・「『性的虐待サミット』に過大な期待をしないように」-教皇、帰国の機上会見で

(2019.1.28 Cruxs Rome Bureau Chief Inés San Martín)

 ローマへ帰国の教皇専用機より -パナマ訪問を終えた教皇フランシスコは、帰国の機内で記者団の質問に応じ、当面の最大の懸案である2月下旬にバチカンで開く聖職者による性的虐待問題に関する全世界司教協議会会長会議について、結果に過大な期待を抱かないように求め、話し合いの主眼は、虐待という”悲劇”に関する”カテキーシス(教理問答)”の伝達にある、と強調。また、司祭の”選択”的な独身制の考えについては否定しつつ、辺境の地にあり、特別の秘跡の上での目的がある場合に既婚者を叙階する可能性を残した。

 

*性的虐待に関する全世界司教協議会会長会議の見通しは

 会見の冒頭で、2月下旬の会議について聞かれた教皇は、会議の主導権を委ねた枢機卿顧問団は、自分に教会の管理・運営の改革について助言している、と述べつつ、顧問団を構成する9人のうち3人が昨年退任し、うち2人は未成年性的虐待とその隠蔽による退任だったことも念頭に、「何人かの司教たちはどうすればいいか知らず、問題を理解せず、一方で善を行い、一方で悪を行いました」と語り、そうした状況から、顧問団は、世界の司教協議会に「虐待された子供たちの悲劇」を理解させるような”カテキーシス”を提示する必要性を感じたのだ、と説明した。

 さらに会議の二つ目の課題は、司教たちに「聖職者による虐待の訴えを受けた時にどのように対応すべきか」について教えること、三つ目は、教会の指導者たちの虐待問題の扱い方の手順が出来ること、とされた。そして、会議の間、司教たちは「祈り、証言を聴き、告解の祈りを捧げ、全教会のために赦しを願う」ことになる、と述べた。

 教皇はまた、この会議に対して「過大な期待」があると感じており、先に示した三つの課題に期待を収斂する必要がある、とし、「虐待の問題は今後も続くでしょう。これは人間の抱える問題。人間の問題はどこにもあります」と語りつつ、「教会内部で問題を解決すれば、一般社会、家庭での問題を解決する助けになることができる」が、まずやるべきことは「この問題について目覚め、対応の手順を作り、前に進むことです」と強調した。

*既婚司祭の問題について

 カトリック教会と親交のある東方教会では司祭の妻帯が認められており、教皇フランシスコもこの問題に前向きの対応をするのではないか、という観測がたびたび流れている。この問題については、教皇は「司祭独身性の法令を変更するよりも先に、私は命を捨てます」「選択的な独身制は賛成しません。ノーです」と明言した。

 ただし、教皇はまた、「年配の妻帯者」が例えば、太平洋の島々のような遠く離れた場所にいる場合、ミサ奉献、告解聴聞、病者の塗油に限定して司祭叙階する可能性について、神学者が検討する必要があると思う、とも語り、このような指摘が南アフリカのフリッツ・ロビンゲル司教からされてもいるが、これは「神学者たちが祈り、黙想し、議論すべき問題で、私は個人的にまだ十分に深く考えていません」と述べた。

 さらに「私にとってこれは決めることではない。私の判断は、助祭の前に司祭の独身の選択制は”ノー”です」とし、司祭になる前にまず、助祭の叙階があることを前提に語り、「私にはそうするつもりはない。このような判断をもって神の前に立ちたいとは思いません」と言い切った。

 

*堕胎の問題について

 また、堕胎の問題について、「神の慈しみは、生まれない人、堕胎の過ちを犯した人も含めて、すべての人になされます」と言いつつ、「(堕胎した人に対するものは)難しい慈しみです。この問題は赦しが与えられないからです」と述べ、「問題は、堕胎をしたことが分かる女性に寄り添うこと。それは大変な悲劇です」「ある女性がそうした、ということについて考える時… 本当のことを言うと、あなたはそれを理解するために聴聞席に座り、慰めねばならない。責めてはなりません」と語った。

 教皇によれは、多くの場合、堕胎した女性たちは、「自分の子供に出会う」ことを必要としている。また、多くのケースで、教皇は、ご自分のところに泣き叫んできた女性たちに「あなたは、天国にいるお子さんに話しかけることができますよ」と勧めた、という。「歌ってあげることができなかった子守唄を歌って… 母親と子供は和解します。すでに神が赦してくださったのですから」と。

 

*性教育について

 性教育についても、記者から「教皇が訪問された国を含めていくつかの国では、カトリック教会の圧力で、学校で性教育をすることが認められず、十代での妊娠を招く結果となっていますが」と質問があった。これに対して、教皇は、各地の事情について触れることは政治問題が絡むのでできないが、「性は神からの賜物であり、”お化け”ではない」のだから、性教育はされるべきだ、との考えを示した。

 だが、性を金もうけに使ったり、人を搾取することは「別の問題です」とされたうえで、積極的な性教育は、なされる必要がある、とされ、また、それは「イデオロギー的な植民地化」なしにされるべきであり、「そのような立場から教育が行われれば、人格が破壊されます」と警告した。この発言の意図は明確にされなかったが、これまでの教皇の発言から、「イデオロギー的な植民地化は「ジェンダー・イデオロギー」と結びついており、最新のバイオ技術で、男女の性を生み分ける問題が、背景にある、とみられるようだ。

 また教皇は、性教育の問題は「システム」にあり、それを教える教師、教科書にある、と指摘し、「まず家庭が、最初の”教師”となり、それから、学校という順になるべき。時として、親たちはこの問題にどのように対応していいか、知らないことがあるからです」「家庭も学校も、性教育を引き受けないなら、”何らかのイデオロギー”に空白を埋められてしまう危険にさらされます」と警告した。

*ベネズエラ情勢

 内紛が続くベネズエラ情勢について、教皇は、具体的な政治的、外交的な言及を避けつつ、「苦しんでいるすべてのベネズエラの人々を支えます」と述べた。「もしも、私が、この国が提案していることをするように、と言ったり、他の国々の意見を聴いたりすれば、自分が知らない役割に入り込んでしまいます。忍耐しなければなりませんが、辛いことです」と語った。

 パナマを発つ27日の朝、教皇は「(ベネズエラで起きている)深刻な事態を思っています」とし、「ベネズエラに住むすべての人の人権が尊重される形」で公正で平和的な解決がなされることを願う、と述べられた。

 不公正な選挙が行われたと国内外から非難を浴びながら、ニコラス・マドゥーロ大統領は続投を宣言しているが、教皇は慎重に言葉を選びながら、ベネズエラの人々に”親密”さを表明することを希望している、とし、「私自身、これらの状況について苦しい思いをしています。合意ができるだけでは十分ではない。公正で平和的な解決が必要です。流血の惨事が起きないかと心配しています」、そうした事態を避けるために「問題解決を助けることのできる方々の大きな貢献を願っています」と強調した。

そし、和平交渉が失敗した後、何十年にわたる内戦招いたコロンビアの例をひいて、暴力の可能性について強い懸念を示し、「私は”均衡”という言葉が好きではありません。私は羊飼いでなければならないし、羊たちが助けを必要とするなら、(関係者たちは)合意に達することができるし、それを願うことができます」と語った。2017年にバチカンはマドゥーロ政権と反対派の調停を試みたが、一方は権力の放棄を拒否し、一方は放棄を求めたため、失敗に終わったいた。

 

*その他の課題について

 その他の課題では、教皇は移民・難民問題に触れ、彼らを歓迎し、一体化し、現在の住民のルーツを思い起こす必要を、改めて指摘し、「私たちアルゼンチン人は皆、移民です。米国人もすべて移民です」と述べた。そして、政治家たちに、忍耐と、紛争や飢餓から逃れてきた人々のいる国々を進んで助けることを求め、特にアフリカについて、搾取される側に共通の心理を嘆いた。

 また、教会から離れた若い者たちの問題については、いくつもの理由があるが、主たる理由は聖職者、修道者、そして一般信徒の”見守りが不足”している、との考えを示した。

 公正な給与を払わず、カリブ海でのバカンスに金を使うという形で人々を搾取するのが、カトリック教徒だったら、「彼らは『自分はカトリックの教育を受けたが、信仰への熱意が欠けている。申し訳ないが、自分を模範にしないでくれ』と言うよりも、教会に奉仕した方がいい」と語り、パナマで感動したのは、彼が群衆の中を通り過ぎようとしたときに、親たちが赤ん坊を自分の方に向けたこと、とし、「これは私の勝利、未来、誇りです」「人口の多い冬を欧州で暮らしている私たちは考えねばなりません。何が自慢なのか。旅行か、別荘か、子犬か、それとも子供を抱き上げることか、と問いかけられた。

 来週の日曜日、教皇は再び外国訪問のためアブダビへ向かい、アラビア半島に足跡を残す歴史上初の教皇となる予定だ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

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2019年1月29日