◎教皇連続講話:使徒言行録について②主の復活-愛の和解の力ーを証しする素晴らしさを再発見しよう

(2019.6.12 VaticanNews Linda Bordoni)

 教皇フランシスコは12日の一般謁見の中のカテキーシスで、先週に続いて、新約聖書の「使徒言行録」について語られ、まず、「自己言及(自分自身あるいは自分の属するものに言及すること)の誘惑」に陥らないように警告されるとともに、「多様性」を恐れないように信徒たちに求められた。

 教皇は、「キリストが12人の使徒を選んだことは、教会とイスラエルの人々の間の連続性を示します」と語られた。

 復活されたイエスは40日にわたって使徒たちと共におられた後、天に昇られた。その後の弟子たちの集まりで、ペトロが、ユダの裏切りで空いてしまった12の使徒ポストの一つに「主イエスが私たちと共に生活されていた間、いつも一緒にいた者のうちの誰か一人」が加わり、「主の復活の証人になるべきだ」と提案した。そして、二人の候補のいずれかを示してくださるように、主にともに祈り、マティアが選ばれた(使徒言行録1章15~26節参照)。

 *目に見える親しい交わり

 教皇は「イエスは弟子たちに『互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るであろう』(ヨハネ福音書13章35節)と語られました」とされ、使徒言行録で語られる「目に見える使徒たちの親しい交わり」が、主の復活と救いの愛を証しする最初の形となった、と説明された。

 さらに、使徒たちは、キリストの復活が「多くの出来事の中の一つ」ではなく、新しい命の源だ、ということを完全に認識し、ユダが「生よりも死」を選ぶ一方で、11人の使徒たちは「生と救い」を選び、歴史を通してー世代から次の世代へ、イスラエルの人々から教会へ-そのことを伝えていく責任を引き受けた、と指摘。12使徒のうちの一人だったユダの自己放棄が使徒たちの共同体に傷を作り、ユダの使徒としての仕事を他の人に回し、12人の集団を再構成することが必要となった、と教皇は語られた。

 *共同体の識別

 そして、このことが、共同体による識別の実践の始まりであり、識別は「神の目を通して、一致と交わりの視点から、現実を見ること」にあり、「親しい交わりは、分裂、孤立、私的な場を優先するメンタリティーに打ち勝つ」という事実を強調。

 使徒たちの目に見える親しい交わりが、主の復活と救いの愛を証しする最初の形となったが、「私たちもまた、復活された方を証しすることの素晴らしさを再発見する必要があります。自己言及の態度を乗り越え、神の賜物を自分自身のものにしておこうとする誘惑に抵抗し、決して、月並みな生き方に屈しないようにする必要があるのです」と訴えられた。

 講話の最後に、教皇は信徒たちに、私たちの一致によって、高慢と不和を打ち負かし、多様性の中から一つの神の民を作る「愛の和解の力」を証しできるよう、主に助けを求めるように強く促された。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年6月13日