(解説)バチカン財務事務局の新長官が成果を上げるために、教皇の強力な支持が必要(CRUX)

(2019.11.15 Crux 

 バチカンの財務事務局長官にゲレーロ師が就任する人事が発表された時、おそらくローマ中に「ええ!何だって?」という声が聞こえたことだろう。

 このスペイン生まれのイエズス会士は、バチカンの”古参兵”ではない、ローマ滞在わずか2年。ローマと周辺のイエズス会の諸機関を管理・監督するのが現在の仕事で、その前はモザンビークで会の活動をしていた。

 マスコミ関係者の間では、未成年者性的虐待で有罪判決を受け辞任したジョージ・ペル前長官の後任として、現在、財務事務局で管理・警備の責任者を務めているクローディア・チョッカ女史が有力視されており、ゲレーロ長官は意外な人事と受け止められた。

 新長官が新年1月に正式にポストに就く財務事務局は今、混乱の中にある。ペル枢機卿が故郷オーストラリアの裁判所に喚問されて帰国、未成年者性的虐待の容疑を不服として法廷闘争を始めて以来、この2年間、長官ポストは空席のまま、となっていた。(枢機卿は、地方裁判所で有罪判決を受け、高等裁判所に控訴するも、棄却。さらに、最高裁判所に上訴している。)

 だが、ペル枢機卿が財務事務局を去る以前から、彼の権限は狭められ、バチカンの省庁の財務を透明化し、歳出を合理化するという彼の努力は実っていない、というのが、バチカンの観測筋の見立てだった。2017年には、バチカンの初代財務・会計検査官だったリベロ・ミローネが上司である高位聖職者のやり取りをスパイしたと訴えられ、解雇された。ミローネはその後、「バチカンの”古参警備員”が財政改革の影響を受けないようにとの保身から、私を追放したのだ」と主張している。

 さらに今年秋になって、バチカンを揺るがす金融がらみの一連のスキャンダルが起きた。

 バチカンの憲兵隊が10月、最有力官庁である国務省の事務所を強制捜査。英紙フィナンシャルタイムズによると、捜査は、ロンドンでの2億ドルにのぼる不動産投資に関連していた。イタリアの週刊ニュースレター「エスプレッソ」は、5人の事務所職員のバチカン市国内への立ち入りが禁止された、というメモを憲兵隊から入手、報道したことで、憲兵隊のドメニコ・ジアーニ長官が辞任した。ロンドンの不動産投資に関わる契約は、当時の教皇の「代理」つまり”参謀長“だったジョヴァンニ・ベッキユ大司教が監督していた。大司教は、その後、枢機卿に昇進し、列聖省の長官になっている。

 バチカンは、聖職者による未成年者性的虐待が世界中で次々と発覚し、対応が遅々として進まない中で、信徒からの献金が減少し、財政赤字が拡大する、という深刻な財政問題を抱えている。

 要するに、長官指名を喜んでいる状況ではない、ということだ。問題は、ゲレーロ新長官が、どれほどしっかりと、このポストを問題解決に使うことができるか、である。

 ペル前長官は、バチカンで働いた経験はなかったが、”バチカン政治”を知らないわけではなかった。枢機卿として毎年、数回はローマに滞在し、経済諮問委員会の委員も務めていた。さらに重要なのは、ペルは教皇の諮問機関である枢機卿顧問会議の9人いたメンバーの1人だったことだ。だが、これだけの背景を持ちながら、彼が課題としていた財務・金融改革は進まなかった。多くの不動産を管理するバチカンの”中央銀行”、APSAの規模縮小は果たせず、世界的に著名な会計事務所PricewaterhouseCoopersによるバチカン財務の外部監査も取り消された。

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 イエズス会のアルトゥーロ・ソーサ総長の養成で、ゲレーロ師は司教にもされないことが公表されている。これは、バチカンの省庁トップには派手な肩書は必要とされない、という好ましい前例になるかも知れないが、実際のところ、カトリック教会は位階社会であり、ローマでは、司教は”10セントで1ダース手に入る”という軽いポストだ。バチカンでは省庁の次官さ英紙、大司教の肩書を持っている。

 このことは、特に財務事務局の場合、問題となる可能性がある。長期にわたって長官が空席だったことで、他の省庁は財務事務局の指示を無視している、という噂が多く流されていた。そうした中で、「(注:司教でも、大司教でも、まして枢機卿でもない)ただの司祭」が長官に就任する、との決定は、この局が恒久的に縮小されることを意味し、浪費癖のあるバチカンの役人たちにとって恐れる必要がない存在、と受け取られる可能性がある。

 だから、ゲレーロ新長官が、任務を果たせるようになるためには、教皇の接見録に頻繁にその名前が記載されることも含めて、教皇が支持しているという強力な印が必要だ。さらに重要なのは、このスペイン人のイエズス会士が”勝利”を必要としていることである。

 仮に財務事務局が透明性と説明責任を他のバチカン省庁に強く働きかけ、特に、バチカンの省庁の中で最強力と見なされている国務省に対してその権威を発揮することができれば、従来以上の力をもつ権力と認められるようになるだろう。

 その手始めとして、ロンドンの不動産取引問題は格好の事案になるかも知れない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2019年11月16日