駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」 ①「人の誕生の源は同じ・・だから・・」 

      ペルシャ語を学び始めてほぼ半世紀、ペルシャ文学の華とも云える詩歌に本気に向き合えるようになったのは、5年前のことである。2011年の3月11日、東日本大震災に際して、私は大使としてイランのテヘランに赴任していた。イラン人が日本国民に、弔意と同情を表すのに、次の詩を贈ってくれた。

  「世界の人々はみな同胞 人の誕生の源は同じだから 一人でも痛みを覚えれば 誰一人安穏としていられない」(サアディの詩)。

  かつて聞いたことのあるこの詩に、いたく感動した。詩はイラン人の心に深く根差していることを実感した。そこでもう一人の詩聖、ハーフェズの詩集を、分らないなりに全編我慢して目を通すことにした。

  「突然 虚無の大岩が すべての夢を木っ端みじんにした」の一句を目にしたとき、大惨事の衝撃をよく表していると感じた。
テヘラン勤務中は、ペルシャ世界の2大詩人、ハーフェズとモウラナーの詩をイラン人の先生について学ぶことにした。日本に戻ってからも、これぞと思う詩句を毎日暗唱した。

    暗唱を繰り返すうちに、それらの詩句は、イスラーム教の世界に生きるイラン人が、神(アッラー)とのありようを模索して探求した苦闘の成果、その営みの成果は散文ではよく説明できず 詩の形として発展したことが分かってきた。またそれは深い人間研究であり、人類共通の教訓を含むものであることも実感するようになった。

    例えば、「インド人とトルコ人が同じ言葉をしゃべることはしばしば トルコ人二人が異邦人であることもしばしば それならば神聖な言葉とは何か別のもの  共感は言葉が同じであるよりも大切」(モウラナー)(注:ペルシャ文化の世界は、イランのみならず中央アジア、インド亜大陸、トルコに及ぶ)
また、「心は 長い間 世界を見透す杯を 我々に求めた 自ら持てるものを よそ者に求めたもの 皆が生み出される根源の宝を 海(道)にさまよった者に求めた」(ハーフェズの詩)

    冒頭のサアディの詩を含めて以上3つ詩句は 韻を踏みリズミカルで、毎日反芻し、自分の人生の指針となっている。一昨年、半年も入院する羽目になった。その際、ハーフェズの詩句が何と励みになったことか。

   「衰え無力となっても 良いではないか 朝の北風のごとく(花弁を散らす とされる)(神への恋の)道にあっては 痛み(を感じること)は健康であるよりも優れる」
(ペルシャ詩の翻訳はいずれも筆者))

 駒野欽一(国際大学特任教授、元イラン大使)

このエントリーをはてなブックマークに追加