・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉟ 今、グレン・キャンベルを聴く

 伝説的なギター演奏で知られ、グラミー賞6回、グラミー殿堂賞3回など数々の栄誉に輝いたアメリカのミュージシャン、グレン・キャンベルが2011年から2012年にかけて敢行した「最後の全米ツアー」に焦点を当てた映画が、9月21日から全国で上映されている。

 公開初日に新宿の劇場へ駆けつけ、スーパースターの姿に圧倒された。スクリーンに大写しになったタイトルは、『アルツハイマーと僕~グレン・キャンベル音楽の奇跡』。そうなのだ――映画は、2011年にアルツハイマー型認知症と診断されたキャンベルに焦点を当てたドキュメンタリー作品だ。

 キャンベルは担当医師から、<ギター演奏は断念せざるを得ない>という忠告を受けるが、世間に病名を公表して全米ツアーに打って出る。そしてカメラは、キャンベルの記憶障害や舞台上のトラブルも容赦なく記録していく。彼は愛娘やスタッフの顔や名前を忘れ、時にコンサートでも歌詞を思い出せなくなっていく。

 だが、家族、長年の友人たちは、ステージをあきらめようとしない。キャンベルその人も、ギターを決して手放そうとはしない。舞台の上で、自分が自分として生き、もう一度輝くために――。映画の原題Glen Campbell: I’ll Be Meに込められた「僕は僕である」という言葉の響きが心に迫る。

 グレン・キャンベルだけではない。日本の誇る大歌手・美空ひばりや藤圭子、さらには三遊亭金馬、加瀬邦彦、それに往年のエルビス・プレスリーやマイケル・ジャクソンらも、さまざまな病気や体の不調に負けることなく、ステージに立ち続けた。

 そんな懐かしい芸能人たちの忘れられた話を2017年6月、「ひばり、圭子、プレスリー」と題して本コラムの連載8回目に書かせていただいた。「病を押してなおステージを目指す人々と、それを支える医師の姿を小説にしてみたい」という思いから、月刊「小説現代」に短編小説を発表したタイミングだった。

 あれから2年と少しが過ぎた。生と死、病の舞台で輝く小さな人間模様をシリーズの形で書き続ける試みに、一応の区切りをつけることができた。末期癌や白血病、糖尿病やアルコール依存症……。さまざまな人々が、自らの病に負けず、人生の夢や希望を成就させるために「ステージ」を目指す人たちの挑戦と、それを支える医療のあり方をつづった連作短篇集を、『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間(とき)』と題して9月19日に講談社から上梓した。スクリーンの中でキャンベルが見せてくれたパワーにも負けない登場人物たちの繰り広げる小さな物語を、ひとりでも多くの方に読んでいただきたい。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 病気に負けずに「舞台」を目指す人たちと女性医師の挑戦を描いた物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』が9月19日、講談社から刊行されました。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎文庫=、クレーム集中病院を舞台に医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中です)

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2019年9月30日