・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㊲ さようなら「閉鎖病棟」

南杏子さん(稲垣政則撮影)

 長野県のとある精神科病院を舞台にした話題の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(平山秀幸監督)を観た。

 妻と愛人を殺害して死刑が確定したものの、刑の執行が失敗したことから精神科病院に入院して生き続けることになった中年男性、秀丸が主人公。作品は、幻聴に悩まされる元サラリーマンや、義理の父親から家庭内暴力(DV)を受けた女子高校生らと秀丸が出会い、次第に心を通わせていく日々を描く。居場所をなくした人々の交流と回復、そして病院内で起きた衝撃的な事件をきっかけに、登場人物たちは別の運命を背負っていく……。

 元死刑囚の秀丸を笑福亭鶴瓶さんが演じ、役作りのために7キロ減量して撮影に臨んだというこの作品は、中国最大の映画祭「第28回金鶏百花映画奨」の外国映画部門で、最優秀男優賞と最優秀作品賞に輝いた。国内でも、「第44回報知映画賞」で女子高生役を演じた小松菜奈さんが助演女優賞を受賞するなど、何かと話題を集めた。確かに見応えのある素晴らしい作品だった。

 映画の原作となったのは、精神科医で作家の帚木蓬生さんが書かれた小説『平成病棟』。1995年の山本周五郎賞を受賞し、約四半世紀も読み継がれた名作だ。普遍的な作品には時代を超える力がある。作品のタイトルにも強いインパクトがある。ただ、作品に描かれた精神科病棟そのものは、実は大きく変わろうとしている。

 閉ざされた病室で日々を暮らし、超長期にわたる入院が当たり前だった日本の精神科医療は転機にある。厚生労働省は2004年以来、精神科医療を「入院医療中心から地域生活中心へ」改革するビジョンを掲げている。この方針の下、精神に障害のある人も地域で暮らせる仕組み作りがさまざまな形で進められ、精神科の病床は現在の約35万床が2025年には約27万床に減少する見通しだ。1年以上の長期入院患者も、現在の18万5000人から25年には半減すると予測されている。

 東京都小平市にある国立精神・神経医療研究センター病院も、精神科患者向けの病床数を大きく減らし、開放病棟のシェアを約半分程度にまで広げている。デイケアや外来作業療法などを充実させ、入院の短期化を図った成果として、長期入院はほぼゼロにまで減らしたとして注目されている。

 変革のさなかに求められるのは、市民の側の理解と学習だ。2022年度から使われる高校保健体育の教科書には、精神疾患の記述が40年ぶりに復活する。「精神疾患の予防と回復」という項目で、高校生たちは「精神疾患の予防と回復には、運動、食事、休養及び睡眠の調和のとれた生活を実践するとともに、心身の不調に気付くことが重要であること。また疾病の早期発見及び社会的な対策が必要であること」を学ぶ。精神疾患に対する偏見の解消や病気の早期発見につなげる取り組みの一環だ。

 「わしは世間に出たらあかん人間や」――。映画の中で秀丸が悲しげにつぶやくシーンが、劇場を後にしても忘れられない。私たちは今、そのセリフからさまざまなことを学ぶ必要があるに違いない。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 末期がんや白血病、フレイル……病に負けず舞台を目指す人たちと女性医師の挑戦を描いた物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』を2019年9月に講談社から刊行しました。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=、クレーム集中病院を舞台に医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中!)

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2020年1月2日