・Sr.石野の思い出あれこれ ⑱ローマに着いた!歓迎のシスターたちの勢いに圧倒される

 新年あけましてめでとうございます。

 昨年は教皇フランシスコをお迎えして、喜びと幸せ、希望と感謝にあふれるはじけるような笑顔に接することができました。新しく始まるこの一年が皆様にとって喜びと幸せ 希望と感謝に満ちた一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。 石野澪子

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 飛行機がガタンと音を立ててチャンピーノ空港に着陸した瞬間、乗客の間から割れるような拍手が起きた。おそらくイタリア人が無事故国に帰ったのを喜ぶ印だったのだろう

 ローマの夏は暑かった。飛行機のタラップを降りて地上に立つと、長い制服の裾の方から生ぬるい空気が洋服の中を上の方に上ってくるのが感じられた。ローマ、ローマに着いたのだ。そう思うと、感激で胸がいっぱいになった。修道院からの迎えの車で左右に緑が広がる閑静な道をおよそ20分走って修道院に着いた。

 広いお庭、石造りで四階建ての大きな修道院。完成すればサンタ・マリア・マジョーレに次いで、ローマで二番目に大きなマリア聖堂になるという建築中の大きな聖堂など私たちの想像をはるかに越える規模の大きいものばかりだった。自動車から降りると、鐘がカンカン鳴っているのが聞こえた。右からも左からもたくさんのシスターたちが、階段をばたばたと駆け降りてきて私たちを迎えてくれた。その勢いのよさにも驚いた。

 彼女たちにしてみれば初めて見る日本人。どんな人たち?そんな好奇心もあったのだろう。「私たちと同じじゃない、」「私たちと少しも変わらない」などと口にする人もいた。どんな人を想像していたのだろう。私たちが着ている制服は彼女たちのと同じ。違うのは、日本人は一般に背が低く、鼻も低くて、目が、イタリア人に言わせると「細くてアーモンドのような形をしている」くらいだった。

 私たちのイタリア語はおぼつかなかったし、シスターたちの熱気に圧倒されたが、たくさんのシスターたちに囲まれて温かく迎えられている空気が伝わってきて嬉しかった。イタリア人たちは挨拶するときに互いに抱き合って抱擁する。ましてや太平洋を渡って日本からはるばるやってきた私たちを抱きしめて接吻したかっただろう。

 でも、おそらく日本の上長から日本では接吻をしないので気を付けるようにとのお達しがあったに違いない、シスターたちは自制しているようだった。これはイタリア人にとっては大きな、大きな”犠牲”であったに違いない。イタリアの生活に少し慣れたころ、人を迎えたり、送ったりするときは愛情の表現として、互いに抱擁しあうのが慣例、ということを知ったので、私たちを迎えた時の彼女たちの気持ちをおもんばかって気の毒に思った。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

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2019年12月31日