・前田枢機卿、ローマで名義教会の着座式(菊地大司教の日記)

2018年12月16日 (日)

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 枢機卿に任命されると、必ずローマの名義教会を指定されます。これは枢機卿が教皇の顧問であることから、本来はローマに居住する者と考えられているからのようです。

実際には、多くの枢機卿がローマに住まず、世界各地の教区司教をしているので、ローマの名義教会とは関係が無いようにも思われますが、それでも必ずその名義教会で着座にミサをし、折に触れて訪れるなど、関係を保つことになります。そしてその名義教会の入り口には、当該枢機卿の紋章も掲げられることになります。

というわけで、大阪の前田万葉枢機卿も、枢機卿親任に当たってローマの教会を名義教会として指定され、16日、待降節第三主日に、着座式が行われました。

名義教会は、ローマ市内のテルミニ駅に近く、サンタマリアマジョーレ大聖堂にも近い、聖プデンツィアナ(Basilica Santa Pudenziana)教会です。ローマ市内でのフィリピン人共同体司牧の中心にもなっており、ミサには多くのフィリピン出身の信徒が参加されました。

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16日のミサには、日本から高見大司教と私が参加したので、日本の三大司教がそろい、さらに大阪からアベイヤ補佐司教が参加。さらにはローマ在住の日本人や関係の司祭団も加わり、フィリピン人信徒に加え、日本の修道者や信徒、さらに25名の日本からの巡礼者も加わり、聖堂は一杯でした。駐バチカンの中村大使ご夫妻も参加されました。

また、こういった枢機卿のローマでの公式の行事には、教皇庁の儀典室から担当のモンセニョールが派遣されてきて、典礼をしっかりとコントロールし、ミサ後には、この日の行事についての記録を読み上げて、参加した司教や司祭の署名が求められました。

ミサは英語で行われ、説教では、もちろんのことですが、前田枢機卿が日本語で話されて、事前に色紙に記した三つの俳句を披露されました。通訳はアベイヤ司教。俳句の翻訳に、苦しんでおられました。

この教会では、現在聖堂地下の発掘が進んでおり、使徒の時代の遺跡なども発見されているとのことで、ミサ後の祝賀会が終わってから、責任者のモンセニョールが、日本からの巡礼者などを案内してくださいました。

前田枢機卿の前任は、ケルンのマイスナー枢機卿の名義教会であった、と伺いました。なにかご縁のようなものを感じました。とてつもなく寒いローマでした。

 (菊地・東京大司教の日記より)

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2018年12月17日