天安門事件 「死者1万人」推計…英機密公文書 発生直後、中国側の見方(読売新聞)

 

(2017年12月25日 読売新聞)【ロンドン=角谷志保美】中国で民主化運動が武力鎮圧された1989年の天安門事件の死者数について、発生直後に中国政府関係者が「1万人」と推計していたと、英国の駐中国大使(当時)が英本国に伝えていたことが、英公文書館が開示した英外務省の機密公文書でわかった。中国当局が公式発表している死者数は319人。中国当局が当初から、相当数の犠牲者が出ているとの認識を持っていた可能性が出てきた。

 文書は、今年10月20日に開示された天安門事件に関する公文書の一つ。武力鎮圧翌日の89年6月5日に、アラン・ドナルド駐中英大使(当時)が英外務省に送ったもの。「信頼できる情報源」が、中国の中央政府にあたる国務院関係者から得たという情報に基づき、武力鎮圧の状況を詳述している。文書では「民間人死者の推計は最低1万人」と記載している。

 天安門事件の死者数を巡っては諸説ある。欧米メディアは事件直後、「数千人」と伝えていた。今も、公式発表よりかなり多いとの見方が根強いが、真相究明は進んでいない。89年6月14日付の別の英外務省の開示公文書では、同省はその後のドナルド大使らからの情報の分析に基づき、死者数を「1000~3000人」と推測している。

 事件は、89年4月に急逝した改革派の胡耀邦前総書記(当時)の追悼行動が、民主化要求運動に発展。6月3日深夜から4日未明にかけて、民主化を求めて北京の天安門広場で座り込みを続けていた学生らを、軍が武力鎮圧した。

 同年6月5日付の文書では、軍が重武装部隊を早い段階から投入し、殺傷能力が高すぎるため国際条約で使用が禁止されている銃弾を使用するなどしていたとの記載もあった。

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2017年12月25日