Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑤ 「終活の第一歩」

  「終活」が一大ブームになっている。「人生の最期に向けて準備を進める」ことを意味するこの言葉は、2010年ごろに登場し、東日本大震災が起きた2011年から広く使われるようになった。

   ブームを支えているのは、「終活セミナー」「終活イベント」などと名づけられた各種の催しだ。葬儀関係会社や旅行会社などが主催するそうしたイベントをのぞいてみると、活況ぶりに驚かされる。

    約250社・団体が参加した関係企業の大型展示会では、さまざまな純金仏具の展示コーナーをはじめ、スライドショー付きの遺影撮影サービスを紹介したブース、海洋散骨や気球葬、宇宙葬などという新しい葬儀スタイルを紹介した展示が人気を集めていた。会場には「これが骨壺?」と思わせるようなデザインの棺桶や骨壺や墓石がズラリ。別のイベントでは、棺桶の「寝心地」を味わえる入棺体験コーナーや遺影の撮影体験コーナーに、来場者の長い列ができていた。

    終活イベントの会場を歩いてみて、「葬儀のスタイル」や「埋葬のされ方」などについては、実にさまざまな提案がなされていることを実感した。ただ、どうしても気になる点が残る。それは、死に至る「最期の医療」をめぐる情報の提供や議論の場が非常に少ない――という点だ。

    こうした思いは、さまざまな形で普及している終活のための冊子「エンディング・ノート」を手にした際にも抱いてしまう。

    エンディング・ノートで多くのページが割かれているのは、友人や親族へのメッセージや人生の思い出などを記入する欄だ。葬儀や墓に関するリクエスト、供養の希望を書き込むページも豊富に用意されている。しかし、医療に直接関係する項目は、シンプルなものが多い。「延命治療はしてほしいですか?」の問いについて、「はい」と「いいえ」の二者択一でマルをつける項目が設けられているほかは、「そのほか医療に関するご要望はありますか?」などと、ごく簡単な記述を求めるタイプが幅をきかせている。重要な議論に手をつけぬまま、周辺を一生懸命に飾っている印象だ。

    胃瘻をするのか、点滴をするのか、人工呼吸は行うのか……。ひとくちに延命治療と言っても、最期の医療をめぐる議論は、さまざまなケースを具体的に想定しながら進めなければならない。そもそも、どこからが延命治療なのか。高齢になっても外科手術を受けるのか、抗がん剤治療をするのか? 医療現場でも意見は大きく異なる。

    読売新聞の2013年世論調査で、終末期医療について「家族と話をしたことがある」と答えた人は31%に過ぎない。70歳以上の回答者でも38%だった。患者本人の意思が明確に示されていないと、終末期医療の現場では混乱が生じかねない。遠い親戚が突然病床に顔を見せ、治療方針に異を唱えるケースも目立っている

    葬儀やお墓、遺影のことを決める前に、「どんな治療を・どの程度・いつまで受けたいか?」という点もしっかり考える。少なくとも家族とで話をしておく。はやりの終活をスタートする際に、避けては通れない問題だ。

*「サイレント・ブレス」とは、静けさに満ちた日常の中で、おだやかな終末期を迎えることをイメージする言葉です。医師として多くの方の死を見届けてきた私は、患者や家族に寄り添う医療とは何か、自分が受けたい医療とはどんなものかを考え続けてきました。このコラムでは、終末期医療の現場で考えたこと、感じたことを読者の皆さんにお伝えします*

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2017年2月25日 | カテゴリー :