この4年間は毎年7月に、地元鎌倉大町の八雲神社のお祭りに参加させてもらっています。
「新羅三郎義光公が、住民の悪疫難儀を救うため京都の祇園社を勧請し、住民は難を逃れて安堵したという故事を記念し、感謝し、合わせて平和と繁栄を祈願する恒例の祭り」ということで、昼からお神輿を担ぎ、街を練り歩きます。私も白丁烏帽子姿となり、地元のメンバーとともにお神輿を担ぐことが毎年の夏の大きな楽しみです。
祭事中神様をお迎えし、お神輿にお乗りいただき、町内各地に出向いていただく」という神事です。町の人々が通りに出てきてお神輿をお迎えする様子は、いつもの風景とは全く違う、祈りの雰囲気に包まれています。そして新たなにつながる人と人が、皆で力をあわせ、息とリズムを合わせて神輿を担ぐ行為には何か深い霊的なものを感じます。
昼のお渡りと夜の神輿ぶりを合わせると、150人くらいの男たちが四社の神輿を担いでまわるのですが、その集団をまとめているのが、私の小中学校時代の同級生です。先日その彼と町で偶然会い、同じ方面の帰り道、祭りの話題になると彼はこう呟きました。 「今、自分がこうして祭りや神輿の世話係をやらせてもらっているのには、何か意味があると思うんだよ。神様が僕に、今これをやれって言っているような気がする・・・」
私はその言葉を聞いたとき、とても嬉しい気持ちになりました。なぜなら、これはキリスト教で言えば「ミッション」ということと同じだなと思ったからです。自分の意志や思いよりも、まず先に神様が自分にどのような使命や役割を望み、派遣されるのかという問いに応えようとすること。
宗教は違っても、長年人々によって祈り込められた神社という神聖な場所と、神事に加わる人々がスピリチュアルな存在を確かに感じさせているのかもしれない、と思いました。
私もまた、「神様」が望まれるならば、来年も担がせてもらいたいなと思っています。
(2017.7.25 JLMM 漆原比呂志 )
*JLMM は日本カトリック司教協議会公認団体、国際協力NGOセンター(J
JLMMでは毎年、派遣候補者を募集しています。賛助会員としてのご支援やご寄付をお願いいたします。またカンボジアスタディツアーやチャリティコンサートの企画、
JLMM 漆原比呂志