました。そして、「民主主義は立ち去る前に教えてくれない」と語り、今こそ民主主義を立て直すタイミングだ、と強調。「民主主義者は最新のあらゆるコミュニケーション手段を駆使すべきであり、これらを権威主義者に委ねてはならない」と話しました。

第四の提案は「本質的な記憶を鮮明に保つことだ」と説明。現在60歳のヴルフ氏は、「私の世代は生まれてからずっと、国連などの国際機関がもたらした比類なき平和、繁栄を享受している」としつつ、「若い人の多くは、欧州の流血や荒廃の歴史を知らない」と憂慮。「ナチスが政権を掌握した1933年、多くの民主主義者は無関心やあきらめを持っていた。そこから3年で民主主義が廃止され、ユダヤ人の迫害が始まり、大惨事の前兆が生まれた」と歴史を振り返り、これに関し、「欧州では大惨事があって初めて、平和と安定は協調でしか達成できないと気付いた」と指摘。こうした記憶を次の世代に残し、国際協調や民主主義の重要性を伝えなければならない、と訴えました。

第五は、「良き愛国心とナショナリズムとの間に明確な線引きをすること」だと語りました。ヴルフ氏は、「ポピュリズムに人々が群がっているのは、世界の変化の中で人々が居場所を失っていることにも関係しており、その答えの鍵となるのは故郷へのアイデンティティ」だと分析します。一方で、「内には多くのアイデンティティを受け入れるスペースを持ちつつ、自国に同様の愛国心を持つ他国の人に平和な態度で接する」ことが重要だと強調。グローバル化とデジタル化で世界がますます多様化するからこそ、「それぞれの社会で互いを理解しようする努力のレベルを上げ、同時に、社会で定めたルールを例外なく貫くこと」が大切だと語りました。

六つ目の提案は、「協力が欠かせないという認識を持つことだ」と指摘しました。ヴルフ氏は、今不足しているのは、「共通の展望を育む中で、相手を尊重し、対等に接する」精神だとし、「一国主義に全力で対抗すべき」と主張。こうした多国間協力の規範を広めようとするメディアには公的な支援の充実が必要だ、とも提案しました。

そして、「どんな強国も、一国では人類の問題を解決できず、密室外交を避けて国際機関を強化する必要がある」ことが二つの世界大戦の教訓だ、と重ねて強調。とりわけ、「世界経済の成長には、自由貿易の拡大に向けた共通の努力しかない。また、債務危機の持続可能な解決のためには、倫理的に正しい経済・金融政策が必要だ」とし、これらの実現には多国間組織の関与が必要だ、と訴えました。そして、このような多国間の枠組みにおける課題として、「異なる体制を持ち、米国と覇権を争う中国をいかに取り込むのか。また、全ての関係国が恩恵を受ける途上国支援の在り方をどう考えるべきか」と提起しました。

最後にヴルフ氏は、中世ドイツで封建領主に対抗して結成されたハンザ同盟の主要都市・リューベックで、自由を象徴する言葉としてホルステン門に刻まれている「内に結束、外に平和を」を紹介。これを、六つの提案を総括するキーワードに位置付け、講演を終えました。

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日本が主導してアジアの民主主義国が連携 世界のリベラル秩序の構造改革につなげることを期待するーハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外相)

HIR_2272.jpg 続いて、インドネシアのハッサン・ウィラユダ元外相が登壇しました。同氏は冒頭、自国第一を掲げるトランプ米大統領の就任で世界は混乱に陥っているとし、その変化の中で時代に遅れになった「既存の世界秩序の抜本的な構造改革が必要」だと切り出しました。

次に同氏は、世界秩序を考えるにあたって必要な基本原則は「国連憲章に基づく多国間の対話や協力」を推進することだと主張。19世紀のウィーン体制が欧州に100年の平和をもたらしたのは大国間の密な協議、協力が続いていたからであり、同様に国連憲章も安保理の5常任理事国間の協議を前提としているが、2001年の同時多発テロ後の米国が単独主義にシフトしたことを機にその協力が弱体化し、また現在は西側と中国、ロシアの緊張が高まり、「安保理は国際平和の維持という使命を果たせていない」との認識を示しました。

また、経済の近代化とともに軍の近代化を進める中国の台頭を「戦前のドイツと重ねると不安になる」と述べる一方、トランプ政権がこれまでの米政権とは異なり中国を戦略的競争相手ととらえていることで、「米中関係は困難な問題となった」と指摘しました

そして、冷戦終結で一時的に大国間の対話が活発化した90年代には、安保理メンバーの増員など国連改革の動きもあったが「それは失敗した」と結論付けた上で、「三十年戦争の後にウェストファリア体制が、第二次大戦の後に同体制を是正する形で国連ができたように、多くの場合、国際秩序が変わる契機になったのは戦争だ」と指摘。一方で、リーマンショック後、ブレトンウッズ体制が不十分だという認識からG20がつくられたように、「第三次世界大戦がなければ既存の国際秩序の改革ができないわけでもない」とも語りました。

その上で、ウィラユダ氏は世界の民主主義とリベラル秩序の現状に言及。「欧州ではポピュリズムが台頭し、新しい民主主義国家は忍び寄る権威主義の脅威にさらされている」と、先進民主主義国、新興民主主義国のいずれも民主主義を機能させることができていないという見方を示しました。そして、これらの国々が、民主主義が国民に平和や富をもたらすことを証明できていないのは、「支配層が既得権益を失うことを恐れ、国内の経済構造改革が失敗に終わっているからだ」と話しました。

同氏は、国際秩序についても現状を変えることの難しさを指摘。「新たな世界秩序では中国にも超大国として担うべき地位があるが、古くから秩序を担ってきた国々には簡単には受け入れることはできない」と述べました。

そしてウィラユダ氏は、この状況を打開するアイデアとしてアジアの民主主義国の連携を提言。G20に加盟するアジア太平洋の5つの民主主義国、すなわち先進国の日本、韓国、オーストラリアと新興国のインド、インドネシアが連携して東アジアの民主主義を推進していくことが、いずれグローバルなリベラル秩序の変革につながることに期待を見せ、講演を終えました。

 

トランプ政権には「先行努力」と「説得」、中国には「相互主義」が日欧など民主主義国による連携の基本姿勢ーユベール・ヴェドリーヌ(フランス元外相)

HIR_2306.jpg 最後に講演に立ったフランスのユベール・ヴェドリーヌ元外相は、「世界の民主主義国は挑戦に臨まないといけない」とした上で、「欧州では、日本で生まれた考察に対する注意が足りない。我々の考察を共有する必要がある」と、民主主義国間で議論する意義を強調。「まずは世界の状況を診断したい」と話し始めました。

同氏は始めに、多国間主義の動揺は長期化する、との見通しを提示。「トランプ政権以前の米国や、日本、ドイツ、フランスなどの国々は多国間主義のアプローチを重視し、一国主義にならないよう特別な努力をしてきたが、そのスタンスがトランプ氏によって排除された」と振り返るヴェドリーヌ氏は、とりわけ今秋の大統領選でトランプ氏が再選し、あと4年再選されることになれば、その後もトランプ氏の行動パターンが政治に色濃く影響していくであろう、と予測しました。

ヴェドリーヌ氏は二つ目の「診断結果」として、自由秩序の中にも問題がある、と指摘します。同氏は「欧州の民衆はもうグローバル化を信じていない。グローバル化で何かを失った苦しさから、ポピュリズムが台頭した」とし、急激なグローバル化を通して世界経済における金融市場の影響力が増し、その中で貧富の格差が拡大した問題に言及。権威主義に対抗するだけでなく、自由秩序自身が持つ課題にも民主主義国が結束して対処すべきだ、と主張しました。

ヴェドリーヌ氏はそれでも「リベラル秩序には欠点があったとしても、それ以前の体制よりはましだ」と強調。

「魔法のような解決策はないが」と前置きした上で、「トランプ抜きにできることを洗い出すべきだ」と提案しました。同氏はその例として、「今後数年で最も重要な問題になるだろう」という環境保護を提示。「米国において太陽光発電のバッテリーの技術革新が進めば、気候変動の国際協調に背を向けるトランプ氏も立場を変えるかもしれない」とし、有志国や米国の州政府、さらには企業、研究者など、多様なアクターがそれぞれの立場で連携し、大国間の動きに先んじて課題解決の努力を進めていくことが重要だと述べました。

一方でヴェドリーヌ氏は、「民主国家をリベラル秩序のもとに結集しようとすると、米国とある程度は緊張関係になることを覚悟すべき」と主張。「トランプ氏と対決してでもやるべきことある」と訴えました。例えば、トランプ政権はイラン核合意から自らが離脱するだけでなく、他国がイランに設定する信用供与枠を認めないなど、他国の合意履行をも妨げようとしていることに言及。ドル基軸通貨体制の下で行われるこうした措置の影響は甚大だとし、「各国が連携して、米国が理性を取り戻すよう説得すべき」と話しました。

さらに、米中対立についてヴェドリーヌ氏は、米中が協力できる面もある、としながらも、「ともに世界の覇権を志向する米中の間には、長期的に見れば妥協が成立するとは考えにくい」との認識を提示。この中で欧州や日本にとっては、米中の妥協や緊張を「利用する」戦略が有効であると述べました。その際の考え方としては、マクロン大統領の中国政策でも掲げられている「相互主義」を提示。中国を途上国として特別扱いするのではなく、急速な近代化に見合った立場と責任を国際社会で与えていくことを目的とし、経済、技術、環境のような戦略分野において、欧州が日本やカナダ、新興民主主義国などを巻き込んで中国とどのような協力関係を築くかが非常に大きな課題だ、と語りました。

最後にヴェドリーヌ氏は、「東京会議2020」の未来宣言について、「多国間主義やリベラル秩序を擁護する宣言は重要だが、それだけでは不十分。各国の世論が求めるのは確かな『成果』だ」と指摘。トランプ大統領や習近平主席の存在は私たちに挑戦を突き付けている、としつつ「民主主義が道徳的、倫理的にも最も良い制度だという国民のコンセンサスを、日欧、また新興民主主義国家も巻き込んで形成していく必要がある」と強く語り、基調講演を締めくくりました。

 

こうした3氏の基調報告を踏まえて、フォーラムはパネルディスカッションへと移りました。

10年後の世界秩序に悲観や楽観をするのではなく、「何ができるか」を考えていく局面に―「東京会議2020」2日目公開フォーラム パネルディスカッション報告

 

HIR_2431.jpg 基調講演に引き続き、カナダ・国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏による司会進行の下、「民主主義各国に求められる責任とは」をテーマとしたパネルディスカッションが行われました。

まずメドーラ氏は、米中両国の対立関係を解消させ、平和で安定的な国際秩序にしていくためには何が必要なのか、米国のリーダーシップが低下している中、他の民主国家がなすべきことは何か、などといった質問を各パネリストに投げかけました。

こうした質問に対し、基調講演を行った2人がまず発言しました。

10年後に向けて、今こそ先手を打つべし

HIR_2457.jpg フランス元外務大臣のユベール・ヴェドリーヌ氏は、「世界秩序の趨勢は今後10年間で決まってくる」とした上で、今民主主義国家に求められることは「先手を打つこと」であると主張。新興諸国が権威主義体制に靡かないようにするとともに、米中両国が国際秩序という枠組みの中から退出しないように引き止めるために手を尽くすべきであるとしました。そのためには、民主主義国家同士での連携は不可欠であり、協力関係を深める必要があるとした上で、現状ではすべての国が合意できるようなコンセンサスはないため、合意可能な最小限の共通項を早急に探るべきだ、と語りました。

まず、自分の地域の足元を固めつつ、米中という”二頭の巨象”を抑え込むべき

HIR_2490.jpg インドネシアの元外務大臣であるハッサン・ウィラユダ氏は、米中対立構造は今後も続き、世界秩序も揺れ続けるとやや悲観的な見方をまず提示。一方で、貿易交渉で対話は継続していることや、選挙戦後に米国の対中姿勢が軟化する可能性などを指摘。厳しい現状があるからといって民主主義国家は諦めることなく世界秩序の維持に努めなければならないとも主張しました。さらに、そのためには米中間の仲介に尽力するとともに、各地域レベルの秩序を安定させるなどして足元を固めておく必要があるとしました。また、既存の国際的な枠組みの活用についても提言し、例えばG20など大国も新興国も入った枠組みを秩序立て直しの足掛かりとすべきだ、と述べました。
その上でウィラユダ氏は、米中を”二頭の巨象”に喩えながら、「ここで象たちを抑えないと我々は草のように踏み固められてしまう」とし、今こそまさに正念場であることを再度強調しました。

「多国間協力の方が得策だ」とトランプ氏に思わせることが重要

HIR_2518.jpg こうした発言を受けて、”巨象”の一角である米国の外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、トランプ大統領は、米国はリベラルな国際秩序から奪われるものが多かったと思い込んでおり、EUさえも敵視していると解説。今秋の大統領選で再選を果たした場合、とりわけ通商面ではさらに攻勢に出ることが予想され、米国の同盟国・友好国にとっては重大なチャレンジにさらされることになるだろうと問題提起しました。

また対中姿勢についても、トランプ氏は中国には米国の要求を押し戻す力があり、一方的な攻勢は不可能と判断したため、二国間の”ディール”路線を選択したと解説。逆に言えば、同盟国・友好国と協力しながらアプローチをしていった方が効率的に中国の姿勢を改めさせることができる、とトランプ氏に思わせることが米国の行動も変えられる可能性はあると語りました。

ただその一方で、対中強硬路線は共和・民主両党の党派を超えた米国のコンセンサスとなっているとも指摘。また、民主党政権が誕生した場合、トランプ氏が黙認していたような中国の人権問題にも介入する可能性があり、そうなれば中国の反発を呼んで米中対立はより深刻化する可能性があることには留意する必要がある、とも語りました。

G20を足掛かりとして、秩序の新たなバージョンを探っていくべき

HIR_2527.jpg インドのオブザーバー研究財団理事長のサンジョイ・ジョッシ氏は、トランプ氏の登場以前から既に世界秩序の動揺の予兆はあったとしつつ、「だからといって、世界は1930年代のような分断の状況に戻ることはもはやできない」と主張。秩序の修復は民主主義国家に課せられた責務であるとするとともに、ウィラユダ氏と同様にG20は秩序再考の良い舞台であるとし、「ここで秩序の新たなバージョンを探っていくべき」と主張しました。

同時に、世界はサプライチェーンによって強固に結びつき、利害も密接に絡み合っているために、「協力せざるを得ない」とし、多国間協力が復活する余地は十分にあるとの見方も示しました。

欧州がその強みを活かしながら新たな世界秩序の担い手となる

HIR_2551.jpg ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏は、トランプ氏の登場について、「欧州の目を覚まさせ、戦略的自立について考える良いきっかけとなった」とし、ポジティブに捉えるべき面もあったとまず評価。しかし、欧州が真に自立し、新たな秩序の担い手となれるかどうかは、今がまさにその分岐点であると語りました。

ペルテス氏は、欧州が担い手になるために必要な取り組みとして、データなど「自らの強みを活かせる分野でルールづくりを主導すること」を提示。こうした次代のカギを握る新領域において米中に一歩先んじて、自らの優位性を高めていくことが発言力の強化にもつながっていくとの見方を示しつつ、巨大な域内市場と産業基盤を有する欧州にはそれが十分可能であると自信を見せました。同時に、データ流通や電子商取引に関する国際的なルールづくりを進めていくプロセスである「大阪トラック」を開始した日本との連携にも意欲を見せました。

中国についてはさらに踏み込んで言及しました。AIと監視カメラのテクノロジーとを融合させた顔認証システムによって国民管理を進めるなど、リベラル国家には真似できないような手法で社会実装を進められる点が中国の強みであるとし、これを警戒。また、次世代の無線通信規格5Gで、中国が世界に先行していることについても、「スパイや破壊工作に悪用されかねない」と懸念。欧州側もイノベーションによる技術革新を進めると同時に、やはりルール形成を主導することで対抗していくべきと語りました。さらに、こうした方向性はGAFAなど国家に比肩するような巨大企業を抑える上でも意義があると付言しました。

ペルテス氏は続けて、安全保障戦略についても論及しました。フランスのマクロン大統領が2月、フランスが保持する核抑止力が欧州の安全保障に果たす役割について欧州各国と「戦略対話」を行いたいとの意向を表明したことを紹介しつつ、欧州で戦略的協力の機運が高まっていることに期待を寄せました。

この発言を受けてヴェドリーヌ氏は、 NATO軽視の言動を繰り広げるトランプ氏と米国には、もはや全面的に安全保障を頼ることができなくなった以上、欧州側の自助努力は不可欠となったとし、「戦略対話」創設もその一環であると補足しました。また、データ管理やAI技術に関する提案に対しても、「技術の優位性なくしてルール形成主導は不可能」と賛同しました。

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米中の狭間で揺れ動いてきたASEANも積極的な役割を果たしていく

HIR_2585.jpg シンガポール・ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長のオン・ケンヨン氏は、米中の狭間で揺れ動くASEANの視点から発言しました、その中でオン・ケンヨン氏は、米中両国に依存せざるを得ないASEANとしては、どちら側に付くか旗幟を鮮明にすることをこれまで避けてきたが、今後もそれは同様であるとし、ASEANの置かれた立場の難しさを吐露。一方で、データや資本市場、サプライチェーンなどをめぐっては時代の変化に適合した新たなルールによる規律は必要であるとし、落としどころとなるルールの策定にあたってはASEANも積極的に発言していくべきと語りました。

同時に、今まさに猛威を振るう新型コロナウイルス(SARS-CoV2)のように、国境を超える課題については国際協力の他に解決の道はないということを、米中に再確認させるための努力も、両国の間にいるASEANに課せられた役割であると語りました。

中国に変化を促す好機到来

HIR_2607.jpg 元駐米大使の藤崎一郎氏は、従来からの覇権国家と新たに台頭してきた国家が、戦争不可避な状態までぶつかり合うという所謂”トゥキディデスの罠”の現象が米中間で起こるという見方に対しては「賛同できない」とし、その理由として中国はマネーの力によって世界秩序を変えようとしているのであって、旧ソ連のようにミサイルや戦車の力で変えようとしているわけではないことを挙げました。

また、中国の姿勢を変えさせることができるということを示した点では、トランプ氏に功績があるとしつつも、それを米国単独でやろうとしているために不十分な成果にとどまっていると指摘。そこではやはり多国間のアプローチが求められると語るとともに、新型コロナウイルスや香港問題への対応で中国が後手に回った今はまさに方向転換を促す好機であると述べました。

10年後の世界秩序に向けて、民主主義国家は何をすべきか

議論を受けてメドーラ氏は最後に、10年後の世界秩序の行方について各氏に予想を求めました。

ペルテス氏は、現下の危機から教訓を得た結果、「多国間協力こそがベストということを世界が認識する」ため、「来年はともかく、10年後には平穏を取り戻しているだろう」と予測。もっとも、そのためにはG20などの多国間枠組みを通じた努力は不可欠であることも付け加えました。こうした教訓をベースに秩序再興に向かうとの見方にはジョッシ氏やウィラユダ氏も同意しました。

また、オン・ケンヨン氏は、トランプ体制、習近平体制が続くのであれば「2、3年でディールに至って、米中対立は収束する」との見方を提示。両首脳とも政治的な”夢”を持っているが、対立を上手く着地させることができなければ、その夢の実現がおぼつかず、さらには政治生命自体も危機に瀕することをその理由としました。

藤崎氏は、「米国が広い視野に基づくリーダーシップを取り戻すこと」、「中国が”チャイナ・ウェイ”は通用しないということを理解すること」の2点さえあれば楽観できるだろうと回答。逆に言えばそれができなければ今後も不安定な状況が続くことを言外ににおわせました。

一方リンゼイ氏は、「ベストを願いながらワーストに備えていくべき」と主張した上で、ワーストを避けるためには多国間協力が必要不可欠だという流れを世界で確固たるものにしていく必要があるが、「それが間に合うか」だと指摘し、気候変動問題に象徴されるように、世界的課題の解決が遅れることの危険性を考えれば、10年後の秩序は「悲観的」との見方を示しました。しかしリンゼイ氏は、だからこそシンクタンクも努力を続けることが大事だと説くとともに、「『東京会議2030』で皆さんと共に良い成果を得られたことを喜び合いたい」と語りました。

ヴェドリーヌ氏は、「悲観でも楽観でもなく、『何ができるか』を考えていくべき」と主張。リベラル秩序というものは自然発生したものではなく、かつて米国を中心として人為的につくり出したものであると指摘しつつ、人為的につくり出したものであれば人為的に修復することも可能であるはずだと語りました。そのためには、米中対立が収拾のつかない状況になった時に、多国間協力で助けることによって、米中両国にこの協力の重要性を再認識させることが大切だと指摘。これは「15程度の有志国で連携すれば十分に可能だ」としつつ、逆にそれができなければリベラル秩序は終わりを迎えることになると警告し、居並ぶパネリスト達に奮起を促しました。

こうした白熱した議論を経てパネルディスカッションは終了し、会議の進行は、「『東京会議2020』未来宣言」の発表と、本年の G7議長国である米国政府及び日本政府への宣言文手交へと移りました。

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2020年3月4日