・菊地大司教の日記 55 習志野教会堅信式、澤田神父様の100歳誕生日、そして司祭叙階式

2019年12月21日 (土)

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 教皇様の訪日に忙殺されていた頃に先延ばしにしていた予定が押し寄せてきていて、いつまで経っても余裕のない毎日です。更新が遅くなっています。

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 その先延ばしにした行事の一つが、習志野教会の堅信式でした。当初の予定は11月24日。教皇訪日の日程が後で決まったので、堅信式を12月8日に先延ばしにしてもらっていました。

 今年は主日と重なったので、無原罪の御宿りの祝日は翌9日に。

 習志野教会ではこの日、22名の方が堅信を受けられました。おめでとうございます。主任司祭はベトナム出身のディン神父様と言うこともあり、多くのベトナム出身の若者たちが集まっていました。ミサに参加する人で一杯の聖堂は、もちろん大多数の日本人とともに、ベトナムやフィリピンなど、様々な文化を背景に持った人たちであふれかえっていました。

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 ミサ後の祝賀会でも、ベトナム出身の若者たちが、素晴らしいダンスを披露してくれました。様々な背景を持った人が、心やすく祈り、またともにいることができる共同体として、さらに成長してくださることを祈ります。

 さてその翌日、9日の午後には、東京教区司祭の最年長である澤田和夫神父様の100歳の誕生日のお祝いがありました。100歳ですから、1919年12月9日の生まれ。大正8年です。

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 昨年は99歳で白寿と言うことで、カテドラルでミサを捧げましたが、今年は澤田神父様のご意向で、こぢんまりと司祭だけで祝いたいとのことで、しかも車椅子のご自分も一緒にミサに参加したいとのことで、段差の多い聖堂ではなく、カトリックセンターのホールでミサが捧げられました。わたしが司式をさせていただきました。ミサ後には、集まった司祭団と、茶話会でお祝い。澤田神父様は、お元気に笑顔を見せておられました。おめでとうございます。

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 そして12月14日土曜日の午後には、碑文谷教会で、サレジオ会の司祭叙階式が行われました。このたび司祭に叙階されたのは、ベトナム出身の、レー・ファム・ギェ・フー師。おめでとうございます。叙階式にはサレジオ会員をはじめ、いくつかの修道会の司祭や教区司祭、そして仙台の平賀司教も参加。碑文谷教会の荘厳な佇まいの中、ベトナムの聖歌も歌われ、華やかなうちにも荘厳な叙階式でした。

 フー神父様、おめでとうございます。翌日、15日の日曜日には、調布教会で初ミサを捧げられたとうかがいました。

 以下は当日の叙階式の中で行った説教の原稿です。

 教皇フランシスコの日本訪問は、実質三日ほどの短い旅でしたが、多くの人に強烈な印象を残し、また特にわたしたち日本の教会に、豊かな宝を与えてくださいました。

 教皇様の与えてくださった豊かな宝とは、日本にいる間に教皇様が語られた、様々な言葉です。広島や長崎では、核兵器の廃絶や平和について力強く語りました。そのメッセージは、原子爆弾の悲劇を体験した広島と長崎から語られたからこそ、日本のみならず、世界中の多くの人の心に力強い生きた言葉として届いたことだと思います。

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 東京においても教皇様は、東北の大震災の被災者と出会い、災害からの本当の復興とは衣食住が整うことだけを意味するのではなくて、共同体の絆が再建されることが必要なのだと力説されました。教皇様は、次のように言われました。

 「わたしたちにもっとも影響する悪の一つは、無関心の文化です。家族の一人が苦しめば家族全員がともに苦しむという自覚をもてるよう、力を合わせることが急務です。課題と解決を包括的に受け止め、きずなという知恵が培われないかぎり、互いの交わりはかないません。わたしたちは、互いにつながっているのです」

 互いに助け合い、関心を持ち合うことの大切さは、教皇フランシスコが2013年の教皇就任以来、強調されてきたことです。就任直後には地中海に浮かぶランペドィーザ島を訪れてアフリカから逃れてきた難民と出会い、自分の安全安心ばかりを考えてシャボン玉の中にこもり、助けを必要としている人に関心を持たない無関心のグローバル化に警鐘を鳴らされました。

 そして、誰ひとりとして排除されない神の愛しみに満ちた世界の実現を、常に呼びかけてこられました。忘れられて良い人は誰もいない。無視されて良い人は誰もいない。すべてのひとが、神から与えられた賜物である命を生きているのだから、おなじように大切にされなければならないし、互いに支え合わなくてはならない。教皇様は、そう繰り返してこられました。今回のテーマ、『すべてのいのちを守るため』は、教皇フランシスコが大切にしていることを明確に表す言葉です。

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 カテドラルで青年たちと出会ったとき、教皇様は困難に直面する人たちへの思いやりの心の大切さを強調して、こう言われました。
「さて、とくにお願いしたいのは、友情の手を広げて、ひどくつらい目に遭って皆さんの国に避難して来た人々を受け入れることです。数名の難民のかたが、ここでわたしたちと一緒にいます。皆さんがこの人たちを受け入れてくださったことは、あかしになります。なぜなら多くの人にとってはよそ者である人が、皆さんにとっては兄弟姉妹だからです」

 この短い言葉には、多くのことが詰め込まれています。

 今、日本の社会を見れば、様々な国から来られた方が一緒に生活し、その中には、安全と安心を求めて避難してきた方々も少なくありません。文化の違い、言葉の違い、外見の違い。様々な違いによって、社会の中で孤立して、助けを必要としている人も少なくありません。

 社会全体としても、若者たちの間にも、また高齢者の間にも、助けの手が差し伸べられることなく、孤立し孤独のうちに生きている人も少なくありません。

 わたしたちは教皇様の呼びかけに励まされて、この社会にあって、助けを必要としている人に積極的に手を差し伸べ、互いに支え合って生きていく共同体を育てていきたいと思います。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)(「司教の日記」より)

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2019年12月21日