・バチカン福音宣教省が”新求道共同体の道”神学院の東京設立計画の見直し決定

(2019.7.17  カトリック・あい)

 カトリック東京大司教区の菊地大司教がこのほど、大司教区の信徒あてのお知らせで、バチカンの福音宣教省のフィローニ長官から、同省による「Redemptoris Mater」神学院設立計画について見直しを決めた、との通知を受けたことを明らかにした。

 「お知らせ」によると、アジアにおける福音宣教を目的として「新求道共同体の道(ネオカテクーメナート)の信徒を司祭として養成(同神学院規約3項)」するために、「アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」を東京を本拠地として設立し、福音宣教省の直轄運営とするーと同省が昨年夏決定、通知を受けていたが、フィローニ長官から菊地大司教に宛てた6月17日付の書簡で、「教皇様ならびに新求道共同体の道の代表と協議の結果、同計画を見直すことを決定した」との通知を受けた。

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 (「カトリック・あい」解説)

 今回の福音宣教省長官からの”計画見直し”の決定は、同計画の事実上の白紙撤回を意味するとみられる。

 福音宣教省は昨年夏、日本の司教団との事前協議なしに「新求道共同体の道(ネオカテクーメナート)」の司祭を養成する神学院の東京への設置を一方的に通告、さらに神学院の名称を「アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」とし、院長、副院長を任命するなど具体的な準備を進めるに至って、日本の司教団の間に大きな物議を醸していた。

 ネオカテクーメナートは1964年にスペイン人信徒、キコ・アルグエイオによって始まった運動。キコは、ジプシーやマドリッドの社会から疎外された人々を対象に、片手にギター、片手に聖書をもって福音宣教を開始。多くの司祭や修道者たちの賛同を得て「共同体」として発展、現在は1万を越える「共同体」が世界各地に存在すると言われる。だが、典礼その他で創始者や共同体の方針、指導を優先する傾向もみられ、英ランカスター教区でそのミサ典礼に規制をかける動きなども出ている。

 日本では、ネオカテクーメナートの神学院が高松教区に設立されていたが、小教区に派遣されたネオカテクーメナート共同体の司祭たちが、独自の司牧を展開し、信徒たちの間に深刻な分裂をもたらした結果、日本の司教団が閉鎖を求め、2009年に閉鎖された。

 閉鎖を求めた理由として当時説明されたのは「現地の司教と東京にいる上長の双方に従属することが、大きな問題」「彼らは、活動している教区の司教に従いたいとは言うものの、それを全く実行していない。とにかく十分でも正当な方法でもない」「権威に関することだけでなく、行なわれるミサの方法にもある。共同体の司祭は、ミサで日本語を使うが聖歌などは異なる。彼らは全てキコ創設者の霊性に従うが、それは私たちの文化は心情からは全くかけ離れている」ということだった、と報道されている。

 さらに、日本の司教団は、ネオカテクーメナートの責任者に対し、活動を5年間停止して、その期間を「日本における活動を反省するためのもの」とし、「5年経過した後に、司教側はネオカテクーメナートと問題の議論を始めたい。私たちは、彼らに立ち去って、二度と戻るな、と言いたいのでは決してない。望ましい形で活動して欲しい。日本語と特に日本文化を学んでほしいのだ」としていた。

 だが、このような求めに対して、当事者であるネオカテクーメナートの責任者やバチカンの福音宣教省から、誠意のある説明が日本の司教団にあった、あるいは突っ込んだ話し合いがされた、とは伝えられていない。そうした中での、一方的ともいえる神学院の再設置は、自身がこの共同体のメンバーと言われる、福音宣教省長官の一方的な”強行”と見られてもしかたがない、との見方も出ていた。

 日本の司教団は今年2月、これまで全国一本だった司祭養成の体制を、東京、福岡2キャンパスからなる一つの「日本カトリック神学院」によるものから、「東京、福岡の二つ東京、大阪両教会管区11教区、長崎教会管区5教区)諸教区共立神学校」という別々の二つの司祭養成の体制に変更することを決め、司祭養成は事実上の「分裂」状態になろうとしている。その中での、バチカン福音宣教省直轄の神学院設立という今回の事態で、小さな日本のカトリック教会共同体は、司祭養成という極めて重要な分野で、三つの体制が乱立し、「日本の一つの教会」の理想からかけ離れ、さらなる危機を迎える可能性がでていたが、少なくとも、新求道共同体の道の神学院設立問題は当面、消えたとみといいだろう。

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2019年7月17日