・”戦火”に見舞われる教皇ーだが、教会改革ビジョンの体現者を支える必要(Tablet)

Francis under fire

  Pope Francis celebrates Mass last Saturday on the waterfront in Palermo

(2018.9.19 Tablet  Richard R. Gaillardetz)

*フランシスコの教皇就任から5年半ー支持と批判、そして...

 私たちは、ローマ教皇職の近年の歴史において、極めて注目すべきことに立ち会っている。ホルヘ・マリオ・ベルゴリオが教皇に選出されて、フランシスコの名を冠する教皇となってこれまで5年半の間に起きたことを振り返ってみよう。

 枢機卿4人(うち2人はすでに亡くなっているが)がカトリックの教義に関する問題についての明確化を求める書簡を発出し、教皇の正統的信仰に暗に意義を唱えた。

 バチカンの典礼秘跡省長官のロバート・サラ枢機卿は、典礼改革に関する教皇が明言した方針にあからさまに背き、教皇から公けの書簡で非難された。

 退任したバチカン外交官のカルロ・マリア・ビガーノ大司教は米国の元枢機卿セオドール・マカリック大司教の神学生や司祭たちに対する性的虐待を隠ぺいしたことの共同責任を取るよう教皇に公開書簡で求め、退任を迫った。そして、幾人かの司教たちは、教皇の誠実さを認めることなく、ビガーノの”清廉”さについて語り、聖職者による性的虐待の隠蔽で、教皇を含むバチカンの果たした役割について調査するよう要求した。

 多くの司教たちは、教皇フランシスコへの支持を表明しているが、その一方で、他の多くは、ただ沈黙して時をしのぐ姿勢をとっている。

 教皇フランシスコの側近とされてきたうちの何人かによる、過激な教皇に異議を唱える行為は、薄いベールをかぶった”宮廷クーデター”とも言えるような企てであることを意味している。彼らは小規模だがよく組織化された、教皇が進めようとしていることの真の意味-第二バチカン公会議が打ち出した教会のビジョンを達成しようとしていることーを知る個人と組織から成る”声の大きな少数派”だ。

*多くの信徒は教皇の改革の意図を理解せず、”理解”しているのは”声の大きな少数の反対勢力”

 教皇支持者たちの多くも含めて、多くのカトリック信徒たちは、フランシスコの改革の深さと重要性について、正しく理解していない。彼らはフランシスコを、その率直さ、笑顔、温和な心、彼の”優しさの革命”を愛しているが、彼が教会の実質的な変革に努めていることを見過ごしている。教皇の敵たちは、それを見過ごしてはいない。そして、阻止しよう、と固く心に決めているのだ。

 フランシスコの前の教皇たち、聖ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世は2人とも第二バチカン公会議に出席していた-1人は司教、もう1人は神学者として。そして、公会議の諸々の教えを、ヨハネ・パウロ2世は、カトリック教会の「確かな指針」となる、と力説した。2人とも公会議の教えを構成する要素を、さらに前に進めたーヨハネ・パウロ2世は、特に、一般信徒についての公会議の神学を発展させたーただし、彼の主席将校、当時のヨゼフ・ラッツインガー枢機卿に励まされ、明確なre-sacralisation of the ministerial priesthood(聖職者の神権の再神聖化)を進め、一般信徒と聖職者の区別を頑強にした。

 前任者たちのように、教皇フランシスコも公会議の教えに倣ったが、彼らよりもはるかに矛盾のない、包括的な対応をしている。彼は「第二バチカン公会議の一般信徒に関する元気づけられるような神学は、公会議のより深いbaptismal ecclesiology(洗礼の教会論)の中でのみ、しっかりと理解できる」ということが分かっている。公会議で示された教会論は、一般信徒と聖職者の違いに重きを置いて考えるのではなく、(一般信徒も、聖職者も)キリストを信じる者として同じ洗礼を受けていることを最優先に、始まっているのだ。

 フランシスコには時間があり、「洗礼を受けたすべての人は信仰の霊的な直観、 sensus fidei (聖霊によって与えられた、神からの霊的な事柄を感じる能力)をもっており、教会の活力に大きく寄与できる」という公会議の教えを繰り返し強調した。このような公会議の教えの挽回が、教皇が強く主張する「話し合う教会」「聴く教会」の中心にある。

*教皇のビジョン-宣教する信徒の、弱者に寄り添う”野戦病院”の教会

 「教皇は皆、覚えておくべきです-自分の人生で一番重要な日は教皇に選ばれた日ではなく、洗礼を受けた日を」-教皇は、公会議の議論に影響を及ぼしたベルギーの故レオ・スエネンス枢機卿のこの言葉を心に留めていた。彼が重視するのは、一般信徒の世俗的な使命ではなく、洗礼によって全信徒になされる「宣教する使徒」となるように、との呼びかけだ。そして、これが彼の変革者のビジョンの他の面につながっていく。

 公会議は、教会は本質的に宣教する教会である、と教えた。宣教によって形作られる教会は、この世の前に神がとっておいた愛の秘跡を生きる教会。フランシスコは「そのような教会は安全を保障され、権力をふるい、そして管理する立場では生きていけず、この世で挫け、傷ついた人々に弱々しく寄り添う中で生きていくものだ」ということを理解している。

 そのような教会は「街中に出ていくから、血を流し、傷つき、汚れている。閉じこもり、自分自身の安全にしがみつくような不健全なものではない」-教会の傷つきやすさについての注目すべき言明は、「野戦病院」という彼の教会についてのイメージによって、さらに強調される。そのような教会は、持っている人的、物的資産で評価したり、司牧活動が成功する可能性を測ったりすることができない。ただ、助けを求めている人たちに、手持ちの資産を使って応えるのだ。

 「野戦病院」である教会-この世の悲惨な状態にある人々に弱々しく仕える教会-のもつすべての意味を評価するために、人はただ一つ、問えばいい。「”性的虐待危機”の裏に潜む本当に(教会にとっての)恥ずべきことは何なのか?」。それは、性的虐待の被害者たちと苦しみを共にするよりも、教会の名声を守ることに汲々とする、教会指導者たちの振る舞いではないのか?

 第二バチカン公会議のbaptismal ecclesiology(洗礼の教会論)は、ひどく軽視されてきた聖書の主題の回復を含んでいたーそれは「神を信じるすべての人の司祭職」である。公会議は、その「聖職者による司祭職」の神学を、一貫して、受洗者たちへの正しい司牧ケアと奉仕へ向けた。司祭は、聖霊を消し去るのではなく、受洗した全ての人が受けた賜物を見分け、試し、そして活力を与えなければならない。

*教会の本来の姿は”逆ピラミッド”だ

 前任の2人の教皇が司祭職の再神聖化を進めたのとは対照的に、フランシスコは、これまで等閑視されてきた合議制を取り上げ、教会改革の展望を開く主役に置いた。”小さな怪物”のように振る舞う傲慢な司祭たちをとがめ、神の民に謙虚に奉仕することを強く求めた。

 教皇就任以来、最も重要なものの一つとなった2015年10月の講話で、フランシスコは、カトリック教会は「尖頭が土台の下にある”逆立ちしたピラミッド”のようなもの」と語った-ピラミッドの伝統的な頂点に立つ聖職者たちが、実際には「最も小さな者」であり、イエスが弟子たちの足を洗ったのにならって、土台である全ての神の民に奉仕せねばならない、と。

 

*聖職者の性的虐待問題で、教皇の初動は遅れたが、勇気と謙遜で決然と対応

 聖職者による性的虐待の惨事に対するフランシスコの対応はこれまで、遅く、時としてぎこちないものだった。危機に瀕している事態を把握するのが遅かった。チリの性的虐待問題で彼は当初、チリの虐待被害者たちに「司祭たちを中傷している」と非難を浴びせ、自身の教皇職全体を損なう危険を冒した。それでも、彼には、彼らに謝罪する勇気と謙遜さがあった。彼らをローマに呼び、直接、話を聴いた。チリの司教協議会の全員をローマに召喚し、28人の司教から辞表を受け取り、ただちに5人を辞任させ、辞任する司教はさらに増えるはずだ。

 米国のマカリック枢機卿(当時)による弱者性的虐待の信頼するに足る報告を受けると、9人の枢機卿による教皇顧問団のメンバーを辞任するよう求め、これからの人生を祈りと謹慎のうちに送るよう命じた。最近のアイルランド訪問では、虐待の被害者と面談し、痛悔の祈りの中で「教会を代表する立場にある者が力による虐待、良心の虐待、そして性的虐待をしたこと」について赦しを願った。彼はまた、「神の民」に対する司牧書簡を書き、個人の、教会の変革を進め、「心の奥底から、積極的な気持ちをもって虐待の犠牲者たちと”連帯”し、現在と未来の歴史を作り上げるように」と呼びかけた。

*”聖職者主義病”の克服、そして現地の司教たち優先の教会改革

 その書簡で、教皇は、性的虐待のスキャンダルの重大な要素として「聖職者主義病」を挙げ、それが「今私たちが弾劾している諸悪の多くをはびこらせるのを支え、助ける聖職者の体に巣くった切除すべきもの」である、と指摘した。聖職者主義に対する排除宣告は、「自分の羊たちのにおいをかぎ分ける」聖職者となるようにとの彼の求めの核心にある。これはまた、性的虐待への対応を誤ったとして教皇を告発したビガーノ前駐米大使、聖職者の中にある「同性愛文化」が性的虐待の原因と批判するロバート・モリーノ司教のような高位聖職者を含めたカトリック信徒たちと対極の立場からの言明でもあるのだ。

 フランシスコの教会改革の展望の中で、もう一つの主題は、subsidiarity(補助性の原則)-公会議から実質的に導き出された原則-だ。この原則の実際の教会活動への当てはめは、次のようになるー現地の教区で起こる問題に対する司牧上の判断は、現地の教区で効果的な対処ができない、あるいはその問題が全世界の教会にとっても大きな意味を持つ問題である場合を除いて、現地の教区でなされるーというように。

 第二バチカン公会議は、現地の司教たちに相当大きな権威を認める中で、この原則を頭に描いていたー司教は「教皇の代理」ではなく、現地の諸教会の普通の司牧者だ。そのことはまた、典礼関係の問題について現地の司教協議会に大きな権限を与えるという公会議の決定に反映された。だが、この決定の実施は、教皇ヨハネ・パウロ2世の長期にわたる治世の間に実質的になされなかった。

 ここでも、教皇フランシスコは公会議の教えを取り上げ、カトリック教会における権限の「地方分権化」の日程表を提起する中で、それに新たな弾みをつけた。それは、使徒的書簡Magnum Principiam(注・典礼式文の翻訳​とその承認に関する規則が定められている『カトリック新教会法典』の838条の改定に関するもの。改定の目的は、典礼式文の翻訳にあたり、使徒座ならびに各国司教協議会それぞれが有する補完的な役割を改善することにあり、典礼式文の翻訳の準備と承認について、各国司教協議会の責任がより大きくなった=「カトリック・あい」)に見ることができるー典礼式文の翻訳についての第一義的な権限を現地の司教協議会に戻したのだ。

 既婚男性の叙階の問題について「バチカンが主導するのでなく現地教会から出された要請に答える中で出てくるべき問題だ」と述べ、叙階の可能性について前向きに姿勢を示唆したことにも、現地の司教協議会の権限を広げようとする教皇の意図は明瞭だ。

 多くのやり方で、教皇庁改革への根強い抵抗へのフランシスコの対応は、補助性の原則の遂行で表わされている。仮に彼が教皇庁を改革できなないとしても、少なくとも、政策決定の実質的権限を、教皇庁からシノドス(全世界代表司教会議)、現地の司教協議会、そして現地教会自身に移すことは可能だ。

*教皇フランシスコは、第二バチカン公会議が示したビジョン実現の希望

 異なった意見と反対意見は恐れるべきではないし、人為的に抑え込むべきでもないーそれは、熱意のこもった使徒職のしるしだ。そしてカトリック教会の司教たちは、ローマ司教である教皇も含めて、調査や批判の対象から外される存在でははない。メディアだらけの時代に、激しい批判を受けずに効果的に使命を果たしていく、ということは、いかなる教皇もできないのだ。

 だが、フランシスコに対する批判者の多くは、彼の中に大胆な、第二バチカン公会議が示した改革のビジョンを見るがゆえに、彼が率先する動きに抵抗し、辞任を迫ることさえしているー彼らはお世辞は言うが、それによって相手を無気力にすることを期待している。要するに、現教皇の成功は、第二バチカン公会議が示したビジョンの決定的な実現の、過去何十年の間で、最後の、最良のチャンスを生かすことになるのだ。

(リチャード・R・ガイラーデッツ博士=イエズス会経営のボストン・カレッジの組織神学・教授、米国神学協会の前会長)

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

(Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher”   The Tablet ‘s website address http://www.thetablet.co.uk)

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2018年9月22日