・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑯ 親愛なる患者さんへ

またもや胸の痛む出来事が起きた。名古屋市の大学病院で1月25日午後、外科診療室にいた男性医師(42)の首を何者かがナイフで刺して重傷を追わせ、逃走するという事件が発生した。

 約1時間半後に殺人未遂容疑で逮捕された犯人の男性(68)は、この病院に通院する患者だった。男は「診察の待ち時間が長い」とクレームをつけて、病院側とトラブルになったことがあったという。

 類似の事件は少なくない。

 ・2017年1月、岐阜市の歯科医院で、院長の歯科医(50)が患者(58)に襲いかかられ、包丁で刺殺される。
・2015年5月、大阪府門真市の耳鼻科医院で、受付の女性職員(58)が元患者(45)に顔や首を大型の包丁で切りつけられて重傷を負う。
・2014年8月、札幌市東区の総合病院で、診療中の消化器内科医(50)が患者(67)に刃物で脇腹など5か所を刺される。

 ・2013年8月、北海道三笠市の市立病院で、精神科医(53)が患者(55)に胸を包丁で刺さされて死亡する。
・2012年5月、福岡市東区の大学病院に、「明日朝に爆発させるぞ」と爆発予告の電話が入り、元患者(45)が威力業務妨害容疑で逮捕される。

 ・2011年11月、沖縄県西原町の大学病院で、耳鼻科医(36)が患者(70)に左脇腹を刺される。

 医療従事者向けの情報サイトを運営する「ケアネット」が昨年3月、会員医師1000人を対象に行った調査によると、患者・家族からの暴言や暴力、過度のクレームや要求を受けた経験がある、と答えた医師は、55・1%に達した。全日本病院協会が2008年に発表した調査結果でも、全国1106病院の52・1%が、患者からの暴力・暴言を経験したことがある――と回答している。

 いわゆる「モンスター・ペイシェント」や「クレーマー患者」の問題ばかりではない。過労死ラインを超える長時間労働で、大勢の医師が疲弊している。診療の場に立つ者のひとりとして、私たちの医療が直面している厳しい状況から目を背けてはならないと感じる。

 医師と患者の信頼関係をテーマにした医療小説を書きたい――。そうした思いから、このたび書き下ろし長編『ディア・ペイシェント』(幻冬舎)を上梓した。

 医師や患者、そして医療に関わるすべての人の「本音の叫び」を拾い上げて小説にまとめるのは、筆者にとって苦しみを伴う作業でもあった。きれいごとで済まない現実の重みを受け止める必要があったからだ。

 患者と医師が歩み寄るには、どうしたらよいのか? そのために医師は何をすればよいのだろうか?

 「どうぞお大事に――」。患者さんひとりひとりに声をかけながら、医師として、作家として、今日も考えている。

(みなみきょうこ・医師、作家: 「クレーマー患者」と医療崩壊などを主なテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月25日に刊行しました。https://www.amazon.co.jp/で。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

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2018年1月26日