・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㊱「闘病記文庫」へようこそ

 歌手の堀ちえみさんが10月に刊行された闘病記『Stage For~舌がん「ステージ4」から希望のステージへ』(扶桑社)が話題を集めている。私自身も、舞台で活躍するお笑い芸人や演歌歌手らが病と向き合う小説『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』(講談社)を9月に上梓したばかりだったこともあり、不思議なめぐり合わせを感じた。

 堀ちえみさんの著作に限らず、病を抱える人が体験をつづった闘病記は、数多くの患者や医療関係者の心のよりどころになる――と改めて注目を浴びている。各地の公共図書館でも手にしやすくなり、自分にあった本を探す手立ても整備されている。

 日本文学の中で闘病記は、確立した一つのジャンルだと言える。明治期から

昭和のはじめに至るまで、結核などの感染症に倒れた若き文学者らの手で、数多くの作品が主として私小説の形で生み出された。1980年代以降は、医療機関でがんの告知が進み始めたことを受け、市井の人々の作も含めて、がんの闘病記の刊行が急増したという。そのいくつかを手に取ると、治療の選択肢や、病気との共生、家族の絆など、さまざまな視点から作品がつづられている。

 ところで闘病記は、図書の分類上、一つの独立したカテゴリーを与えられていない。これに、本のタイトルだけでは闘病記と判断されにくいという傾向も加わり、まったく同じ闘病記が、図書館や書店によって、「文学」「ノンフィクション」「エッセイ」「医療」など異なる書棚に分かれてしまいがちだ。結果的に闘病記は、「読んでみたいが、探すのが難しい」と言われてきた。大手出版社でなく自費出版で刊行されるケースが多いことも、一般の読者の手に届きにくいという弱点だった。

 そんな状況に明かりを灯してくれたのは、東京都立中央図書館(港区南麻布)だ。同館は2005年に全国で初めての「闘病記文庫」を設け、図書分類の垣根を超えて関連する本を一つのコーナーに並べる試みを始めた。現在では、約260疾病にわたる約900冊の闘病記を館内に並べている。

 都立中央図書館の挑戦は、西日本へも広がった。鳥取県立図書館(鳥取市)も2006年に闘病記文庫を開設。現在では900冊以上の関連書籍を整えているという。その後も、大阪府立大図書館(羽曳野キャンパス)、大阪厚生年金病院(大阪市)、奈良県立医大付属図書館(奈良県橿原市)、奈良県立図書情報館(奈良市)などで同様の動きがあったという。

 首都圏は都立中央図書館の文庫が先駆的かつ中核的な存在だが、インターネット上で闘病記の検索を支援するシステムの発信地ともなっている。画面に現れる仮想の本棚に約700冊分の闘病記を分類して紹介する「闘病記ライブラリー」(http://toubyoki.info/index.html)は、表紙のイメージや目次などの情報、貸し出しサイトへのリンクもあって便利に使える。

 聖路加国際大学は、「るかなび闘病記文庫ブックリスト」(闘病記は約1600冊分)をネット上で公開し、実際に本を読んだ学生や教職員が内容を150字で紹介し、市民が手に取りやすいようにしている。大田区立蒲田駅前図書館のように、闘病記を含めた関係書籍を「医療・介護情報コーナー」として館内の目立つ場所に展示・公開する取り組みもある。

 これらの作品群から学べるのは、病気の知識や医療情報というより、<病気になっても、いかに生きるか>を考えさせてくれる知恵と勇気だ。まさに読書がもたらす大きな力だと言える。秋の読書週間の一日、お近くの図書館に闘病記文庫があるかどうか、チェックしてみてはいかがだろう。

(みなみきょうこ・医師、作家: 末期がんや白血病、フレイル……病に負けず舞台を目指す人たちと女性医師の挑戦を描いた物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』を9月17日に講談社から刊行しました。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=、クレーム集中病院を舞台に医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中です)

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2019年10月31日