・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉙ 私の「カンタベリー物語」

 英国に留学中、イングランド北東部にある大学の町で、長女を出産した。長身で金髪碧眼の人々が暮らす社会にあって、ちびた東洋人の赤ん坊など、誰も目を向けはしない――そんな風に思っていたが、予想は大きく裏切られた。

 道行くたびに乳母車(=英国流のpram。『メリー・ポピンズ』に出てきそうな大きな代物だった)の中をのぞかれ、街を歩く英国人から盛んに声をかけられた。その際のお決まりのフレーズは、「Oh, she is gorgeous!」だった。はじめは、「ゴージャス」という言い回しに感激したものの、それが英国流の言い回しで、単に「かわいい子ね」程度のニュアンスだと知るのはしばらくたってからだった。

 それにこうした会話は、ほとんどいつも次にように結ばれた。「Boy or girl?」(で、この子は男の子? 女の子?)。性別も判然としないうちに繰り出されていたほめ言葉。娘の「ゴージャス」ぶりは、その程度のものだった。

 当時は、忙しかった日本での仕事を離れ、夫婦ともに学生だった。お金はないが、小さな中古車が一台あった。初めての長期滞在でもあり、週末は英国各地をその車で訪ね歩いたものだ。

 忘れられない街がある。英南西部ケント州のカンタベリーだ。春先の週末、北の町にある洋裁店の2階に間借りしたフラットを早朝に抜け出し、モーターウェイをひたすら南下。ロンドンを経由してようやくたどり着いた。

 カンタベリー大聖堂を擁する英国国教会の聖地である。中世期のロマネスク様式とゴシック様式が同居する教会は、まさに威容を誇りながらそびえ立つ。聖堂の内部も「素晴らしい」の一言だった。6世紀末に聖アウグスティヌスがローマからイングランドにキリストの教えをもたらして以来、英国最大の巡礼地となった聖堂に、夫と私は魅了された。

 西側にある大回廊の片隅か身廊のコーナーだったと思う。幸いなことに、すやすや眠ってくれている娘を乳母車に残し、私たちは聖堂の中を歩み進んだ。翼廊から聖アンドリュース礼拝堂、三位一体礼拝堂へ――。離れていたのは、10分程度だったと思う。そして、元の場所に戻ったところで仰天した。人だかりができている。ひと目でそれと分かる聖職者やスタッフらが、乳母車を取り囲んで大騒ぎをしている。

 「捨て子らしい」
「見たところ、東洋人のようだ」
「カンタベリー大聖堂に赤ん坊を託したのだろう」
「まだ生まれて間もないというのに……」

 どうやら、そんな会話が交わされていたようだ。私たちは、こっぴどく説教される前に、大いにあきれられ、英国随一の聖なる地を小さな車で後にした。

 あれから20数年がたった。日本で毎日のように報道される児童虐待、中国から聞こえてくる乳幼児の誘拐事件、ヨーロッパでも頻発している子どもを標的にした凶事……。それらを耳にするたびに、当時の自分たちの軽率さに身が縮む。

 性別も不確かだった娘は、「ゴージャス」とは言われなくなったものの、それなりに青春も謳歌し、この4月、二つ目の大学で最終学年を迎えた。あの旅の記憶は、彼女にはない。だがその両親は、背筋が寒くなった思いとともに、罪深き「巡礼の旅」をしっかりと胸に刻んでいる。

(みなみきょうこ・医師、作家:終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が昨夏、文庫化されました。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年3月31日