・シノドス:「励ましの言葉や祈りだけでなく、”行動”が欲しい」イラクの若者が訴え(Crux)

(2018.10.15 Crux Senior Correspondent  Elise Harris

ローマ発ー「若者シノドス」にイラクからただ一人参加した青年が、Crux のインタビューに応じ、今も続く苛酷な体験と教会や国際社会に訴えたいことについて語った。

 「このことを注意するのが、とても重要ですー迫害というのは殺すことだけではない、精神的な、感情的な迫害もある、ということを。独りぼっち、誰にも支えられていない、という風に感じることです」とサファ・アル・アルコシは言う。こうした感情は、雇用機会の減少、教育の劣化、国際的な支援の欠如などが合わさって起きているのだが、根底にはイラクのキリスト教徒の国外大量脱出によるキリスト教共同体の崩壊への強い懸念がある、と説明する。

 東方典礼カトリック教会の信徒でバグダッドに住む26歳のアルコシは、「若者シノドス」のイラクからただ一人の参加者だ。病身の母の世話をするために、会議の途中で帰国しなければならなかったが、帰国前に、会議の参加者たちに強い感動を与える”演説”を残した。

*国外脱出を余儀なくされ、イラクのキリスト教徒が激減

 「イラクのキリスト教徒たちは国にとどまり、信仰の証しをたてたいを思っています。でも、例えば、12万人が住むニネベ平原の町々は2014年のある夜、イスラム過激派ISISに襲われ、大混乱に落とし込まれた、というように社会情勢が不安定で、自分のところに留まりたくても、将来のこと、自分の子供の、またその子供を考えると、それは容易なことではありません。ここに留まるか、離れるか、と考えている間に、ISISの侵略のようなことが起きるかもしれない。それで、急いで国を離れる決断をさせられるのです」。「故郷からのやむを得ない脱出が今、イラクが直面している最大の問題です」と指摘した。

 国全体を覆う社会不安という現実と希望の見えない未来の中で、多くの人々が国を出る道を選び、強い結束を持っていた家族が遠くにバラバラになってしまう。私自身の親族も、叔母や叔父、いとこたちが国を出てしまうという、同じような経験をしています。時々、フェースブックであいさつを交わすとしても、孤独を感じないわけにはいきません。友達に『またすぐ会おうね』と言ったところで、豪州や米国に行ってしまえば、おそらく再会することはないでしょう」。

*治安は多少改善されたが、心と体に後遺症が残る-自分は拉致、友人は爆殺

 家族や愛する人たちとの別離に加えて、精神的、肉体的な傷の後遺症の問題もある。アルコシ自身、12歳の時、テロ集団に拉致された経験がある。幸い、人違いと分かって釈放されたが、「今でも、目隠しをされ、どこかに連れていかれる悪夢を見ることがある」という。2009年には、教会の表で、友人2人が車を使った爆破テロの犠牲となった。「私たちは4人で話をした後、私ともう1人が『また来週金曜に会おう』と、司教館に仕事に行く予定の2人に声をかけ、彼らも『また来週ね』と言って別れたのです。その後まもなく、教会の外に殺傷目的で置かれた車が爆発し、そばにいた2人は殺されてしまった」。

 「イラクに今生きている私たちは、笑ったり、冗談を言ったり、仕事をしたりしています。でも、当時よりは社会情勢がよくなった、と言っても、そうしたつらい思い出はいつも心に残る。車の爆破テロや誘拐は以前より少なくなっていますが、どのイラク人、どの若者にもそのような記憶が残っています。これは将来にとっての負の効果になるでしょう」。

 キリスト教徒の人口が迫害や国外脱出によって年々減り続ける、政治不安の国に暮らすことの難しさについて話すだけでなく、彼は教会の司祭や信徒の友人たちの殺害についても触れた。そして、「ISISは打ち負かされましたが、安全の保障は多くの地域でまだされていません。バグダッドでさえもです。テロや誘拐は減っても、多くの人は『北部のキリスト教徒の上に起きた事と同じことが起きるのではないか』と考えています」。

 「安全の保障があるのでしょうか?私は安全なのでしょうか?違います」と彼は言い、このような不安が、イラクの人々、とくにキリスト教徒を国外脱出に駆り立てている、と説明する。そして、このような状態が続けば、何年かで、イラクからキリスト教徒はいなくなってしまうだろう、と心配する。イラクでは最近でも多くの人が命を落としているが、少なくともその半分が若者だという。「5人家族なら、若者の1人、子供の1人が殺されたとします。そうなったら、国を出るでしょう」。

 彼によると、2004年に150万人いたイラクのキリスト教徒は、今では40万人まで減っている。「イラクの若者たちは、国を出たいと思わなくても、このまま国にいて、結婚して、キリスト教徒としての暮らしが出来ないなら、国を出ることを考えざるを得ないのです」「誰も、ニネベ平原のモスルなどの町がたった5時間で(過激派集団に)占領されることなど予想しないでしょう。でも実際に起きた。ですから、バグダッドに住む私たちでさえ、そういうことが起きると考えてしまう」。

 

*ソーシャルメディアなどで誤った情報が拡散

 また、彼は、様々のイラクと中東をめぐる多くの誤った情報がニュースメディアやソーシャルメディアによって伝えられている問題も取り上げ、シノドスに「実際に起きている事」を伝えるのも、自分にとっての大きな仕事であり、「私には、自分の国、自分の地域のことをはっきり説明する責任がある。なぜなら、多くの人は、ソーシャルメディアやニュース報道を通じてさえも、実際に何が起きているのかを示さないからです。外部の人々が知らない出来事、重要な事がたくさんある。だから、私は自分の国、地域で起きていることを話さねばなりません」と強調した。

 さらに、彼はこのような自国の現状を伝えることのほかに、シノドスに参加することで、やりたかったことは、悲惨な状況に置かれている世界の他の国、地域からやってきた若者たちと知り合いになることだった、と述べた。「おそらく、欧州や米国では、若者たちの抱える問題はテロや迫害ではありませんが、自由な生活を謳歌しているのに、他の理由で教会から離れている。欧米の国々にとっての問題はソーシャルメディアの持つ危険と家庭の崩壊でしょう」と指摘。自分が他の人とつながりを持つのは、「自分は一人じゃない、自分のために祈ってくれる人がいる、自分と同じ境遇の中で暮らす人がいる」ということを思い起こすためだ、という。

*若者たちを助け助けるために・・”祈り”以上のものが必要・・政府への国際的圧力

 イラクや中東にいる若者たち、とキリスト教徒の若者たちを助けるために何ができるか、との問いには、「“感動的な演説”以上のものが必要です」と答え、「祈ってくださるのはありがたいし、必要です。でも、祈り以上のものを必要としています。イラクの人が話をすると、皆が涙を流し、拍手をしますが、終わると、話の中身を忘れて、家に帰ってしまうのです」と言った。そして、「イラクのキリスト教徒の村では家が再建されているところもありますが、多くの人は未だに住むところがないか、治安が心配で安心して暮らせない状況にある。治安はとくに若者たちに取って大きな問題です」「若者たちは家庭、社会、教会の土台。だから、そうした若者たちを支えなければなりません」と訴えた。

 現在のイラクや中東の困難な状況を改善するためにして欲しいことは、「国際的な圧力です」とし、その見本として、今回の会議でのパキスタンのジョセフ・コウツ枢機卿の話を挙げたーパキスタンのある修道女が、滞在査証の発給を拒否され、出国するよう強制された、だが欧州の国々がパキスタン国民に滞在査証の発給を止める、と圧力をかけた結果、彼女に滞在査証が発給された、という。「このように、私たちは、必要な時に、相手の国の政府に圧力をかける必要があります。イラクだけでなく、欧州や米国の政府に、苦しんでいる人々を助けるためにもっと努力をしてくれるように、と」。

 そして、再度訴えた。「拍手され、泣かれるだけでは駄目なのです。もっと真剣になるべきです。もっと率直になるべきです。イラクの暮らしの中で起きている悲劇は多くありますが、”同情”だけでは足りない。具体的な行動が必要なのです」。「私がイラクの若者と話し、国を出ないように言い、イラクにいて何ができるか、と聞かれたら、『イラクが自分の国だから』としか答えようがない。私たちは紀元後一世紀からここに住んでいるのです」。彼はそのことを知っている。だが、確かめることのできるもの、保証を必要としているのだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

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2018年10月15日