・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉜ 高島忠夫さんの訃報を聞いて

数多くのドラマや映画に出演した人気俳優で、テレビの司会や映画解説でもお茶の間に親しまれた高島忠夫さんが6月26日、亡くなった。享年88歳。宝塚歌劇団で活躍した寿美花代さんとのおしどり夫婦ぶりはつとに有名だが、最期は花代さんに看取られたという。

 日々メディアを通じて耳にする芸能人の訃報の一つだが、高島さんの悲しい知らせには、特に目を引かれる思いがした。それは、高島さんが「老衰のため」「自宅で亡くなった」と報じられた点だ。

 まずは、お亡くなりになった「場所」について見てみたい。著名人、とりわけ俳優や歌手といった芸能界のビッグネームが、「自宅で」息を引き取った――と報道されるケースは極めて少ない。2010年以降をたどってみると、明確に自宅で亡くなったことが報道され
ているのは、以下の方々に限られる。
・小沢昭一さん(享年83歳)2012年12月死去、前立腺癌のため
・加藤治子さん(享年92歳)2015年11月死去、心不全のため
・永六輔さん (享年83歳)2016年7月死去、肺炎のため
・小林麻央さん(享年34歳)2017年6月死去、乳癌のため
・樹木希林さん(享75歳)2018年9月死去、全身癌のため
・高島忠夫さん(享年88歳)2019年6月死去、老衰のため

 豪邸に住まわれる方が多い(と推察される)芸能界でも、ご自宅で最期を迎える方は極めて少ない。年に1人もいない計算だ。世間一般ではどうか?

 「最期は自宅で迎えたい」という希望を持っている人は、各種の世論調査でおおむね80%に達している。ところが、実際に自宅で亡くなる人は20%程度にとどまり、大多数は病院や施設など自宅外で息を引き取っているのが現在の状況だ。

 一般論として、在宅医療を継続できない背景にはさまざまな事情がある。とにかく積極的な治療を優先して入院生活を続けるケース。自宅療養を希望しても事情がかなわず、やむなく施設・病院で介護・看護を受けるケース。長期にわたる自宅療養が続いた結果、疲弊した家族や本人が施設などへの入所を希望する場合、本人は家で亡くなる覚悟を決めていても、最後の最後に家族が救急車を呼び、大病院に運び込まれて亡くなるケースもある。

 高島さんの場合は、花代さんが熱心な介護で夫を支える様子が伝えられていた。芸能界で活躍する二人の息子さんとの「距離」も近く、各種の好条件が整った中で、家族それぞれが望む形の在宅終末期ケアがなされていたのではないかと推察する。

もう一つ、今度は「死因」に注目して先の表を見直していただきたい。最も多い死因は「癌」で3人。これに、「心不全」1人、「肺炎」1人が続いている。そして今回、高島さんの死因として公表された「老衰」が加わった。これを聞いて、著名な芸能人の訃報ではあまり耳にしなかった気がする……」という思いを抱く方がいるかも知れない。

 実は高島さんの訃報に先立つ6月7日に、ちょっとしたニュースがあった。厚生労働省が発表した2018年の人口動態統計月報年計(概数)で、日本人の「3大死因」の一つに、初めて「老衰」が加わったのだ。2018年に亡くなった日本人の死因を調べた統計で、第1位は「悪性新生物」(癌)、第2位は「心疾患」。第3位は「脳血管疾患」や「肺炎」を上回って、「老衰」がトップ3入りを果たしたのである。

 「老衰」が増加したのは、医療者側の意識の変化が大きい。以前から医療界では、「『肺炎や誤嚥性肺炎で亡くなった』とされる高齢患者の多くは、加齢による衰弱こそが真の死亡原因だ」との指摘が多かった。そこへ、日本呼吸器学会が2017年に発表した肺炎診療に関する新たなガイドラインで、<患者が老衰状態にある場合は、個人の意思やQOLを重視し、必ずしも積極的な治療を行わない>とされたことも契機となり、自分の患者が老衰の状態にあるかどうかを意識する医師が増加。死亡診断書の死因病名に、「肺炎」ではなく「老衰」と記載するケースが増えたものと推測されている。

 老衰はここ数年、右肩上がりで上昇している。同じ傾向は続く勢いにある。「老衰」で亡くなる芸能人は、今後もますます増えてくるだろう。

 高島さんの悲報を通じて、在宅死をめぐる最近のトレンドと医師の意識の変化について考える機会をいただいた。ここに、心からのご冥福をお祈りしたい。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が昨夏、文庫化されました。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

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2019年6月30日