Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑬ 「幸せ」な介護の日々のために

  直木賞受賞作「女たちのジハード」などで知られる作家の篠田節子さんが、お母様の介護を続ける日々を率直な言葉で語った新聞記事に、大きな反響が集まってい る。10月8日付の読売新聞朝刊に掲載された生活面の連載「ケアノート」。紙面 の大きなスペースを占める形で、記者のレポートと篠田さんの声が紹介されたのだ。

篠田さんのお母様は93歳になる。約20年前から認知症を患っており、今では 毎日、篠田さん宅で朝から夕方までの時間を篠田さんと二人だけで過ごしていると いう。病状は数秒前のことも忘れてしまうほどで、一人では満足にできないトイレ や風呂の世話を一から十まで篠田さんが手を差し伸べる必要のある様子が読み取れる。

記事の中で篠田さんは、「仕事ができるのは、母が(実家から)来る前の朝と、 母が寝ている間ぐらいです」と言い、「風呂からあがって気持ちよさそうに眠る母を見るとき、『このまま逝ってくれれば、幸せだな』と思うこともあります」「国 を挙げて推奨されている在宅介護の現実を知ってほしいです」とまで語っている。

<親の最期は、自分の家で家族そろって見送ってあげたい><在宅で世話をする ことこそが親孝行にほかならない>――。そんなふうに考えて、在宅介護や在宅医 療を希望する人が増えている。

ただ、施設や病院で受けるのと同じクオリティーのケアを自宅で行うとなると、 かなりの人手が必要になる。家族の負担がそれだけ大きくなることは避けることが できない。それは、冒頭に紹介した篠田さんの例を引くまでもない。

 私は「ケアを受ける人と家族が楽しい時間を過ごせること」こそが、幸せな介護 の形だと思っている。介護で家族が疲弊してしまい、楽しい思い出づくりもままな らないような状態では、愛しい人を愛しいと思えなくなってしまうこともあるから だ。

 施設や病院に入るためには、経済的な負担が増すイメージがある。だが、入所先 の種類によって、かかるコストはまさにさまざまだ。それぞれの家庭の経済状況に合わせて施設や病院を選ぶことは、決して難しいことではない。

 在宅で介護する場合でも、ヘルパーの力や訪問介護、デイサービス、ショートス テイなどを積極的に利用することが大切だ。とりわけ終末期の患者を支えるために は、「キュア」(治す・癒やす)、「ケア」(介護する・世話する)、「カンファ タブル」(快適な・心地よい)という「三つのC」を踏まえることが大切だと言われる。「キュア」することができないのであれば、せめて「カンファタブル」には してあげたい――。そのためには、プロの力を借りるべき場合も多い。

 大変なところをプロに任せれば、家族はマッサージをしてあげたり、おしゃべり をしたりと、患者と楽しい時間を過ごす余裕も生まれてくるはずだ。

 慣れない家族がオムツを交換したり、イライラしながら風呂にいれたりしても、 当の親も幸せな気分になれはしない。その点、介護のプロであれば、手際よく、親に後ろめたさを感じさせることなく日常生活の介助をしてもらうことが可能だ。「 その方が親にとっては幸せだ」という考え方も成り立つ。

 残念ながら篠田さんのケースでは、「母は他人を一切受け入れず、介護サービス を利用できない」という。過去にショートステイに預けた時は、一晩中「帰せ」と 大騒ぎしたことがあり、有料老人ホームの入所についても、「入居させても戻ってきてしまうだろうと思うと、なかなか踏み切れません」。篠田さんは苦しい胸の内を語っている。

 親の介護と見送りは、家族と医師や看護師、介護スタッフなどによる共同作業であってほしい。できるだけ多くの人がケアに関わる環境を得る選択肢があるのなら、一人で頑張りすぎないで、と言いたい。その上で、ケアに携わる全員が「こうし たらお母さんは心地よく過ごせるのではないかしら?」とよく話し合いながら進める――。そうすることが、互いに悔いを残さず、幸せな時間をゆっくりと迎える一番の方法ではないだろうか。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。5月24日発売の日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」が収録されました。アマゾンへのリンクは、https://www.amazon.co.jp/dp/4344029992?tag=gentoshap-22

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年10月25日 | カテゴリー :