Sr 阿部のバンコク通信 ⑯タイから新年のご挨拶「待つことの意味は」

 新年おめでとうございます。真っ新な人生の頁、今年はどんな歩みが刻まれるのでしょう。

 子供の頃は待ちに待つ、歳と共にあっという間に来る正月。『待つ』、タイ国に来て23年、自分の考え、処し方が変ったなと思います。人は環境に順応すると言いますが、取巻く状況に、私の姿勢も順じて来た事に気付くこの頃です。

 距離バスは別として、市内バスや電車等の交通機関には時刻表無し、来る時に来る。延々と文句言わずに待つ人々の姿には、タイに来た当初から感嘆させられました。渋滞や事故、何が起こるか分からない人間味ありの対処です。

 その後に敷設された電車と地下鉄も時刻表無しですが、所要時間は読めます。 電車の切符自販機はコインのみ、無ければコイン両替機➡︎チケット販売機➡︎改札口と夫々に並びますが、時に長蛇の列、人々は腹も立てずに並び待ちます。渋滞や不都合に腹を立てるのは人間未熟というタイの常識、対人関係も同様です。

 日本なら早速に改善する所、そうは早まらないのがタイの人々、都心を悠々と流れるチャオプラヤ川の様に、人の自然の営みの速度が保たれている様に思います。

 私の腑も胡座をかける程になり、外出時は必ず本持参。ゆっくり考えたり、あたりを観察し空を眺めたり、目を閉じて気持ちを休める機会。人との関わりも、刻々と変わる周りの事態を見つめ、受容して生きる姿勢を身に付けたいです。いつか、人々がほっとする雰囲気を醸し出す人になることを願いながら新年に臨みます。

 「カトリックあい」の愛読者の皆様が、信じて生きる喜びに満ちた年でありますよう祈ります。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

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2017年12月31日