(解説)聖職者による性的虐待対策へ画期的な判断-「教皇機密」廃止(Crux)

(2019.12.17 Crux Senior Correspondent Elise Harris)

 ローマ発-教皇フランシスコが17日、聖職者による未成年者性的虐待への抜本的な対応策として、「教皇機密」の実質的廃止など一連の新たな措置を決めたが、バチカン控訴院の元裁判長、ジュゼッペ・ダラ・トーレは、この教皇の決定を「これまでの一国の法に対する遠慮がちで自己防衛的な教会法の姿勢を、信頼と健全な協力の姿勢に改めることに寄与するもの」と評価する。

 これに対し、論者たちは、今回の教皇の判断がSeal of Confession(注:告解で司祭が信徒から聴いた内容を秘匿する義務)には何の影響も与えることは無い、と指摘している。(カトリック・あい注:バチカン内赦院(赦しの秘跡の問題および免償と扱う部署)は7月1日発表した文書で、 Seal of Confessionを確認、「告解で語られた内容を明らかにすることを司祭に強要する、いかなる政治的、司法的試みも、信教の自由を侵すものである」と改めて言明した)。

 だが、今回の決定で、このことよりも注目すべき内容は、児童ポルノの定義を広げたことだろう。従来は「14歳未満」としていた「未成年者」の定義を「18歳未満」に引き上げたうえで、児童ポルノの犯罪を「18歳未満の未成年者のポルノ画像の聖職者による取得、所持、または配布、性的満足のために、あらゆる手段またはあらゆる技術を使用すること」とした。

 教皇はまた、これまでは被告の弁護人を担当できるのは司祭のみとしていたのを、教会法の博士号を持ち、裁判官から認められた一般信徒にもその道を開いた。
フランシスはまた、司祭だけが被告人を代表することを許可する制限を解除し、「大学法の裁判長によって承認された…正典法の博士号を持っている忠実なメンバー」に対する擁護者の役割への道を開いた。

 教皇は、今年2月の聖職者による未成年性的虐待への抜本策を協議するため招集した、全世界司教協議会会長会議で「未成年者の保護を拡大し、対応を加速するために、対象年齢を拡大する必要がある」と強調。教皇は就任直後の2013年7月に、バチカン市国で児童ポルノに関する法律を公布し、18歳未満のすべて子供たちを対象とすることとしていた。

 この会議では、「教皇機密」も、教皇の重鎮たち-枢機卿顧問会議のメンバーであるドイツのラインハルト・マルクス枢機卿、米国における教皇の片腕であるシカゴのブレーズ・キュピッチ枢機卿など-から厳しく批判された。バチカンで起きることの事実上すべては、ある程度、機密と見なされるが、より深刻な問題については、伝統的に「教皇機密」の対象となり、違反すると、破門されかねないほどの厳罰が課せられる可能性がある。

 この「教皇機密」の問題が噴出したのは、CBSが2003年に、1962年のバチカンの文書「Crimen Sollicitationis」をめぐる問題を特報した時だ。同文書は、”性行為を求める”-つまり、司祭が、告解者を、誰かと性行為をするように誘うことーという教会法上の犯罪について扱ったものだった。また、そうした問題と他の司祭による不適切な性行為についての教会法上の捜査に、機密を課すことも含まれていた。

  当時、多くの評論家は、この文書を、聖職者による性的虐待の隠ぺいが制度的なバチカンの政策だということを証明するものとして、批判した。これに対して、教会法の法律家や他の専門家は、虐待事件にはある程度の「秘密」または守秘義務を維持する正当な理由がある、ひんぱんに主張し、犯罪が証明されるまでは、証人が自由に発言し、司祭が自分の名誉を守ることを許すとしていた。

 だが、12月4日付の教皇フランシスコの新措置によって、「教皇機密」は、特定の場合を除いて取り消され、民事裁判に協力しないための言い訳も、事実上、取り除かれた。新しい基準は、いわゆる「櫃無上の機密」、つまり通常の機密にも対応しており、「執務上の守秘義務は、国内法によって全ての場に課せられた義務を履行することを妨げない。それはあらゆる報告義務、一国の司法当局の法的拘束力のある要求の実行も含む」としている。報告を提出した人、被害を受けたと主張する人、証人を含む関係者全員が「案件と関係する事項について、沈黙の義務に縛られるべきではない」と付言している。

 教皇が今回決定した新たな措置について、バチカン法文評議会のフアン・イグナシオ・アリエタ外交官は「教皇機密が緩和されはしましたが、守秘義務は”窓から捨てられて”はいません」とし、「こうした犯罪行為の認識が『教皇機密』に縛られなくなった、ということが、そうのような認識を持っている人に自由に公開することを認めたことにはならない。そうすることが、人の名誉に対する権利を損なうかもしれない」と説明。さらに、「状況を知っているか、何らかの形で調査に関与している人は、安全性、整合性、および留保を保証し、案件に関係していない第三者と情報を共有する義務があります」と付け加えた。

 バチカン控訴院の元裁判長、ジュゼッペ・ダラ・トーレは、「過去において、道徳に対する重大な罪を含むとされた理由は… 『教皇機密』の対象となる案件の中で、今日、特に配慮を払う価値があると考えられるものに取って代わっている…とりわけ、人としての尊厳を傷つけられる人、とくに弱い立場にあり、年齢が低い、あるいは、生まれながらに欠陥を持つ人たちへの配慮です」としている。

 さらに「一国の法律が、事実について知らされる側に報告の義務を定める時、教皇機密の縮小と執務上の機密の制限に関する詳細は法律の求めを充足するものとなり、それによって、公的機関との完全な協力を支持し、当局が教会法の領域に不法に侵犯するのを防ぐことになる」と付け加えた。

 イタリアのベテランジャーナリストで、バチカン広報の部署の編集局長であるアンドレア・トルニエリは、今回の教皇の措置を「開放性、入手可能性、透明性、および当局との協力」のしるし、と評価し、この措置に込められた教皇フランシスコとの心を「子どもや若者の善は、守秘への配慮に対する、たとえそれが『教皇機密』であっても、切り札になるのです」と表現した。

 マルタのチャールズ・シクルナ大司教は、教会法の専門家であり、聖職者による性的虐待問題への対処で教皇の右腕となっているが、今回の教皇の措置を「画期的なこと」と讃えた。「2月の全世界司教協議会会長会議での議論で、『教皇機密』は、性的虐待被害者と教会共同体に提供される正しい情報に対する障害のように繰り返し話されました… 今回の決定は、教皇機密の法制度の文脈において画期的であり、適切なタイミングでなされた、というのが私の見方です」。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2019年12月19日