「家族とどう向き合うか-自分の思いに相手を過剰適応させる?」精神科医師・片田珠美

  精神科医として、心を病んだ子供たちを多く診ていますが、特に摂食障害-母と娘の葛藤の結果-が多い。私個人も母との関係で悩み続けてきました。田舎で教師をしていた母は、私を妊娠して、夫の実家(母の実家には継母がいるなど、問題があったので)で舅、姑と同居することになったのですが、とくに姑からいじめられ、生まれた私が女の子だったことで、余計に肩身の狭い思いをした。それで、私を、田舎ではステータスとみなされる「医者」にして、見返そうとしたのです。私自身は物書きになりたい、というのが本心でしたが、母から愛されたい、愛情を失いたくない、という思いから本心を抑えて頑張り、大学の医学部に入って、医者になりましたが、いつも「これは自分の人生じゃない」というこだわりを抱き続けたのです。

  このように、母親の欲望、父親の欲望を押し付けられながら、それを受け止めようとするあまり、生きるのがしんどくなっている、という子供たちが最近、とくに増えています。先日、研修医と医学部学生の男3人が集団で女性を酔わせて、強姦したというとんでもない犯罪事件がありましたが、いずれの親も開業医でした。もちろん悪いのは3人ですが、おそらく親たちが後を継がせようと、本人の気持ちも考えずに医者にしようとした、それが、犯罪の遠因になっているのではないか。私の周囲の人たちをみてもそう思うのです。

  これは極端な例としても、親の押し付けは、様々な問題を引き起こしています。「期待」という名の下に、将来の進路を押し付け、受験を押し付け、職業を押し付ける。「愛情」の名の下に、子供を支配しようとする。いい大学に入れて、いい会社にいれて・・。10年ほど前に奈良県の進学校に入った医者の子供が、自宅に放火して、継母と弟妹を焼き殺すという悲惨な事件がありました。父親は、息子を国立大学の医学部に入れて、医者にしたいと思い、学校や塾の成績が悪いと頭ごなしに叱りつけていたそうです。

  その結果がこのような事件になってしまったわけですが、女の子の場合に多いのは、拒食症です。親が自分の果たせなかった夢を子供に託し、子供は親に気に入られたい、と必死に「いい子」を演じようとして、「過剰適応」してしまい、疲れ果ててしまう。大人になると、相手は親から周囲の人、上司などになる。先日、東大を卒業して一流会社に入った女性が入社一年で自殺されましたが、母子家庭で母親の期待を一身に受け、それに応えたい、と無理をした。そんなに辛い、耐えられない、というのなら、辞めればよかったのに、と思う方もいるかも知れませんが、「いい会社に入った」と喜んでいる母親を悲しませたくない、と頑張りすぎたのでしょう。「いい子」が「過剰適応」したあげくに、「燃え尽き」てしまう。

  このような患者さんを私も多く診てきました。結論は「あまり『いい人』になるのはよくない」ということです。頑張りが積もり積もって切れてしまうと、逆効果になる。苦痛、怒りはため込まずに、小出しにしたほうがいい。「嫌われる勇気」という本が売れていましたが、「嫌われたくない」と無理をする人が、とくに若い人の間で増えています。「過剰適応」して、しんどくなって、医者のところに来るのです。

  家族の間でもそうですが、精神的な葛藤、怒りや敵意が生じるのは当たり前です。お互いの距離が近いほど、恨みや憎しみが強くなることがある、ということを認識する必要があります。殺人事件に占める親族殺人の割合が半分以上になっている。「愛」で結ばれていることが望ましいのだけれども、互いの敵意、憎悪が強まって、心理的に追い詰められることもある、と知ってもらいたいのです。

  そうした精神的な葛藤の背後に、「支配」がある。親が子を「支配」したい、夫が妻を「支配」したい、あるいは妻が夫を「支配」したい・・。その動機としては、「物的、精神的な利得」「自己愛」「支配の連鎖」がありますが、支配する、あるいは支配される当人がそれを自覚せず、体調不良、吐き気、めまいなどの症状が出て、医者の診断を受けて分かることが多い。

  こういう例もあります。定年後の嘱託勤務で単身赴任するようになった夫をもつ奥様が「毎週末に夫が帰宅する前日になると、動悸が激しくなり、吐き気を催すようになる」と相談に来られました。お聞きすると、ご主人は帰宅するたびに、家じゅうを掃除し、靴のおき方も含めて全部整頓しなおす。そして、「お前の掃除、整頓の仕方はなっていない」と怒鳴り散らす。奥様は自己否定されたように感じ、落ち込んでしまう、ということでした。ご主人はきっと勤務先で、もと部下だった上司に屈辱感を味わわされたりして、その憤懣のはけ口を奥様に求めたのかもしれません。

  親による子の「支配」に話を戻すと、当事者が気が付かないうちに、深刻な事態になっているケースが少なくありません。背景に、まず、少子化がある。一人の子供に目が行き過ぎる、期待を集中させてしまう。それと、「自己実現」をあきらめきれない親が増えていることがあります。昔は、皆、生きることに、食べることに精いっぱいで、子供に何になってほしい、何にならせたい、というようのことを考える余裕はなかったが、いまその余裕がある、と言う事情もある。「ステージママ」も含めて、子供の思い、希望と関係なく、自分の思いを押し付け、自己実現の欲求を満たそうとする親が増えています。

  では、どのような親が危ないのか。まず、夫婦の間に問題を抱えている親。次に、代々続く医者の家など、支配の連鎖を抱えている親。それと、希望していた職業に就けなかったなど、自己実現ができていない親-です。不登校、拒食症、果ては追い詰められて命を落とすような事態にならないように、親の思い、夢を子に押し付けることが、子にとって幸せなのか、親は問い直す必要があります。しかし三つのうち、一番悪いのは、夫婦の間で「敵対的」になることです。私がよく受ける相談に「主人の暴言に耐えられない。離婚して、解放されたいが、専業主婦で1人では生きていけない」というのがある。また「一人になると子供も育てられないし」と子供に転嫁することもあります。

  親子で「敵対的」な関係になるのは、母と娘が多い、と言われます。こういう例があります。看護師をしていた娘さんが人間関係などに悩んだ挙句、仕事を辞めて無職になり、住む実家に戻って、母の介護をするようになった。だが、母は「お前は仕事もせずに私の年金で食べている。働き口を見つけて来な」とののしられ、杖を振り回される。心の救いを求めて近くのキリスト教会に行き、本を借りて読んでいたが、母が「こんな本を読んで」と怒って破り捨ててしまい、自分が全否定されたようですごいショックを受けた、というのです。「そのままでは、大変なことになりかねません。お母さんを施設に入れるか、ご自分が生活保護をもらって家をでたら」とアドバイスしたのですが、結局、「母を捨てられない」と、そのままの生活を続けておられるようです。

  このように、母と娘の関係が「介護」をきっかけに深刻になるケースが増えているようです。政府は財政事情の悪化から、施設介護を在宅介護にシフトさせていますが、負担が家族、とくに女性にかかることになる。それで、「夫が死んだら、舅や姑など夫の家族の介護などしたくない」ということで、「姻族関係終了届」を出す、いわゆる「死後離婚」をする女性が増えているのも、それと関係があるのでしょう。在宅介護はものすごい危険を含んでいるのです。介護殺人が二週間に一回の割で起きていますのも、在宅介護中心主義と関係があると思います。憲法改正で、「家族の助け合い」条項を入れようとする動きがあるようですが、一見、美しい言葉のようですが、家族に負担を強い、敵対的関係にある家族を介護殺人に追いやる危険もあることを認識する必要があるのではないでしょうか。

  おわりに、このような家族をめぐって起きている問題と向き合う際に、気を付けるべき点を列挙します。

 ①まず、「問題に気づく、自覚する」ことです。さきほども申し上げましたが、気がつかずに、事態を深刻にしていることが多いのです。うすうす感じても、「自分は親に、夫に敵意も、憎しみも持っていないのだ」と思い込もうとする傾向もある。体がSOSを発したら、あるいはそうなる前に、自分はどうなのか、親の期待と自分のやりたいことは違っていないか、など、自分自身を見つめなおすことが必要です。

 ②「相手(親や夫、妻)を他の人と替えることはできない」と割り切ること。とくに歳を取ってから生き方を変えるのは難しい。「あきらめる」ことも時には必要です。

 ③「離れる」ことも悪くない。無理をしてそれまでの関係を続けようとすると、自分自身も、相手も罪悪感が募ってやりきれなくなる。施設に入ってもらう、あるいは介護サービスを受けて、その間は外出して気分転換を図るようにする。

 ④「少し距離」を置いてみる。食事を別々にする。家の中でも、できるだけ顔を合わせない。夫が定年になっても、できるだけ外にでてもらう。趣味を広げる、などです。

 ⑤「各々が豊かな人間関係を作る」こと。相手や子供にあまり期待をかけすぎないようにし、それぞれがそれぞれの人間関係を広げていく。これが一番、前向きで必要な対応かも知れません。

   (片田珠美=かただ・たまみ=精神科医、京都大学非常勤講師、臨床経験にもとづき、犯罪や心の病の構造を分析している。著書に「一億総うつ社会」(ちくま新書)、「他人を攻撃せずにはいられない人」(PHP新書)など。

(真生会館・講座シリーズ「現代社会に生きる」の2月25日「家族とどう向き合うか」より・文責=南條俊二)

 

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2017年2月28日