・三輪先生の現代短評②歴史研究の新境地

 「東京裁判史観」として批判されることが久しかった戦前史に、世代交代ということもあって、ようよう新境地が開拓され始めている。具体的に言うと「昭和12年学会」の成立とその最初の成果である。宮脇淳子、倉山満、藤岡信勝著『昭和12年とは何か』が藤原書店から出版された事である。序章と7章そして終章からなる本書の性格と内容を各章の小項目立ての言語を拾いだして提示してみると以下のようになる。

 共産主義の脅威と貧困問題 「侵略戦争」「侵略国家」と言い出した学者たち 「昭和十二年の」の世界地図 戦後の歴史学会の偏向 通州事件と正定事件から 満洲とモンゴルから見た日本の昭和十二年;日清戦争で大陸の暴力に直面した;きちんとした因果関係をたどることの重要性

 明治日本が文明開化路線を選び、欧米先進国が確立していた国際法秩序のもとで富国強兵政策を推進していた時、大陸は非文明のままに止まっていた。日清戦争の性格はまさに文明と非文明の相克であった。しかし其処に出現した「大日本帝国の愚かさ」は「客観的」に析出されねばならないのであった。

 この学会に集う人々は、社会科学の諸分野をカバーしつつインターディスプリナリーに総合を試みることを使命としている。なにか昔見た夢が現実に展開しているようなイメージがある。

 そう、上智大学に国際関係研究所がピタウ理事長のもとで創設された1968年 明治100年の年―あれはピタウ先生がハーバード大学でその年の最高博士論文と評された明治憲法の生成過程の研究が心の隅にあって、実現した一大プロジェクトだったのかも知れないと今、私はふと思ったりもした。

 それで研究所のスタッフは政治学 社会学、経済学、歴史学などの分野から一人、二人と集められた。しかし、何か特定の地域、あるいは国家を研究対象とするのではなく、まさに「国際学」と名付けたらいいだろう学際的学問領域のための総合的「理論」の形成を図ろうとしたのであった。

 そして研究成果は順次 鶴見和子・市井三郎編『思想の冒険・社会と変化の新しいパラダイム』(筑摩書房、1974);武者小路公秀・蝋山道雄編『国際学・理論と展望』(東京大学出版会、1976);川田侃・三輪公忠編『現代国際関係論』(東京大学出版会、1980);納屋政嗣・デヴィッド・ウェッセルズ編『ガバナンスと日本・共治の模索』(勁草書房、1997)となっていった。

 『昭和12年とは何か』の共同研究者等が生みだした昭和12年学会の今後の活動が、この国が逢着している歴史意識の問題解決にどんな貢献ができるものか、刮目していきたい。(2018. 10. 30記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

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