・Sr.石野の思いであれこれ⑨夜が明けたら修道女志願者-身の引き締まる思い

 一夜明けたら私はもうれっきとした聖パウロ女子修道会の志願者。

 裁縫を一手に引き受けていたシスター・ロレンチ―ナが私の寸法を測り、志願者の制服を縫ってくれた。黒一色、前に箱ひだがあり、ひざ下までの少し長めのワンピース。それに丸い白襟。髪の毛は左右に分けて三つ編みにして、それを頭の上で交叉させる。早速それまで着ていた服を脱いで制服に着替えた。

 これで外見は志願者の出来上がり。身が引き締まる思いだった。5人いた日本人先輩の志願者たちにいろいろ教えてもらいながら、少しずつ、修道会の生活に慣れるように努めた。

 修道院といっても日本家屋。二階がシスターたちの住まい。シスターたち以外は禁域なので、入ることも見ることも出来ない。どうなっていて、どのような生活を送っているのか想像もつかない。一階は聖堂、応接間、シスターたちの食堂兼集会室、それに志願者たちの部屋(畳の部屋で、寝室になったり、食堂になったり、勉強室や作業室に早変わり)だった。

 イタリア人と日本人の共同生活。何といっても一番大きな障害は言語。イタリア人の日本語はまだゼロに近い、日本人のイタリア語は”イタチ語”程度。双方を分けている言葉の壁は高かった。しかしその壁も、私たちの心の一致まで分けることは出来なかった。手振り身振りで話し合い、通じたり、通じなかったりで大笑い、時には、笑いが最高のコミュニケーションになったりした。

 イタリア人のシスターたちと一緒にする朝の祈りはイタリア語。ミサはラテン語。シスターたちと一緒にイタリア語の祈り本を使って祈る。イタリア語はローマ字のように発音すればよいから意味は分からないが、私たち日本人にとって、発音は難しくない。「お寺の小僧習わぬ経を読む」とか言いながら、楽しく発音の練習をした。

 シスターがいない自習時間になるとイタリア語の祈りに簡単なメロディーをつけて覚えたり、よく似ている日本語に変えたりした。そんな私たちの苦労(?)も知らず、お祈りの時に、シスターたちと一緒に祈ろうと努力している姿に、満足しているようだった。

 修道院の中での「有難う」は、ラテン語でDeo gratias(神に感謝)。どんな時でも挨拶は、イタリア語でSia lodato Gesu Cristo (イエス・キリストは讃えられますように)と言うように教えられた。多少でもラテン語やイタリア語を知っている、という快感は心地よかった。

 日用会話だってイタリア語、日本語、英語とミックスされた国際語。ある日、お洗濯をしていたイタリア系アメリカ人のシスターが、お手伝いをしていた日本人の志願者に言った「acqa, go, nigemasu」。aquaはイタリア語で水、goは英語で行く、nigemasu  は日本語。つまり、「水が流れて行くから、その場をどいてください」の意味。こんな漫画チックな情景は日常茶飯事だった。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年3月31日