・教皇訪日を”スーパースター”の一大イベントに終わらせないように(菊地大司教の日記より)

2019年9月18日 (水)

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  9月13日金曜日ローマ時間の朝9時に、教皇フランシスコの日本訪問と、その前に予定されているタイ訪問が、バチカンと、東京と、バンコクで、同時に発表されました。バチカンは、報道官の短いステートメント、日本は官房長官のちょっと長いステートメント、バンコクではタイ司教協議会主催で、なかなか大がかりな記者発表が行われました(これはビデオを見ることができます

 タイは11月20日から23日、日本は11月23日から26日で、日本での訪問先は、東京、長崎、広島となっています。なお日本訪問のテーマは「すべてのいのちを守るため」とされています。これは教皇の回勅「ラウダート・シ」に記されている言葉からとられました。詳しくは、カトリック中央協議会の特設ホームページをご覧ください。東京ドームでのミサの申し込みは、9月20日から特設サイトで、またはすでにツアーを組んでいる旅行会社経由でお願いいたします。

 38年ぶりのローマ教皇の日本訪問を、心から歓迎し、喜びのうちに迎えたいと思います。教皇フランシスコは、現代社会を支配する様々な価値観の直中に生きながら、神の望まれる世界を実現する道とは異なっている道へと誘う価値観に対して、厳しく対峙する姿勢を示してこられました。

 同時に、使徒の頭(かしら)の後継者として、イエスの福音宣教命令をより積極的に果たしていく姿勢を自ら示されることで、世界の教会共同体にキリスト者として生きる道を明確に示しておられます。とりわけキリストのいつくしみ深い心に導かれ、社会の中にあって助けを必要としている人、困難に直面している人、排除・排斥されている人、希望を失っている人に、積極的に関わり、歩みをともにしながら、いのちを生きる希望を生み出そうとされてきました。

 教会の中で待っているのではなく、助けを必要としている人のもとへ積極的に「出向いていく教会」を理想として掲げる教皇は、失敗や喪失を恐れて守りに入るのではなく、失敗を恐れずに積極的に行動するように呼びかけます。実際、教皇自身が、これまでの慣習にとらわれることなく、自らの言葉を行いで示してこられました。

 近年は、「ラウダート・シ」を発表することで、皆に共通の家である地球を護ることは、神からの賜物であるいのちを護ることだとして、環境問題に関わり、全人的な人間発展(総合的人間開発)の視点から、発言を続けられています。

 同時に、2013年の教皇選挙を前にして開催された枢機卿会での多数意見を受け、バチカン(聖座)の機構改革にも取り組んでこられ、その集大成とも言うべき文書の発表が、待たれているところです。教皇は、バチカンが、中央政府のように教会全体に命令を下すのではなく、教皇を補佐し、また世界の教会に奉仕する場となることを目指しておられます。

 教皇フランシスコの日本訪問は、日本の教会に、福音に従って生きることの大切さを繰り返し教える教皇フランシスコの姿勢に学び、それに倣う機会を与えてくれるでしょう。社会の直中にある教会共同体が、より福音にふさわしい生きる姿勢を見いだす機会を与えてくれるでしょう。「働き手を送ってくれるように祈れ」と言われた主の言葉を思い起こし、福音宣教のために奉仕せよとの呼びかけに、多くの人が応える機会ともなるでしょう。いつくしみ深い主イエスに倣って生きる道を、わたしたちに示してくれるでしょう。

 もちろん、何も準備をしなければ、ただスーパースターがやってきた、という”一大イベント”で終わってしまうでしょう。だから準備が大切です。幸い10月は福音宣教のための特別月間ですし、あらためて教皇フランシスコの書かれた文書を学び、その姿勢の模範に倣い、わたしたちの心を準備いたしましょう。もちろん、教皇様のために祈ることを忘れないようにいたしましょう。Popef130517g

 なお、東京に滞在する11月25日と帰国の途につかれる11月26日に関して、様々なご提案やリクエストが東京教区にも寄せられています。教皇様の外国訪問は、バチカン(聖座)の主催行事であり、ミサの典礼の内容も含めて、バチカンの関係部署からの指示で執り行われます。日本の司教協議会や教区は、その指示を具体的に実行する役割ですので、日本側からバチカンに要求することはできません。したがって、残念ながら、寄せられている様々なリクエストにお応えすることは適わないであろうこと、ご理解ください。

 また、主にミサの入場券のことで、教区本部やわたし宛にも様々なご注文をいただいていますが、これも東京教区の管轄ではなくて、司教協議会の管轄ですので、その点ご理解ください。

 

 

 写真は、2013年5月17日、国際カリタスの理事会の時に、2ヶ月前に就任されたばかりの教皇様に、日本訪問をお願いしているわたしです。教皇様が住んでおられるカサ・サンタ・マルタにて。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

2019年9月18日

・カトリック、プロテスタントの聖堂、”中国社会主義思想教育”の場へ”改修”進む(BW)

   中国共産党は礼拝の場を乗っ取り、新たなプロパガンダの拠点にしている。「習近平主席による中国の特色ある社会主義思想」を人々の脳に植え付けることが目的だ。

淘沙鎮のカトリック教会で、その場が「新時代の文明の実践本部」に変わったことを告げる巨大なプロパガンダポスターが、キリストの十字架に取って代わった。
淘沙鎮のカトリック教会で、聖堂が「新時代の文明の実践本部」に変わったことを告げる巨大な宣伝ポスターが、キリストの十字架に取って代わった。

*江西省のカトリック”地下教会”聖堂が「新時代の文明実践本部」に変えられる

 8月、中国南東部、江西 豊城  轄の淘沙  で、中国天主教愛国会 加入を拒否したある カトリック地下教会 の会衆は、自分たちの礼拝所が政府に乗っ取られたことを知った。建物の円形の窓は正方形に改造され、備品はすべて教会堂から撤去された。キリストの十字架は教会から持ち去られ、「新時代の文明実践本部」と書かれたプロパガンダのポスターが貼られ、共産主義思想と伝統的中国文化を喧伝する資料が並ぶ書棚が運び込まれた。

聖像は本堂から小さな部屋へ移された。
聖像は聖堂から小部屋に移された
かつてのカトリック教会堂内にプロパガンダの資料を並べた書棚が置かれた。
カトリック教会堂内に宣伝資料を並べた書棚が置かれた

 会衆は強制的な奪取に抵抗しようとしたが、地元当局は耳を貸さず、代わりに祝いを述べ合っていた。宗教の信仰を弾圧する 習近平 主席の政策を実行する上で重要な途中地点に到達しただけでなく、共産主義思想と中国伝統文化を推進するプロパガンダの拠点として「新時代の文明実践本部」をまたひとつ開くことができたからである。

 文明の実践センター( では「事務所」、 では「本部」と呼ばれる)は、中央政府が2018年から着手している全国規模の計画である。中国本土の国営メディアは、昨年7月に習近平主席自らが指揮を執った会議で「『新時代の文明実践センター』の試験的構築計画に関する意見書」の検討、承認が行われたと報じている。

*中国共産党中央宣伝部長の宣言で”習主席の社会主義思想実践拠点”全土に

 昨年10月の会議で 中国共産党 中央宣伝部長は「『新時代の文明実践センター』は、『習近平主席による中国の特色ある社会主義思想』を人々の精神に根付かせることを目指す大規模な取り組みである」と宣言した。また、「草の根レベルの政府が党思想のプロパガンダ活動を効果的に進め」なければならないと付け加えた。

 指令が採択されると、「文明実践」の拠点が中国各地に大量に出現し始めた。たとえば、中国東部、山東省の副省級市である人口900万人超の青島市では、市轄の地区、鎮、村、共同体内に300のプロパガンダ施設が新たに開設された。中国南東部、広東省の人口700万人の地級市、佛山市の行政部門では322件だ。

 中国共産党運営のメディアは、この方策について「市民の精神的、文化的生活の充実化」が目的だと報じている。しかし、現実には、当局が習近平主席の考えと相反するあらゆる思想、特に宗教信仰を取り締まるための新たな手段として利用しているようにしか見えない。

 「警察は教会堂を乗っ取る前に、電気警棒で脅しながらまず私たちの立ち入りを禁じました」。別目的のために転用された淘沙鎮のカトリック教会会員はBitter Winterに説明した。「警察は、私たちが 邪教 を信じ、迷信的な儀式を行って、社会を破壊していると言いました。愛国心を持てと説かれました」。

 乗っ取りの前の6月下旬、政府は「土地を不法占拠している」として教会堂の解体を命じた。建物を守るため、教会の責任者は政府の教会堂譲渡の求めに合意した。

羅湖鎮の地下カトリック教会は「文明実践」の本部として転用されている。羅湖鎮のカトリック地下教会は「文明実践」本部に転用

 江西省撫州市轄の羅湖鎮のあるカトリック地下教会もまた、政府が強制的に文明実践の本部に変えてしまった。2017年に170万人民元(約2,600万円)以上を投じて建てられたこの教会堂は2018年から使用されていた。宗教の祝日をわずか4回祝っただけで会衆は宗教局と郷政府当局に追い出された。4月21日の復活祭の日、同当局は中国天主教愛国会加入を命じ、従わない場合は教会堂を取り壊すと言って脅した。1週間後、当局は事務所の備品を教会堂に運び入れ、外壁に「新時代の文明の実践本部」の看板を掲げた。

*”政府・党公認”のプロテスタント教会も”乗っ取り”免れず

 政府はさらに、中国中央部、河南省輝県市轄の占城鎮にある 三自教会(政府・党に忠誠を誓ったに忠誠を誓ったプロテスタント教会) を「文明実践」計画のために転用した。目撃者によると、6月3日、20人ほどの地元政府職員が教会堂に押し入り、宗教的なシンボルをすべて撤去した。そして「新時代の文明の実践本部・党員のための教育実習拠点」と書かれた横断幕が教会堂内に掲げられた。

占城鎮の三自教会が「新時代の文明の実践本部」に変えられる前と後の様子。
占城鎮の三自教会(左)が「新時代の文明の実践本部」(右)に変えられた

 

占城鎮の三自教会閉鎖の告知。
占城鎮・三自教会閉鎖の人民政府による告知

 会衆は当局が教会堂を一掃する様子を写真に撮ったが、職員に強打された。そして地元警察署に連行され、以後、二度と問題を起こさず、教会にも行かないことを約束させられた後に釈放された。

 「共産党の縄張りでは、当局はいつでも自由に罰を与える権限を持っています。中国に信教の自由はありません」と仲間の教会員は述べた。

 地元政府の内部関係者によると、6月28日、27の村々から共産党員が教会堂に集まり、施設の奪取を祝ったという。以来、教会堂では毎週末に京劇の上演が企画されている。村の職員はイベントの写真を撮り、地元の宗教局に送っている。

 ある教会員は「厳粛な教会堂が政府に無理やり占拠され、娯楽の場に改造されてしまいました。それを政府は『新時代の文明』と呼んでいるのです。実に恥知らずです」と力なく語った。

動画:「文明本部」になった聖堂で披露された京劇。

 中国各地でさらに多くの教会堂が「文明実践」の拠点に転用されている。そのごく一例として、撫州市東郷区轄の圩上橋鎮にある 家庭教会 集会所、江西省新余市轄の分宜県鳳陽鎮の三自教会集会所が挙げられる。

撫州市東郷区の三自教会集会所はプロパガンダセンターに転用された。
撫州市東郷区の三自教会集会所はプロパガンダセンターに転用された
国は圩上橋鎮の家庭教会集会所を「新時代の文明実践本部」として転用した。
圩上橋鎮の家庭教会集会所は「新時代の文明実践本部」に転用
鳳陽鎮の三自教会集会所は今では「新時代の文明実践本部」になっている。
鳳陽鎮の三自教会集会所は今では「新時代の文明実践本部」に

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

2019年9月17日

♰教皇、帰国途上の機内会見-アフリカの未来、若者教育、外国人排斥などについて語る

 

Pope Francis, flanked by the director of the Holy See Press Office, answers questions by journalists on the flight from Antananarivo to RomePope Francis, flanked by the director of the Holy See Press Office, answers questions by journalists on the flight from Antananarivo to Rome  (Vatican Media)

 アフリカ東部3か国歴訪を終えた教皇フランシスコは10日、ローマへの帰途に機上会見を行われ、訪問中に出会った子供たちの快活なふるまいを思い起こし、国に家族の世話をする義務があることを確認された。

 そして、外国人嫌悪症は”病弊”であり、人々のアイデンティティーが”イデオロギー的な植民地化”から守られることを願われた。また、ご自身が受けた批判について話され、分裂の誘惑についての質問にこう答えられたー「私は分裂が起こらないように祈っていますが、分裂を恐れてはいません」。

 マダガスカル航空機でのローマへの二時間半の飛行で、教皇は一時間半にわたって随行の記者団と会見され、質問に答えらえた。質疑の全容は以下の通り。

*モザンビークでは和平プロセスの推進が最重要

問:Julio Mateus Manjate (Noticias, Mozambique): モザンビーク訪問中に、教皇は大統領と議会の二つの政党の党首をお会いになりました。和平プロセスについてどのような期待をお持ちになり、どのようなメッセージをモザンビークに残されようとなさったのですか。また、アフリカにある外国人嫌悪、それと若者たちの教育におけるソーシャルネットワークの影響について、どうお考えになりますか。

教皇:まず、和平プロセスについてお話ししましょう。このプロセスは長期にわたるもので、山も谷もありましたが、最終的には、歴史的な和解が実現し、今日のモザンビークの一致が実現しました。この状態がこれからも続いて欲しいし、そうなるように祈っています。そして、全ての関係者にこの和平プロセスの全身を確かなものとする努力をするように求めます。なぜなら、私の前の教皇(ピオ12世)が言われたように、「すべては戦いで失われ、すべては和平によって得られる」からです。これは明白な事実であり、忘れてはならないことです。和平プロセスは長く、第一の段階は妨げを受け、そして次の段階に… そして、反対党-敵ではありません-のリーダーたちの努力は互いに前に進もうとするものだった。それは、危険を伴う努力でもあり、中には自分の命を危うくする人もいましたが、結局は、合意に達したのでした。この和平プロセスに関わったすべての方々に感謝したい。まず、一杯のコーヒーから始まって…。

 多くの人々が参加していました。聖エジディオ共同体の司祭(ボロニアのマッテオ・ズッピ大司教)-10月5日の枢機卿会議で枢機卿になりますーがいました。そうして、多くの人々の助け-聖エジディオ共同体も含めて-結果がもたらされました。私たちはこのことで勝利者ではありません。勝利したのは和平です。私たちには勝利者となる権利はありません。なぜなら、あなた方の国で和平は、世界の平和がもろいように、まだ、もろいものだからです。同じようなやり方で、新しく生まれたものを扱う必要があります-子供を育み、強くするように、やさしく、やさしく、丁寧に、赦しと忍耐の心をもって。

 それはこの国の勝利です。和平は、この国の勝利です。私たちは、それが全ての国々に及ぶものであり、戦争によって破壊されるものであることを理解せねばなりません。

 戦争は破壊し、私たちから全てを失わせます。平和についての話が少し長くなりますが、これを私は心にかけているからです。何か月か前、連合軍のノルマンディー上陸記念が祝われました。式典には関係国の代表たちが参加し、残虐な戦争、ナチとファシズムのような非人間的で残虐な独裁主義権力の終結の始まりを… しかし、その代償として、この上陸作戦で4万6000人の兵士がなくなったことを、思い起こしました。

 私は、2014年に第一次世界大戦の開始100周年にレディプーリアのオーストリアハンガリー無名戦士墓地を訪問しましたが、その場で「お願いです。二度と戦争が起こらないように!」と叫び声をあげました。死者の日に第二次大戦の激戦地だったアンツィオを訪問しましたが、良心が作られねば、と心から思いました。戦争は何も解決せず、人間を富ませるために平和を望まない人と作るのです。

 余談が長くなりましたが、和平のプロセスの前に、このことを言わねばならなかったのです。私は、そのために祈り、さらに前進するようにできることを全ていたします-そして、力強く育っていくことを希望しています。

*”人口動態の冬”を迎える欧州、だが生気に溢れるアフリカにも課題は多い

 二つ目の質問、若者の問題にお答えします。アフリカは若い大陸です。欧州と比べて、若い命を持っています。ストラスブールで申し上げたことを繰り返します-母なるヨーロッパは、ほとんど、”祖母なるヨーロッパ”になっています。年を取り、極めて深刻な”人口動態の冬”を経験しています。ある国、どの国だか忘れましたが、政府統計で2050年に勤労者の数よりも年金生活者の数が多くなる、との予測が出ました。悲劇的なことです。欧州が老いている原因は何でしょうか?

 私の個人的な考えでは、その根本に、満足できる生活状態があると思います。満足できる暮らしに安住し、「私たちは快適だ、別荘を買う必要があるし、休暇にどこかに出かけたいから、子供は持たない、それで満足。子供はリスク、あなたは分からないだろうが…」と考えているのです。しかし、このような満足な暮らしと落ち着きは、人を老いさせます。

 アフリカは生気に溢れています。私はアフリカの中に、フィリピンとコロンビアのカルタヘナで出会ったのと同じ振る舞いがあるのを見つけました。人々は子供たちを空気のなかで育てますー「子供たちは私の宝、私の勝利、誇り」と言うように。子供たちは貧しい人々の宝。だが、故郷の、国の宝でもあります。同じ振る舞いを東欧でも見ました。ルーマニアのヤシという町では、おばあさんが子供を見せて、「これは私の勝利…」と私に言いました。(質問者の)あなたには、若い人々を教育し、彼らのために法律を作る仕事があります。教育は、現時点であなたの国の最優先事項です。育成のための法律を整備することを最優先する必要があります。

 モーリシャスの首相はこのことについて私に、こう話されましたーすべての若者が無料で教育を受けられる制度を整備することを課題として考えている、と。質の高い教育センターはあっても、そこで教育を受けさせるには費用が掛かる。無償教育制度は重要です。それに、全ての国には教育センターがありますが、数を増やし、誰もが教育を受けられるようにする必要があります。そして、そのために、教育と健康に関する法律の整備が優先事項となります。

*外国人嫌悪症はアフリカだけの問題ではない、欧州でも

 質問の三つ目、外国人嫌悪症についてです。私は新聞で外国人嫌悪症についての記事を読んでいますが、それはアフリカだけの問題ではありません。麻疹のように、人がかかる病気です。国に、大陸に、入り込み、私たちは壁を作ります。ですが、壁は、それを作った人たちだけを閉じ込めます。そう、彼らは、たくさんの人々から離れ、壁の中で孤独に過ごすのです。”大侵攻”に敗れたのです。

 外国人嫌悪症は病弊です。種族の純潔を維持する、ということで正当化される、前世紀と変わらない言い方です。外国人嫌悪症はしばしば、政治的なポピュリズムの波に乗ります。先週、あるいはそれより前に、私はこう言いました-あるところで、ある時に、私は1934年にヒットラーが言ったのと同じような演説を聞いた、欧州の昔に戻りたい、と思っているような話でした、と。

 しかし、アフリカにも、あなたもそうですが、解決せねばならない文化的な問題があります。ケニアでそのことについてお話したことがありますー部族制の問題です。異なった部族が一緒になり、一つの国民となるように教育が必要です。最近の事ですが、私たちはルワンダでの大量虐殺-部族主義の結果-の25周年を記念する式を持ちました。

 記念式が行われたケニアのスタジアムで、私が参加者の皆さんに起立して、互いに握手をし、「部族制にならないように…部族制にならないように」と繰り返すようにお願いした時のことを思い出します。ノー、と言わねばなりません。お終いにする、ということです。国内的な部族制もありますが、部族制に変わりありません。私たちはこれに反対して戦わねばなりません。他国との間の部族制、国内での部族制の両方に。アフリカのいくつかの所で、ルワンダで起きたような悲劇が部族制がもとになって起きているです。

*貧困、失業、労働搾取に苦しむマダガスカルの若者たちに国の支援が必要

問:Marie Fredeline Ratovoarivelo (Radio Don Bosco, Madagascar):今回のご訪問の間、教皇は若者たちの未来にについてお話になりました。私は家族の基礎が未来にとってとても重要だと思います。マダガスカルの若者たちは、貧困が原因で、そても複雑な家庭環境の中で暮らしています。教会の現在の教えが時代遅れとなり、現在の性の革命の中で、教会はどのようにして、若者たちの寄り添っていくことができるでしょうか。

教皇:家族は子供たちの教育に確かに責任があります。マダガスカルの若者たちの自己表現の仕方に、とても心を動かされました。そして、モーリシャスでも同じでしたし、モザンビークの若者たちの平和のための宗教間の集会での印象もそうでした。

 若者たちに価値を与え、育つようにすること。マダガスカルでは、家族の問題は貧困問題、雇用の不足、そしてしばしば労働搾取とつながっています。例えば、花崗岩の採掘場では、労働者の一日の稼ぎは1.5ドルです。労働と家族を守る法律は基本的なものです。家族の価値もそうなのですが、それはしばしば貧困によって破壊されます-価値ではなく、子供たちにそれを伝え、若者教育を改善する能力が、です。

 マダガスカルで、アカマソア協会の活動の説明を受けました-若者たちが、唯一の選択肢として彼が生まれた家庭ではない家庭で、育つことができるように助けています。昨日は、モーリシャスで、ミサ後に警察官と、ルエダ神父に会いました。背が高く、大柄で、2歳になろうという女の子を抱いていました。迷子になり、良心が見つからないと泣いていました。発表があり、警察官が彼女をなだめていました。そして、私は、家庭で暮らしていた子供たちと若者たちが突然、家族のきずなを失ってしまう-この女の子の場合は、単なる事故だったのですが-ことで起こる悲劇があることを知ったのです。

 彼らを守り、成長を確保する国家の役割も重要です。国家は、家族と若者たちの世話する必要があります。彼らを支えるのは、国家の義務です。繰り返しになりますが、家族にとって子供は宝です。あなたはそれをご存じです。宝についてご存じですが、あなただけでなく、社会のすべての人たちが、この宝を成長させ、国を成長させ、故郷を成長させ、国に主権を与える価値を高めることの重要性を認識する必要があります。すべての国で子供たちと出会って. 私の心を動かしたことの一つは、彼らが私に挨拶してくれたことです。小さな子供さえも、挨拶をしてくれました。そしてとてもニコニコしていました。喜びについては、後でお話ししようと思います。

*イデオロギー的植民地化はグローバリゼーションに反する、植民地統治終結の国連勧告に従う義務

問:Jean Luc Mootoosamy (Radio One, Mauritius):モーリシャスの首相は、私たちの仲間の市民が被った苦しみ-独立前に、私たちの国土の一部の不正な分離の後で、英国の手によって、故郷アーチペラゴから強制的に追い出されたこと-に関心を持ってくださったことを感謝していました。現在、ディエゴ・ガルシア島は米軍基地になっています。チャゴス諸島の元住民たちは50年前に強制的に移住させられましたが、帰還を望んでいます。米国と英国はそれを認めようとしていません。5月に国連が植民地統治を終えるよう勧告したにもかかわらず、です。あなたは、チャゴス諸島の人々の帰還をどのようにしてお助けになれるでしょうか。

   「カトリック・あい」注:インド洋のチャゴス諸島は、1814年に英国領にされ、モーリシャスの管轄として統治されていたが、1965年にモーリシャスから分離され、1968年にモーリシャス独立後も、英国領として残された。2,000人ほどいた住民はモーリシャスへ強制移住させられ、1971年に米国との条約が締結で、諸島の一つディゴガルシア島に米軍基地が作られた。モーリシャスは領有権を主張しており、元島民が帰還を求め法廷闘争などを続けるなど、英国と領有権争いが続いていたが、2019年5月22日、国連総会で英国に対し「6カ月以内に諸島の植民地統治を終え、撤退する」よう求める決議が賛成116、反対6、棄権56で採択されている。

教皇:教会の教義はこのように述べています-ハーグの国際司法裁判所や国連のような国際的な機構を認め、世界的な尺度で判断を下す能力を正当なものと認めた場合、私たち自身を人間と考えるなら、声明が出された時に従うのは私たちの義務である、と。全人類にとって正しいとされることすべてが、自分にとって正しいとは限りませんが、私たちは国際的な機構に従わねばなりません。それが、国際連合を創設した理由であり、国際司法裁判所を創設した理由です。

 しかし、別の側面もあることを指摘しなければなりません。人々の解放が実現し、占拠していた国が去った時ーアフリカでは、多くの国が独立し、フランス、英国、ベルギー、イタリアが去っていきましたが、その地を去る時に、自分のポケットに何かを入れていこう、という誘惑が働くのが常ですー人々に自由を与えるが、何がしかの”かけら”を持って帰る… 国に自由を与えるが、根っこに自分のものを残しておく…。これは例えであって、本当にそうかどうか分かりませんが、この様には言えます-常にそのような誘惑がある…と。国際的な機構は、この問題に随伴する取り組みを提起し、物事を支配する潜在的な力を認識し、当該国で何を成し遂げられるか、占領地を離れる意思を確認し、それが自由意思で、兄弟的な精神をもって、完全に行わるように支援する必要があります。

 それは、人間にとって、時間のかかる文化的な取り組みであり、国連などの国際機構は私たちの多くの助けをしてくれるし、そうした機構を強化するよう私たちも努める必要があります。国連が本来の役割を果たせるように、欧州連合がもっと強くなるように、支配力ではなく、正義、友愛、一致を果たす力が、です。

 これが重要なことの一つです。もう一つ、この機会に申し上げたいのは、今日、地政学的な意味での「植民地化」は、少なくとも多くの場合、存在せず、存在するのは「イデオロギー的な植民地化」であり、それが、大衆文化に入り込み、そのような文化を変え、人を均質化してしまう、ということです。それが、球体のようなグローバリゼーションのイメージ、全ての点は、中心部から等距離に存在する…

 真のグローバリゼーションは球体ではなく、人それぞれが自己のアイデンティティーを持ちながら、全ての人が一つになるような多面体です。だが、「イデオロギー的な植民地化」は他の人が持つアイデンティティーを捨てるようにし、均質的な存在にし、人々の持つ本質、歴史、価値観に反するようなイデオロギーをもった提案をするのです。

 私たちは人々の持つアイデンティティーを尊重せねばなりません。それが前提となります。人々の持つアイデンティティーは尊ばれる必要があり、そうすれば、あらゆる種類の植民地化は追い払われるでしょう。

 EFE(創立80年を迎えたスペインの通信社)に話をする前に、今回の訪問で私が心を打たれたことについてお話ししましょう。質問された方の国について感動したのは、宗教間対話、宗教的な一致のための懐の大きさです。宗教の間の違いは消すべきものではなく、私たちが皆、兄弟だということが強調されるべきなのです。皆が話す必要があります。これはあなた方の国の成熟のしるしです。昨日、首相とお話をして、あなた方がいかにこの現実の中で働き、ともに暮らすために必要なものとしてそれを生かしているか、驚き続けました。

 異文化間委員会があります… 昨日、司教館に入って、まず目に入ったのは-内緒の話ですが-美しい花束でした。誰が贈ったのでしょうか?イスラムの大導師だったのです。私たちは兄弟、人間の同胞は土台であり、全ての信仰に敬意を払います。他宗教に敬意を払うことは重要です。そして、これが、宣教師の皆さんに「改宗を勧めないように」と求める理由です。改宗を勧めるのは政治やスポーツの世界では妥当なことですが、信仰については、そうではありません。

*改宗を強制してはならない-大事なのは聖霊の導きに従って、証しすること

 でも、教皇さま、あなたにとって「福音宣教」とは何ですか?ー私が強く啓発されたアッシジの聖フランシスコの言葉があります。彼は、兄弟たちにいつも言っていました-「福音を持っていきなさい。必要なら、言葉も」と。これは、福音宣教をするということは、使徒言行録で私たちが読んでいること-証しすること、です。私たちはこう問いたくなるでしょうー「でも、なぜ、そのようにして生きるのですか?なぜそうするのですか?」。それで私は説明しますー「福音だからです」。信仰の宣言は、証しの前に来ます。まず、キリスト教徒のように生きること。彼らがあなたに尋ねたら、話をしなさい。証しは第一歩であり、福音宣教の主役は、宣教師ではなく、キリスト教徒と宣教師が証しをするように導かれる聖霊なのです。次に来るか、来ないかの質問はこうですー「人生の証しで何が重要なのですか?」。証しは第一歩です。改宗を勧めるのを避けることが重要です。改宗を勧める色々な働きかけをするのは、キリスト教徒ではありません。

 そういう人は、改宗者を求め、真に神を信仰する人を求めてはいません。この機会に、あなた方の他宗教との交わりの体験はとても素晴らしいことだ、と強調したいと思います。あなた方の首相はまた、私に「誰かが助けを求めたら、私たちは皆に同じ希望を与えます。私たちは兄弟だ、と思っていますから、感情を損なう人は誰もいません」と話されました。これが、この国を一つにまとめているのです。このことは、とても、とても重要です。各種の行事には、カトリック教徒だけでなく、他の宗派のキリスト教徒も、イスラム教徒も、ヒンズー教徒、それ以外の兄弟たちも参加していました。

 マダガスカルでもこうしたことを目の当たりにし、若者たちの平和を願う宗教間の集いでもそうでした。平和への熱意をもってどのように生きていくか、を語り合うことを希望する様々な宗教の若者たちが集まりました。平和、兄弟愛、多宗教の共存、改宗を勧めない-これらは、平和を育てるために、私たちが学ばねばならないことです。

 私が申し上げねばならないことがあります。私が感動したことが他にもあったのです-今回訪問した三つの国でそれを体験したのですが、ここではマダガスカルで体験したことを申し上げます。それは、町の通りにいた人々、彼らは誰にも指図されることなく、自分の意志でそこにいたのです。雨が降る中で行われたスタジアムでのミサで、雨に打たれながら踊る人たちがいました、とても喜びにあふれて… そして、夜を徹して… ミサには100万人を超す参加者ー私ではなく、公式統計によるとそうなっていますが、私はもう少し少ない、80万人だとおもいます。

 でも、人数が重要なのではありません。重要なのは人々。徹夜祭に出るために、暗くなる前から歩いて集まって、その場に寝ていましたーそれを見て、私は2013年にリオデジャネイロで行われた「世界青年の日」のことを連想しました。リオでは参加者たちが会場のそばの海岸で寝ていました-彼らは教皇と一緒にいたかったのです。このような人々の偉大さの前に、私は自分がとても小さく感じました。人々に共通したサインは何でしょう?それは「喜び」でした。

 貧しい人々がいました、会場にいるためにその日の午後、何も食べずにいる人々も。でも、皆喜びにあふれていました。その輪から外れる時、喜びを失います。それが最初のしるしの一つです。孤独な人の悲しみ、文化的なルーツを忘れた人の悲しみ。自分たちが”親兄弟”であることに気づくことは、アイデンティティーを持ち、善悪の判断力を持ち、現実を理愛する方法を手にすることであるのを知ること、そして、これが人々を一つにするのです。一部のエリート集団ではなく、”親兄弟”に属している、というしるしは、喜び、共通の喜びです。このことを強調したいと思います。この喜びゆえに、子供たちもそうします。なぜなら、親たちが喜びを彼らに伝えるからです。

*情報伝達の手段が変わっても、変わるべきでないのは「事実」への忠実さ

問:Cristina Cabrejas (from the Spanish Agency EFE which celebrates its 80th anniversary of foundation):まず初めに、教皇の今後のご予定ですが、スペインを訪問なさると言われています。実現を期待しています。それで、一つ目の質問です。 EFE通信社が創立80周年を迎えて、私たちはいろいろな方々、世界の指導者たちにこう質問していますー将来の情報伝達手段はどうなるとお考えですか?

教皇:占いの水晶の玉が必要ですね… スペインに訪問することになるでしょう。もし私がそれまで生きて入れば、です。でも、私が欧州域内と訪問する際に優先しようと考えているのは、まず小さな国々で、大きな国はそのあとです。将来、情報伝達手段がどのようなものになるか、私には分かりません。

 例えば、私が少年の時は、テレビはまだなく、ラジオ、新聞で情報を得ていました。法律で禁じられているものもあり、その当時の権力の座にある者によって迫害され、夜中にそうした新聞を売ったり、口頭で伝える、ということもありました。現代のものと比べれば、貴重な情報でした。そして現在の情報は、将来の情報に比べれば貴重になるかも知れません。情報伝達で変わらないのは、事実を伝え、物語と区別し、報告書と区別する能力です。

 過去から現在、そして未来に向けて、情報伝達を害するものの一つは、報告を受けることです。ドイツのアーヘン工科大学の言語学者、シモン・パガニーニが3年前に発表した優れた研究報告があります。その中に、筆者と執筆された原稿、そして読者の間の情報伝達の動きについて言及した箇所があるー情報伝達は常に「事実」から「報じられるもの」に移していく危険を冒し、情報伝達を壊してしまう、と。「事実」は重要であり、いつも事実に近づこうとします。

 教皇庁の中でさえも、私はそれを目にしていますが-ある「事実」があり、皆がそれを自分たちの持っているもので粉飾してします。悪意があるわけではないのですが、精力的に行われます。ですから、情報伝達の規律は常に「事実」に回帰します。私の解釈は、人々が私に言うことですが、「事実と、報じられたものを区別する」ことです。少し前に、私は 「Little Red Riding Hood(赤ずきんちゃん)」の物語を聞かされましたが、それは、一般に言われていることを基にしていました-赤ずきんちゃんと彼女のおばあさんが、オオカミを鍋に入れて、食べてしまいました、で話が終わる、というものです。この話は内容を変えられています。

 情報伝達の手段が何であれ、その保証となるのは、「事実」への忠実さです。こう言います-使われますか?ええ、情報伝達で使われても構いませんが、常に、…と言われた事が客観的な事実であるかを確かめるように心がけることです。それが、情報伝達で守るべきことの一つ。

 二つ目は、情報伝達は人間的である必要がある、ということ。「人間的」というのは、建設的で、他の人々の役に立つ、という意味です。メッセージは戦争の手段として使うことができません。それは非人間的行為、破壊、だからです。少し前に、私はエンリケ・ルエダ神父に、「Drops of arsenic on the tongue」(舌の上にのったヒ素の粒)」というタイトルの雑誌で見つけたある記事を渡しました。情報伝達は破壊的ではなく、建設的な立場でされる必要があります。

 情報伝達はいつ、破壊的になるのでしょう?いつ、非人間的な計画を擁護するのでしょう?前世紀の独裁者たちのプロバガンダを考えてみてください。彼らは、どうやったら情報伝達がうまくやれるかを知っている独裁者でしたが、(注:それを悪用して)戦争、分裂、破壊を煽り立てたのです。私はこの問題に精通していないので、技術的にどう申し上げたらいいのか分かりませんが、私がしたいのは、どのような情報伝達の手段も常に、一貫した者であり続けねがならない、という価値観を力説することです。

*海洋破壊、森林破壊、生物多様性の破壊-「環境の搾取」を食い止める一層の努力

問:Cristina Cabrejas (二つ目の質問):今回の歴訪についてですが、主眼の一つは環境、大規模な伐採と火災で喪失の恐れがある森林の保護を訴えることでした。今、その問題がアマゾン地域で起きています。この地域の国々の政府が「地球の肺」を守るために十分な対応をしている、とお思いになりますか?

教皇:アフリカに関しては、別の訪問の機会に環境保護について申し上げています。「アフリカは搾取できる」という”集団的無意識”の意識が存在します。「ヨーロッパは搾取できる」とは誰も、決して思わないでしょうに。私たちは、そのような集団的無意識から人間性を解放せねばなりません。搾取が一番ひどい分野は、環境です。大規模な森林伐採、生物多様性の破壊によってひどい”搾取”がされているのです。

 2か月前、私は港湾駐在司祭たちと会い、謁見で、今私たちが乗っているこの飛行機よりも小さい船で魚を獲っている7人の若い漁師と会いました。彼らは、近代的な機械装置を使った漁をしていましたが、私にこう話しましたー「何か月かの間に、6トンのプラスチック廃材を引き揚げました」と。バチカンではプラスチックの使用は禁止し、努力しています。海洋だけに大きな影響が出ているのが現実です。今月の私の祈りの意向は「海洋の保全」です。海洋は私たちが呼吸する酸素を供給しています。

 そして、「偉大な肺」、中央アフリカ、全アマゾン地域、そしてそれよりも小さないくつかの地域があります。私たちは、環境、生物多様性を守る必要があります。それは私たちの命です。私たちの命の、酸素を守ることです。そうした取り組みを前進させているのが若者たちであることが、私の慰めです。彼らは素晴らしい善悪の判断力を持ち、「未来は私たちのものだ」と言います。私たちの手ではなく、あなた方の手で、あなた方の望むことをしてください!気候変動抑制のパリ協定は、前進のための好ましい一歩、そしてさらなる歩みが求められています… 認識を高める会合がいくつも開かれています。

  しかし、昨年の夏、氷が何も無いかのような北極を航行する船の写真を見て、私は苦痛を感じました。少し前に、私たち皆がもう存在しないグリーンランドの氷河の葬送を象徴するような写真を目にしています。これらすべてが、短期間に起きているのです。小さい現象から「始まり」を認識するようにしなければなりません。国の指導者たちは全ての対策をとっていますが?ある人は多くの、ある人はわずかの対策… 環境の搾取の根本にあるのはどれなのか、言わねばならないことがある、というのは事実です。

 イタリアの日刊紙 Messaggeroにジャーナリストのフランカ・ジャンソルダーティが載せた記事に、私は心を動かされました。婉曲的な表現を使わずに、「破壊的で、飽くことを知らない行為が、アフリカだけでなく私たちの都市で、私たちの文明社会でなされている」と訴えていました。そして、恐ろしい言葉は、腐敗です-「私はこれをする必要がある、それをするために森林の木々を切り倒す必要がある、そして私には政府や州の許可が必要だ…」。「開発許可を得るために、許認可権を持っている人の所に行きます」-スペインの経営者が私に言った事を文字通りに繰り返しているのですが-「そして、私たちが事業計画を認可してもらおうとすると、相手が恥じらいもなく聞くのは『その事業から、私にはいくら入るのですか?』です」。

  このようなことは、アフリカで、ラテン・アメリカで、そしてヨーロッパでも起きています。そして何よりも、自分個人の利得、価値、気質ゆえに、社会的あるいは政治的に責任ある地位に就く時、人々は搾取されるのです。アフリカは搾取できる… しかし、私たちは、私たちの社会で搾取されている多くの労働者たちのことを考えます。

 ヨーロッパで、労働者を集め、低賃金で働かせて、もうけを得ている人々がいます。それはアフリカ人が”発明”した手法ではありません。本来受け取るべき額の3分の1の賃金しか受け取れないメイドさんは、アフリカ人によって”発明”されたのではありません。私たちの町の繁華街で、騙されて売春をさせられ、搾取されている女性たちは、アフリカ人によって”発明”されたのではありません。ここにもまた、搾取の一つの形があります。環境だけではなく、人間そのものの搾取もです。そして、腐敗。心の中に腐敗が起きたら、準備ができたということ、何でも可能になってしまうのです。

 

*建設的な教皇批判は謙虚に聴くが、分裂はキリスト教徒のとるべき道ではない

問:Jason Drew Horowitz (The New York Times, United States):マプトに向かう飛行中に、米国の教会の一部による攻撃にさらされていることをお認めになりました。実際に、何人かの司教、枢機卿たちから強い批判が出ています。極めて批判的なカトリックのテレビ、ウエブサイトがあります。そして、あなたに近い人々の中にも、あなたに対する企みについて話す人がいます。そうした批判が、あなたの教皇職について理解していないものがあるのでしょうか?あなたへの批判から学ぶものがありますか?米国の教会の中の分裂を恐れておられますか?そうだとしたら、そのようなことが現実のものとならないように、何かできること-対話-はありませんか?

教皇:まず第一に、批判は常に助けになります。批判を受けたら、ただちに、こう言って、自己批判をする必要があります-「この批判は本当か、そうでないのか?」「どの点で?」。そして私はいつも、批判から利益を受けています。時には私を怒らせますが… いくつも利点があります。マプトに向かう途中で、あなた方の1人がフランス語の本をくださいましたー「米国人はどのように教皇を変えたいと思っているのか」について書かれていました。私はこの本のことを知っていましたが、読んでいませんでした。批判は米国人からだけ来るのではなく、どこからも、教皇庁内部からさえも来るのです。

 少なくとも、そういうことを言う人には、語ることの正直さという美点があります。私は、机の下に置かれたれた批判が好きではありません-彼らは私に笑顔を見せながら、歯をむき出しにし、背中を刺すのです。これはフェアではない。批判は建設のための部材の一つであり、批判が不正なら、反応を受けるために準備をし、話し合いに入り、正しい結論に達します。このような批判は、フェアでも人間的でもない。真の批判には力がある。ヒ素の錠剤のような批判、代わりに、私がルエダ神父に渡した記事について話している事柄についての批判、それは石を投げておいて、投げた手を隠すようなものです… 利益をもたらさないし、助けにもならない。助けるのは、批判に対する反論を聞こうとしない小さな集団です。これに対して、公正な批判-私はこう考えるのですが-反論に対してオープンです。これは建設的です。

 教皇のケースに関して、私は、教皇のこの側面を好みません-私は彼を批判し、彼について語ります。記事を書いて、反論するように求めます。これはフェアな行為です。反論を聞こうとせず、話し合いをしようとせずに批判するのは、実際に、教会の好ましい特質を持っていない、ということです。教皇を変え、あるいは分裂を起こすために、固定的な観念を追求しているのです。はっきりしているのは、フェアな批判は常に、よく受け止められる、少なくとも私によって受け止められる、ということです。

 第二に、分裂の問題です。教会内部には多くの異なった意見があります。第一バチカン公会議(1869年12月から1870年10月まで行われたカトリック教会の20回目の公会議)で起こったこと。例えば最後の投票-教皇の不可謬権の是非に関する投票-で、大勢のグループが反対して離反し、教会の伝統に”真に”従う「復古カトリック教会」を作りました。異なった道を歩み、現在では女性を司祭に叙階しています。彼らが硬直化した時点で、東方教会の後を追い、この公会議は過ちを犯した、と考えました。また、別のグループは、とても、ひっそりと離反しましたが、是非についての投票をしようとしませんでした。

 第二バチカン公会議に、この問題は引き継がれました。そして、おそらく最もよく知られた公会議後の分裂は、ルフェーブル大司教によるものでしょう。カトリック教会の中には、常に分裂の選択肢が存在します。常にです。だが、それは主が人間の自由として与えられたものなのです。私は、分裂を恐れません。分裂が起きないように祈ります。それは、危機にさらされているのが、人々の霊的な健康だからです。対話がされるように、過ちがあったら、修正されるようにしましょう。分裂の道はキリスト教徒のものではありません。

 キリスト教会の始まりについて考えてみましょう。多くの意見対立が存在する中で、どのようにして教会が始まったのか。一つ、また一つ…。アリウス派、グノーシス派、単性論派…と。ある逸話が思い浮かびます-詳しくお話ししましょう。教会を分裂から救ったのは、神の民でした。分離主義者たちは、人々から、神の民の信仰から、自分たちを離れさせる、ということで、いつも共通しています。

 (注:西暦431年に開かれた)エフェゾス公会議で、マリアが神の母であるか否かについて議論があった時、人々は、司教たちが公会議に参加している間、大聖堂の入り口で待っていました。彼らは棍棒を持って、そこにいたのです。彼らは、「神の母!神の母!」と叫び声を上げる時に、司教たちが自分たちを見るようにしました-もし、そうしなかったら、どうなるか分かっているだろう…と。神の民たちは常に正しく、助けになります。

 分裂はいつも、教義からかけ離れたイデオロギーから起きる「エリートたちの分離」なのです。それはイデオロギーであり、おそらく正しいのでしょうが、教義と戦い、分離させる… ですから、私は、分裂が起きないように祈ります。でも、分裂を恐れません。これは、第二バチカン公会議の結果の一つであり、公会議や時の教皇がその理由ではありません。例えば、私が申し上げる社会的な事柄は、ヨハネ・パウロ二世が言われたことと同じです。同じことなのです!私は彼をまねているのです。

 しかし、彼らは言います。「教皇は共産主義者だ」と… イデオロギーが教義に入り込み、教義がイデオロギーに潜り込んだ場合、分裂が起きる可能性があります。神の民の道徳に関する不毛な議論を優先させるイデオロギーが存在します。司牧に当たる人々は恩寵と罪の間にある羊の群れを導かねばなりません。これが福音宣教の道徳観だからです。

 これに対して、(注:原罪否定人間公正になる能力主張する)ペラギウス主義のイデオロギーのようなものを基礎に置く道徳観は、皆の考えを硬直化させます。そして現在、教会の中に数多くの硬直化した学校がありますー分裂ではなく、悪い結果に終わるであろう偽の分裂をもたらすキリスト教徒の動きです。硬直的なキリスト教徒、司教、司祭を見かける時、その背後に問題が存在します。それは、福音的な神聖さではありません。ですから、そのような攻撃に誘われる人々にやさしく対応する必要があります。彼らは辛い時を過ごしています。私たちは彼らにやさしく寄り添わねばなりません。

 

問:Aura Vistas Miguel (Radio Renascença, Portugal):私たちは、教皇が選挙戦が行われている国を訪問するのを好まれないことを知っていますが、モザンビークを訪問されました。投票日を一か月後に控えています。あなたを招待した大統領は、その選挙の候補者です。どうしてでしょうか?

教皇:それは誤りではありませんでした。自由な判断によるものです。なぜなら、始まった選挙戦は、和平プロセスを激励する観点からは二次的なものでしたから。重要なことは、和平プロセスを強固にするのを助けることでした。それは、まだ始まっていない選挙よりも重要なこです。二つの事柄を秤にかけて、和平プロセスが強固にされる必要がある、という結論に達したのです。さらに、私はまた、大統領と政治的に対立している二人とも会いました。今、何が重要なのかを強調するためで、大統領のために支持者を結集するのではなく、この国の一致を強調するのが狙いでした。あなたが言われていることは事実ですが、私たちは、選挙戦から少し離れて判断しなければならないのです。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)…転載される場合は、ご連絡ください。

2019年9月11日

・”中国建国70周年”前に、教会に愛国歌や踊りを強制(BW)

 中華人民共和国建国70周年を祝うため、教会内で愛国主義的な歌や踊りの公演が行われている。この活動は信者にとっては、信仰の崩壊を意味する。

 10月1日の中華人民共和国の建国70周年(国慶節)を迎えるにあたり、約2ヶ月前、南昌  の全ての国営教会に、現地の当局から合唱コンクールの開催を命じる通知が届いた。

各地域の合唱チームがコンクールを開催する前に教会の前で国旗掲揚式を行っている。各地域の合唱チームがコンクールを開催する前に教会の前で国旗掲揚式を行っている。

 コンクールへの参加を強要された教会のスタッフの一人は「信者たちは当初讃美歌を数曲選択しましたが、数日間練習した後に市の職員から「讃美歌は受け入れられない」と言われ、愛国的な曲に強制的に差し替えられました」と言った。「共産党を称賛する曲を強制され歌わなければならず、神を称賛する曲は禁止を歌ってはいけないのです。これは迫害ではないでしょうか?」スタッフの怒りは未だに収まっていない。

 8月17日、中国南東部、江西  の省都の南昌市にある恩典堂には大勢の人々が詰めかけていた。活気ある合唱コンクールが終了したばかりであり、参加した12チームの得点がスクリーンに表示された。その後、牧師が優勝した合唱団に賞を手渡した。

恩典堂で行われた合唱コンクールの得点が発表される。
恩典堂で行われた合唱コンクールの得点が発表される。

*共産党を称賛するための歌、詩、絵画

 中国共産党 の命令の下、同様の活動が中国全域で行われている。Bitter Winterは中国南東部、福建省の 県級市 である福州市と泉州市が発行した文書を入手した。この文書には、70周年を前に「党を称賛し、母国に感謝する」一連の活動を実施するよう記されていた。これらの活動には、愛国的な歌やエッセイのコンクール、絵画、書、写真の展示会等が含まれる。

福州市の当局が採択した文書『新たな中国の建国70周年を祝うための作詩教室セミナー開催に関する通知』。(内部筋が提供)福州市の当局が採択した文書『新たな中国の建国70周年を祝うための作詩教室セミナー開催に関する通知』。(内部筋が提供)

 中国北部、河北省保定市の複数の三自教会は、愛国歌の『我的祖国』、『我的中国心』、『大中国』のダンスのリハーサル、詩の朗読、そして、その他の公演を義務づけられていた。全てのプログラムの内容は、宗教事務局の確認と承認を受けなければならない。

 「詩の朗読で、私たちは『主のお導きが今の中国を作り上げた』と書いていました。宗教事務局が3回に渡って確認しましたが、一度も承認してもらえませんでした」とある信者は話した。

泉州市の基督教両会が企画した中華人民共和国建国70周年を祝う一連の活動の報告。
泉州市の基督教両会が企画した中華人民共和国建国70周年を祝う一連の活動の報告。
聖歌隊が歌うことを命じられた紅歌の一つの『走向復興』の得点。
聖歌隊が歌うことを命じられた紅歌の一つの『走向復興』の得点。

*困難に直面するキリスト教徒

 宗教弾圧により国が承認した三自教会さえも閉鎖に追い込まれる状況で、政府の命令に背くことは教会を危険に晒すことになる。そのため、信者たちは紅歌や踊りを披露しなければならない。

 中国東部、山東省淄博市にある三自教会のスタッフは「『共産党がなければ、新しい中国はない』なんて絶対に歌うことはできませんし、毛沢東 を称賛する曲も歌えません。私たちの信仰と矛盾するためです」と話した。また「大勢の信者は納得していません。当初、私たちは形だけ行うつもりでしたが、宗教局はとても重視しており、私たちが歌う模様を録画し、テレビで再生しています。プロパガンダのために使用し、政治的利益を得るために活用しているのです」とこのスタッフは述べた。

 中国中央部、河南省三門峡市在住のキリスト教徒は紅歌コンクールへの参加を義務づけられていた。この信者は、教会の信者たちがコンクールへの参加に同意した唯一の理由は、集会を継続する機会を守ることであったと説明した。さらに「私たちを監督するために派遣された政府の職員は、参加を拒否する行為は共産党を支持しないことを意味するため、教会を閉鎖する可能性があると言いました。そのうえ、政府の職員は、私たちが歌う模様を写真と動画に収めていきました」と信者は続けた。

教会の入り口に貼られた『歌頌祖国、円夢中華』のプロパガンダ用のポスター。(内部筋が提供)教会の入り口に貼られた『歌頌祖国、円夢中華』のプロパガンダ用のポスター。(内部筋が提供)

 福建省南平市にある教会の聖歌隊は、日曜日に紅歌を歌うことが義務づけられている。聖歌隊に参加する信者の一人は「誰も乗り気ではありませんが、面と向かって言うことはできません。日曜日は主を称える日です。合唱に反対すると、主な取り締まりの対象に指定されてしまい、生活がは困難になることがあります」と力なく語った。

遼寧省の教会に貼られた『歌頌祖国、円夢中華』の曲目リスト。遼寧省の教会に貼られた『歌頌祖国、円夢中華』の曲目リスト。
動画2: 遼寧省の三自教会が紅歌コンクールを開始した。

 紅歌を歌うかどうか、そして、どのように歌うかは、信者にとって試練となった。事実、新宗教事務条例 が施行されて以来、十字架の撤去、中国の国旗の掲揚、プロパガンダの教会への設置等のあらゆる「中国化」の活動は信者たちを苦しめてきた。

*「神を愛する者は全員愛国主義者だ!」

 一部の政府の訓練を受けた三自教会の聖職者たちは、愛国的な公演のリハーサルを積極的に歓迎しており、また、中国の教会を愛国化する政府の取り組みを全般的に支持している。

 中国北東部、遼寧省の港湾市の大連市にある三自教会では、集会中に牧師が「預言者は全員 愛国主義 者でした。同胞と民を愛していました」と述べた。同様の「聖書の具体的な証拠」を引用した後、この牧師は「愛国主義が聖書に浸透していることは明らかです。神を愛する者は全員愛国主義者なのです!」と加えた。

 中国では「中国化」できないものは存在しないようだ。一部のキリスト教徒はこの現象を「ぬるま湯でカエルを茹でる」と分かりやすく表現していた — 手遅れになるまで人々は邪悪な行為に気づこうとしない。つまり、生ぬるい水につかり、徐々に茹で上げられるカエルのようなものである。信者たちは、政府の活動が活性化し、キリスト教信仰は中国で絶滅しつつあるものの、できることはあまりないと感じている。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

2019年9月8日

・「香港の反対運動は若者教育の失敗」として中国本土で教員研修義務付けの動きも(BW)

 香港で続く大規模な市民運動は、香港行政府長官を逃亡犯条例改正法案の撤回に追い込んだが、中国政府・共産党の指導者たちは、こうした運動を始めとる「急進主義」の主たる原因が「愛国心の欠如」と「共産主義思想に触れる経験の不足」であり、「不服従」は、若者の教育の「失敗」が原因だと考えている。そして、中国本土の学校教育が愛国教育の「成功例」である、として、香港で教員になるための教育を受けている学生全員に中国本土での研修を義務付けようとしている。

8月22日、1,000人を超える香港の中学生がストライキに加わった(写真:VOA/Iris Tong)。8月22日、1,000人を超える香港の中学生がストライキに加わった(写真:VOA/Iris Tong)

 「香港では、どんどん過激になる若者がいます。その根底は学校にあります。一番の問題は教育、特に 愛国心 教育の欠如です」。中国人民政治協商会議常任委員会会員を務めるマーガレット陳馮富珍(チャン・フン・フーチュン)氏は、8月28日に同僚に向けた演説で語った。

 「愛国者であり、かつ香港を愛していることが教員に不可欠な採用基準です」。陳氏は言い、提案を付け加えた。「香港を愛する愛国者の『新鮮な血』をもっと多く育成しましょう。教員育成プログラムに入学する学生から始めることです」。 陳氏の考え方は例外ではない。

 先日、Bitter Winterは、中国本土の師範大学(教員を養成する高等教育学校)の教員と学生に話を聞いた。愛国教育とは何か、それはどのように行われているのかについて理解を深めるためだ。

*教え方を学ぶよりも重要なのは政治-「習近平の学習」

 昨年3月、中国北部、山西 にあるいくつかの学校の教員は、政府が指示する一種の自己試験「自己調査および自己是正」の実施を義務付けた。教員に「政治的指針を強化し、習近平 主席の演説の精神を学び、真摯に自己の問題を精査する」ことを要求するものである。

 山西省東部の陽泉 のある教員は、自己試験の一環として全教員がグループでの議論に参加し、舞台に上がって人前で自己評価を発表しなければならないことを明かした。参加者は全員、5,000字のノートを取る必要もある。

 学校によっては、習近平主席の演説を書き写し、その体験から何を得たかを記すよう教員に求めたりもしていた。「人々が 毛沢東 の言葉を書き写していた 文化大革命 時代に戻ったような感じです」教師は不平を言った。「1冊複写を終える前に、次の本が配布されます。時間がないのにあまりにも量が多いときは、深夜の2時、3時までかかるときもあります。次の日の授業では、疲れ切っています」。

 「社会は前進したのか、後退したのか、何とも言えません」。山西省最南端の運城市の学校責任者は皮肉を込めて言った。「もう21世紀ですよ。それなのに私たちはまだ『自己調査および自己是正』をやらなければならないんです。堅苦しくて息が詰まりそうです」。

 中国中央部、河南省の教員たちによると、彼らの学校では、当局が「事例にもとづいた改心」と呼ばれる別種の「自己調査および自己是正」を使っているという。

 「それには、規制違反の事例の詳しい分析が含まれています。同様の問題が再び発生するのを回避するためです」と、ある教員が説明した。「同時に、教員は集団学習とグループの議論にも関わらなければなりません。また、自己批判を書き、学んだことを復習しますが、その際に実例を引用する必要があります。学習内容にはさまざまな政策と規制に加え、政治的志向の問題もあります。たとえ党員ではなくても、党の規則を学ばなければならないのです」。

福州市の幼稚園の教員が、思想及び政治理論の教員のためのシンポジウムで行われた習近平主席の演説を学んでいる。福州市の幼稚園教員、思想及び政治理論のシンポジウムで習近平主席の演説を学ぶ

 教員は、年初以来、政治に結び付いた業務を学校から山ほど課されていることを付け加えた。「数十年教員を務めてきましたが、今年は最悪です」と彼女は言った。「学校の任務は教えることです。政府機関がそのような活動をするのは構わないのですが、なぜ 中国共産党 は教員と生徒にまで参加を強要するのでしょうか。生徒の教育が遅れてしまいます。これでは本末転倒ではありませんか」。

*宗教は「共産主義思想と相容れない」-抵抗すると奨学金没収

 話を聞いた教員と学生の全員が、宗教は共産主義思想と相容れないものとみなされており、中国の教育分野の中でも禁止領域になっていると述べた。信仰をもつ若者が師範大学に入るのは極めて難しい。大学は、中国共産党による宗教禁止キャンペーンの一番の標的になりつつあるからだ。

 教育を専攻しているある大学生はキリスト教徒だ。優秀な成績を収めているにもかかわらず、学校の責任者に何度も質疑に呼び出されて苦しんでいる。

 「学校の党書記いわく、国は社会主義者の継承者を育成しているので、信者の私には教員になる資格がない、と」。この若い女性は学校当局との会合を思い返した。「私の信仰を理由に、書記と学部長にたて続けに6、7回、自己批判を書かされました。教員資格コンペへの参加は許されませんでした」。

 この学生はさらにクラスや学生組織における役職もすべて解かれた。学期初めに受けた国の奨学金も没収された。

 別の学生がBitter Winterに話したところによると、昨年、中央の宗教視察団が河南省西部のある師範学院を訪問した際、団員は音声レコーダーを持って校内を歩き回り、抜き打ちで学生たちに民族宗教法に関する情報冊子の内容を挙げるように言ったという。回答が低水準と判断された学生は処罰された。

 将来の教員を育てる大学内であらゆる信仰の行為を弾圧することで、政府は今後の子どもたちの教育に信仰を持つ人が絶対に入り込まないようにしているのだろう、と学生は言った。

*習近平思想だけでなく、共産党の理論と思想の学習も強制

 ほぼ全員の大学生が「中国では教育と政治がますます絡み合うようになっている」と述べた。学校が教員に対し、習近平主席の演説や中国共産党第十九回全国代表大会での話、主席が主導する数々の取り組みだけでなく、共産党の理論と思想についても学ぶよう求めているからだ。

江西師範大学の教員たちが「習近平の思想」を学んでいる。江西師範大学の教員たちも「習近平の思想」を学ぶ

 山西省のある師範大学の学生によると、学校から1週間にひとつ、習近平主席の演説をオンラインで読む夜間自習クラスを取るよう命じられたという。政府の新たな政策についても、WeChatの公開アカウント「山西青年」で学習する。河南省でも「河南成年学習」といった同様のオンライングループが設置されており、「習近平の思想」は学生の必修である。

 「この勉強をしなければ、将来外国に行ったり、奨学金や学位を得たりするときに支障が出ます。本当はやりたくないのですが」。河南省のある学生は不満を漏らした。

 マーガレット陳氏の演説の日、中国共産党の機関紙『人民日報』の一面に香港の教育体制の問題にどう立ち向かうかを述べた記事が掲載された。

 私は「一般的な知識を身に付けるクラスと国の教育の誤りを修正し、不備を補う」ことが、「政治を裏から操る『黒い手』が大学に近づくのを防ぐ」ためには欠かせないと確信している。

 しかし、その大学に近づこうとしている黒い手は、いったい誰の手なのか。話を聞いた学生の1人は「香港の学生が中国本土へ研修に行き始めれば、香港では若い人全員が、すぐさま目を覚ますだろう」と皮肉を言った。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

2019年9月5日

・中国は”超ハイテク監視社会”-一挙手一投足が見張られ「家庭集会」も困難に(BW)

 一挙手一投足を見張る顔認識などのハイテク機器のために、普通の人々が牢獄の中で生活しているような息苦しさを感じ始めている。

 新疆ウイグル自治区 の住民は、かなり以前から 中国共産党 の「デジタル圧政」の下で暮らしている。数えきれないほどの監視カメラがやることなすことのすべてをとらえており、礼拝所だけでなく自宅に入るにも顔やIDをスキャンしなければならない。このような過酷な方策のために、人々の暮らしは恐ろしい悪夢に変わり果てた。

 新疆方式の監視体制が、今では漢族も対象にして急速に中国各地に広まっており、国全体が巨大な牢獄になる日も近そうだ。

住宅団地の入口に設置された顔認識の機器。住宅団地の入口に設置された顔認識の機器。

 2019年6月、中国南東部、江西 のある地域の 公安局 で、管轄下の住宅団地に195台の監視カメラが設置された。IDカードスキャナや顔認識システムをはじめとするハイテク監視機器も入口に取り付けられた。システムには全住民の個人情報が入力され、団地に出入りするすべての人が登録済みとなった。

 この団地の物件管理作業員によると、顔とIDカードをスキャンしなければ入場できないという。眼鏡やマスクをかけた状態で顔をスキャンすると、入口で拒否され、「あなたの顔はねつ造です」、「人間ではありません」といった機械音が流れる。ID情報と顔認識が適合しなければ、機器はそのデータを警察に送信する。国が「ブラックリストに登録した」人物が顔やIDカードをスキャンすると、自動的に公安局に通知され、警察が来て逮捕する。

 作業員は、一度スキャンすると「顔の図像とID情報がシステムに残り、人々がどこへ行こうと監視が続けられる」ことを強調した。

 「住民の安全に役立つ優れたシステムです」と作業員はどこか得意げに言った。しかし、地元の住民はその考え方に同意しない。

 団地のある住民は不満を漏らした。「もてなしの料理の手を離せないのに、客が到着したら階下まで降りて迎えに行かなければならないんです。とてもわずらわしいです」。

 「毎日、自宅を出入りするたびに見張られています。いつも、誰かに見られている気がして息苦しいです」と、団地に住む女性は言った。

 顔をスキャンする必要があるのは住民だけではなく、訪問客も同じ手順を踏まねばならない。システムが客の情報を訪問先の住民と結びつけるのだ。

江西省の住宅団地内にある監視室。江西省の住宅団地内にある監視室。

 住宅団地への入場を拒まれたある訪問者は文句を言った。「友人や親族を訪ねるときでも顔をスキャンしなければなりません。そして、個人情報は監視されています。深刻な 人権 侵害でしょう。このようなハイテク顔認識システムを設置することで、中国共産党は私たちの首に縄をかけ、動物を扱うように操ろうとしているのです。実に邪悪でばかげています」。

 昨年以降、中国各地の住宅コミュニティで類似の顔面スキャン機器が設置されている。中国本土のメディアの報道によれば、7月19日以降、北京公営住宅センターが管理する13の公営賃貸住宅の住民全員が帰宅の際に顔をスキャンする必要があるという。69,000人を超える賃借人と64,000人あまりの同居人の情報が顔認識システムのデータベースに登録されている。

 官製のメディアは、この顔認識システムの第一の目的は「又貸し防止」であり、住民の安全を守るためのものだと主張している。しかし、批判者は、中国共産党が人権を侵害し、完全監視体制を実施している事実のさらなる証拠に他ならないとして異議を唱えている。

 計画では、さらに多くの人々の情報をデータベースに追加し、10月末までに北京公営住宅センターが管理する59の公営住宅で顔認識システムが全稼働している予定だ。

 大規模監視は、反体制派、宗教団体メンバーなど政府のブラックリストに登録されている人々に特に弊害をもたらす。当局が彼らの個人情報を取得すれば、迫害や逮捕が容易になる可能性があるからだ。

 家庭教会 の多くが賃貸住宅やキリスト教徒の自宅を礼拝所にしているが、ハイテク監視の下、信者らが集まるのはさらに困難かつ危険になりつつある。

 「集まりに出たり、仲間の信者を訪ねたりするために居住区に入ろうとすると、『誰を訪ねてきたのか、いつまで滞在するのか、何をするのか』としょっちゅう聞かれます。警備員はこういった訪問記録を全部持っていて、私たちの誰かが逮捕されれば、誰がその人を訪ねたか、一緒に集まったかが、すぐに分かるようになっています」と、ある家庭教会のキリスト教徒は言った。そして次第に厳しくなる監視に「息が詰まりそうだ」と訴えた。

2019年9月3日

・外国系教会に対する中国政府・共産党の新たな弾圧・排除計画が明らかに(BW)

 BitterWinterはこのほど中国政府の機密文書を入手、同文書から、韓国及び米国の教会をはじめとする30を超える教会を弾圧し、排除する中国共産党の計画が明らかになった。

中国共産党中央委員会の統戦部。(写真:インターネットより)中国共産党中央委員会の統戦部。(写真:インターネットより)

 今年、中国共産党の中央統一戦線工作部 と 中国国務院の公安部 が『外国のキリスト教浸透に抵抗する作業データベース』を共同で採択して以降、中国全土の政府は中国で活動する海外の宗教団体の取り締まりを強化してきた。

 Bitter Winterが入手した中央政府の文書には、標的とする教会の一覧と、弾圧の実施を必要とする新たな地域が掲載されている。中国共産党 は宗教弾圧に関連する情報漏えい調査を行っており、ここでは、情報筋の安全を守るために文書の画像を公開することはできない。

 文書の記載によれば、宗教団体に対する規制は「宗教を利用して中国に侵入」する海外勢力の阻止を求める 習近平 主席の一連の指示に基づいて行われている。文書は習主席の発言を引用し、「決して海外の宗教勢力を我が国に根づかせてはならない。決して宗教分野での反共産党及び反政府勢力の形成を許してはならない」と指示している。

 統一戦線工作部と公安部には 中央領導小組 を設立し、国全域の特別作戦を監督する役目が与えられている。

 また文書は、弾圧の主な標的として、中国で精力的に活動している9つのキリスト教団体を挙げている 。その団体は、 耶蘇青年会、学園伝道会(2011年まではキャンパス・クルセード・フォー・クライストと呼ばれていた)、福音ルーテル教会、博愛教会、韓国の聖楽教会(聖なる音楽の教会)、愛の教会(사랑 교회)、世新会、カナン教会 (가나안 교회)、愛唯爾教会で、これらと別に24の韓国系の宗教団体も標的のリストに含まれているが、文書のコピーには明記されていない。

 昨年の早い段階から、中国共産党による海外勢力の侵入に対抗する特別な作戦の一環として、韓国系のキリスト教団体に対する厳しい取り締まりが行われてきた。今年の運動は、閉鎖した教会の再開を阻止することに焦点を絞っており、「再開している教会を調査し、見つけ次第処罰を与え、活動の再開を断固阻止すること」と文書に記されている。

 この特別な作戦は「実態調査」と「取り締まり及び排除」の二段階に分けられている。

 第一段階では具体的な項目に応じて調査が行われる — 背景、組織の状況、信者数、中国国内の支部数及び活動場所の数、連絡先、中国国内での活動の範囲と規模、影響を受けている中国のキリスト教団体、集会所、信者数に関する情報、インターネット上の布教活動、資金に関する情報、「違法」な活動、24の韓国系の団体が中国で活動を再開したかどうかに関する情報。

 取り締まり及び排除の段階は、二回に分けて行われる。4月と5月に行われた一回目では、省級の管理部門に対し、特定の宗教団体を弾圧する役割が与えられていた。例えば、首都北京、港湾都市の天津市と上海市、そして、遼寧省、江蘇省、広東省、雲南省、陝西省、四川省では、耶蘇青年会と学園伝道会の排除に焦点を絞って弾圧が行う必要があった。浙江省、湖北省、湖南省では、愛唯爾教会に、北京市と天津市、そして、吉林省、黒竜江省、浙江省、江西省、湖北省、広東省では新たに加えられた24の韓国系の教会に対して集中的な取り締まりを行うことが求められていた。

 6月中旬から8月末にかけて行われた二回目の取り締まりでは、広西チワン族自治区、貴州省、雲南省を含む複数の省の政府は福音ルーテル教会を、浙江省は博愛教会を、北京市、上海市、河北省、遼寧省、吉林省、福建省、河南省は聖楽教会を、浙江省、山東省、河南省、広東省は愛の教会を、吉林省、安徽省、重慶市、四川省、雲南省は世新会を、そして、福建省はカナン教会の弾圧と排除を義務づけられていた。

 取り締まり運動は、外国が関連する教会を排除することを徹底して目指しており、次の方法が用いられる。

  • 活動場所、協会、支部、神学校、宗教研修所等を閉鎖する。

  • 「侵入者」に一定の期間内に中国から強制的に出国させ、中国への再入国を禁止する手続きを法制化する。既に出国した者に対しては、再入国の阻止を徹底する。

  • 外国の教会に関連する出版物を押収し、出版物の出版、配布、または印刷に関与した団体や個人に処罰を与える(もしくは刑事責任を問う)。

  • 国外の教会に関係する中国人の信者を教育し、罰を与える。

  • 「隠れ蓑の会社」(宗教団体、または、信者が金銭的な支援を宗教団体に提供するために設立した会社)の許可を取り消し、銀行口座を処理する。

  • 国外から伝わった教会に関連するウェブサイトを閉鎖、または妨害する。

 また、この文書は守秘義務に重点を置いており「特別作戦に関する文書を政府のウェブサイトにアップロードすることを禁止する。WeChatのグループやその他の機密が保証されないチャンネルを介して作業を手配する行為は厳禁とする」と規定している。

2019年9月2日

・「地域社会における教会の現存」となる小教区が、教皇の願い(菊地東京大司教)

教皇フランシスコ 7

 残念なことに、今日に至るまでも教皇様の訪日に関する公式な発表はありません。最終的にはバチカンと日本という二つの国家の外交交渉ごとですので、司教団としてもただただ発表されるのを待つしかありません。公式発表がまだなので、詳しい日程や肝心のミサの参加について発表ができず、様々な憶測が飛んでいるようです。申し訳ありません。

 この数年の慣例を見る限り、だいたいどこの国の訪問でも三ヶ月ほど前にならないと、バチカンからの公式発表はありません。ちなみに三十八年前の来日の際の準備の大変さについては、当時広報を担当した水浦征男神父様の書かれた「教皇訪日物語」(聖母文庫)に詳しく、私もすでに何度も読み返しました。これを読まれると、現時点での状況を推し量ることが可能です。ぜひご一読を。いずれにしろ、公式発表がありましたら、即座に中央協議会のホームページなどで、そのほかの詳しいことは公表される予定ですので、今しばらくご辛抱ください。

 というわけで、教皇様を迎える準備のために、もう少し教皇フランシスコの言葉から学んでみましょう。

 信仰はいわば個人の内心の問題ですから、信じるのか信じないのか、何を信じるのか信じないのかは、それぞれの個々人がその内心において自己決断する事柄であって、決して外部からコントロールされて良いものではありません。その意味で、信仰は非常に個人的な性格を持っています。

 それでは何でも好き勝手に自分の好みで信じて良いのかというと、そういうわけでもありません。たとえばキリストを信じると公に宣言する者が、とんでもない異端説に取り込まれ主張するのであれば、教会は同じ信仰に生きるものとして、正しい道を示して導こうとします。それは、私たちの信仰は極めて共同体的な性格を持っているからです。

 そもそも聖書を通じて、旧約時代の神による民の選びもそうですし、新約時代にあってイエスが弟子たちの共同体を通じて福音を告げたこと、また弟子たちの共同体に聖霊が降臨することで教会が始まったことなどをみれば、私たちの信仰は共同体の存在を前提として成り立つ信仰であることがわかります。

 私たちの信仰は、極めて個人的であると同時に、極めて共同体的でもあります。

 信仰における共同体的性格を目に見える形で反映しているのが、私たちが通い祈りを捧げる教会、つまり小教区の存在です。

 教皇フランシスコは、『出向いていく教会』を強調しておられました。ヨハネパウロ二世の言葉を引いて、教皇フランシスコは使徒的勧告『福音の喜び』でこう指摘します。

「教会の刷新はすべて宣教を目的とすべきです。教会的な内向性というものに陥らないために」(27項)

 ただし教皇フランシスコは確かに教会の刷新を求めてはいるものの、しかしそれは、伝統的な小教区という共同体をぶちこわして、それぞれが自由に、そしてばらばらに活動すれば良いのだということを目指すのではないということを、教皇は『福音の喜び』で次のように指摘しています。

「小教区は時代後れの構造ではありません。非常に柔軟性があるからこそ、司牧者や共同体が持つ開放性や宣教における創造性が求める、多様な形態を受け止めることができます。・・・小教区は地域社会における教会の現存であり、御言葉に耳を傾ける場であり、キリスト者としての生活の成長の場であり、対話、宣教、愛徳、礼拝、祭儀の場なのです」(28項)

 教皇フランシスコが、これまでの伝統的な小教区のあり方から脱皮した教会の新たな姿を模索しようとしていることは確実です。しかしそれは小教区というシステムの否定ではなく、創造性と柔軟性を持って、新たな形での「地域社会における教会の現存」となる存在を生み出すことです。

 そこで、教皇ベネディクト十六世が、『神は愛』の中で示した、教会の本質的要素の指摘が重要です。教皇ベネディクト十六世は、こう指摘されていました。

「教会の本質はその三つの務めによって表されます。すなわち、神の言葉を告げ知らせることとあかし、秘跡を祝うこと、そして愛の奉仕を行うことです。これらの三つの務めは、それぞれが互いの前提となり、また互いに切り離すことができないものです」(神は愛25)

 福音宣教と、典礼と、愛の奉仕が絶妙に併存している共同体。教皇フランシスコはそれを「御言葉に耳を傾ける場であり、キリスト者としての生活の成長の場であり、対話、宣教、愛徳、礼拝、祭儀の場」と位置づけます。

 もちろん皆が同じことをできるはずはなく、皆が同じことをする必要もありません。それぞれの与えられた賜物に応じて、果たすことができる役割は異なっているでしょう。でも、例えば、一人で祈るときにも、共同体の一部として祈っていることを意識し、ミサに与るときも、共同体の一部として与っているのだという意識を持つことは大切だと思います。

 共同体を中心に据えているのはとりわけ典礼において顕著ですが、愛の奉仕にしても、自分の優しさの故ではなく、共同体の愛の奉仕の一部として行っているという意識が大切なのではないかと、私は思っています。

(2019年8月21日)

2019年8月26日

・中国がキリスト教の「中国化」強化ー聖職者に政治研修、信者に愛国主義の曲(BW)

(2019.8.18 BitterWinter 王安陽)

 中国共産党はキリスト教の「中国化」を強化しており、国営の三自教会(中国共産党主導で設けられた中国のプロテスタント各派の合同教会)の聖職者たちは政治的な再教育を強制的に受けさせられている。

 中国全域で当局が 三自教会 の聖職者向けの研修を実施している。聖職者を改心させ、忠実な 中国共産党 の公僕へと変え、共産主義の概念を信者の心に植えつけさせることで、信者の政治的な姿勢を強化することが目的だ。礼拝の場がプロパガンダの中心地に転用される中、脅しと威嚇に晒され、聖職者たちは中国からキリスト教の教えが消滅する事態を目の当たりにしている。

*「未改心」の聖職者は説教禁止

 7月中旬、中国北東部、遼寧 の政府は瀋陽神学院で三自教会の聖職者向けの研修を開始した。研修の講師陣には、省の宗教事務局の課長が含まれていた。

 研修に参加した牧師は「研修中、聖書には1度も言及されませんでした。講師は「中国化」のことばかり話していました。説教を実施する際は伝統的な中国の衣服を着用し、ヨーロッパ調やゴシック調の教会は全て破壊し、代わりに中国式の教会を建てるべきだと講師は話していました。説教の内容に関しては、政府が指示した内容に徹しなければなりません。説教を行う者は学習会に参加する必要があります。参加しない者は修了証を受け取ることができないため、演壇に上がって説教を実施することができなくなります」と明かした。

 さらに牧師は、政府の高官が中国共産党の政策と聖書のうち、影響力が強いのはどちらかと尋ねた際に聖書と答える者は、その場で説教の資格を取り消されると話した。

 6月には中国北部、山西省忻州 の政府が管轄内の14の県と市の著名な70人の聖職者に対し、中国共産党が運営する北京の中央社会主義学院で行われる研修への参加を手配した。

 参加者の1人によると、政府の職員は 新宗教事務条例 や 愛国心 等の話題に関する話に終始していたという。6人の講演者が 習近平 の業績、中国の歴史及び政治に関する内容の講義を行った。

 「参加は必須でした。参加を拒否する者は後で処罰をすると脅されました」と参加者は話した。また、この参加者は研修の全体的なトーンは過激であり、キリスト教を中傷し、参加者に共産主義のプロパガンダを吹き込んでいたと明かした。一部の講演者は、キリスト教は阿片戦争の結果として中国に強制的に持ち込まれたと主張した。(阿片戦争とは、19世紀半ばに二度起きた清王朝(1644年-1912年)と西洋諸国の間の軍事紛争であり、中国では欧州諸国による「薬物と砲艦」を用いて中国を破壊するための陰謀と見なされることが多い)尚、第二次阿片戦争後の条約の締結により、中国は開港を受け入れ、香港を英国に譲渡した。そして、中国が「百年国恥」と呼ぶ時代が始まった。

 中国全土の三自教会が、キリスト教の中国化を目指す当局からの脅しと嫌がらせに晒され続けている。中国東中央部、遼寧省では、警察署の署長が遼陽  の教会を訪れ、宗教に関する政策を推進した。「党を神、神同然と見なさなければならない」と署長は信者たちに呼び掛けていた。

 5月下旬、遼寧省の「キリスト教の中国化推進班」が「母国を祝福し、中国の夢を叶えよ」をテーマに掲げ、鞍山市内外の教会で講演会ツアーを実施した。このテーマは、2013年に立ち上げられた習近平主席による定義があやふやな国家の復活の要求に言及するものであった。

 キリスト教の中国化推進班が遼寧省の信者向けの会議を開催している。

*愛国主義で信者をふるいにかける

 10月1日に建国70周年を迎える記念行事の一環として、三自教会全体で 愛国主義 的な行事が行われている。

 7月10日、遼寧省の沈陽市遼中  にある三自教会で演奏会が行われた。その際、国旗が教会全体に吊るされ、キリスト教の絵画を遮っていた。また、愛国的な映像が大型のスクリーンに映し出された。

 中華人民共和国建国70周年記念行事が行われた際の遼中区の三自教会の内装は、政府の講堂を彷彿とさせるものであった。国旗が教会内のキリスト教の絵画を遮った。

 教会の信者は、この行事では合計で11曲の演奏が行われたと述べた。信者が最初に歌った曲は『共産党がなければ、新しい中国はない』であった。その他の曲の大半は、信者以外の者が演奏し、宗教とは関係のない曲であった。

*曲目リストは「共産主義」の歌で占められた。

 遼中区の 統戦部 の職員は、「共産主義」の曲を信者に歌わせる主な目的は、信者が本当に愛国者かどうかを確認するためだと話した。

 信者たちは政府が主催する演奏会に参加し、中国共産党を崇拝することを望まなかった。同地区のある教会の責任者が行事への参加を公然と拒否した際、現地の当局の職員は、政府に逆らう場合は教会を閉鎖すると責任者を脅した。ある信者は腰痛のため行事に参加することができなかったが、参加は必須であると告げられた。参加を拒否する者は、「政府に反抗」する者と見なされた。

 7月9日、中国南東部、江西省撫州市の中国基督教両会が建国70周年行事を資渓県の蒙恩堂で実施した。このプログラムには共産党に関する詩と礼拝が含まれていた。

 参加した信者は「会合で行われた公演の全てが党と愛国心を称賛するための詩でした。キリスト教の讃美歌は皆無でした。このような退廃的な詩を教会で聴くことになり、呆れてしまいました。これが神を信仰する行為なのでしょうか?共産党を崇拝しているのではないでしょうか?現在、全ての教会は共産党の支配下にあり、党の好きなように操られています」と非難した。

 8月上旬、南昌市の中国基督教両会が中華人民共和国建国70周年を祝うための愛国合唱コンクールを開催した。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

 

 

2019年8月23日

・どうなるカトリック香港教区長人事 – バチカンの決定が抗議活動の運命に重くのしかかる(BW)

湯漢(トンホン)枢機卿

湯漢(トンホン)枢機卿

 香港の抗議活動が現在も続いている。新たな天安門事件になるとも考えられている。人権 保護の活動家は、米国及びドナルド・トランプ大統領の姿勢が、抗議活動の運命を決定し、さらに 中国共産党 内の 習近平 主席に対する敵対勢力を作り出す、または、勢いを与える可能性があると推測している。

 しかし、香港の一部の人々は、トランプ大統領と習近平主席に加え、第三世界の指導者の選択が香港の未来に大きな影響をもたらすと考えている。その指導者とは教皇フランシスコである。香港のローマカトリック教会の信者は、香港の人口の5%に過ぎないが、政治、文化及びメディアにおいて不釣り合いな力を有している。

 林鄭月娥(ラムチェン・ユッコ)香港特別行政区行政長官自身も敬虔なカトリック教徒であり、カトリックの学校で教育を受けた。また、重要な政治の事案に関してカトリックの司教に定期的に相談していることは周知の事実である。林鄭長官が中国共産党寄りの立場を取っていることが、抗議活動に拍車をかけている。

 また、香港は伝統的にバチカンと中国との橋渡し役を務めてきた。バチカンと中国の関係の専門家によると、2013年にフランシスコが教皇に就任する前は、反共産党の陳日君(チャン・ヤックワン)枢機卿(1932年~、2002年から2009年まで香港教区司教)の影響力により、カトリックの神父と司教に対し、中国政府が管理する 中国天主教愛国会 への参加を勧める共産党とのいかなる協定にも強い反対が起こり、功を奏していた。その影響力はバチカンにも及んでいた。

 この専門家によると、陳枢機卿はサレジオ会の同僚である韓大輝(ホン・タイファイ)大司教(1950年~、香港生まれ)と最強のタッグを組んだという。韓大司教はローマ教皇庁で最も影響力の高い中国の司教であり、2010年以降、福音宣教省の長官を務めていた。この機関は中国を直接担当するバチカンの部門である。

 陳枢機卿と韓大司教はベネディクト16世(Benedict XVI)と親交があり、事実上、中国のカトリックの神父と司教に中国天主教愛国会への参加を勧めるまたは強制する全ての協定を阻んできた。二人は後に大司教となるエットーレ・バレストレロ(Ettore Balestrero)神父の支持を得ていた。バレストレロ神父はバチカン国務省の上位の政務官であり、中国共産党に断固として反対する立場を取っている。

 2013年、ベネディクト16世が退位し、フランシスコが教皇に選ばれた。教皇フランシスコは外交の優先事項の一つとして、(当時まで)バチカンのお墨付きだった中国天主教愛国会への参加を拒否して苦しんできた反中国共産党のカトリック教徒に「犠牲」を求め、中国政府との合意を示唆していた。

 人事は重要だ。中国共産党と合意を得るため、一部の人材がバチカンを去る必要があった。バレストレロ氏はベネディクト16世と親交がとても深く、ベネディクト16世が退任する直前にはコロンビアに(教皇)使節として派遣されていた。

 情報筋によると、これは異なる考えを持つ新しい教皇の統治下でバレストレロ神父を守るための措置だったようだ。この人物によると、バレストレロ氏がバチカンを去ることに関して、中国共産党がバチカンに「満足している」と伝えたという。バレストレロ大司教は2018年、(カトリック教会にとって重要な国である)コロンビアの教皇使節から、コンゴの教皇使節に降格されたのだが、その原因となった大司教の弟が巻き込まれた不可解なスキャンダルに「中国が関与している」と見る者もいる。

 陳枢機卿が2009年に香港教区長を退任すると、後任に(後に枢機卿となる)湯漢司教(1939年~)が就任した。湯漢司教は陳枢機ほど中国共産党を敵対視しておらず、いかなる問題に対しても(前任者の陳枢機卿とは異なり)バチカンを批判することもなかった。

 しかし、常に中国本土が絡む問題には非常に慎重であった。バチカンが香港で非常に用心深い行動を取っていることは、2014年の2人の若い補佐司教の任命から見て取れる。1人は反中国共産党として知られる聖フランシスコ会の夏志誠(ハー・チシン、1959~)であり、もう1人は中国との合意に前向きな李斌生(リー・バンサン、1956年~)であった。李補佐司教はオプス・デイに所属し、神学的には保守派と見なされている。これは、進歩主義か保守派かは、バチカンと中国の協議に関する見解とは必ずしも比例しないことを示している。

 2016年から2017年にかけて状況は変化し、2018年のバチカンと中国間の合意 に関する特定の決定が既にバチカンで行われていた可能性がある。韓大司教は2016年に教皇庁から外され、問題が続いていたグアムに派遣された。グアムでは、前司教が性的虐待のスキャンダルに関与したとして辞任しており、その対処のためとされた(内部筋によると、この人事に関しても中国共産党がバチカンに謝意を示したようだ)。その後、韓大輝大司教は教皇使節としてギリシャに派遣される(ギリシャはバチカンの外交においては重要な国ではない)。

 同じく2016年、香港の李補佐司教がマカオの司教に昇進した。この人事にも中国共産党は「感謝した」という。

 2017年、湯漢枢機卿が香港教区長を退き、楊鳴章(ユン・ミンチャン)司教(1945年~2019年)が就任した。林鄭・香港行政長官と親しい間柄にある楊司教が、「2018年のバチカンと中国間の合意を推進するために任命された」という印象を拭いさることは難しい。楊司教は、「中国国内のプロテスタント教会から十字架を撤去する中国共産党の組織的な取り組みを認めた」印象を与え、その後、「中国共産党の規則に敬意を払うべきだとする立場」を主張して、バチカンに恥をかかせた。

 ここでも、神学理論に関しては保守的でも、中国共産党を支持する可能性があることが証明された。楊司教はLGBTの権利に対して過激な態度を示し、同性愛を薬物依存に例えており、教皇フランシスコの寛容な姿勢と対立していると見られていた。

 2019年1月23日、肝硬変を患っていた楊司教は香港教区長の任期が終わる前に他界した。妥当な後継者の候補2人のうち、どちらを選ぶかが、数ヶ月前にバチカンが署名した協定に対するバチカンの評価が明らかになるはずだった。また、 中国共産党は、マカオの李司教が香港教区長になることを望み、「反中国共産党」と見られている夏補佐司教が選ばれたら、不満を抱くはずだった。

 だが、教皇フランシスコは李司教でも夏補佐司教でもなく、引退した中道派の湯漢枢機卿に香港教区長への復帰を求め、香港カトリック教会を導く役割を湯枢機卿が担うことになった。湯枢機卿はカトリック教徒の林鄭・香港行政長官に、物議を醸し出している逃亡犯条例の改正案への署名に反対するよう勧め、その他の宗教の指導者たちも抗議活動に参加する人々をある程度支持した。また、湯枢機卿は、香港のカトリック教徒に対して「バチカンと中国間の合意に対する陳枢機卿の強い非難を支持しない」と言明する一方、夏志誠補佐司教による抗議活動への積極的な参加を阻止しないどころか、「道徳心の高い指導者の1人」と見なした。

 バチカンは香港の抗議活動に関して沈黙を貫いている。しかし、遅かれ早かれ言葉ではなく、重大な決定をもって立場を明確にすることが求められるだろう。湯枢機卿は80歳であり、「職務への復帰はあくまでも一時的」と明言していた。間もなく教皇は新しい香港教区長を選ばなければならない。

 現地のカトリック教徒は抗議活動を大々的に支持し、夏補佐司教が香港教区長に任命されることを希望している。マカオの李司教が任命された場合、抗議活動の参加者は「抗議活動と民主主義に反対する立場をバチカンが表明するもの」と見なすだろう。内容が公開されていない2018年のバチカンと中国間の合意には司教の選任に関して「バチカンと香港の中国共産党の合意が必要とされる」ことを示唆する条項が含まれているとの情報をBitter Winterは掴んでいる。

 いずれ分かることだが、夏補佐司教が教区長に任命されれば、中国共産党と国際社会に対し、バチカンが香港の民主主義を支持していること、そして、人権問題をバチカンが軽視していたために2018年の合意が実現したわけではないこと、を示す効果がある。

 逆に、李司教が任命されれば、それと反対のメッセージを送ることになるが、マカオの教区長を務める李司教は一筋縄ではいかない性格の持ち主であり、無条件で中国共産党を支持していると見なすことは間違いだ。夏補佐司教も陳枢機卿のバチカンに対する真っ向からの批判を支持したことはない。教皇フランシスコが第三の候補者を「考案」して世間を驚かす可能性がないわけではないが、今のところ手掛かりや噂は聞こえてこない。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

2019年8月14日