・インド総選挙での与党圧勝が少数派キリスト教徒共同体を危うくする恐れ(Crux解説)

(2019.5.26 Crux Editor John L. Allen Jr.

ローマ発-米国では2020年の民主党大統領指名選挙で誰がトランプ現大統領に対抗するかが大きな政治的関心を呼んでおり、欧州では次の欧州議会選挙と反移民の大衆迎合主義者たちの動静に関心が集まっているが、ごく最近の最大の話題は、世界最大の民主主義国・インドの総選挙でナレンドラ・モディ首相率いる与党・インド人民党(BJP)が予想以上の圧勝を果たし、モディ首相の二期目が決まったことだろう。BJPは右翼的なヒンズー教民族主義集団「民族義勇団(RSS)」の政治部門だ。

 総選挙で圧倒的な勝利を収めたことで、モディ首相はさらに強固な議席を議会占める与党を背景に二期目を務めるここ何十年のインドの政治史で最初の首相となる。このことは、キリスト教徒の眼鏡を通してみれば、世界の超大国への道をひた走るこの国で、宗教的少数派に属する人々の前途に差し迫った問題を提起しているのだ。

 モディ首相はトランプ米大統領のインド版だ。「インド人のためのインド」を強調しているが、それは、ある意味で、「ヒンズー教主義のインド人たれ」と同義語なのだ。その延長上で考えると、少数派は、良くても「非インド人」との非難に耐え、ひどいときは迫害を受ける、ということになる。

 現在のインドの断層線は、この国で新たに創出された”saffronization(サフラン化)”という政治的隠語によって規定されるようになってきている。サフラン(注:西南アジア原産のアヤメ科の多年草、雄しべを乾燥させて水につけると黄色に染まる)は、ヒンズー教の賢者が着用する僧衣の色。

 つまり”saffronization”はヒンズー教の価値観と慣行の育成に弾みをつけ、法的効力を与えることを意味し、結果として、イスラム教のシャリーア(注:コーラン預言者ムハンマドの言行(スンナ)を法源とする法律。ムスリムが多数を占める地域・イスラム世界で現行している法律で、民法刑法訴訟法行政法、支配者論、国家論、国際法(スィヤル)、戦争法にまでおよぶ幅広いもので、殺人、強姦、同性愛行為、麻薬の使用、麻薬の流通、武装強盗などの犯罪を犯した場合は死刑とされる)のヒンズー版に事実上なることを、懸念する関係者もいる。

 このようにモディ首相とその政党が総選挙で圧勝することで、インド国内の全ての少数派が潜在的な危機に立っているわけだが、ここでは、既に厳しい脅威に直面しているキリスト教共同体にとって、それが何を意味すのか、に焦点を絞りたい。

  インド中東部にあるオリッサ州のカンダマル県はキリスト教徒に対する今世紀で最も暴力的な組織的迫害の場となっている。2008年には500人ものキリスト教徒が殺害される連続暴動があった。犠牲者の多くがヒンズーの過激派によりナタで切り殺され、何千人もが負傷し、少なくとも5万人が家を追われた。

 キリスト教徒の多くは急ごしらえの避難施設に逃げ込み、2年以上も滞在を余儀なくされる者も出た。約5000戸の住宅、350もの教会や学校が破壊された。あるカトリックの修道女は暴動の最中に強姦され、裸で歩かされ、殴られた。過激派に好意を抱く警察当局は彼女が訴えを起こすのを抑え、加害者の逮捕をためらった。

 だがオリッサ州のキリスト教徒虐殺はインドにおけるキリスト教徒に対する暴力の最も際立った例、でしかない。2010年3月のカルナタカ州高等裁判所判事の調査によれば、同州のキリスト教徒は500日間に1000件以上の襲撃に遭った。二日に一度の割で襲われた計算だが、それは約10年前のことだ。

 最近では、昨年6月に、インド東部のジャールカンド州で路上演劇をしていた20歳から35歳のキリスト教徒の女性5人が誘拐され、森の中に連れ込まれて強姦された。警察当局の捜査で、その様子がスマホで撮られていたことが明らかになっている。

 また、ほとんどの地域がインド人民党(BJP)とその同盟者によって占められているある州では、「ヒンズー過激派のキリスト教徒に対する暴行事件の捜査が遅すぎる」という非難が、警察、検察当局に対して繰り返しされている。ヒンズー過激派は地方で、キリスト教徒にヒンズー教への改宗を強要する大規模な”再回心式”を頻繁に開いているが、これに地元の警察や警備当局も協力することが多い。

 モディ首相が2014年に政権を取って以来、キリスト教徒や他の少数派に対する暴力が加速している。キリスト教徒迫害を監視している国際組織Open Doorsは、このほど、世界でもっとも迫害の脅威が高い国の十番目にインドを入れた。

 キリスト教徒に対する世界的な”戦場”としてインドが際立ってきたのは、この国が「民主主義」と「宗教的な寛容」を国是としてきた、と考えれば、きわめて嘆かわしいことだ。キリスト教徒の総人口に占める割合が2.3パーセントにすぎないにもかかわらず、これまで広く認知され、敬意を払われてきた。その理由の一つは、この国で最上の学校、病院、社会福祉センターを多く運営しているからだ。

 カトリック教徒の象徴的な存在だったマザー・テレサが1997年に亡くなった時、国葬で報いられた。彼女の遺体を運んだ砲車は、インド建国の父、モハンダス・カラムチャンド・ガンジーとインド最初の首相、ジャワハルラル・ネルーの遺体を斎場まで運んだのと、同じ砲車だった。非キリスト教徒が圧倒的多数を占める他の多くの国で、キリスト教徒がこのような待遇を受けることは考えにくい。

 そして今、モディ首相と彼に権力の座につかせた勢力が、このような対応を見せるのを想像するのは難しいことだ。それでも、インドの国民性の一部としてまだ残っている-彼らを「よそ者」と呼ぶ人々と全く同じインド人であるカトリックの指導者たちは、そうした記憶の残り火をかき立てる、という課題に直面しているのだ。

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(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2019年5月31日