・香港の教育現場を管理、圧迫する”社会信用制度”が試行され始めた(BW)

*”人の行動や信頼性”の採点制度を香港の学校にも”試験導入”

 中国の悪名高い「社会信用制度」は、市民に残された権利と自由を徐々に奪い取る脅威だ。2014年、国務院が『社会信用制度構築の計画概要 (2014年~2020年)』を公布し、来年中の完全実施を目指し、国内のさまざまな地域で試行を始めている。14億人の国民を追跡、採点し、人々の社会的地位を判定するのが狙いだ。

 新制度による”採点”は、国民一人一人の旅行、職場での昇進、車や住宅の購入、子供が入学する学校まで決定づける。中国政府は「一貫性ある文化」を創造し、「社会全体の信用レベル」を向上させる道具と説明しているが、実際は、政府・共産党が人々を四六時中、監視し、管理する新たな方策だ。

 そして今、中国共産党 は香港でも、この制度を導入しようとしている。

香港油塘地区の聖安当女書院。(Baycrest – Wikipedia user – CC-BY-SA-2.5)香港油塘地区の聖安当女書院。(Baycrest – Wikipedia user – CC-BY-SA-2.5

*採点制度の脅威にさらされようとした有名カトリック女子校生たち

 9月3日、あるインターネット利用者が香港の人気オンラインフォーラムに、「香港油塘地区の聖安当女書院(聖アントニオ女学院=カトリック香港教区が管理運営)が新学期から生徒の行動採点制度を導入する」との情報を投稿した。それによると、この制度は生徒全員を対象とし、各人の持ち点は100点、学校の「名誉を勝ち取った」生徒は加点され、「無謀な行いをする」生徒は減点される。学期末に「50点未満」とされた生徒は、それ以降の教育を受ける機会を失う可能性があった。

 この制度の導入が報じられた後、学校はウェブサイト上で採点制度の導入を取りやめる、と発表したが、多くの人はなお、「香港の教育界が中国共産党の影響を受け、牛耳られようとしているのではないか」と懸念している。

聖安当女書院の生徒の行動採点システムにおける減点規則(聖安当女書院に懸念を示す団体のFacebookファンページから)。

 聖安当女書院の生徒の行動採点システムにおける減点規則(聖安当女書院に懸念を示す団体のFacebookファンページから)。

 導入されようとしたこの制度は、中国の「社会信用制度」に酷似している。減点対象の違反行為として、「教員に対して不敬な態度をとる」「宿題をやってこない」「命令されても携帯電話を渡さない」「授業を欠席する」「私物を放置する」「1回の授業中に3回以上机に顔を近づける」などが列挙されており、違反1回ごとに、違反者の持ち点から1点から15点が差し引かれる。

 あるインターネット利用者は「学校当局が開発した採点基準のいくつかがあいまいだ」と指摘した。たとえば、「学校の政治的立場と異なる考え方を持つことが学校の名誉棄損とみなされるかどうか」の判断ははっきりしない。採点システムには、他にも「点数の減点または加点の条件に合致する」”柔軟なオプション”が設けられていた。一例を挙げると、「教員に尽くした」生徒は3点を獲得できる。

 この学校の規則を見たあるインターネット利用者は「公権力の濫用そのものだ」と言った。学校を 新疆ウイグル自治区 の 「教育による改心」のための強制収容所 に結び付け、画像を投稿する人もいた。

*香港の抗議参加者を”脅迫”する道具に

 学校の生徒たちは「採点システムの実態の不透明さに不安を抱き、教員による減点が公平なのか」懸念していた。「学校が生徒の発言と行動を学校内外で厳格に管理する道具になるのではないか」との不安も抱いていた。

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 聖安当女書院は制度の導入をとりやめたが、香港の他の学校ではすでに実質的な導入が始まっているところもある。

 9月2日、香港の孔教学院大成何郭佩珍中学で録音された音声がFacebook上で暴露された。それは、学校長と思われる女性が、生徒たちに「市内全域で行われる大学生、中学生のストライキに参加しない」こと、「授業のボイコットや反政府デモに加わらない」ことを要求する内容だった。

 女性の声で「自由を望むなら、もう生徒ではありません」という声や、「ストライキに参加した生徒の名前を教育局に提出するという発言が聞こえる。香港のメディア、立場新聞の報道によると、9月2日、約200人の生徒たちが自発的に授業をボイコットしたが、その中には「『甚大なデメリット』を被る」と脅迫された生徒もいたようだ。

 Bitter Winterは、ある香港の住民に話を聞いた。「もしも採点システムが学校で施行されれば、ストライキや反対運動に関わった学生が非常に心配だ」という。「学生は『校外で無謀にふるまった』『教員に不敬を働いた』とみなされるのでしょうか」。この男性は不安そうに尋ね、「学生が政治的不服従のために処罰されるのではないか」と憂慮した。

*「行動計画」には「”社会信用システム”を3年以内に香港、マカオに導入」と

 3月18日に北京で開かれた思想及び政治理論の教師のためのシンポジウムで、習近平 国家主席は、将来、中国共産党中国の社会主義システムを支える才能ある世代の育成の必要性を繰り返し強調した。そのためにはまず、学校と子どもたちから始めなければならない、と主席は語った。近年、中国共産党は頻繁に香港の教育界に介入し、香港社会の反発を招いている。

 逃亡犯条例改正案の反対運動が起こったのは、中国共産党がさまざまな手段を使って香港を管理し、侵入しようとしていることに住民が気付いたからである。中国本土における社会信用システムの施行と、香港への導入に反対する者が大勢いるのはそのためだ。

 7月5日、『粤港澳大湾区建設3ヵ年行動計画(2018年~2020年)』が発表され、中国南東部、広東 の政府が計画推進を主導することになった。行動計画には、現在、中国本土で利用されている社会信用システムを3年以内に香港とマカオに導入することが述べられている。このニュースは香港で激しい議論を巻き起こした。

 7月9日、香港政府は「香港では当面、社会信用システムを導入することはない」と明言した。しかし、8月24日にデモ隊は、解体した街灯の中にいくつもの中国製部品が据えられているのを発見した。部品のひとつは「BLEロケーター」と呼ばれるBluetoothの発信機で、人々のデータを中国本土の「天網プロジェクト」に送信している疑いがある。この出来事は再び市民に不安をもたらしている。

 中には、香港で社会信用制度が施行されれば、香港のすべての住民にとって、反対運動を引き起こした逃亡犯条例改正案による弊害に匹敵するか、それよりも悪い事態に陥るのではと懸念する人もいる。

 ある人々は「中国共産党は反対運動を見て、香港で無差別に社会信用システムを推進するのを思いとどまったのではないか、なぜなら強行すれば、すぐさま大規模な市民の反発が起こるだけでなく、香港問題に関する中英連合声明に反することになるからだ」と考えている。法的拘束力を持つ1984年12月19日調印のこの文書は、それを予見している。「香港特別行政区政府は、香港の既存の法律に定められている、人身、言論、出版、集会、結社、旅行、移転、通信、ストライキ、職業選択、学術研究、信教の自由 を含む権利と自由を保持する」。

 匿名希望の香港のインターネット利用者は「聖安当女書院の出来事を見て、中国共産党が中国本土で市民を管理するために利用している方策を複製し、香港社会のあらゆる領域に注入するのではないかと不安になった」とBitter Winterに語った。

(陳沢志による報告)

(編集「カトリック・あい」)

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

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2019年9月12日