・前教皇が「沈黙の約束」を破ったことで制御不能な事態に(LaCroix)

(2020.1.16 LaCroix Robert Mickens)

  バチカン発- このような事態は予想されていなかった。だが、事態は悪化している可能性があり、さらに悪化する可能性もある。

 だが今、前教皇、ベネディクト16世は、司祭独身制を強く擁護する本の共著者であると明示したことを巡る見苦しい論叢の真っただ中に、自分がいることを知った。そして、この共著書は、教皇フランシスコに既婚者の司祭叙階について検討さえもさせない試みのように、疑われている。

 この本の発案者であり、ベネディクトと共に共著者となったのは、バチカン完了を長く勤め、現在は典礼秘跡省の長官であるロベール・サラ枢機卿。教皇フランシスコの改革路線に反対するカトリック保守派のヒーローの1人だ。

 問題の本「From the Depths of Our Hearts」は、既にフランス語版が出ており、英語版も間もなく出版される。保守的なフランスの日刊紙「ル・フィガロ」は、この本の抜粋とサラ枢機卿のインタビューを12日付けの紙面に掲載し、教会関係者の間に大きな動揺を引き起こした。

*教皇フランシスコへの”警告”?

 特に出版のタイミングが問題だった。つまり、教皇フランシスコが、昨年秋のアマゾン地域シノドスでの議論をもとにした司教たちの提案を受ける形で、数週間後にも、文書を発表するとされている、その時期を狙ったような本の出し方だ。

 司教たちの提案の主眼は既婚男性の司祭叙階を条件付きで承認することにあり、この時期の出版には、教皇が文書でこの提案を認めるのを思いとどまらせようとする狙いがある、と受け止められたのである。

 この本についての報道があって48時間以内に、ベネディクトの個人秘書、ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教はこの件について発言し、前教皇は共著者となることに同意したことが絶対になく、本の表紙から自分の名前を削除するよう要求した、と言明した。「自分はサラ枢機卿に随想文を渡しただけで、他には何も書いていない、本の表紙(の原稿)も見なかった、とベネディクトは言っておられます」。

 ソーシャルメディアのCatholic関係者に議論の場を提供するページでは、今回起きたことをめぐる様々な憶測、そして激しい闘争が巻き起こった。-サラ枢機卿がベネディクトを利用したのか?共著者に仕立て上げたのか? それとも、秘書のゲンスヴァイン大司教が、ベネディクトを共著者にすることを認めたのか?今回の事でベネディクトや他の人たちが不満を表明したので、大司教は否定声明を出したのか?

*ただの誤解なのか?

 真相はまだ明らかではない。大司教は「ベネディクトは自分の名前を本に入れることに決して同意しませんでした」と言うが、サラ枢機卿はベネディクトが署名したいくつかのタイプ印刷の手紙をすでに作成しており、そのことはベネディクトが実際に同意していたことを示している。

 サラ枢機卿は、すくなくとも今は、大司教の言明に従い、ベネディクトの名は再版の段階で外す、と述べたが、ベネディクトがこの本の寄稿者であり、本の中身が変わることは無い、と念を押している。そして、ゲンスヴァイン大司教は「それは、誤解の問題です。サラ枢機卿の誠実さに疑問を投げかけるものではありません」と説明した。にもかかわらず、サラ枢機卿への疑惑は無くならない。彼を熱烈に支持していた保守派の人々の中には、ベネディクトを利用しようとした、として彼を非難する者もいる。

 他の人々は「すべてがゲンスヴァインのせいだ」と言い、自分たちの計画が台無しにされたとして、彼を犠牲にした。

*誤った主張より問題なのは…

 本の実際の内容について言えば、ベネディクトのこの本への寄与は別にして、それ以外は、司祭職と独身制の関係に関するカトリックの教義をひどく誤って伝える内容になっている。歴史的な事実も無視している。さらに言えば、独身司祭職の終末を迎える危機にあるという、ごまかしを主張していることだ。

 実際のところ、独身制の廃止を提案する者はこれまでに一人もいない。既婚者の司祭叙階を、教会の歴史の初めのころのように、全教会で再開するよう求める意見があるだけだ。

 この本の中でなされた不当な主張は、実際にはあまり重要ではない。本当の問題は、前の教皇が、普遍教会を統治する自分の後継者の自由を妨げようと努めている(あるいは引き込まれている)ところにある。

 

*だれが責任を負うべきか

 非難すべきことは多い。

 ゲンスヴァイン大司教は確かに責任の一端を負わねばならない。 63歳のこのドイツ人高位聖職者は、ベネディクト16世の個人秘書を、彼が教皇に選ばれる2年前から務めている。ベネディクトは、教皇辞任を発表するわずか2か月前に、ゲンスヴァインを教皇公邸管理部室長にし、司教に任命した。新教皇フランシスコは、彼をそのポストに留任させ、しかも、彼はベネディクトの個人秘書も従来通り勤め続けている。

 男性2人と聖別された一般信徒の女性4人が現在、ベネディクトが住むバチカン庭園にある複数階の建物に共に住み込んでいる。ベネディクトは、引退後7年近く、ほとんど毎日、訪問者をこの自宅に迎えている。彼の秘書は”門番”で、誰がベネディクトに会うことができ、誰が会えないかを決める。

 過去数年間、ベネディクトは歳を重ねるごとに弱ってきたため、「保護者および介護者」としての大司教の役割はより重要になってきた。今月初めにドイツのバイエルンのテレビで放映されたドキュメンタリーは、ベネディクトの衰弱が進んでいることを示していた。

 そのようなわけで、サラ枢機卿に独身制に関する彼の考えを公けにする許可を与えるために、ベネディクトが書いた(あるいは筆記させた)手紙の署名は、ほとんど判読できない。このことは、少なくとも、誰か(つまりベネディクトの秘書)が、この本の出版計画について、サラ枢機卿と交渉する責任を負った可能性があることを示唆しているのだ。

 

*新保守派、サラ枢機卿が反フランシスコを煽る

 ロベール・サラ枢機卿がバチカンで働き始めたのは2001年。当時の教皇ヨハネ・パウロ2世が彼を福音宣教省の長官に任命してからだ。彼は、その22年前、34歳の時に、故郷のギニア、コナクリ教区の教区長、司教に選ばれていた。福音宣教省長官時代の彼は「物静かな、祈りの人」をして知られていたが、保守主義者として頭角を現したのは、ベネディクト16世が彼を開発援助促進評議会の議長にした時からだ。

 フランシスコが教皇に選出された後、彼の司牧面での改革、とくに離婚して再婚した信徒の扱いに対する方針に異議を唱える枢機卿集団の一員となり、教皇に対する完全な信頼の欠如を示す小論や著作を欠き始めた。だから、教皇が彼を2014年に、典礼秘跡省の長官に任命した時には、驚きの声が上がった。

 以前に伝えられたように、教皇がこのポストに最初に考えたのは、教皇儀典長のピエロ・マリーニ大司教だったが、ベネディクトに近い人々(おそらく、ベネディクトの要請を受けた人々)は、フランシスコにそのような人事をしないよう強く求め、カトリックの保守派との抗争を引き起こす、と警告した。

 それを受ける形で、教皇はサラ枢機卿を典礼秘跡省の長官に任命したのだが、それ以来、教皇は、聖木曜日に(注:それまでは男性だけと限られていたのを改め)女性の足を洗うなどの典礼改革を進めるために、抵抗するサラ枢機卿を手なずけねばならなかった。教皇はまた、第二バチカン公会議をもとにした典礼改革のさらなる改革(すなわち破滅)をもとめる保守派の主張を、枢機卿が公に支持したことで、彼を叱責せねばならなかった。

 サラ枢機卿は、この新しい本で論争を巻き起こしたことで、ゲンスヴァイン大司教と同程度に有罪だ。2人の男は政治的に保守主義者であり、教会的には新保守主義者であり、欧州の右翼政治家、社交界の名士たち、後退行動の人々と結束している。いずれも、これらの人々と集団がベネディクト16世を教皇フランシスの対抗勢力とし見なし、ベネディクトを唯一の正当な教皇と主張することさえあるのを、十分に認識している。この新しい本の出版のように、彼らの公開キャンペーンに、引退教皇の支持を得ることによって、教皇フランシスコへの反対する動きを煽ろうとしているのだ。

*最も責任が重いのは…だが、自分自身も守れない

 だが、この最新の混乱に最も責任があるのは、ベネディクトに他ならない。

 2013年に教皇職を放棄した時、彼はローマの司教としての権利と義務も失った。彼は大胆かつ向こう見ずな動きをし、歴代の教皇が約600年間したことのないことをした。だが、彼と彼の助言者たちの小さな集団は、この新しい状況に対処する精密な計画を立てるために、(全く、でないとすれば)広く相談することをしなかった。引退教皇のための確立された儀典書はなかったし、今だにない。ベネディクトと彼の人々は,急いでその埋め合わせをしたように思われる。

 しかし、自分が教皇の権力をまだ持っている、あるいは(注:フランシスコと)共有していることを示唆しないよう、細心の注意を払わねばならない、ということをはっきりと直観していたようだ。だから、自分から進んで沈黙を固守することを約束し、今後は「世界から隠された存在になる」と言ったのだ。

 だが、彼が沈黙の約束を破るまで、6か月しか要さなかった。ヨゼフ・ラッツィンガー時代の初期の作品の1つを批判した学者と哲学的、神学的な議論を始めた時、そのやりとりを公開する許可を与えた。そして、それ以来、彼は多くの集団(多くは保守主義者だ)に、彼らを支持する手紙を書いた。彼らは、ラッツインガー時代の著作と思想を、しばしば歪んだ方法で、教皇フランシスとの戦いに使った。

 ベネディクトは、これらの声との関係を公けに断つことで、そうした戦いを止めることができたただろう。しかも、沈黙を破ることが正当化されたのは一度だけだ。

 そして今、彼は衰弱し、もはや自分自身を守ることができない。そして、彼を守る義務がある人たちは、彼の声、つまり沈黙を保たなければならない声を利用して、教会の未来を形成しつつある前向きな議論を圧倒しようと、愚かで無責任な試みを続けている。

 しかし、結局のところ、これは彼らの過ちではない。彼らは、ベネディクト16世が自らの沈黙の約束を破った時に始まったことを、続けているだけなのだ。私たちが今目撃しているのは、約束の破綻がもたらした制御不能な結果だ。 そして、物事がそのまま続いた場合、非常に有害で不可逆的な事態になる可能性がある、ということだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年1月18日