(解説)”アンチ性的虐待タスクフォース”は「二都物語」か「失われた時を求めて」か?(CRUX)

(2020.2.29 Crux Editor  John L. Allen Jr.

ローマ発ー教皇フランシスコのもとでバチカンが「聖職者による性的虐待の危機」に取り組んでいるのを見ている誰もが、最良の時と最悪の時の振幅の中に置かれ、「二都物語」(チャールズ・ディケンズ長編小説ロンドンパリを舞台に2人の青年と少女の関係を軸に、フランス革命前後を描いている)にはめられている、と感じるのは、無理からぬことだろう。

 2月28日の金曜日、延々と続くドラマの新たな章がもたらされたー世界中の国と地域の司教協議会、修道会が児童保護と性的虐待への戦いの指針を作り、更新するのを助けるために、バチカンが新たなハイレベルのタスクフォースを発足させたのだ。

 楽観的な見方をすれば、これは、昨年2月の歴史的”サミット”-全世界の司教協議会会長が聖職者性的虐待への対処を議論した会議-から一年経った今、教皇が改革に真剣に取り組んでいることを示す、新たなサインだ。このタスクフォースは、教皇庁のすべての”資源”を利用するようにデザインされ、教皇フランシスコが世界の司教協議会と修道会がこの問題に本気で取り組むこを求めている、というシグナルである。

 タスクフォースには“重し”がつけられているーバチカン国務省の長官代理で事実上の”参謀長”であるエドガー・ペーニャ・パラ大司教、シカゴ大司教のブレーズ・キューピッチ枢機卿、高位聖職者の中で虐待問題への対処について最も尊敬されている”改革者”でチャールズ・シクルーナ大司教、そして、教皇庁立グレゴリオ大学の児童保護センターを率いるイエズス会のハンス・ゾルナー師も、”改革派”のチャンピオンと見られている。

 タスクフォースの顔ぶれには他に、バチカン法文評議会次官で教会法の専門家、フアン・イグナシオ・アリエタ司教、ベネディクト16世の治世下で(そしてフランシスコの下でも短期間)教皇スポークスマンを務め、昨年の”サミット”の司会をしたイエズス会のフェデリコ・ロンバルディ師、そして、マルタ大学の青少年・地域社会学科で教鞭をとり、マルタ教区の保護委員を務めるアンドリュー・アッツォパルディ教授がいる。

 事態はさらに急を要している。

 過去10年以上、世界中の司教協議会の大多数が虐待防止ガイドラインを採用し、そのうちのいくつかは今、法の執行、心理学、そして組織管理の分野でカトリック教会の境界線をはるかに超えた最先端にいると見なされている。

 だが、それ以外の司教協議会はおざなりで、教会法とその他の法的文書からの”抽出物の寄せ集め”、性的虐待を回避し、突き止め、対応するためのルール構築と実施にとって”無益な集合体”だ。その理由は一つには、司教協議会と他のカトリックの組織に、真剣に取り組むための経験、資源、人材が不足しているからであり、だからバチカンは、ただ命令を発するだけでなく、支援するために建設的なことをしようとしているのだ。

 しかし、悲観的な見方をすると、バチカンの教理省が2011年に、世界の司教協議会と修道会に対してガイドラインの策定を指示してから、9年が経過し、それらの代表がローマに集まってからでも、すでに一年がたっている(注:にもかかわらず、目覚ましい進展がない)ということだ。

 司教協議会と修道会の多くが助けを必要としていることが分かるのに、これほど長い時間がかかったのだろうか?もしも、性的虐待対処のための改革を必要とする理由が先にあったー言い換えれば、そのような何かがずっと以前に起きていたーとしたら?

 ほぼ10年が経った今も、まったくガイドラインを持たない司教協議会、修道会がなお存在することが、どうして可能だったのか、そして、資源がないという問題が本当に根拠のあることなのか、バチカンの指示に応える意思がなかったのか、特定の会議の招きを基にしか行動できないので、このタスクフォースは役割が定まらないのか?

 さらに、このタスクフォースと、教皇が2014年に発足させ、ボストンのショーン・オマリー枢機卿が主宰する「未成年保護委員会」-世界の教会が最良の慣行を形成するのを助ける役割を担い、委員会としてのタスクフォースを数年前に作っているーは、どう関係するのか、明確でない。

 言い換えれば、新たなタスクフォースは、(未成年保護委員会の)本質的な制度的欠陥に対応するものなのか、それとも実際には付加価値の無い官僚組織を重ねるものなのか?

 タスクフォースの主役3人-アリエタ、ロンバルディ、アッツォパルディの、木曜日のバチカンでの”待ち合わせ場所”は、”最良の時”と”最悪の時”の変遷を際立たせたーどちらを選ぶか十分な根拠も提供せずに。

 ロンバルディ師の言によれば、このタスクフォースの創設は、10年遅れて作られたものではない、なぜなら、2011年の教理省ではなく、昨年2月の”サミット”の結果を受けたものだから。司教協議会の会長の何人かが、有効なガイドラインを作るための助けを求めてきたのだ、という。

 「タスクフォースの設置は、”サミット”で始まった取り組みの一つ」。そして、”サミット”が終わった昨年2月以来の教皇フランシスコの具体的取り組みー世界の全教区に対して虐待の報告義務とそのための制度整備を求めた自発教令Vox Estis Lux Mundiの昨年5月の公布、昨年12月の性的虐待に関する「教皇機密」の撤廃などーを挙げ、「一連の取り組みの流れの中で、今回のタスクフォースの設置も見る必要があります」とロンバルディ師は説明する。

 もっとも、このような司教協議会に対する報告義務が実際に守られているかについて、アリエタ司教に尋ねると、期限は昨年6月ではない、とし、これまで何が起きたか実際には分からない、と白状した。「ガイドラインは作られるべきだったし、それが出来ていないなら、対処すべきバチカンの部署の問題です」。

 このタスクフォースがなぜ今始められたのかについて、アッツォパルディ教授は、教会が「聖職者による性的虐待の被害者に耳を傾け、彼らを最優先にすることの意味をまだ学んでいるところだからです」と説明。

 新しいタスクフォースと既存の児童保護委員会は、「明らかに関係しているが、(注:その役割分担については)作業中だ」とロンバルディ師は述べた。

 このようなことから、新設されたタスクフォースの暫定的な要点は、恐らくこういうことだー理論的には、実際の必要性に対応し、その地の文化に合った効果的な方法で、最良の慣行をつくるように”落ちこぼれ”を助ける、より均一な世界的取り組みを生かすことができる機能ーである。

 しかしながら、これまでのバチカンの多くの改革は理論的には有望だが、実行において期待外れだ。常にそうだが、大事なのは“有言”ではなく”実行”なのだ。その意味では、おそらく、適切な”参考文献”は「二都物語」ではない。適当なのはたぶん、「失われた時を求めて」(マルセル・プルーストの長編小説。眠りと覚醒の間の曖昧な夢想状態の感覚、幼少時代のあざやかな記憶、家族との思い出から繰り広げられる挿話社交界の人間模様、複雑な恋愛心理芸術をめぐる思索など、難解で重層的なテーマが一人称で語られる)だろう。なぜなら、私たちが前にここに来たように、少しばかり感じずにはいられないからだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

Follow John Allen on Twitter: @JohnLAllenJr

 ・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

 

Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年3月1日