・性的虐待対応で前駐米バチカン大使による教皇”告発”の余震続く(CRUX)

(2018.8.30 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 ローマ発―教皇フランシスコがマカリック前枢機卿に関する聖職者性的虐待問題に不適切な対応をした、として辞任を迫る書状を前駐米バチカン大使のビガーノ大司教が公開したことで起きた大嵐を、教皇庁は無視しようとしているが、余波は止まらないようにローマでは感じられる。

 この書状は、マカリック前枢機卿が何世代にもわたって神学生たちを堕落させた、として前任の教皇、ベネディクト16世は公的職務から外すなどの制裁措置をとり、フランシスコ教皇は2013年の教皇就任後にこれを知らされていたにもかかわらず、この措置を最近まで解除していた、とし、性的虐待と隠ぺいの罪を犯した前枢機卿に適切な措置を取らなかった責任をとって、自主的に退任し、他の高位聖職者たちに範を示すべきだ、と求める内容だった。

 この”告発”について、25日のダブリンからローマへの帰国途上の機内会見で「話しません」と言明したことを忠実に守り、29日の水曜恒例の一般謁見でも、言及しなかった。一般謁見で教皇は「罪、スキャンダル、裏切り」への謝罪が基調となった前週末のアイルランド訪問を振り返り、性的虐待を受けた被害者たちとの会見では「深く心を打たれ」たとし、このような現在の状況に対して、「誠実と勇気」をもって臨むように訴えた。

 だが、嵐を乗り切ろうとするあからさまなバチカンの戦略にもかかわらず、26日に発生した地震から少なくとも4つの余震が続いている。

 一つは、イタリアの通信社が教皇の側近がビガーノ事件について教皇は苦々しい思いをしていたと述べたという記事を発信した後、バチカンのスポークスマンたちが、これを否定する声明を出すことを強制されたこと。

 もう一つは、28、29の両日に、米国の2人の大司教が相次いで、ビガーノ大司教の書状に書かれている内容の信憑性が高いことを確認したこと。

 そして、ビガーノ大司教本人が、この書状をスクープした記者たちの1人とインタビューに応じ、負け惜しみで教皇に暴言を吐いたとする見方を否定することも含めて、自身の考えを述べたこと。

 さらに、29日の一般謁見の最後に、会場となったサンピエトロ広場にいた一団が聖歌を歌い、それがその場にいた多くの人には「ビガーノ!」と言っているように聞こえたことだ。広場にいたある司祭は、彼らは巡礼団で、彼らの地元の司教の名を呼んでいたのだ、と語っているが、人々がこの歌声を聴いてすぐに「ビガーノ」を頭に浮かべた、と言う事実は、大司教の名がいかに多くの人の間に広がっているか、と示すものに違いない。

 29日にイタリアの通信社ANSAが、教皇の側近たちがビガーノ事件で教皇を苦々しく思っているとの記事を発信した。同じ日に、イタリア司教協議会の公式紙Avvenireは、「バチカンの権威筋」の発言として、「『教皇が苦々しい思いをした』というのは、ニュースではない。『陰謀』であり、『いやしい言動』だ」と批判した。

 一方、バチカンのスポークスマン、グレッグ・バーク師は、ローマへの帰国途中の機内会見で教皇が見せた高ぶった雰囲気について、記者から聞かれ、教皇は(ダブリンで改めて印象付けられた)聖職者による性的虐待のスキャンダルに取り組もうとする努力で頭がいっぱいだったのだ、と説明し、「25日夜の飛行機の中で、教皇は苦々し思いをしているように見えましたか?」と逆に問いかけた。「お願いです…(「カトリック・あい」注・教皇を苦しめるようなことはしないでほしい)」。

 教皇が苦々しい思いをしているか、いないかはともかく、「ビガーノ書状」が起こした衝撃波、とくに米国でさらに2人の大司教が書状の信頼性を擁護する姿勢に踏み込んだことで増幅された波を受けても、教皇は少しもたじろぐことがなかった、とは想像しがたい。

 米オクラホマ市のポール・コークレイ大司教は28日、教区の司祭、信徒に宛てた声明で、ピガーの書状への内容についての論評を避けながら、「私はビガーノ大司教と彼の高潔さを深く尊敬しています」と述べ、「彼の書状は称賛に値します。彼は書状で、その指摘するところ一つ一つについて、徹底的に調査し、評価することを求めているのです」と支持を表明した。

 翌日には、サンフランシスコのサルバドーレ・コルディレオーネ大司教が声明を出し、ビガーノ大司教は「無私の奉献で自己の使命を果たした人」であり、「彼の書状は重く受け止めねばなりません。軽視することは(「カトリック・あい」注・教皇フランシスコが日ごろから言われている)『否定とごまかしの文化』を放置することになります」と訴えた。

 もっとも、コークレイ、コルディレオーネ両大司教が、ビガーノ文書に対する声明を出した最初の高位聖職者ではない。フィラデルフィアのチャールズ・チャプット大司教は、彼らの前に、広報担当者を通じて、ビガーノ大司教に対する支持を表明していた。

 また29日には、ビガーノ大司教が身を隠し、命の危険を感じている、との情報がツイッターで流れ、本人が所在を隠したうえで、イタリアのジャーナリストに電話でインタビューに応じ、「光はいつも勝ちます。抑えつけることはできません。とくに信仰を持っている人の場合は」と静かに確信を語った。さらに、この書状に対しては様々な反響を受け取っており、その中には、彼が麻薬中毒患者だ、というものもあるが、たくさんの「司祭や信徒たち」からの感謝の言葉も受け取っている、と多くの支持を受けていることを強調。さらに、教皇とのやりとりはその内容の重大性から秘匿するという原則を破ったことを認めたうえで、「私は、カトリック教会の高位の指導者たちのレベルにまで腐敗が達していることから、あえて語ったのです」と説明した。

 このインタビューで大司教はまた、バチカン内部の金融汚職について告発した文書が報道機関に流出した2011,2012年の“Vatileaks” 事件の調査のために前教皇ベネディクト16世が設置した3人の枢機卿による委員会が前教皇の意向通り機能していれば、「バチカン官僚機構の浄化」がされていた、との見方を示した。

 また、大司教は、今回の書状の動機について、一部に言われている「負け惜しみ」-2012年にバチカン市国政府のナンバー・ツーのポストを得そこなったことや、駐米大使を終えてローマに帰国後に枢機卿に選ばれなかったことなどへの不満-があったとする見方を否定、「実際には、私が枢機卿になることを放棄したのです」とし、ベネディクト16世が教皇在任中に、自分が財務事務局長官(通常は枢機卿が就くポスト)になることを望まれたが、待ってくれるように頼んだことを明らかにした。

 インタビューの最後に、彼が病身の兄弟、ロレンゾの介護をせねばならないとして、米国への派遣を止めてくれるようにバチカンの上層部に頼んだ、というのは嘘で、実際は、財産を巡る一族内部の争いがあり、大司教は自分の取り分を失うのを心配していたのが本当の理由だ、とするロレンゾの出した声明を一蹴し、「私は当時、自分の兄弟を介護し、守るという道義的な責任を強く感じていたのです」と弁明した。

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 今ここに至っても、バチカンがこの問題について、さらに踏み込んだ声明を出そうとしているという動きはみられない。

 だが、米国カトリック司教協議会会長のダニエル・ディナルド枢機卿が、マカリック前枢機卿のスキャンダルについて捜査することについて教皇の了承を得るため、同司教協議会の幹部をバチカンに派遣する、と発表した以上、教皇フランシスコと側近たちが、いつまでもぬかるみを歩き続けることはできないだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

 

 

 

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