・「命を守る為に、連帯し、支え合おう」-菊地・東京大司教の5日・受難の主日の説教

(2020.4.5 菊地大司教ホームページ)

受難の主日・枝の主日@東京カテドラル

 厳しい状況の中で、聖週間が始まりました。受難の主日のミサを、東京カテドラル聖マリア大聖堂から中継配信しました。

 広い大聖堂内は、先日ベンチの間隔を1.8㍍空けるように配置し直してあります。十数名のシスター方に、広い大聖堂内に広がって座っていただき、聖歌と朗読をお願いしました。正面と横の扉も開放しているので、風通しは良いのですが、まだまだ寒い大聖堂です。

以下、本日の説教の原稿です。

 教会の扉が閉じられたままで、聖週間が始まりました。感染症が拡大する中で、先行きの見えない不安に苛まれながら、私たちは、先ほどの受難の朗読にあったとおり、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と声を挙げてしまいたくなります。

 大勢の群衆の歓声の中、エルサレムに迎え入れられたイエスは、同じ群衆から「十字架に付けろ」とののしられ、死へ至る苦しみへと追いやられていきます。十字架上の苦しみの中で主イエスは、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですが」と叫び声を上げられました。裏切られ、見捨てられ、孤独の内に、人生の全てを、そして究極的には命でさえ奪われていく悲しさ。むなしさ。苦しみ。

 しかしその悲しみ、むなしさ、苦しみがあったからこそ、「神はキリストを高く上げ、あらゆるものにまさる名をお与えになった」とパウロは指摘します。

 「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順」であった。だからこそ全ての舌が「イエス・キリストは主である」と公に宣べるようになる。それも、苦しみ抜いた本人を褒め称えるためではなくて、父である神を称える為なのだと、使徒は書いています。

 行動を共にしてきた弟子からも裏切られ、歓声を持って迎え入れた群衆からも見捨てられ、孤独の内に命の危機に直面されたイエスは、まさしく私たち多くが体験する苦しみのなかでも究極の苦しみを、自らご自分のものとされました。

 私たちが生きている社会には、経済的な要因から、政治的な要因から、また地域の不安定な治安状況や紛争のために、さらには災害のために、命の危機に直面する人たちが多数存在してきました。国際的なレベルでも、国内的なレベルでも、命の危機に直面する人たちは常に存在します。その中には、どこからも助けの手が差し伸べられずに、孤独の内に苦しんでおられる方も少なからずいることを、私たちはニュースなどで耳にしてきました。

 「出向いていく教会であれ」と言うメッセージと、「教会は野戦病院であれ」と言うメッセージは、教皇フランシスコが、教会のあるべき姿として、たびたび繰り返してこられたメッセージです。

 ベネディクト十六世が回勅「神は愛」の中で指摘されたように、教会の本質は、「神の言葉を告げ知らせること(宣教とあかし)、秘跡を祝うこと(典礼)、そして愛の奉仕を行うこと(ディアコニア)」であります。ですから長年にわたって教会は、社会にあって「愛の奉仕」を具体化しようと、様々な活動に取り組んできました。

 それは第二バチカン公会議にあっても、例えば現代世界憲章の冒頭に、「現代の人々の喜びと希望、苦悩と不安、特に貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある」と記すことで、教会が何を大切にして歴史の中で歩みを進めるべきかを明確にしてきました。

 東京ドームのミサで教皇フランシスコは私たちに次のように呼びかけられました。

 「命の福音を告げる、ということは、共同体として私たちを駆り立て、私たちに強く求めます。それは、傷の癒しと、和解と赦しの道を、常に差し出す準備のある、野戦病院となることです」

 でも考えてみると、これらの言葉はすべて私たちに、「与える者になりなさい」「手を差し伸べる者になりなさい」と呼びかける言葉です。もちろんそれは良いことであります。

 しかし、2020年の初めから今に至るまで、私たちが体験していることは何か。それは、私たち一人ひとりが、この目に見えないウイルスとの戦いの中で、いつでも命の危機に瀕する可能性を持っている、弱い者であることを自覚させる体験であります。

 どれほど私たち一人ひとりが、弱い存在であるかを自覚させる体験であります。誰かに「助けてもらいたい」「手を差し伸べてもらいたい」と懇願する体験であります。

 大げさに言えば私たち人類は今、全ての人が助けを必要としながら、孤独の中に取り残されて、命の危機に直面しています。

 今、私たちは、「取り残さないでくれ」と懇願しています。「人生から全てを奪い取らないでくれ」と懇願しています。「暗闇の中に見捨てないでくれ」と懇願しています。

 教皇フランシスコは3月27日の夕方に、今回の事態の終息を祈りながら、聖体降福式をもってローマと世界に向けた教皇祝福「ウルビ・エト・オルビ」を与えられました。その中で、マルコ福音書に記された嵐を鎮めるイエスの物語を引用されて、こう述べています。

 「私たちは恐れおののき、途方に暮れています。福音の中の弟子たちのように、思いもよらない激しい突風に不意を突かれたのです。私たちは自分たちが同じ船に乗っていることに気づきました」。その上で、そのように気がついた私たちは今、「『私たちは溺れ死んでしまう』と不安げに一斉に叫んだあの弟子たちのように、私たちも、『一人で勝手に進むことはできず、皆が一つになって初めて前進できる』ことを知ったのです」と指摘されています。

 すなわち、私たちはこの嵐の中で、一人、孤独の内に取り残されているのではなくて、同じ船に乗っている仲間がそこには存在している、ということに気づかせられている。今すべきことは、一人で道を切り開こうとするのではなく、船に乗っている仲間たちの存在に心をとめ、一緒になって前進しようと連帯することです。

 教皇フランシスコが3月28日のお告げの祈りで、「あらゆる形の武力的対立を止め、人道支援回廊の構築を促し、外交に開き、最も弱い立場にある人々に配慮するよう」に世界のリーダーに求められたのは、まさしく今、人類が歴史の新しいステージに立っていることを自覚せよ、と呼びかける為であります。

 今、私たちは歴史の転換点に立っています。「この感染症の危機が過ぎ去った後の世界は、これまでとは異なる世界になる」と主張する声も聞かれます。これまでの常識が通用しない世界になるのかも知れません。どのような世界が感染症の後に展開するのか。その行方は、今、危機の中にある私たちが「どのような言動をするのか」にかかっています。その世界を神の善が支配する世界とする為には、今、連帯の道を選び、互いに助け合いながら、嵐に翻弄される船に乗り合わせた仲間として、一つになって前進することが大切です。

 十字架の苦しみの先に復活の栄光があったのは、イエスがすべてを無にして、神にすべてを委ねたからでした。困難の中にある今、神の計らいに全てを委ね、兄弟姉妹と一致しながら歩む道を選択しなくてはなりません。対立や排除ではなく、神がその愛を持って包み込まれる全ての人と、心を繋いで立ち上がる…。

 神からの賜物である命を守る為に、互いに連帯し、理解を深め、助け合い、支え合って行く道を求めましょう。

(原文のまま。ただし、表記は常用漢字表をもとに「カトリック・あい」で修正しました。)

2020年4月5日

・「世界的感染拡大は『道徳的な試練』」ー米でカトリック社会教説と新型ウイルス・フォーラム

(2020.3.30 Crux National Corespondent Christopher White)

  ニューヨーク発ー新型コロナウイルスの感染拡大の世界的危機の中で、26日、米ジョージタウン大学主催のカトリック社会教説とウイルス危機についてのオンライン・フォーラムが開かれ、「カトリックの社会思想は、経済的な配慮よりも人間の命と尊厳に重きを置くことを求めている」という意見が参加者の大半を占めた。

 フォーラムにはオンラインを通して、医療専門家、政治・経済の専門家、聖職者、中小企業経営者など500人以上が参加し、1時間半にわたって意見を交換した。

 主催者の同大学カトリック思想と公的生活推進協議会を代表して、ジョン・カー事務局長は冒頭、「現在の危機で、私たちは道徳的に試されている」とし、「現在起きている苦痛、死、緊張、分裂と孤立は圧倒的な規模で起きており、こうした試練は、私たちが誰なのか、私たちは何を信じているのか、私たちはどのようなタイプの集団になっていくのか、を明らかにします」と指摘。

 さらに、「私たちの信仰のさまざまな伝統は、今この時、覆されている。『安息日を守る』とは『家にいること』を意味し、『父親と母親に敬意を払う』とは『新型コロナウイルスに感染しないように距離を保つこと』を意味するようになっています」と語った。

 イエズス会士で医師でもあるミルズ・シーハン神父は、「愛は言葉ではなく、行いで表すものだ」という会の創立者、聖イグナチオ・ロヨラの言葉をとらえ、「今は、社会的な距離を置くことが、隣人を愛する具体的な方法の1つです」と強調。

 また、「新型ウイルスとの闘いの最前線にいる人々、たとえば、社会にとって欠かすことのできないサービスを提供するために働いている医療・健康保健従事者、食料雑貨店の店員などは、今も、地域社会のために自分の健康を危険にさらしている」と指摘したうえで、現在の社会の緊張状態に対して、「私たちは、個々の人への敬意を払い、均衡を図るやり方で、自分たちの共同体社会を見る必要があり、今のように時は特にそれが必要になります」と述べた。

 エルサルバドルからの移民でメリーランド州ベテスダのファミリーレストランの共同経営者、レイナ・グアルダード氏は、自らがごく最近経験したこととして、従業員をレイオフするという苦しい決断を余儀なくされたが、地域社会が支援資金を集めてくれたおかげで、家族持ちの従業員4人を再雇用でき、料理の配達や持ち帰りサービスをまたできるようになった、と語った。

 ジョージタウン大学のジョン・モナハン学長補佐(国際医療保険問題担当)は2009年にメキシコから始まったインフルエンザウイルスの大感染の際に米保健福祉省とともに対応した経験があるが、「米国は多様で多元的な国かもしれないが、私たちは共通善について主張する際に”道徳的な言語”を使わねばならない。カトリックの社会思想はそのために特に有効です」とし、「公益を、あるいは見ず知らずの人々ー米国には3億人、地球上には70億人がいるーに利益をもたらす何かをするために、私たちが個人の自由と権利を抑制すれば、私たちと面識のない人の命を救うことになります」と述べた。

 モナハン氏は「連帯」の意味を強調し、インフルエンザ・ウイルス大感染当時の米関係者の議論と決断を実例として挙げ、オバマ米大統領が、ワクチンが入手できたら、低所得国のために世界保健機関(WHO)と協力して、総量の10%を援助に回すと決めた時に、その連帯の原則が注目を浴びたことを説明した。そのうえで、「今回も、米国は、抗ウイルス薬、診断薬、今後利用可能となるだろう新型コロナウイルス・ワクチンについて同様の決断を求められることになるだろう」と語り、その場合、「どれくらいの量をそうした国々への援助に回すべきか」という問いに答える場合、カトリックの社会教説の原則が有益となる、とした。

 フォーラム参加者は全員が、カトリック教会の社会教説の活用に前向きの姿勢を見せたが、今後も、マクロ、ミクロ両方で、具体的に困難な判断を迫られる、との指摘も出された。具体的には、シスター・キーハンとシーハン神父が、マスクなど医療従事者にとって基本的な備品が依然として不足している問題を取り上げ、グアルダード氏は、米議会で可決された景気刺激総合対策で不正規雇用労働者が支援対象になるのか懸念を示した。

 また、この問題に対処するために、広範な構造改革が必要で、とくに 米国の場合、中・低所得者に医療サービスが行き渡らない現在の医療保険制度の問題があること画指摘され、さらに、地方レベルの対応の必要が強調された。この点で、複数の発言者から、元気な信徒が所属教会に、高齢の信徒で食料雑貨の買い物に不自由していないかをメールで問い合わせて彼らの手助けをしたり、電気、水道、ガスなどの公共サービスで支援したりするような、具体的提案があった。

 「私たち地球に住む70億人全員が新型コロナウイスから脅威を受けている、という認識を持たない限り、私たちはこの戦いに勝つことはできません」とモナハン氏は語った。

 フォーラムの最後に、カー事務局長は「教皇フランシスコはカトリック社会教説の模範。特に、彼は『使い捨て文化』という言葉を使って、お年寄りから胎児、地球環境に至るまで”消耗品”として扱い、人の命を縮めている現在の世界の風潮を批判しています」としたうえで、「そのことは今、明白になっている。私たちは、カトリックの社会教説が主張するところと教皇フランシスコの模範に倣うことが求められているのです」と締めくくった。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 ・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

2020年3月31日

・「聖職者主義」よりも「家父長的な態度」が問題-性的虐待問題の専門家が語る(CRUX)

(2020.3. 13, Crux Senior Correspondent Elise Ann Allen)

 Jesuit Father Hans Zollner, a leading Vatican official dealing with clergy sexual abuse in the church, speaks about the crisis to an audience Jan. 29, 2020, at Villanova University in Pennsylvania. (Credit: Sarah Webb, CatholicPhilly.com via CNS)

Top anti-abuse expert says ‘paternalistic’ attitude is worse than clericalism

 ローマ発ーカトリック教会の未成年者保護の専門家であるドイツ人イエズス会士のハンス・ゾルナー神父が、聖職者による性的虐待で「聖職者主義」よりも問題なのは、一般信徒を軽視し聖職者を上座に置くカトリック教会における「家父長的態度」だとの考えを、Cruxとのインタビューで明らかにした。

 神父は、教皇庁立グレゴリアン大学の未成年者保護センター長、バチカンの未成年者保護委員会の委員でもあり、各国の司教協議会が教皇の指示に従って未成年性的虐待防止のためのガイドラインを作成するのを助ける、新設のタスクフォースを監督する立場にある。

 聖職者主義は教皇フランシスコの下で論議を呼ぶ問題となり、性的虐待の問題に確実に一石を投じるているが、神父は「私が思うのは、それよりもっと深刻な問題は『家父長的な態度』です」とCruxとのインタビューで語った。

 神父は「家父長的な態度の問題には、2つの側面があります。多種多様な信徒と関わりを持たない位階制の中にいる聖職者の存在、一方で、司教たちを全てを知り、速やかな変化をもたらす力を持つの存在として信頼することで、彼らの家父長的態度を可能にさせる信徒たちの存在です」と指摘。

 これは、犯罪についての説明責任を指しているのではなく、「私が強調したいのは、洗礼を受けた誰もが、教会の聖性に共同責任を持ち、それについて祈り、そして、教会.同体が福音を常に証しする存在となるように行動を起こす必要がある、ということだ」と述べた。

 ゾルナー神父は「聖職者主義と司祭職への歪められた理解、そしてカトリック教会における聖職者による性的虐待問題の解決にどのように対処すべきか」を神学的側面から話し合う会議を今月11日から14日にかけて開催する準備をしていた。会議で予定されていた議題は次の5つだった。

イエスを伝え、裏切る教会のイメージ:教会学におけるイエスの再発見 ②罪と犯罪:懲罰と和解:被害者、加害者、そして教会全体のために正義を行う ③聖職-奉仕の活動対聖職者主義:叙階の秘跡の再考 ④性と弱さ:性倫理の再検討と性的虐待の抑止 ⑤教会と世界:改革の導き手としての教会の使命

 だが、イタリアで新型コロナウイルスの感染が急拡大を続け、これを抑えるために、政府による学校や大学に対する規制が実施されたことから、会議は中止を余儀なくされた。

 ゾルナー神父はこのインタビューで、神学の観点から聖職者による性的虐待の問題を見ることは、「多くの人が持っていた教会とその聖職者の位階制に対して抱いていたイメージで何が誤っていたのか」を理解し、「正義、赦し、償いについての考え」を深める助けになる、と語った。

 さらに、このほど教皇の指示で新設されたタスクフォースの役割に触れ、「カトリック教会のいわゆる”新たな動き”は、未成年者と脆弱な大人を対象に含めた聖職者による性的虐待防止のために、最優先すべきもの」と強調した。

 インタビューでの主なやりとりは次の通り。

・・・・・・・・・・・・・

*聖職者の未成年性的虐待問題への対処に組織神学の眼鏡が必要

Crux:あなたが準備されたこの会議の狙いは何でしたか。かなり長い間準備されていましたが、なぜ今開こうとされたのですか?

ゾルナー:会議の狙いの一つは、聖職者による性的虐待がもたらした教会の危機に関して、世界の神学者が長期的な視点で意見を交換することでした。性的虐待の問題への対応は、心理学者と教会法の専門家の責任とされてきましたが、問題の背後にある深い神学的思考がなおざりにされてきました。この会議は、神学の観点から、この問題をめぐるより多くの対話を構築する試みとなるはずでした。

Crux: 残念なことに、会議は中止になりましたが、この会議には、聖職者による性的虐待が引き起こした教会の危機について、組織神学の眼鏡を通して見ることが期待されていました。この問題に対する神学的な分析は、教会に対して、そして児童擁護への努力に何を提供することができるのでしょうか?

ゾルナー:教会で性的虐待について何かしようとする場合、全ての責任を教会法学者と心理学者に負わせるのは、簡単ですが、これは単純に言って全体像を見ることになりません。

 この問題の神学的な分析は、教会、司祭、助祭についての、正義と赦しの関係についての、そして、苦しみと復活された主によって与えられる罪からの解放の恵みと贖いについての、私たちの理解が何でこれほどまでに誤ったのかを理解する助けになるのです。

*「家父長的な態度」の問題の二つの側面-「位階制に依拠する聖職者」と「司教に過度の信頼を置き、家父長的態度を許す信徒たち」

Crux: 多くの人が、性的虐待の要因だとして「聖職者主義」と教会の「家父長的な構造」を批判しています。あなたはどのようにお考えですか?

 ゾルナー:教皇がたびたび言われているように、「聖職者主義」は、司祭あるいは司教だというだけのことで、特別の扱いを受け、特権を振るい、他の人たちには適用されるルールの外にいることが可能であるかのように考え、振る舞う誘惑になります。司祭あるいは司教に固有の権利だという意識を意味します。当然のことながら、”聖職者主義的な態度”は、教会だけが「家父長的な構造」をもっているのだ、あるいは司祭たちだけが重要なのだ、と人が信じるようにさせる可能があります。

 しかし、それはまた、極めて「母権制的」であることを確認するのも重要と思います。どの時代も、預言者的な女性がリーダーでした。ドロシー・デイ、メアリー・マクキロップ、ローマのフランシス、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、初期教会の”女性指導者”聖マクリナ、そして神の母マリアのような女性たちは、全員が自分たちの宣教の使命を果たしました。すべて、任務を遂行しました。その人生で、何人かの男性が希望するものとの間で軋轢を生じることもしばしばありましたが。

 私がもっと深刻な問題だと思うのは、「家父長的な態度」の存在です。これには2つの側面があります。一つは、「多種多様な信者と関わりを持たない位階制の中にいる聖職者の存在」、もう一つは「司教たちを全てを知り、速やかな変化をもたらす力を持つ存在として信頼することで、彼らの家父長的態度を可能にさせる信徒たち」の存在です。ここで、私は犯罪に対する説明責任について話していません。私たちは皆、司祭と司教に説明責任を求めるべきです。はっきり申し上げたいのは、洗礼を受けた全ての人が、教会の聖性に共同責任を負っており、祈り、行動を起こすことで、教会共同体が常に福音の証人となることです。

*”サミット”以後、バチカンは着実に手を打ち、各国の司教団にも前向きの変化が出ている

Crux: 未成年者保護に関する全世界司教協議会会長会議(”サミット”)が開かれて1年経ちました。聖職者の未成年者に対する性的虐待は、皆が向き合わねばならない問題として、世界中の国に認識されているのでしょうか?この問題を自分の問題とすることに否定的な国がまだありますか?

ゾルナー:”サミット”を受けて、昨年3月にバチカン市国は、未成年者と脆弱な人々の保護に関する新しい法律とガイドラインを導入しました。年5月に教皇フランシスコは、”サミット”での議論などを踏まえて、自発教令「Vos estis lux mund(仮訳:あなた方は世の光)」を発出され、(注:聖職者による)虐待と暴力に関する報告に関する新規範を導入するとともに、全世界の司教と修道会総長がこの問題について、自らの対応について説明責任を負うことを確認されました。

 12月には、教皇が聖職者による未成年者への暴力行為と性的虐待に関する案件について「教皇機密」を廃止することを表明され、「児童に対する性的犯罪」の対象年齢の上限を14歳から18歳に引き上げ、司法手続きに一般信徒の教会法弁護士が参加できるようにされました。さらに、教皇はこのほど、各国の司教協議会などが未成年者や弱者の保護に関するガイドラインを整備あるいは刷新するのを助けるタスクフォースを創設し、現在、有能な人材の選定が進められています。

 こうした法と規範のこと以上に、申し上げなければならないのは、昨年2月の”サミット”以後、私が訪問した国々で多くの司教団、司教協議会の中に、前向きな変化が出てきていること、特に、多くの国で、教会と一般社会がこの問題について速やかに行動せねばならない、というの認識を深めていること、を知ったということです。

*問題への取り組みに一般信徒の参加も、そしてまず各国司教協議会の指針策定を支援

Crux: 今、昨年の”サミット”以降いくつかのことがなされている、と言われましたが、性的虐待問題との闘いで、さらにこれから取り組むべき課題は何だと考えますか?どのような対応があるでしょうか?一般信徒の活動をどのように関与させていくかの問題は、緊急に取り組むべき分野だ、と多くの人が指摘していますが。

ゾルナー:そうですね。それが最優先で取り組むべき事の一つだと思います。実際に、バチカンの信徒・家庭・命の部署はこの問題にとても真剣に対応しており、規模や専門技能の異なる様々な活動から指針を収集している最中です。残念ながら、解散させられたり、バチカンの直接管理に置かれた活動体のいくつかは、自らを「伝統を伝える者」だと公言していますが、実際には、何世紀にもわたって教会で作り上げてきた統治とルールのもつの本質的な手順を無視しています。

 

Crux: あなたは昨年の”サミット”を、他のまとめ役の人たちと共に管理運営をされました。そして、先ほど言われた新設のタスクフォースの管理運営も任されています。タスクフォース新設の理由は何でしょうか?何を期待しますか?

ゾルナー: 私たちが希望しているのは、新しい教会法上の規範に沿った措置をまだとっていない司教協議会が、聖職者による未成年性的虐待に対処するためのガイドラインの刷新を、速やかに、首尾一貫して進めることです。新設のタスクフォースは、そのような刷新の作業に既に手を付けている司教協議会に対しても、核になる原則が教理省の指示に沿い、教会法上の新たな意図を満たし、性的虐待の被害者たちの声を聴き、正義が行われ、全ての保護対策の約束が確実に継続的に行われるように、支援していきます。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

 Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2020年3月14日

・「”デジタル時代”の今も偶像崇拝の危険が」-バチカン高官の四旬節黙想会

2020.03.01 Casa Divin Maestro inizio Esercizi SpiritualiBenediction of the Blessed Sacrament during the Spiritual Exercises at the Casa Divin Maestro  (Vatican Media)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

2020年3月5日

・新型ウイルス危機の今こそ、世界の民主主義国は結束、課題解決へ努力を始める時-「東京会議宣言」

(2020.3.3 言論NPOニュース)

 言論NPOは2月29日と3月1日の2日間にわたり、世界10カ国の有力シンクタンクのトップや世界の要人が参加する「東京会議2020」を開催。最終日に未来宣言を採択しました。世界でも新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、感染防止に向けた様々な対応が進む中での開催には大きな困難がありましたが、こうした状況だからこそ、いま世界で起こっている課題に対する議論をきちんと行うべきだと考え、開催に踏み切りました。

 「東京会議2020」公開フォーラムの1日目、2月29日は、世界のシンクタンクのトップや日米の通商政策関係者が、米中対立の出口や、目指すべき国際秩序の姿について議論しました。参加者間では、コロナウイルスの感染が広がる状況だからこそ、多国間連携や民主主義の強靭さを試す局面で、リベラル秩序のもと米中や世界が共存する道筋を探る必要がある、との認識で一致しました。

 続く3月1日の公開フォーラム2日目では、第10代ドイツ連邦共和国大統領のクリスティアン・ヴルフ氏、インドネシアの元外務大臣のハッサン・ウィラユダ氏、フランスの元外務大臣のユベール・ヴェドリーヌ氏がそれぞれ「世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか」をテーマに基調講演を行いました。 続いて、世界のシンクタンクトップらも交えて行われたパネルディスカッションでは、既存の秩序をバージョンアップすることの必要性、その中に米中を共存させること、また10年後の新しい秩序作りに向けて、今動き出すべきなど、活発な意見交換がなされました。HIR_1155.png

 最後に司会の工藤が「次の第2セッションでは、この議論を踏まえ、我々が目指すべき国際秩序の姿やそのために問われる努力を明らかにしていきたい」と述べ、白熱した議論を締めくくり、3日間にわたる議論を踏まえた「東京会議2020」未来宣言を採択し、閉幕しました。

 今回の会議で最も重要な成果は、「米中対立が厳しくなり、世界経済の分断が否定できない中でも、リベラル秩序を守り抜く」という決意を世界10カ国のシンクタンクが合意したことです。こうした合意文を今年のG7議長国であるアメリカ政府を代表して、駐日米国大使の代理でニコラス・ヒル主席公使に手渡しました。

 今回、米国政府に提案したこの宣言文で重要なポイントは2点あります。

 1つは、中国が自由市場へのアクセスを得たいのであれば、相互主義を受け入れるべきであり、これ以上曖昧にしない、という明確なメッセージを打ち出したことです。ただそれは、中国の排除を目的としたものではなく、ルールに基づく国際秩序を守り抜くことがその目的であり、今後のルール・メイキングには中国をきちんと巻き込んでいく、という主張を入れ込みました。

 同時に民主主義国が協調してリベラル秩序を守り抜くためには、民主主義国の競争力を高めるためにそれぞれの国自体を強くし、民主主義そのものを強靭なものにするために、努力を始める、ということを申し合わせ、そのために協力し合うことを呼びかけました。

 これに対してヒル主席公使は「G7は首脳会議以外に、閣僚会合も重要。さらに、今日のような民間シンクタンク間の会議も極めて重要だ」と述べ、非公開議論も含めると3日間の対話を経て宣言をまとめた参加シンクタンクの努力に敬意を表しました。その上でヒル氏は「今日の宣言はホワイトハウスに伝達する」と明言しています。

・・・・・・・・・・

「東京会議2020」未来宣言

 私たちは2月29日と3月1日の2日間、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、日本、フランスのG7加盟7カ国にインド、シンガポール、ブラジルを加えた世界10カ国からのシンクタンクと今回で4回目となる「東京会議2020」を開催した。

 隣国・中国で発生した新型コロナウイルスの感染は世界中に影響が広がっている。このような状況にもかかわらず、世界を代表する10のシンクタンクがこの東京での議論に参加したのは、世界の状況は、私たちシンクタンク自身にも新しい覚悟を迫っていると考えたからである。

 この数年、米中経済対立は技術の覇権的な争いとなり、世界の自由秩序の将来は一層不安定なものとなっている。世界に広がる自国第一主義の傾向は、多国間による国際協力や合意形成にも深刻な影響を与えている。

 私たちが昨年に引き続き、米中対立の行方を話し合ったのは、世界は今後、米中の二つの大国の競争を軸に展開し、さらに深刻化し、長期化することが避けられなくなっているからである。

 コロナウイルスの感染の拡大は、世界が即時に連鎖する、相互依存を高めていることを明らかにしている。こうした世界が共有する課題の解決は、協力の上にしか成り立たず、その協力は双方向的なものである。にもかかわらず、世界の繁栄を支えてきたリベラルな国際秩序の未来は不透明になり、世界経済の分断の可能性も否定できない状況が続いている。世界の民主主義国は結束し、努力を始めなければならない局面だと私たちは判断した。

 私たちが目指すのは、世界の自由秩序とその枠組みを守り抜き、アップデートすることである。大国間の対立はそうしたルールに基づく自由な市場での競争でなくてはならない。それが意味することは、この対立の出口は世界の分断ではなく、ルールに基づく世界の自由秩序の下での米中、あるいは世界の共存ということである。

 そのためにも世界の民主主義国は協調して取り組むことが必要であり、今が、その局面なのである。私たち10か国のシンクタンクはそのために積極的な貢献を行うつもりである。

 この「東京会議」に集まった10ヵ国のシンクタンクは各組織の既定の範囲内で、議論に参加することで合意している。私たちは二日間の議論で多くの点で共通の理解を得た。その中から、私たちは以下の5点に焦点を当てた。

第一に、本年のG7議長国となる米国は、大統領選の真っただ中にある。私たちは米国が国際社会での役割を重視し、G7で強いリーダーシップを取ることを今後も強く期待する。民主主義を唱えるG7など、世界の主要国は協調してリベラル秩序を守り、将来にわたってその秩序の中心に立つ努力をし続けるべきである。そのためにも主要国は新しいルール策定を先導し、世界のシステムの安定や地球規模課題での多国間協力で強いリーダーシップを取らなくてはならない。

第二に、米中対立の今後は、米国の禁輸リストをもとにした輸出、投資の規制の進展で緊張が高まり、全ての政策課題で安全保障と結びつけられた判断を求められる可能性がある。しかし、民主主義国は結束を崩さず、世界経済の分断の回避に努めるべきである。中国が世界市場に平等のアクセスを求めるのであるならば、中国は世界との相互主義を受け入れる必要がある。私たちは世界経済に公平な競争条件を実現するために相応の対応をし、中国に国内経済改革を迫る必要がある。ただし、中国を排除することがその目的ではない。

第三は、急速に進むデジタル等の技術開発やデジタル経済、AIの進展にルールが追い付いていないという問題である。日米のデジタル貿易協定や日欧の協議などルールに向けた動きが世界で期待されているが、こうした動きをG7が率先し、WTO等の場でマルチ化する努力が求められる。リベラル秩序を守り抜くということは、目指すべきリベラル秩序を再定義し、世界が共存できる新しいルールを作り上げる攻めの対応なのである。そして、この共同の努力に中国が参加するための努力を行うべきである。また、気候変動など世界の共通課題への対応、持続的成長の実現も緊急の課題である。

第四に、世界が戦略的な競争の過程に入る中で、G7各国など世界の民主主義国に問われることは、自由、民主主義という共通の価値を持つ国自体がより強くなることであり、それを私たちは一緒に取り組むべきである。民主主義国が、世界のリベラル秩序を守り抜くには、世界の共通利益であるグローバル化と国内の利益をつなぎ、世界だけでなく国内にも包摂的な成長を実現しなくてはならない。そのためにも、まず国内の経済格差などの問題に注力し、教育や必要なインフラ投資、技術の発展に積極的に取り組み、その競争力を高めなくてはならないのである。

第五に、G7各国は、それぞれの国の民主主義自体をより強靭なものに変えなくてはならない。民主主義国間に広がる権威主義の動きやポピュリズムの動きを抑え込むためには、民主政治の課題解決に向かうサイクルを立て直し、代表制民主主義への市民の信頼を回復する必要がある。そのためにも、権力の機能的な牽制や法の支配、そして何より市民が自己決定できる社会を守ることが必要である。独立のメディアやシンクタンクなどの知識層もその立ち位置から積極的な役割を果たすべきである。自由と民主主義の将来をかけたこの歴史的な作業は、幅広い人々の理解と支持に支えられるべきものである。
2020年3月1日「東京会議」

・・・・・・・・・・・・・

▼一日目・セッション1報告 ーコロナウイルス流行が多国間連携や民主主義の強靭さを試す局面で、リベラル秩序のもと米中や世界が共存する道筋を議論 

第1セッションでは、まず、日米の通商政策関係者が、米中対立は長期的で構造的なものになる、という認識で一致。これを受けた議論では、現在続く新型コロナウイルスの流行拡大により、多国間の連携や社会の連帯、民主主義といった価値の強靭さが試されている、という意見が相次ぎました。そして、米中対立の出口は、こうしたリベラルな規範のもとでの米中の共存以外にない、という立ち位置で、その道筋をどう描くか、真剣な議論が行われました。

困難があるからこそ、それに向かい合う議論を社会に伝えるのがシンクタンクの使命

まず、開会の挨拶に立った言論NPO理事で、東京会議の運営委員会でもあるワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)委員の近藤誠一・元文化庁長官は、「コロナウイルスの流行で、人類もやはり地球の生命体の一つであることを再認識した」と述べた上で、「地球の生命が38億年間、維持されてきた秘訣は、多様性だ。生命体に単一の性質しか存在しなければ、環境変化によって全てが滅んでしまう」と発言。こうした自然界の原理になぞらえ、「国際秩序も開放性や多様性があってこそ存続するのだろう。米中対立の出口を考えていく上でも、その大原則を忘れてはならない」と主張しました。

続いて、主催者挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、コロナウイルスの感染拡大を受け、4カ国のシンクタンクトップや日本政府関係者らが次々と欠席を決めたことに言及。「しかし、言論NPOは設立から18年間、議論を中止したことは一度もない。困難があるからこそ、それに向かい合う議論を展開し、社会に発信するのがシンクタンクの使命だ」と語りました。

そして、2017年に立ち上げた「東京会議」の目的を、世界の自由と民主主義が直面する試練に、シンクタンクや知識層が連携して取り組み、世界、とりわけG7の議長国に提案することだと説明。こうした本気の議論が、東京で行われることが何より重要だ、と強調しました。

さらに工藤は、コロナウイルスが世界で流行するだけでなく、それにより人の移動やサプライチェーンなどへの影響が国境を越えて急速に広がる現状は、まさに「世界は一つ」であり、一つであり続けなければいけないことを表している、という見方を提示。同時に、「こうした人類共通の課題を解決するには多国間の協力が不可欠だが、今、国々の間には価値観や体制の違いが広がっている」と述べ、この状況に対し、あくまで「共通のルールに基づく自由な社会、大きな困難に世界が協力し合う世界」をつくるため、シンクタンクが結束して取り組む決意を重ねて語りました。

第1セッションの問題提起は、コロナウイルスの影響で急遽、会場での参加を取りやめた牧原秀樹・経済産業副大臣が、ビデオメッセージにより行いました。

日本に求められるのは、ルール作り、平和、国際協調の推進、民主主義的価値観の体現、という3つのリーダーシップ

牧原氏はまず、米中対立について、「米国にとっては、GDPや人口、技術力などでソ連よりも強大な中国の台頭を抑え込もうとするのは当然なのかもしれない」とした上で、「日本は、イデオロギー面でソ連とは明らかに逆の立場だった冷戦時代とは異なり、文化的・歴史的・地理的、そして経済的にも、中国を単純なライバルとして扱うことができない。また、米中対立自体も、米ソのような軍事的な二元対立ではない」と、状況の複雑さを説明。このような状況下で日本に求められる三つの役割を語りました。

牧原氏は第一に、「このような対立構造の複雑さに鑑みれば、中国を包含する多国間枠組みの存在が極めて大切」だと語り、その中で、EUや日本など米国以外の民主主義国には、「米中の対立を激化させず、ルールに基づく自由で公正な世界の秩序作りを担う役割がある」と強調。これらの国々が米国に対しても、自由で公正なルール作りのリーダーとして振る舞うよう粘り強く説得しなければならない、と主張しました。

そして、自身が担当する国際通商ルールは、日本がルール形成に主導的な役割を発揮している顕著な例だとし、世界的に保護主義が高まる中、TPP11や日EU・EPAを発効させ、RECEP(アジア太平洋包括的地域経済連携)の交渉も進めていること、さらにデジタル経済のルール作りでも、DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の理念をG20やWTO などで提唱していることを挙げました。

HIR_1105.jpg 第二に牧原氏は、先進民主主義国が安全保障面でも連携の必要性を挙げます。近年の地政学的対立の背景には、平和の大切さや国際協調の重要性への認識が薄れてきていることがあるのではないかとし、AI(人工知能)など最新技術を使った軍事兵器開発競争は、かつての核兵器開発競争のように人類そのものの存続にすら影響しかねないと懸念を示しました。そして、こうした兵器の開発も、核兵器の開発と同様、国際ルールによって抑制することが重要だとし、技術大国である日本やEUの役割は極めて大きい、と述べました。

第三の役割として、「民主主義という価値観の体現」を提示。牧原氏は、米政権が民主主義の価値を否定するような行動を続け、欧州でもポピュリズムの台頭で民主政治が機能不全に陥る中、今後、急速な台頭が予想されるアフリカなどの諸国は「民主主義体制は本当に良いものか、という疑問を感じている」と指摘。他方、アジアやアフリカなどの一部では非民主主義国が大きな発展を遂げるだけでなく、一部の国々は、進出先の国の市民ではなく、「その国の権力者の基盤を頼りに、インフラ整備で自らの権益も固めている」と憂慮しました。

牧原氏は、この状況に対し、「民主主義的価値観の良さを体現するロールモデルとしての役割が、日米欧に求められている」と主張。その基本は、権力者ではなく市民が主体である こと、そして「健全な」言論が自由にできることが何よりも大切であることを、世界に説かなければいけない、と訴えました。

問題提起を受け工藤は、「牧原氏が語った、公正なルール、多国間協調、民主主義の全てが困難に直面している。この状況のベースには米中対立があり、それが世界の分断を招きかねないという見方もあるが、今、世界では何が起こっているのか」と問いかけました。

米中対立の膠着状態を抜け出すには、中国が参加したいと思えるようなルールをつくることが必要

これに対し、米国からゲストとして招いたユーラシアグループ地政学担当部長のポール・トリオーロ氏は、米国内で進む中国とのデカップリング(切り離し)の議論について、「中国のハイテク分野での台頭が、欧米の自由主義的経済モデルと衝突し、経済、安全保障の両面で欧米諸国の脅威になっている」という認識が根底にあると指摘しました。

具体的には、国有企業への補助金や強制技術移転といった中国の政策に対する懸念は、トランプ政権以前から存在すること、加えて、ここ1年間では、国家安全保障の一部として、技術の輸出管理や中国からの投資の審査を急速に厳しくしたことを紹介。「過去30年で、世界のサプライチェーンが中国を中心に形成されてきたこと自体、米国の経済と軍事にとって脅威である」という認識がデカップリングを引き起こしている、と語りました。

一方、中国についてトリオーロ氏は、「共産党政権は国有企業の育成によって技術面の米国依存を解消しようとしているだけでなく、デジタル技術による監視社会を築き、欧米の価値観と対決している」という見方を示しました。

そして、ハイテク分野の覇権争いはAIや5G(第5世代通信規格)など次世代の技術にも及ぶため、米中対立はかなり長期化し、その打開は困難なものになるという見通しを提示。同時に、技術開発がグローバル化する中で日本や韓国、欧州なども中国の技術的攻勢を受けているため、これは米中二国間だけでなく世界の問題だ、という認識を語りました。

さらにトリオーロ氏は、こうした膠着状態を抜け出すために必要な二つの視点を提案。

第一に、米中対立のゴールをどこに定めるか、と指摘。同氏は、中国の経済規模や生産能力があまりに大きいため、一定の相互依存は止められないことを前提に、デカップリング以前の状況にどう巻き戻すのかを考えるべきだ、と提案しました。

第二に、国際秩序の再構築というテーマを提示。中国は「新たな国際秩序自体を構築する意思はなく、共通ルールに参加することに関心は持っている」という認識を示しました。そして、今後の課題は、中国が利害関係者として参加したいと思えるような仕組みをつくることだ、と主張し、それを促すことが民主主義国側の役割だ、と語りました。

続いて、議論は、コロナウイルスの感染拡大が米中対立にどのような影響を与えるのか、という論点に移りました。

コロナウイルスの流行が米中関係のさらなる悪化につながる危険性

ブラジルからビデオ出演したジェトゥリオ・ヴァルガス財団総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、「中国は国民の不満をそらすため、国外の問題に国民の目を向けさせるのか。また、全世界が景気後退に追い込まれる状況があるのか。誰もわからないまま、恐怖が広がっている」と、事態の不透明性を強調。その上で、「最悪の状況は、恐怖が地政学的な緊張を生むこと」だと語りました。

同時に、事態の収束後、南シナ海などの地政学的な緊張がさらに高まる可能性にも言及。「平和的な解決策は協力の上にしか成り立たない。それは、統治体制や人々の世界観が異なる国の間では難しい」と語り、自国を世界の民主主義の旗手と考える米国人と、自国が世界の中心とみなす中国人との間に、お互いが許容できる価値観を築くことができるかが課題だと述べました。

HIR_1190.jpg

米国外交問題評議会シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、今回の事態が、世界にとって様々な面で「試練」に直面しているとの解釈を示しました。

まず、各国政府にとって、適切な医療の提供や、経済への影響緩和といった対応の成否が、政権基盤を大きく左右すると指摘。

リンゼイ氏は中国について、「習近平主席は毛沢東以来の強い権力を持っているが、権力には責任が伴うため、対応を誤れば政権は一気に脆弱化する」との見方を提示します。また、習政権が中国経済の再活性化に失敗した場合、中国だけでなく世界にどういう影響をもたらすのか、注視する必要がある、と語りました。また、米国のトランプ大統領も、秋の大統領選ではコロナウイルスへの対応が国民の審判を受けることになる、と話しました。

こうした「政府の試練」は、政治体制を問わず各国に共通する課題であり、また、政治的に人気のある手法が必ずしも賢明ではない、と述べました。

一方でリンゼイ氏は、仮に米国でコロナウイルスの感染が広がれば、米中の「分断」が何を意味するのかが明らかになってしまう、という見方を披露します。同氏は、米国で使われる医療用マスクや医療機器の多くが中国で生産されていることを紹介。こうした資材の中国からの融通が滞り、それは中国が自国の感染対策を優先させているためだ、という認識が米国内で広がれば、米中の緊張関係はさらに急速に深刻化していくだろう、と語りました。

加えて、コロナウイルスの発生源を巡り、SNSで様々な「陰謀論」が広がっていることにも言及。フェイクニュースが真実を締め出す危険性が高まっているという意味でも、私たちは未知の領域に踏み込もうとしているのではないか、と述べました。「皆が恐怖心にとらわれている時こそ、『東京会議』のような対話によって世界の識者が互いに学び、賢明な選択肢を示していきたい」と。

人類共通の課題に対する多国間連帯のあり方が問われている

カナダのロヒントン・メドーラ氏(国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁)は、過去の金融危機時にIMF(国際通貨基金)が加盟国への大胆な政策介入に踏み切ったことを引き合いに出し、「少数の大出資国に権限が集中するIMFと違い、WHO(世界保健機関)はガバナンスの所在が曖昧だ。私たちは、WHOに強いリーダーシップを発揮してもらう意欲があるのか」と提起。今回のコロナウイルス流行により、望ましい多国間主義や国際機関のあり方が問われている、と語りました。

また、こうした多国間協調で重要なのは「仲が良くない国とも対話すること」だと主張。例えば、「イランは世界で4番目に感染者数が多いが、カナダは同国との外交関係が断絶状態にあり、イランで何が起こっているのか情報が入ってこない」と紹介し、様々な違いを超えて全ての国が参加することができる国際連携のルールやプロセスが必要だ、と訴えました。

ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏も、国際組織、多国間連携の重要性を強調。保健制度が整っていない途上国や、紛争地域にコロナウイルスが流入した場合の影響の大きさに触れ、「感染症対策のような世界共通の課題への取り組みは地政学的対立の影響を受けず、国際公共財として各国がそのコストを負担していくことが重要だ」と訴えました。

ペルテス氏は、コロナウイルスの発生当初、先進国ではこれが中国一国の問題に過ぎないとみなされ、中国での感染拡大を防ぐための資金拠出に消極的だったと指摘。「それは、人類の連帯が限定的だったことを意味する」と述べました。そして、こうした国際連携が機能する条件は、国内の社会で連帯や思いやりの精神が機能していることだ、と述べるペルテス氏は、「欧州では、中国からの帰国者が自分の街から締め出された事例があった」と紹介。この観点から、「私たちの社会が試されている」と語りました。

危機における民主主義国の強みは、政府と国民の信頼関係に基づく情報共有

インドのサンジョイ・ジョッシ氏(オブザーバー研究財団理事長)は、コロナウイルスの流行は社会の連帯に加えて民主主義の重要性をも明らかにした、と語ります。同氏は、中国やイランで自国の感染対策に対する国民の不満が高まっているのは、「政府の出した情報を国民が信頼できないからだ」と指摘。国民と政府との信頼関係に基づくオープンな情報共有ができるのは民主主義社会しかない、と訴えました。

WAC委員で東京大学大学院総合文化研究科教授の古城佳子氏は、感染症や金融危機のような、グローバル化によって起きる問題への対応には国際協調しかなく、「今後も生じうる危機にどのような協力体制が必要なのか、議論を進めていく必要がある」と主張。その際には、それぞれの国が重要な情報をオープンにし、オープンな議論ができる環境をつくっていくことが不可欠である、と述べました。古城氏はその点で、「各国が出す情報が国内外で信頼されるものでなければ、協力体制が生む果実は少なくなる」とし、情報へのチェック機能が働く民主主義国の利点を強調しました。

各国のパネリストが多国間協力の重要性で一致したところで、司会の工藤が、「主権国家を基礎とした今の国際秩序において、それが分断の危険に直面する状況下で、国境を越えた課題に各国が協力し合う取り組みがどう実現するのか」と重ねて論点を提示。先進国内で自由民主主義への疑念も生じている中、「自由秩序に基づく米中の共存を実現するため、どのような作業が必要なのか」と、パネリストらに尋ねました。

ルール形成の「仲介者」としての日本への期待

ドイツのペルテス氏は「欧州として米中対立の過熱を和らげる解決策がなく、その影響から逃れることもできない状況」を前提に、「地域主義」の強化によって欧州自身の競争力を高めていくしかない、と主張。「米中のはざまで同じ立場にある日本も、アジアの民主主義国間の連携をリードしてはどうか」と提案しました。

カナダのメドーラ氏は、データ管理や知的財産権の活用といった新しい領域において、「ブレトンウッズ体制のような、何十年間もの繁栄を世界にもたらすルールが必要」だと発言。例えば医療の分野においても、新技術の迅速で普遍的な広がりを奨励するルールが不在であることを指摘しました。そして、異なる規範に基づく世界、つまり国家中心の中国、企業中心の米国、市民中心の欧州、が併存しているという現状認識を示した上で、「そうした新しいルールには、中国も引き込んでいきたい」と意欲を見せました。

インドのジョッシ氏は、グローバル化により台頭したインドにとって、グローバル化への疑問が米政権から呈されていることを「ジレンマ」と表現し、その解決策は、国と国とが対話することだ、と強調。その意味で、日本は「フェアな仲介者」として多くの国々から注目されている、と語りました。そして、「世界はさらなるグローバル化を必要としている」という観点から、インドが交渉離脱を表明したRCEPについて、「対象が工業品に偏っており、インドが強いサービス分野の自由化は進んでいない」と指摘。日本が中国を巻き込んでルール作りに役割を果たすことへの期待を述べました。

シンガポールのオン・ケンヨン氏(ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長)は、コロナウイルスのような喫緊の課題には、国連やWHOといった既存の国際制度を活用するしかなく、この下での連携を通し、「有益なルールは引き続き活用しつつ、時代に合わないルールをアップデートしていく必要がある」と主張。

ルール形成において米中との間合いの取り方に苦労しているASEANの立場から、米中を説得しルール形成での連携を働きかける上で「日本には引き続き模範となってほしい」と語りました。

 

▶一日目セッション2報告―リベラルな国際秩序再興のためには、各国の「国内を強く」すると同時に、多様性をどこまで受け入れられるかが重要に

引き続き行われたセッション2では、「米大統領選の意義と目指すべき国際秩序」をテーマとした議論が展開されました。

HIR_1607.jpg

国益を最大化するためには、国際協力こそが最も効果的である

セッションの冒頭、今年1月までアジア開発銀行(ADB)の総裁を務めていた中尾武彦氏が問題提起を行いました。その中で中尾氏はまず民主主義の現状について論及。グローバル化と技術の進化は日進月歩であるとした上で、その恩恵を享受できず、取り残された非エリート層の市民の苛立ちや不満が拡大している現象が多くの民主主義国で見られること指摘。その不満を解消できない民主主義システムへの不満も同時に高まっているとしました。また、メディアや知的エリートといったこれまで民主主義秩序を支えてきた層もSNSの言論空間に押されて、その影響力を低下させていることも民主主義の弱体化を加速させている要因であるため、影響力を維持するための努力は不可欠であると各界の有識者が居並ぶ会場を見渡しながら語りました。

中尾氏はさらに、グローバル化と主権国家の関係についても言及。自身のADBでの経験を振り返りつつ、他国からの干渉や影響力を排除したいと考え、グローバル化と国際協力に後ろ向きな小国は数多いと解説。しかしその一方で、気候変動や金融危機、そしてまさに現在進行中の感染症などは即座に国境を越え得る課題である以上、やはり国際協力と、それを担う国際機関は不可欠であることを強調しました。同時に、国際協力の進展に向けてこれまでの日本のADBなどの取り組みを概観。こうした1980年代に行われてきたような取り組みが現在のアジアのグローバル・バリューチェーンの基礎となってきたと評価し、長期的な視野に基づく取り組みの重要性を説きました。

中尾氏は最後に、米中両国についても言及。中国もこれまで「干渉されてきた」という鬱屈した思いを抱えているとの見方を示すと同時に、そうした中国の行動とその背景にある意図を丁寧に分析しながら対応していく必要があると指摘しました。米国については、自国第一主義自体はどこの国にも「国益」というものがある以上はある程度はやむを得ないと理解を示しつつ、「国益を最大化するためには、国際協力こそが最も効果的である」ということを折に触れて説き続ける必要があると語りました。

 

次期政権にかかわらず米国の変化は望めない以上、同盟国・友好国も自助努力すべき

続いて、米国から外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏が問題提起に登壇しました。リンゼイ氏は、これまで米国が主導してきたルールベースの国際秩序が崩れ始めてきているのは、実はこの秩序が多くの国と人々に豊かさをもたらすなど成功を収めてきたが故であると切り出しました。例えば、途上国も豊かになって都市化され、エネルギー消費量が増大したことが、国際社会を分断させる一因となっている気候変動問題を加速させたと指摘。世界貿易機関(WTO)の機能不全にしても、加盟国が164カ国・地域、世界貿易に占める割合が97%以上となるなど、多くの国々が自由貿易の恩恵を受けようと加入した結果、利害調整が複雑化し、機能不全となった、といったある種のパラドックスがあると指摘しました。

もっとも、要因はそれだけではなく、やはり中ロなど権威主義体制からの挑戦、さらには、米国自身の外交展開の失策による国際社会からの信頼失墜も大きいとリンゼイ氏は語りました。

その米国の信頼低下の要因として、リンゼイ氏はトランプ大統領についても言及。”米国ファースト”に確固たる信念を持ち、マルチよりもバイの方が米国の利益になると確信しているトランプ氏の行動を変えることは容易でないとしました。同時に、米国内での世論調査では、米国国民の中では実は、”米国ファースト”の意識は低下しつつあると明るい材料も挙げましたが、しかし今秋の大統領選で外交が主要な争点になることはないということも断言。しかも、民主党の候補者も気候変動以外ではトランプ氏と大差ない姿勢であるため、「民主党政権になれば米国が即座に多国間主義に再転換するというのは幻想だ」と釘を刺しました。

その上でリンゼイ氏は、そのように次期政権にかかわらず米国の再転換は期待薄である以上、同盟国・友好国も「米国と共に何ができるのか、と考えるべきだ」と自助努力を促しました。

最後に、リンゼイ氏は中国についても言及。トランプ氏も多くの米国国民も、中国と積極的に対立したいと考えているわけではなく、既存の秩序から恩恵を受けているのであれば応分の責任や負担も担うべきだと考えているとすぎないとし、中国側で過激な対米強硬論が台頭することを牽制しました。

 

リベラルな国際秩序再興のためには、各国の「国内を強く」すること、そしてシンクタンクの役割が重要

続いて、イギリス・王立国際問題研究所(チャタムハウス)所長のロビン・ニブレット氏がビデオメッセージを通じて問題提起を行いました。ニブレット氏はその中でまず、世界には自由民主主義国、権威主義国など多くの異なる政治システムが並存とした上で、現在の世界は、気候変動やデータ管理、テロなど国境を超えた共通のグローバルな課題に直面していることを指摘。したがって、異なる政治システムの国同士だからといって分断するのではなく、共通の課題に向けて共に取り組んでいかなければならない状況にあると語り、そのためには長期の国際協力を可能とするような包摂的なシステムを構築すべきであると主張しました。

同時にニブレット氏は、リベラルな民主主義国家側の課題についても問題提起。これまでグローバル化による利益追求にのみ注力してきたことで、国内に格差を生じさせるなど、分断をつくり出したことが、民主主義に対する不信を生み、民主主義を弱体化させたと分析。そこで例えば、教育、インフラ、投資などを通じて、国内の変化が「単に勝者を利して敗者の現状をより悪化させるだけのものではない」ということを国民は理解してもらうための努力が必要であると主張。とりわけ、米国がリベラルな秩序のリーダーとしての役割から離れつつある中では、日欧豪などの各国は共に民主主義の国として「国内を強くしなければならない」と説き、それこそが終局的にはリベラルな価値を守ることにもつながるとしました。

一方、中ロなど権威主義国家については、外から変化を促すことは困難であるとしつつ、共存していくしか選択肢はない以上、過度に敵視することは妥当ではないとも指摘。中国のような強権的で管理型の政治システムを採用したいと考える政治指導者はいても、その中で暮らしたいと考える市民はいない、と指摘しつつ「我々はこのリベラルなシステムに自信を持ち、守護し、促進いくべき」と語りました。

その上でニブレット氏は最後に、シンクタンクの役割について言及。この「東京会議2020」に参加しているシンクタンク自身も、リベラルな国際秩序の中で育ち、市民社会の一部となってきたと振り返りつつ、リベラルな国際秩序を維持・発展させていくために何ができるのか、シンクタンク同士も国境を越えて連帯していかなければならないと呼びかけました。

 

問題提起の後、ディスカッションに入りました。

倫理宣言からガバナンスの確立へ

カナダ・国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏は、各氏の問題提起に同意しつつ、これまでリベラルな国際秩序から各国が恩恵を受けてきたということを再確認しながら、秩序維持に向けて努力を積み重ねていくしかないと語りました。その上でメドーラ氏は、テクノロジーの飛躍的進歩とそれを規律する秩序・ルールの空白の問題について言及。1948年の世界人権宣言のような倫理宣言を、例えばデジタル分野で打ち出すことを提案。世界人権宣言は法的拘束力はないものの、各国国内でその趣旨を盛り込んだ法制度の整備につながっていったように、倫理宣言もやがて実効的なガバナンスの確立につながっていくとその狙いを説明しつつ、こうした議論を通じて国際協力の機運を高めていくべきだと語りました。

米国・ユーラシアグループテクノロジー地政学担当部長のポール・トリオロ氏も、新技術に関する倫理原則について提言。とりわけAIでは、各国政府、地域、民間といった各レベルが倫理原則策定の必要性を認めているため、協力の余地は大きいと語りました。またトリオロ氏は、こうした倫理原則の必要性は中国も認めているため、中国も引き込んだ議論は十分に可能であるとしましたが、その一方でAIと監視カメラのテクノロジーとを融合させた顔認証システムによって国民管理を進める中国の危険性についても指摘しつつ、人権の観点をどう盛り込んでいくかは大きな課題となると問題提起。他にも、市民からのボトムアップ型で議論しているEUと、政府からのトップダウン型の中国との間の議論も難航が予想されることなどの課題を提示しました。

民間も役割を果たすべき

インド・オブザーバー研究財団理事長のサンジョイ・ジョッシ氏は、リンゼイ氏の問題提起に補足するかたちで、米国の外交政策の変化について論及。”エンゲージ離れ”自体はオバマ政権期にも見られたものであるとしつつ、中東、アフガニスタンなどでは「離れようとする試みが事態を悪化させたため、結局深入りせざるを得なくなった」と回顧。しかし、トランプ氏の場合、「事態が悪化してもかまわず、そのまま見捨てる」という点が歴代政権とは決定的に異なると指摘。そうした姿勢は米国に対する信頼を大きく失墜させたが、これは仮に民主党政権になっても挽回することは容易ではないほど大きな失地であると指摘しました。

一方でジョッシ氏は、こうした米国に期待できない状況下にあっては、他国が自助努力をしていくほかはないとの見方に賛同しつつ、民間の役割についても言及。GAFA(米グーグル、米アップル 、米フェイスブック、米アマゾン・ドット・コム)をはじめとする巨大企業の影響を政府も無視できないことや、そもそも世界の富の多くが民間の手中にあることなどから、民間も秩序について考え、提言していくべきだと主張しました。

合意のハードルを低くしながら多くの国々をリベラル陣営に取り込んでいくべき

ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏も、誰が次期大統領になったとしても、米国にこれまでのようなリベラル秩序の擁護者としての役割は期待できない以上、日欧など他の国々も支える努力をしなければならないとの見方に同意。もっとも、そこで留意すべきこととしては、そうした努力が「各国にとってあまり負担が大きすぎないようなものにすること」であると指摘。日欧などは高次のリベラル秩序を追求できるかもしれないが、その高い理想について来られない国々も出てくるだろうとの見方を示しつつ、合意のハードルを低くしながら多くの国々をリベラル陣営に取り込んでいくべきであるとしました。

さらに、ペルテス氏は、リベラル秩序再構築にあたってのポイントとして、「一方依存ではなく、相互依存」であることを提示。中国の一帯一路戦略はまさに一方依存の典型例であるとしつつ、アジアやアフリカの諸国が中国に取り込まれないようにするためにも、日欧も積極関与し、適切なパートナーシップに基づく相互依存関係を構築すべきと語りました。

最後にペルテス氏は、香港問題に言及しながら、あれほど中国が介入姿勢を強めているのは、共産党政権も民主主義に抗いがたい魅力があることを認め、恐れているからに他ならないからだ、として中国も決して余裕があるわけではないことを指摘。リベラル秩序の真空地帯に入り込もうとする中国に対して、西側は恐れる必要はないと主張しました。

“違い”をどこまで互いに受け入れられるか

シンガポール・ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長のオン・ケンヨン氏は、「合意のハードルを低く」というペルテス氏の提案に同意。大国だけでなく、アジアやアフリカ、南太平洋の小国にもそれぞれが拠って立つ信仰や理念があり、それらは多種多様であることを指摘。違いをどこまで互いに受け入れられるか、ということは実は大きな課題であるとした上で、そうした国々をリベラル秩序に取り込んでいくためにも、各国の宗教や理念にも細かく目を配っていくことは重要なポイントになると注意を促しました。

米中共に変化の可能性はあることを見据えた戦略の構築を

これまでの議論を受けて元駐米大使の藤崎一郎氏は、WTOがすでに超大国となっている中国を定義上発展途上国として扱い、優遇措置を与えていることなどをトランプ氏が批判していることを挙げ、トランプ氏が現状に合わないルールに対して異議申し立てをしている点については、「警鐘と捉えるべき」と一定の評価をしました。

同時に藤崎氏は、「米中対立は今後も続く」と世界の誰もが考えていることに対して疑問を差し挟み、「米国は選挙戦の真っ最中だから強硬なことを言っているだけかもしれないし、前任者の外交を全面的に転換することはこれまでしばしば見られた」と指摘。中国についても、新型コロナウイルスや香港問題への対応で強権的な体制にも揺らぎが垣間見えるとし、「米中どちらも変わる可能性はある」との見方を示しました。そうである以上、日本をはじめとする他の国々としても「変わる」可能性も視野に入れながら今後の戦略を練っていくべきだと語りました。

こうしたディスカッションを受けて、再び問題提起者の2人が発言しました。

リンゼイ氏は、 米プロバスケットボール(NBA)ヒューストン・ロケッツのゼネラル・マネジャーが昨年10月、香港で続く反政府・民主化デモを支持するツイートをしたところ、中国のスポンサー企業が離れるなど中国側の猛反発を受け、謝罪に追い込まれたことを振り返りながら、こうした中国の振る舞いを「脅威」と警戒。通商や安全保障に限らず、戦略的な米中競争は今後も続くとの見通しを示しました。もっとも、米国の対抗策としては、対立一辺倒ではなく関与も組み合わせた包括的なものになるとの見方を示しつつ、そのようにしながら「対立の複数の着地点」を模索することが、安定した国際秩序を取り戻す上でも重要になると語りました。

中尾氏は、中国も既存の秩序から恩恵を受けてきたので国際秩序再興への意欲はあるため、今後の世界は「リベラルと権威主義の二項対立にはならない」との見通しを示しつつ、しかしそのためには、アジアやアフリカの小国が権威主義体制側に取り込まれないようにする必要があると指摘。グローバル化に伴う格差などの不満解消に努めるとともに、米国が世界のリーダーに復帰することが不可欠であり、終局的にはそれが米国にとっても利益になるということを説き続けるしかないと改めて語りました。

その後、会場からの質疑応答を経て工藤は、今日の議論は世界に対する重要な問題提起になったと手応えを口にするとともに、明日、「『東京会議』2020未来宣言」を発出し、今年のG7議長国である米国に突き付けることへの意欲を示しました。

続いて閉会の挨拶に立った藤崎氏は、新型コロナウイルスという重大リスクがある中でも会場に駆け付けた各国のパネリスト及び聴衆の”覚悟”に対して敬意と感謝を示しつつ、「東京会議2020」初日の議論を締めくくりました。

世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか―「東京会議2020」で世界の賢人3氏が基調講演

 言論NPOが主催する「東京会議2020」は3月1日、東京プリンスホテルにて2日目の公開フォーラムを行いました。フォーラムの前半では、ドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領ら世界の首脳・外相経験者3氏が、「世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか」をテーマに基調講演を行いました。

冒頭、挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の流行で様々なイベントが自粛される中でも、「東京会議」のために来日を決めた海外の要人や、会場に駆け付けた聴衆に感謝を述べました。

世界の課題に向き合う政府、市民の覚悟が問われている局面

工藤は、コロナウイルスの世界的な感染拡大は、文字通り「世界は一つ」であることを示しており、世界は感染の収束に力を合わせなければいけないが、今の世界はむしろ、地政学的な対立により分断が懸念されている、と憂慮。「世界の自由秩序や国際協力、そして世界の困難に向き合う各国政府やその市民の覚悟が問われている局面だ」と提起した上で、「そうした状況で、民主主義の発展を使命に誕生した言論NPOが黙っているわけにはいかない」と、今回の開催にかける強い決意を語りました。

さらに、「東京会議」発足の経緯を「自由や民主主義の価値を守るために世界のシンクタンクが力を合わせようと言論NPOが呼びかけて2017年に誕生した」と説明。今回はコロナウイルスの影響で4カ国のシンクタンクの代表が来日を断念したが、会議の最後に発表する「未来宣言」づくりでは彼らとも連絡を取り合っていると紹介し、10カ国の「東京会議」参加シンクタンクの強い結束を強調しました。

さらに、「東京会議」が、今回からシンクタンクのトップだけでなく世界の知識人も参加する議論の場へ発展することについて、「世界の課題に日本がリーダーシップを発揮し、東京からメッセージを発信する舞台があることに、世界のハイレベルな要人たちからは『この挑戦を応援し、議論に参加したい』という声がかなり出ている」と紹介。その中から、今回発言に立つ3氏を紹介し、挨拶を終えました。

続いて、言論NPOアドバイザリーボード・メンバーで元国連事務次長の明石康氏が挨拶。明石氏は、「未来宣言」の素案を読んだ感想として、「世界の分断を進めるのではなく、世界が一致して合意されたルールに基づく国家の共同体として共存する、という精神が土台となっている」と評価。同宣言が「目指すべき共通の未来に向けて、多くの人の支持を得るものだと確信している」と述べました。

「内に結束、外に平和を」。市民の統治への意思と、他国を尊重する態度を取り戻すべきークリスティアン・ヴルフ(第10代ドイツ連邦共和国大統領)

初めに、急遽ビデオ出演での参加となったドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領のメッセージが上映されました。

c.jpg ヴルフ氏は、「『東京会議』で意見交換できることを非常に嬉しく思う」と述べた上で、民主主義における各国の協力強化という非常に重要な問題について六つのポイントを提案しました。

第一に、「未来はオープンであると理解すること」だと指摘しました。ヴルフ氏は、「未来を予測することはできないが、国家が安定的で参加型であるほど前提条件は良くなるものだと、歴史的に証明されてきた」と発言。「前提は常に変化するので、民主主義は動的でなければいけない」とし、そのため若者を含めたそれぞれの世代が民主主義の在り方を常に新しく形成していく必要がある、と語りました。

第二に、こうした大きな変化に対しては「優れた回答が必要だ」と主張しました。デジタル化により公的な議論に人々が直接参加できるようになり、従来のメディアが力を失っている状況を、かつて印刷技術の発明で誰もが聖書を読めるようになり、聖職者の存在意義が失われた歴史になぞらえ、「社会の秩序を揺るがす」ものだという解釈を示しました。そして、デジタル化は当初、真の意味での全員参加型の民主主義を可能にするものだと思われたが、「それを悪用して誤った情報を流し、人々を操り、民主的な意思決定を個人の利益に誘導する勢力が台頭している」とし、これが「優れた回答」を妨げることに強い懸念を示しました。

第三に、民主主義においては、国民が「統治する意思」を持つべきだと強調しました。同氏は、「権威主義者は声高で単純な主張を展開するが、課題への答えは持ち合わせていない」と批判。権威主義の台頭を防ぐ唯一の策は「我々が課題に立ち向かう意欲を持つことだ」とし、これが失われた結果が、1920年代以降のナチスの台頭だ、と語りました。そして、「民主主義は立ち去る前に教えてくれない」と語り、今こそ民主主義を立て直すタイミングだ、と強調。「民主主義者は最新のあらゆるコミュニケーション手段を駆使すべきであり、これらを権威主義者に委ねてはならない」と話しました。

第四の提案は「本質的な記憶を鮮明に保つことだ」と説明。現在60歳のヴルフ氏は、「私の世代は生まれてからずっと、国連などの国際機関がもたらした比類なき平和、繁栄を享受している」としつつ、「若い人の多くは、欧州の流血や荒廃の歴史を知らない」と憂慮。「ナチスが政権を掌握した1933年、多くの民主主義者は無関心やあきらめを持っていた。そこから3年で民主主義が廃止され、ユダヤ人の迫害が始まり、大惨事の前兆が生まれた」と歴史を振り返り、これに関し、「欧州では大惨事があって初めて、平和と安定は協調でしか達成できないと気付いた」と指摘。こうした記憶を次の世代に残し、国際協調や民主主義の重要性を伝えなければならない、と訴えました。

第五は、「良き愛国心とナショナリズムとの間に明確な線引きをすること」だと語りました。ヴルフ氏は、「ポピュリズムに人々が群がっているのは、世界の変化の中で人々が居場所を失っていることにも関係しており、その答えの鍵となるのは故郷へのアイデンティティ」だと分析します。一方で、「内には多くのアイデンティティを受け入れるスペースを持ちつつ、自国に同様の愛国心を持つ他国の人に平和な態度で接する」ことが重要だと強調。グローバル化とデジタル化で世界がますます多様化するからこそ、「それぞれの社会で互いを理解しようする努力のレベルを上げ、同時に、社会で定めたルールを例外なく貫くこと」が大切だと語りました。

六つ目の提案は、「協力が欠かせないという認識を持つことだ」と指摘しました。ヴルフ氏は、今不足しているのは、「共通の展望を育む中で、相手を尊重し、対等に接する」精神だとし、「一国主義に全力で対抗すべき」と主張。こうした多国間協力の規範を広めようとするメディアには公的な支援の充実が必要だ、とも提案しました。

そして、「どんな強国も、一国では人類の問題を解決できず、密室外交を避けて国際機関を強化する必要がある」ことが二つの世界大戦の教訓だ、と重ねて強調。とりわけ、「世界経済の成長には、自由貿易の拡大に向けた共通の努力しかない。また、債務危機の持続可能な解決のためには、倫理的に正しい経済・金融政策が必要だ」とし、これらの実現には多国間組織の関与が必要だ、と訴えました。そして、このような多国間の枠組みにおける課題として、「異なる体制を持ち、米国と覇権を争う中国をいかに取り込むのか。また、全ての関係国が恩恵を受ける途上国支援の在り方をどう考えるべきか」と提起しました。

最後にヴルフ氏は、中世ドイツで封建領主に対抗して結成されたハンザ同盟の主要都市・リューベックで、自由を象徴する言葉としてホルステン門に刻まれている「内に結束、外に平和を」を紹介。これを、六つの提案を総括するキーワードに位置付け、講演を終えました。

HIR_2230.jpg

日本が主導してアジアの民主主義国が連携 世界のリベラル秩序の構造改革につなげることを期待するーハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外相)

HIR_2272.jpg 続いて、インドネシアのハッサン・ウィラユダ元外相が登壇しました。同氏は冒頭、自国第一を掲げるトランプ米大統領の就任で世界は混乱に陥っているとし、その変化の中で時代に遅れになった「既存の世界秩序の抜本的な構造改革が必要」だと切り出しました。

次に同氏は、世界秩序を考えるにあたって必要な基本原則は「国連憲章に基づく多国間の対話や協力」を推進することだと主張。19世紀のウィーン体制が欧州に100年の平和をもたらしたのは大国間の密な協議、協力が続いていたからであり、同様に国連憲章も安保理の5常任理事国間の協議を前提としているが、2001年の同時多発テロ後の米国が単独主義にシフトしたことを機にその協力が弱体化し、また現在は西側と中国、ロシアの緊張が高まり、「安保理は国際平和の維持という使命を果たせていない」との認識を示しました。

また、経済の近代化とともに軍の近代化を進める中国の台頭を「戦前のドイツと重ねると不安になる」と述べる一方、トランプ政権がこれまでの米政権とは異なり中国を戦略的競争相手ととらえていることで、「米中関係は困難な問題となった」と指摘しました

そして、冷戦終結で一時的に大国間の対話が活発化した90年代には、安保理メンバーの増員など国連改革の動きもあったが「それは失敗した」と結論付けた上で、「三十年戦争の後にウェストファリア体制が、第二次大戦の後に同体制を是正する形で国連ができたように、多くの場合、国際秩序が変わる契機になったのは戦争だ」と指摘。一方で、リーマンショック後、ブレトンウッズ体制が不十分だという認識からG20がつくられたように、「第三次世界大戦がなければ既存の国際秩序の改革ができないわけでもない」とも語りました。

その上で、ウィラユダ氏は世界の民主主義とリベラル秩序の現状に言及。「欧州ではポピュリズムが台頭し、新しい民主主義国家は忍び寄る権威主義の脅威にさらされている」と、先進民主主義国、新興民主主義国のいずれも民主主義を機能させることができていないという見方を示しました。そして、これらの国々が、民主主義が国民に平和や富をもたらすことを証明できていないのは、「支配層が既得権益を失うことを恐れ、国内の経済構造改革が失敗に終わっているからだ」と話しました。

同氏は、国際秩序についても現状を変えることの難しさを指摘。「新たな世界秩序では中国にも超大国として担うべき地位があるが、古くから秩序を担ってきた国々には簡単には受け入れることはできない」と述べました。

そしてウィラユダ氏は、この状況を打開するアイデアとしてアジアの民主主義国の連携を提言。G20に加盟するアジア太平洋の5つの民主主義国、すなわち先進国の日本、韓国、オーストラリアと新興国のインド、インドネシアが連携して東アジアの民主主義を推進していくことが、いずれグローバルなリベラル秩序の変革につながることに期待を見せ、講演を終えました。

 

トランプ政権には「先行努力」と「説得」、中国には「相互主義」が日欧など民主主義国による連携の基本姿勢ーユベール・ヴェドリーヌ(フランス元外相)

HIR_2306.jpg 最後に講演に立ったフランスのユベール・ヴェドリーヌ元外相は、「世界の民主主義国は挑戦に臨まないといけない」とした上で、「欧州では、日本で生まれた考察に対する注意が足りない。我々の考察を共有する必要がある」と、民主主義国間で議論する意義を強調。「まずは世界の状況を診断したい」と話し始めました。

同氏は始めに、多国間主義の動揺は長期化する、との見通しを提示。「トランプ政権以前の米国や、日本、ドイツ、フランスなどの国々は多国間主義のアプローチを重視し、一国主義にならないよう特別な努力をしてきたが、そのスタンスがトランプ氏によって排除された」と振り返るヴェドリーヌ氏は、とりわけ今秋の大統領選でトランプ氏が再選し、あと4年再選されることになれば、その後もトランプ氏の行動パターンが政治に色濃く影響していくであろう、と予測しました。

ヴェドリーヌ氏は二つ目の「診断結果」として、自由秩序の中にも問題がある、と指摘します。同氏は「欧州の民衆はもうグローバル化を信じていない。グローバル化で何かを失った苦しさから、ポピュリズムが台頭した」とし、急激なグローバル化を通して世界経済における金融市場の影響力が増し、その中で貧富の格差が拡大した問題に言及。権威主義に対抗するだけでなく、自由秩序自身が持つ課題にも民主主義国が結束して対処すべきだ、と主張しました。

ヴェドリーヌ氏はそれでも「リベラル秩序には欠点があったとしても、それ以前の体制よりはましだ」と強調。

「魔法のような解決策はないが」と前置きした上で、「トランプ抜きにできることを洗い出すべきだ」と提案しました。同氏はその例として、「今後数年で最も重要な問題になるだろう」という環境保護を提示。「米国において太陽光発電のバッテリーの技術革新が進めば、気候変動の国際協調に背を向けるトランプ氏も立場を変えるかもしれない」とし、有志国や米国の州政府、さらには企業、研究者など、多様なアクターがそれぞれの立場で連携し、大国間の動きに先んじて課題解決の努力を進めていくことが重要だと述べました。

一方でヴェドリーヌ氏は、「民主国家をリベラル秩序のもとに結集しようとすると、米国とある程度は緊張関係になることを覚悟すべき」と主張。「トランプ氏と対決してでもやるべきことある」と訴えました。例えば、トランプ政権はイラン核合意から自らが離脱するだけでなく、他国がイランに設定する信用供与枠を認めないなど、他国の合意履行をも妨げようとしていることに言及。ドル基軸通貨体制の下で行われるこうした措置の影響は甚大だとし、「各国が連携して、米国が理性を取り戻すよう説得すべき」と話しました。

さらに、米中対立についてヴェドリーヌ氏は、米中が協力できる面もある、としながらも、「ともに世界の覇権を志向する米中の間には、長期的に見れば妥協が成立するとは考えにくい」との認識を提示。この中で欧州や日本にとっては、米中の妥協や緊張を「利用する」戦略が有効であると述べました。その際の考え方としては、マクロン大統領の中国政策でも掲げられている「相互主義」を提示。中国を途上国として特別扱いするのではなく、急速な近代化に見合った立場と責任を国際社会で与えていくことを目的とし、経済、技術、環境のような戦略分野において、欧州が日本やカナダ、新興民主主義国などを巻き込んで中国とどのような協力関係を築くかが非常に大きな課題だ、と語りました。

最後にヴェドリーヌ氏は、「東京会議2020」の未来宣言について、「多国間主義やリベラル秩序を擁護する宣言は重要だが、それだけでは不十分。各国の世論が求めるのは確かな『成果』だ」と指摘。トランプ大統領や習近平主席の存在は私たちに挑戦を突き付けている、としつつ「民主主義が道徳的、倫理的にも最も良い制度だという国民のコンセンサスを、日欧、また新興民主主義国家も巻き込んで形成していく必要がある」と強く語り、基調講演を締めくくりました。

 

こうした3氏の基調報告を踏まえて、フォーラムはパネルディスカッションへと移りました。

10年後の世界秩序に悲観や楽観をするのではなく、「何ができるか」を考えていく局面に―「東京会議2020」2日目公開フォーラム パネルディスカッション報告

 

HIR_2431.jpg 基調講演に引き続き、カナダ・国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏による司会進行の下、「民主主義各国に求められる責任とは」をテーマとしたパネルディスカッションが行われました。

まずメドーラ氏は、米中両国の対立関係を解消させ、平和で安定的な国際秩序にしていくためには何が必要なのか、米国のリーダーシップが低下している中、他の民主国家がなすべきことは何か、などといった質問を各パネリストに投げかけました。

こうした質問に対し、基調講演を行った2人がまず発言しました。

10年後に向けて、今こそ先手を打つべし

HIR_2457.jpg フランス元外務大臣のユベール・ヴェドリーヌ氏は、「世界秩序の趨勢は今後10年間で決まってくる」とした上で、今民主主義国家に求められることは「先手を打つこと」であると主張。新興諸国が権威主義体制に靡かないようにするとともに、米中両国が国際秩序という枠組みの中から退出しないように引き止めるために手を尽くすべきであるとしました。そのためには、民主主義国家同士での連携は不可欠であり、協力関係を深める必要があるとした上で、現状ではすべての国が合意できるようなコンセンサスはないため、合意可能な最小限の共通項を早急に探るべきだ、と語りました。

まず、自分の地域の足元を固めつつ、米中という”二頭の巨象”を抑え込むべき

HIR_2490.jpg インドネシアの元外務大臣であるハッサン・ウィラユダ氏は、米中対立構造は今後も続き、世界秩序も揺れ続けるとやや悲観的な見方をまず提示。一方で、貿易交渉で対話は継続していることや、選挙戦後に米国の対中姿勢が軟化する可能性などを指摘。厳しい現状があるからといって民主主義国家は諦めることなく世界秩序の維持に努めなければならないとも主張しました。さらに、そのためには米中間の仲介に尽力するとともに、各地域レベルの秩序を安定させるなどして足元を固めておく必要があるとしました。また、既存の国際的な枠組みの活用についても提言し、例えばG20など大国も新興国も入った枠組みを秩序立て直しの足掛かりとすべきだ、と述べました。
その上でウィラユダ氏は、米中を”二頭の巨象”に喩えながら、「ここで象たちを抑えないと我々は草のように踏み固められてしまう」とし、今こそまさに正念場であることを再度強調しました。

「多国間協力の方が得策だ」とトランプ氏に思わせることが重要

HIR_2518.jpg こうした発言を受けて、”巨象”の一角である米国の外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、トランプ大統領は、米国はリベラルな国際秩序から奪われるものが多かったと思い込んでおり、EUさえも敵視していると解説。今秋の大統領選で再選を果たした場合、とりわけ通商面ではさらに攻勢に出ることが予想され、米国の同盟国・友好国にとっては重大なチャレンジにさらされることになるだろうと問題提起しました。

また対中姿勢についても、トランプ氏は中国には米国の要求を押し戻す力があり、一方的な攻勢は不可能と判断したため、二国間の”ディール”路線を選択したと解説。逆に言えば、同盟国・友好国と協力しながらアプローチをしていった方が効率的に中国の姿勢を改めさせることができる、とトランプ氏に思わせることが米国の行動も変えられる可能性はあると語りました。

ただその一方で、対中強硬路線は共和・民主両党の党派を超えた米国のコンセンサスとなっているとも指摘。また、民主党政権が誕生した場合、トランプ氏が黙認していたような中国の人権問題にも介入する可能性があり、そうなれば中国の反発を呼んで米中対立はより深刻化する可能性があることには留意する必要がある、とも語りました。

G20を足掛かりとして、秩序の新たなバージョンを探っていくべき

HIR_2527.jpg インドのオブザーバー研究財団理事長のサンジョイ・ジョッシ氏は、トランプ氏の登場以前から既に世界秩序の動揺の予兆はあったとしつつ、「だからといって、世界は1930年代のような分断の状況に戻ることはもはやできない」と主張。秩序の修復は民主主義国家に課せられた責務であるとするとともに、ウィラユダ氏と同様にG20は秩序再考の良い舞台であるとし、「ここで秩序の新たなバージョンを探っていくべき」と主張しました。

同時に、世界はサプライチェーンによって強固に結びつき、利害も密接に絡み合っているために、「協力せざるを得ない」とし、多国間協力が復活する余地は十分にあるとの見方も示しました。

欧州がその強みを活かしながら新たな世界秩序の担い手となる

HIR_2551.jpg ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏は、トランプ氏の登場について、「欧州の目を覚まさせ、戦略的自立について考える良いきっかけとなった」とし、ポジティブに捉えるべき面もあったとまず評価。しかし、欧州が真に自立し、新たな秩序の担い手となれるかどうかは、今がまさにその分岐点であると語りました。

ペルテス氏は、欧州が担い手になるために必要な取り組みとして、データなど「自らの強みを活かせる分野でルールづくりを主導すること」を提示。こうした次代のカギを握る新領域において米中に一歩先んじて、自らの優位性を高めていくことが発言力の強化にもつながっていくとの見方を示しつつ、巨大な域内市場と産業基盤を有する欧州にはそれが十分可能であると自信を見せました。同時に、データ流通や電子商取引に関する国際的なルールづくりを進めていくプロセスである「大阪トラック」を開始した日本との連携にも意欲を見せました。

中国についてはさらに踏み込んで言及しました。AIと監視カメラのテクノロジーとを融合させた顔認証システムによって国民管理を進めるなど、リベラル国家には真似できないような手法で社会実装を進められる点が中国の強みであるとし、これを警戒。また、次世代の無線通信規格5Gで、中国が世界に先行していることについても、「スパイや破壊工作に悪用されかねない」と懸念。欧州側もイノベーションによる技術革新を進めると同時に、やはりルール形成を主導することで対抗していくべきと語りました。さらに、こうした方向性はGAFAなど国家に比肩するような巨大企業を抑える上でも意義があると付言しました。

ペルテス氏は続けて、安全保障戦略についても論及しました。フランスのマクロン大統領が2月、フランスが保持する核抑止力が欧州の安全保障に果たす役割について欧州各国と「戦略対話」を行いたいとの意向を表明したことを紹介しつつ、欧州で戦略的協力の機運が高まっていることに期待を寄せました。

この発言を受けてヴェドリーヌ氏は、 NATO軽視の言動を繰り広げるトランプ氏と米国には、もはや全面的に安全保障を頼ることができなくなった以上、欧州側の自助努力は不可欠となったとし、「戦略対話」創設もその一環であると補足しました。また、データ管理やAI技術に関する提案に対しても、「技術の優位性なくしてルール形成主導は不可能」と賛同しました。

12.jpg

米中の狭間で揺れ動いてきたASEANも積極的な役割を果たしていく

HIR_2585.jpg シンガポール・ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長のオン・ケンヨン氏は、米中の狭間で揺れ動くASEANの視点から発言しました、その中でオン・ケンヨン氏は、米中両国に依存せざるを得ないASEANとしては、どちら側に付くか旗幟を鮮明にすることをこれまで避けてきたが、今後もそれは同様であるとし、ASEANの置かれた立場の難しさを吐露。一方で、データや資本市場、サプライチェーンなどをめぐっては時代の変化に適合した新たなルールによる規律は必要であるとし、落としどころとなるルールの策定にあたってはASEANも積極的に発言していくべきと語りました。

同時に、今まさに猛威を振るう新型コロナウイルス(SARS-CoV2)のように、国境を超える課題については国際協力の他に解決の道はないということを、米中に再確認させるための努力も、両国の間にいるASEANに課せられた役割であると語りました。

中国に変化を促す好機到来

HIR_2607.jpg 元駐米大使の藤崎一郎氏は、従来からの覇権国家と新たに台頭してきた国家が、戦争不可避な状態までぶつかり合うという所謂”トゥキディデスの罠”の現象が米中間で起こるという見方に対しては「賛同できない」とし、その理由として中国はマネーの力によって世界秩序を変えようとしているのであって、旧ソ連のようにミサイルや戦車の力で変えようとしているわけではないことを挙げました。

また、中国の姿勢を変えさせることができるということを示した点では、トランプ氏に功績があるとしつつも、それを米国単独でやろうとしているために不十分な成果にとどまっていると指摘。そこではやはり多国間のアプローチが求められると語るとともに、新型コロナウイルスや香港問題への対応で中国が後手に回った今はまさに方向転換を促す好機であると述べました。

10年後の世界秩序に向けて、民主主義国家は何をすべきか

議論を受けてメドーラ氏は最後に、10年後の世界秩序の行方について各氏に予想を求めました。

ペルテス氏は、現下の危機から教訓を得た結果、「多国間協力こそがベストということを世界が認識する」ため、「来年はともかく、10年後には平穏を取り戻しているだろう」と予測。もっとも、そのためにはG20などの多国間枠組みを通じた努力は不可欠であることも付け加えました。こうした教訓をベースに秩序再興に向かうとの見方にはジョッシ氏やウィラユダ氏も同意しました。

また、オン・ケンヨン氏は、トランプ体制、習近平体制が続くのであれば「2、3年でディールに至って、米中対立は収束する」との見方を提示。両首脳とも政治的な”夢”を持っているが、対立を上手く着地させることができなければ、その夢の実現がおぼつかず、さらには政治生命自体も危機に瀕することをその理由としました。

藤崎氏は、「米国が広い視野に基づくリーダーシップを取り戻すこと」、「中国が”チャイナ・ウェイ”は通用しないということを理解すること」の2点さえあれば楽観できるだろうと回答。逆に言えばそれができなければ今後も不安定な状況が続くことを言外ににおわせました。

一方リンゼイ氏は、「ベストを願いながらワーストに備えていくべき」と主張した上で、ワーストを避けるためには多国間協力が必要不可欠だという流れを世界で確固たるものにしていく必要があるが、「それが間に合うか」だと指摘し、気候変動問題に象徴されるように、世界的課題の解決が遅れることの危険性を考えれば、10年後の秩序は「悲観的」との見方を示しました。しかしリンゼイ氏は、だからこそシンクタンクも努力を続けることが大事だと説くとともに、「『東京会議2030』で皆さんと共に良い成果を得られたことを喜び合いたい」と語りました。

ヴェドリーヌ氏は、「悲観でも楽観でもなく、『何ができるか』を考えていくべき」と主張。リベラル秩序というものは自然発生したものではなく、かつて米国を中心として人為的につくり出したものであると指摘しつつ、人為的につくり出したものであれば人為的に修復することも可能であるはずだと語りました。そのためには、米中対立が収拾のつかない状況になった時に、多国間協力で助けることによって、米中両国にこの協力の重要性を再認識させることが大切だと指摘。これは「15程度の有志国で連携すれば十分に可能だ」としつつ、逆にそれができなければリベラル秩序は終わりを迎えることになると警告し、居並ぶパネリスト達に奮起を促しました。

こうした白熱した議論を経てパネルディスカッションは終了し、会議の進行は、「『東京会議2020』未来宣言」の発表と、本年の G7議長国である米国政府及び日本政府への宣言文手交へと移りました。

2020年3月4日

・「世界の繁栄とアジアの平和で日中が背負うべき責任は」-東京・北京フォーラムで(言論 NPO)

政治・経済・安全保障の専門家8氏が新時代の日中協力の姿を議論

 初めに、日本側司会の宮本氏は、「世界の状況をどう展望し、その中で中国と日本の役割をどう考えていくのか、各分野の視点から答えてほしい」と議論の視点を提示し、議論が始まりました。

中国が示す二つの将来像

続いてマイクを握った日本側の五百旗頭真氏(公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長)はまず、これまで世界をリードしてきた米国の存在が、日中関係の今後を考えるにあたっても重要になってくるとの見方を提示。

五百旗頭氏は、歴史家の観点から、「孤立主義」と「世界を思うままに支配する米国」という両極の間で揺れ動いているという、米国政治の特徴を描き出しました。具体的には、「初代大統領ワシントンが掲げた孤立主義を長く続けてきたが、二つの世界大戦に巻き込まれた経験から、日ごろから積極的に国際政治に関与すべきだと考えるようになり、ブレトンウッズ体制と国連という新しい秩序をつくった。ところが戦後70年が経ち『大国疲れ』が出てきて、トランプ氏のような指導者が登場するようになった。しかし、現在の中国への姿勢にみられるように、世界の課題に全く関与しなくなったわけではない」と分析。その上で、「孤立」と「単独での世界支配」のどちらも極論であり、各国が密接につながった今の世界では持続不可能である、と話しました。

一方で五百旗頭氏は、米国と並ぶ超大国の立場を築こうとしている中国にも「両極」はある指摘。まず、歴史上、東アジアの超大国として長く超法規的に振舞ってきたとし、「伝統がそうなので、現在でも何も考えずにそのような行動をする危険がある」と発言。一方で、清朝末期以降、列強の支配に屈した「100年の屈辱」を経験していることに触れ、この両者を経験していることが中国の特徴だとしました。

さらに、改革開放以降の30年間、年10%の成長を続けてきた中国の成長が戦後日本の発展と異なる点は、経済力に加えて軍事力を、伝統的に国力の両輪としてきたことだと指摘。「米国などは冷戦後、中国が発展すれば責任あるステークホルダーになると期待し、WTOなどの仕組みに迎える関与政策を進めてきたが、今ではそうした期待はなくなっている」との見方を提示し、「2008年のリーマンショック時に4兆元の経済対策で世界経済を下支えしたことで、実力を隠して力を蓄える『韜光養晦』を卒業する時が来た、というナショナリズムが強まり、東シナ海や南シナ海の現状変更に対する米欧日の警戒感につながった」と解説しました。

一方で、習近平主席が、中国が自由貿易や地球環境など世界の課題解決をリードする考えを示していることに言及し、中国の将来像として、「他国を尊重し国際公共財を支える国」と「『100年の屈辱』を乗り越えた、米国と並ぶ大国」の二つが示されている、と分析。「これからの中国はどんな文明国になるのか」と問題提起しました。そして、自身が周王朝の遺跡で目にした文書「天の道を尊び、民を慈しむ」を引用し、「力はあるが過度な行使は控え、他国を尊重するのが尊敬される国だ」と中国側に呼びかけました。

米中「熱戦」を避けるため日本の役割が重要

次に五百旗頭氏は、米中対立に関連し、米政治学者グレアム・アリソンの研究によれば「最近500年で新興国が既存の覇権国に挑戦した15回のケースのうち、戦争を回避できたのは4回だけだ」と紹介。このうち、妥協不可能と思われた米ソ冷戦が「熱戦」に至らなかったのは、核兵器をもし行使すれば相互が壊滅する状況にあったからだ、と語り、その状況は今後の米中にも当てはまるがゆえに、米中の熱戦は回避しなければいけない、と主張しました。そして五百旗頭氏は、覇権争いが戦争に至らなかった「4回」に同じく含まれる英米間でそうであったように、双方が相手を尊重、理解していく努力が必要だ、と訴えました。

最後に五百旗頭氏は日本の役割について、「米中両国と密接な関係を持ち、安倍首相は米中の両首脳と良い関係にある。米中対決が深刻化を食い止める、国際ルールの再編を進める役割を果たすべきだ」と強調。そして、「それはトップだけでできる話ではない。官民の英知をまとめ未来を切り開くビジョングループの役割が重要だ」とし、その舞台として本フォーラムの場も活用し、「人類史の大きな課題を平和のうちに超えていく努力を尽くしたい」と決意を述べ、発言を締めくくりました。

YKAA1769.png

日中関係は正常軌道に戻りつつあるが、根本的な解決には至っていない

中国側からは、この5月まで駐日大使を務めていた程永華氏が発言。同氏は、「中日関係は今や正常な軌道に立ち戻り、改善基調にある」との見方を提示した上で、6月の安倍首相と習近平主席の首脳会談で合意した「新時代の日中関係の構築」を実行に移し、両国相互の課題や国際課題での協力を進めるべきだ、と主張しました。

そして、2日前に言論NPOなどが発表した「日中共同世論調査」に基づき、四つの問題を提起しました。

まず、政治・安全保障面での相互信頼が足りない、と指摘。両国関係は正常軌道に戻りつつあるが、根本的な解決には至っていない、とし、「お互いに脅威にはならない」と確認した2008年の日中共同声明を実際の政策に落とし込み、国民の合意にする努力が必要だと訴えました。

次に、相手国や日中関係への認識が中国では大きく改善し、日本では停滞もしくは悪化している、という民意の非対称性に言及し、この背景に中国人訪日客の急速な増加による直接交流の拡大があると指摘。日本の国民にも、中国への修学旅行などを通した顔の見える交流の増加を求めました。

また、程永華氏は第三に、貿易・投資など、首脳間でも確認した実務的な協力の質を高めること、第四に、世界が100年に一度の不確定な時代を迎える中、多くの共通の課題に直面する日中が二国間だけでなく地域や世界の繁栄に貢献することの重要性を訴えました。

世界のデカップリングによる最大の被害者は日中両国

7月まで経済産業事務次官を務めていた嶋田隆氏は、世界の経済秩序という観点から日中の役割を語りました。まず嶋田氏は、トランプ米大統領の出現やイギリスのEU離脱、欧州の極右政党の躍進などは症状にすぎず、根本原因は国際経済全体の地殻変動にある、と指摘。具体的には、第一に、グローバル化と技術進歩と高齢化による社会の分断。第二に、経済と安全保障が一体化し、米中対立においても貿易紛争から技術覇権に焦点が移っていること。第三に、環境や金融などの世界課題で、各国政府ができることと実際の問題とが乖離していることを挙げ、こうした根本原因に向かい合わない限り、問題は深刻化していくという見通しを示しました。

さらに嶋田氏は米中両国の状況に言及。まず、米国人のWTO幹部が「大きなシステムの変わり目には、米国にはシステム自体を否定しながら改革することが許されている」と、現在の局面を1971年のニクソンショックと同列にとらえていることを紹介。米国の政治家だけでなく実務の専門家がそう考えていることは、日中とも深刻に受け止める必要がある、としました。

一方で、中国については、構造改革と経済安定運営の両立を図るために相当緊張感のある政策運営をしている、と述べ、外資規制緩和などの進展を評価。ただ、水際の国境措置を開放するだけでなく、補助金や国有企業などの国内制度をどこまで改革するかが問われているところに問題の本質がある、と述べ、これが中国の構造改革が進みにくくなっている原因だ、と指摘しました。

そして、米中両国で経済のデカップリング論が出ているが、日中とも戦後の相互依存体制の最大の受益者であり、デカップリングの影響を最も受けるのは日中だ、と指摘しました。

最後に嶋田氏は、こうした状況を乗り越えるための三つのキーワードを提示しました。

第一は「多層性」、つまり二国間だけでなく有志国や地域、多国間の枠組みで国際世論を盛り上げながら課題に向かい合っていくことです。嶋田氏は、自身の通産省時代、保護貿易に反対する国際世論を形成していくことで、相手国内の多様な世論を動かした経験に触れ、今の貿易問題でも、日中あるいはアジアが連携して具体的なアクションを働きかけていくことが最も重要だと語りました。

第二に「相対化」。政治や安全保障で国家間が勢力を競う世界から、プラットフォーマーと呼ばれる企業がルールよりもコードで経済の仕組みをつくっていく状況に変わっているという視点を持つべきだと述べました。

第三に、「プロジェクト」の推進について、中国の資金・人材面の強みに加え、そしてデジタルを使った社会変革で必要な官民融合のアプローチがあることを指摘。そうした具体的なプロジェクトを進めながら多層性をもった交渉をし、根本原因にアドレスすることが必要だと主張しました。

CPTPPと一帯一路の融合が新たな経済秩序につながる

一方、中国の経済分野からは、曹遠征氏(中国銀行国際研究公司董事長)が登壇。同氏は、中国経済台頭の本質は、単なるGDPの増加でなく、住民の所得の急速な成長にあると指摘。昨年、中国の小売の売上額が米国を超えたことを紹介し、中国が世界最大の市場、世界経済の原動力であることは世界で共有されている、と述べました。

また曹遠征氏は経済面における「新時代の日中関係」について、政治関係の変化に伴って、経済関係も二国間からマルチへと発展させなければいけない、と主張。具体的には、日中韓FTA交渉の推進や、日本が進めるCPTPPと中国の一帯一路を融合する必要性に言及しました。そして、一帯一路については、関係国がともに話し合い、建設し、それにより市場のパイを拡大し、利益を共有するという点で「人類の理想だ」と発言。この理念を日中が参加して仕組み化することは、日中の経済にとって重要であり、グローバル経済の発展のための新たな秩序につながる、と訴えました。

安全保障面での米中「冷戦」下で、日中の戦略対話が重要に

続いて、日中両国の安全保障関係者が発言に立ちました。

香田洋二氏(元自衛艦隊司令官、元海将)は、「米中経済冷戦」と多くの識者は言っているが、実際は経済・技術面では「実戦」の段階に入っており、安全保障面が「冷戦」状態にある、との視点を示しました。

香田氏は、「日中の経済関係は良好に見えるが、軍事面でも中国の対日戦略の基本的転換はあったのか」という疑問を提示。今の日中関係が、経済面だけを追求した便宜的なものであれば砂上の楼閣である、と語りました。その上で、昨年運用を開始した日中の海空連絡メカニズムはまだ「仏作って魂入れず」の状態にあると指摘し、北東アジアの危機管理に向けたさらなる運用改善の必要性を強調しました。

そして香田氏は、米中の安全保障関係が冷却している実態に注目すべきと主張。4月に日本も参加した、青島での中国海軍創設70周年の国際観艦式に、米国は自らの意図で参加しなかったことを紹介し、中国と軽々に妥協しないという米国務省や国防総省の姿勢がここに表れている、と指摘しました。

香田氏は、この安保面での「米中冷戦」が日中にとっては最大の問題だとし、この局面で日中の戦略対話が重要になると指摘。中国の国家戦略が意図するところ、米国に対して何を考えているのか日中でしっかり共有すれば、日本は米国の世界一有力なパートナーとして、米国にもしっかりと自分の立場を伝えられる、と訴えました。

安全保障面での日中協力には多くのポテンシャルがある

中国側から本フォーラムに7回目の参加となる姚雲竹氏(中国人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員)は、昨年のフォーラム以降、日中の相違だけでなく潜在的な協力の可能性にも焦点を当てるようになったとし、アジアと世界の平和と繁栄を守る上で、日中に求められる5つの協力分野を挙げました。

第一に、朝鮮半島における緊張緩和に向けた日中の連携。第二に、気候変動やテロ、感染症、シーレーンの安全など、グローバルな非伝統的安全保障上の脅威に対処するための努力。第三に、自律型致死兵器など軍事面でのAIの導入によって、戦争の意思決定における人的要素がなくなり、戦争が無制限に激化するリスクに対処する国際ルールの構築、を同氏は上げました。

第四は、日米中の3ヵ国間の関係において、自国の安全保障を巡る問題に対処するための日中の対話です。具体的には、例えば米国がINF(中距離核戦力)全廃条約破棄に伴い、東アジアで大陸発射式の中距離弾頭ミサイルを配備する可能性が指摘される中、こうした核配備の問題への対処で日中が相互に交流を図ることは、日中関係に意義があると語りました。

これに関連し、姚雲竹氏は第五の協力分野に核軍縮の問題を挙げ、核不拡散体制が崩壊し世界の核兵器の総量が増えることは日中両国にとっても良くない状況だと指摘。中国と日本が、米露両国に対し、INFルールの遵守や、2021年に期限を迎える新START(新戦略兵器削減)条約の5年延長を求めていくべきだ、と述べました。

そして同氏は、安全保障分野での日中協力はこれまで十分ではなく、逆に言えば、今後、建設的な安全保障環境を整備するにあたってより多くのポテンシャルがある、との見解を披露。二国間だけでなく地域や多国間の協力の必要性にも言及し、発言を終えました。

最後に日本側司会の宮本氏は、総括のコメントを、娘の結婚式のため間もなく中国を離れる五百旗頭氏に譲りました。同氏は、自身が参加し、2003年から08年まで設けられた外務省の「新日中友好21世紀委員会」では、互いに尊敬の気持ちを持って深い議論ができたと振り返り、今こそこうした対話の舞台が必要だと強調。米中対立やAIの発展など世界の激動の中で、どのような文明世界をつくっていくのかという構想を練るビジョングループをまず日中間で築き上げることが必要だ、と結論付けました。

中国側司会の趙啓正氏は、日中がその影響力を広げ、世界やアジアに貢献するためにも、日中関係の高度化、顕著な改善が必要だと主張。そして、日中関係の基礎は、双方の政府間の信頼だけでなく国民の相互信頼にあると述べ、「皆さんは両国の国民に負託を受けている」と、会場のパネリストらに呼びかけ、議論を締めくくりました。

2019年10月29日

・講演「教皇フランシスコが実践する『慈しみの地政学』」(Fr. Antonio Spadaro S.J.)

(2019.9.20 カトリック・あい)

教皇フランシスコが11月下旬に来日されるが、教皇の側近、アントニオ・スパダロ師(La Civilta Cattolica編集長、イエズス会士)がその準備のため来日、19日に上智大学で「教皇フランシスコによる慈しみの地政学」をテーマに講演した。ご本人と主催者・上智大学の了解を得て、以下にその講演の内容を掲載します。

(文責「カトリック・あい」南條俊二)

・・・・・・・・・・・・「antonio spadaro」の画像検索結果

 教皇フランシスコはその言動で、いつも人々を驚かせます。ですから、日本においでになった時に、どのようなお話をなさるのか、実際には”蓋を開けて”みないと分からないのですが、何回か教皇の海外訪問に同行し、身近に接してきた私の経験をもとに、お話ししたいと思います。私の話が、教皇の訪日の思い、意義を理解していただく一助となることを期待してお話を始めます。

*教皇フランシスコの外国訪問は常に「慈しみの旅」

 まず、この講演のテーマ「教皇フランシスコの慈しみの地政学」です。教皇は今年1月の在バチカンの各国外交団への新年あいさつで「慈しみ」という言葉を8回使われました。昨年になさった外国司牧訪問は「慈しみ」の旅でした。旅の根底にあるものは「慈しみ」。それが教皇の地政学のビジョンとも言えます。教皇にとって、それは抽象的な概念ではありません。人々の生活の中にある神の心そのものなのです。

 フランシスコが2013年春に教皇になられて、最初に私とのインタビューに応じてくださったのですが、お話の中で印象的だったのは「教会は”野戦病院”」という言葉でした。教皇はその後、教会のあり方を表現する際に、この言葉を何度もお使いになっていますが、この時が初めてでした-教会は野戦病院であり、野戦病院でなければ、教会ではないーと。もちろんその背景には、「慈しみ」があるのです。

*その実践の具体例は数多い

 具体的に、教皇が「慈しみの地政学」をどのように実践されて来たのか、具体的に振り返ってみましょう。

 まず、内戦が激化したシリアへの対応です。教皇は、2013年9月1日の「お告げの祈り」の中で、同月7日を「シリアと中東地域、全世界の平和のための断食と祈りの日」とすることを宣言。バチカンでの参加者10万人を超える祈りの集会で教皇は「暴力と戦争は決して平和をもたらさない」と訴えました。和平への働きかけは世界の宗教指導者たちにとどまらず、各国指導者にも書簡などで和平での努力を呼びかけ、さらに教皇の意を体したバチカン国務省が各国大使を集めて、対話と和解、分裂回避を目指すバチカンの外交方針を示すなど、具体的な取り組みが進められました。

 次に中国です。教皇フランシスコは、2013年春の就任以来、バチカンが国交を持っていない中国との関係改善に意欲を示しておられます。教皇は2017年にミャンマー、バングラデシュを訪問され、そこでも中国の国際社会における役割の重要性を認識されました。教皇は語っておられますー中国は世界の大国。平和を求めるなら、中国の役割を考える必要がある、と。

 ちょうど一年前、バチカンと中国政府が中国国内の司教任命について暫定合意しましたが、これ自体は司牧的。中国国内での司牧についての希望のメッセージですが、「到達点」ではなく、「出発点」です。これがそのまま、中国の信徒たちの環境が改善される、という保証はまだありませんが、バチカンと中国との関係改善は可能です。

 中南米では、キューバと米国の関係改善に努めています。バチカンのパロリン国務長官は、バチカンが歴史を書き換えることはないが、”前進”させることを希望する、と語っています。武力紛争が長期化していたコロンビアにも紛争終結の努力を訴えられ、2016年6月に政府と左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)が武力紛争終結の最終合意文書に署名に至りました。

 深刻なミャンマーのロヒンギア難民の問題に対しても教皇は継続的な関わりを表明されており、ミャンマー、バングラデシュ訪問の際、バングラデシュの難民キャンプに生活しているときと会われました。私はその場に居合わせたのですが、教皇は涙を浮かべて彼らの訴えをお聞きになりました。とても感動的な瞬間でした。

 教皇は、”世界を、政治とモラルの混同や、絶対的な善と悪で二分して見るのを嫌われます。世界は(注:善悪がはっきりした)”ハリウッド映画”ではない。常にいろいろな利害が対立し、ひしめき合っている。そうした中で、行動している人と会い、ソフトパワーを発揮して、善のために互いに努力するーそれが教皇のお考えです。

*原理主義的思考、カオスへの恐れを解消する「地政学」

 教皇の考えておられる「地政学」は、原理主義的発想、カオスへの恐れを解消しようとするものです。「宗教イコール原理主義」の立場をとりません。宗教間の衝突、文明間の衝突とは関係しません。「カオスがある」と思うだけで、分断が起き、政治と宗教がくっついてしまう。政治的な成功に必要なのは、人々の間にカオスを増幅させ、煽動し、ありもしない恐怖を与えることだ、と言う人がいますが、教皇はこうした考えに反対します。平和を非暴力によって追求する、恐怖を与えるような言葉を使わない、という立場を明確にされています。

 イスラム系のテロリストたちに、教皇は「彼らは可哀そうな犯罪者だ」と言われます。彼らを糾弾する一方で、”共感”を示されます。教皇は、2014年5月の聖地巡礼中にイエスがヨハネから洗礼を受けたとされるベタニアでなさった説教で、「テロリストたちは”放蕩息子”です。悪魔の化身ではありません」とも語っておられます。味方だけでなく、敵も愛する、ということです。

 カトリックは、政治的な権力を保証する存在ではありません。ローマ帝国を継承するのはキリスト教会だ、という誘いに教皇は乗りません。錆びた鎧を脱ぎ、真の力―統合する力-を神に戻すこと。統合する力こそ、神のユニークさなのです。教皇は、米国の司教団とお会いになった時、十字架を世俗的な闘争の”横断幕”に、政治的な利益のために、使ってはならない、と言われました。教会の役割は、終末論から未来を見据え、神の国に向かって、正義と平和にこの世を導くことにある、と教皇は考えます。

*西欧のリーダーシップ喪失の危機に対し、アジアは多様性の中で若いエネルギーに溢れている

 キリスト教を奉じていた西欧でリーダーシップの危機が起きる一方、アジアでは宗教的、精神的価値観が生き生きとしています。多様な文化、宗教。地政学的、人口動態的にも多様性に富み、様々な矛盾が存在する一方で、若いエネルギーに溢れている。フィリピンや東チモールを除いて、アジアでは、カトリック教徒は少数派。無数の宗教的伝統がひしめいている。仏教、キリスト教、イスラム教に、古くからの民俗信仰が交わっています。そうしたアジアの国々へ、宣教師たちが、現地の文化の中に入っていきました。

*教皇の”野戦病院外交”は”傷”に触れる癒しの行為

 先の話に戻りますが、教皇が外国訪問でなさっているのは、”野戦病院外交”です。傷ついた人々、その象徴としての場所に触れ、癒すー抽象的でなく、具体的です。聖地巡礼でも、エルサレムの嘆きの壁に顔をお付けになった、それは癒しの行為でした。ナチのユダヤ人大量殺戮の現場となったアウシュヴィッツを訪れた時も、処刑の場所の壁に無言で手を触れられ、2017年末に武装集団による襲撃で多くの死者を出したカイロ郊外のコプト教会でも同様のことをなさいました。

 キリストがなさったように、「傷」を癒し、人々を隔てている「壁」を「橋」に変える努力を行動で示し続けておられるのです。

 今、地球上のあちこちで小型の”第三次世界大戦”が起きています。平和と正義が揺らいでいる。移民・難民、社会の中でのけ者にされた人々、その背景にアフリカの砂漠化進行なども要因になっている。コロンビアの場合もそうですが、不正、貧困の問題を無視しては和平を達成することはできません。「統合」を基礎に平和を作らねば、新たな紛争を生む。「共通善」を世界に広げることで、平和を実現していくーシンプル過ぎるかもしれませんが、それが「地政学的に慈しみを考える」ことにつながるのです。

*訪日のテーマ「すべてのいのちを守る」、教皇の願いは「命の福音」を伝えること

 教皇フランシスコの今回の訪日のテーマは「すべてのいのちを守る」です。経済、環境の問題、津波や地震など自然災害、原発事故など、さまざまな課題を抱える日本に、キリストが伝えようとした「命の福音」を伝えたい、というのが教皇の願いです。核不拡散の戦いも重要です。日本人は平和の大切さをよく理解しておられます。

 昨年11月にバチカンのギャラガー外務局長が 2018年ギャラハー・バチカン外務局長が来日した際も、そのことを強調され、教皇は一昨年の末に、長崎原爆被災直後に米国の従軍カメラマンが撮った「焼き場に立つ少年」の写真を複製し、裏に「戦争がもたらすもの」と題する小文を署名入りで印刷したカードをお配りになりました。広島、長崎訪問では、原爆犠牲者たちのために祈り、所有も含めた核兵器の廃絶を改めて訴えられる見通しで、来年に予定する国連での核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議での前向きの議論を促すことが期待されます。

 教皇が司祭叙階した時から、ずっと日本での宣教を希望されていたことはよく知られています。健康上の理由から果たすことはできませんでしたが、16世紀にイエズス会士、フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えて以来、数々の迫害に耐え、司祭がいなくなっても、信徒たちが教えを伝え続けたことに、強い感銘を受けておられました。

 教皇だけでなく、多くのイエズス会士にとって日本は魅力的な国であり続けました。そして、イエズス会日本管区からこの半世紀の間に、アルペ、ニコラスの二人のイエズス会のトップ、総長を輩出しています。上智大学の理事長、学長として大学教育に貢献され、グレゴリアン大学学長、そしてヨハネ・パウロ二世教皇に乞われてバチカンの教育次官・大司教になられたピタウ神父もおられます。

 「神は、時速3マイル歩かれる」と言われます。それは、人が歩く場合の普通の速さ。つまり、神は、私たちの歩幅に合わせて、寄り添ってくださる、のです。速やかにすべての結果を出すことはできませんが、目標に向かって着実に歩むのを神は支えてくださるのです。そのような心で、「地政学的な観点」から教皇をお迎えし、見守っていただきたいと思います。

 

 

2019年9月20日

・「米社会の分断や米中対立は、構造的な現象 」と米有力世論調査機関の前ディレクター、ストークス氏(言論NPO)

 (2019.9 .9 言論NPO)

「米社会の分断や米中対立は、だれが大統領になっても変わらない構造的な現象 」

IMG_9058.jpg

 米国の世界的な世論調査機関ピュー・リサーチ・センターでディレクターを務めていたブルース・ストークス氏は9月9日、言論NPOの公開フォーラム「アメリカ大統領選挙の行方と民主主義の現状」に参加し、現在、米国で起こっている社会の分断や、自由と民主主義の牽引役という立場からの米国の撤退、また米中対立に伴う世界の分断は構造的な現象であり、大統領選でトランプ氏と民主党候補者のどちらが勝利しても大きく変わらない、との見方を示しました。

 フォーラムにはこのほか、米国通商代表補代理や在日米国商工会議所の会頭などを歴任し、現在は米国の先端政策研究所で上席研究員を務めるグレン・S・フクシマ氏、そして国際政治学者、文化人類学者として米国社会の状況に詳しい渡辺靖・慶應義塾大学教授が参加しました。

*支持政党により大きく影響を受けている個別政策への態度

 ストークス氏は、同センターが実施した米国の世論調査結果を紹介しながら、トランプ政権下における米国社会の構造を説明。同氏はまず「米国人は今、非常にストレスを感じている」と指摘しました。そして、過去50年間で、非白人や海外生まれの人が人口に占める割合がそれぞれ3倍になった、と紹介しました。そして、移民の割合が今と同程度まで増えた1920年代にも、中国人や日本人を排斥する現象があったとし、今起こっている反移民の動きは、米国の歴史に見られるパターンの再来だ、との解釈を示しました。

 続いて、自身の地元、ペンシルベニア州バトラー郡における2016年の大統領選結果に触れ、「同郡は失業率や平均所得が全米平均より良く、海外生まれの割合も低いが、トランプ氏が67%の票を獲得した」と紹介。同時に、「他国の影響からアメリカ的な国民生活を守る必要がある」と考える人が、民主党支持者では4割なのに共和党支持者では7割を超えることに触れ、トランプ氏への支持が根強い背景には、経済状況よりも、米国人の文化的な誇りが脅かされているという感情にあるのではないか、との見方を示しました。

 さらにストークス氏は、米経済の現状への評価や自由貿易への賛否などで、共和党支持者と民主党支持者が正反対の傾向を示していることを指摘し、「これは純粋に経済のことを言っているのか、それとも、共和党員だから全てが素晴らしく見え、民主党員だから全てが酷い状況に見える、ということかもしれない」と、個別政策への態度が支持政党によって大きく影響を受けている米国社会の分断の状況を明らかにしました。

*トランプは分断の原因でなく結果であり、それは民主主義国に共通する現象

 これを受け、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「こうした米国社会の分断は、大統領選を経てさらに加速するのか」と問いました。

 ストークス氏は、2年半前のトランプ政権発足以降、その支持率が共和党では8割を超え、民主党では1割に満たないという結果が継続していることを挙げ、こうした固定化の傾向は選挙戦を経ても続くという見通しを示しました。

 渡辺靖氏も、「これだけの分断が回復したケースは世界史の中でもない」と悲観的な見方を提示。トランプ氏の出現は分断の原因ではなく、経済格差や人口構成の変化、情報環境の変化が複合して起きた「結果」であるとし、こうした民意の「タコツボ化」や、それに伴う自国第一主義、強権的指導者の台頭は民主主義国全体に共通する現象だとしました。

 一方、フクシマ氏はこうした見方に基本的には賛成だとした上で、中長期的には異なる方向に向かうだろうとの意見を披露しました。同氏は、2044年には白人の人口が米全体の過半数を割る見通しであることや、非白人や若者は自由貿易や移民、気候変動対策に肯定的な傾向があることに触れ、今後は政策動向が変化する可能性を指摘。人口動態の面で米国全体の変化に先行しているカリフォルニア州の知事がトランプ氏と真逆の政策をとっていることからも、「中長期的にはこれが米国の将来像だ」と語りました。

*対立、分断を煽ることが選挙の勝敗を左右するという構図に

 また工藤は、「トランプ政権の行動により、世界の自由貿易や多国間主義に摩擦が生じている。にもかかわらずトランプ氏は、既成の政治や移民などの敵をつくって社会を分断するという手法で、今度の選挙戦にも挑もうとしている。こうしたやり方がいまだに米国では通用するのか」と疑問を投げかけました。

 これに対し渡辺氏は、選挙戦の勝敗のポイントは「両党のどちらかが、支持者を投票所に向かわせようという熱気を醸し出すことができるか」だと発言。過去の大統領選では、既存の政治と距離があるアウトサイダーが勝つ傾向が強いとし、トランプ陣営は「バイデンは40年近く政治家だったのに、何も変えられなかった。自分の改革がうまくいかなかったのも民主党が邪魔したからだ」と支持者を鼓舞できる、と語りました。一方、民主党については「米国の民主主義の今後を考えたときに、トランプのままでいいのか」という世論を、党派を超えてどこまで高められるかにかかっている、としました。

*民主党政権でも中国への強い姿勢は続く

 さらに工藤は、言論NPOが議論に先立って実施した日本の有識者アンケートにおいて、中国との通商問題やTPPなど自由貿易、気候変動、イラン問題といった様々なグローバル課題について、民主党候補が勝てば進展するという期待が高いことを説明。「それは本当なのか」と尋ねました。そして、特に、米中対立に伴う世界経済の分断は、民主党政権下ではどうなるのか、と問いました。

 ストークス氏は、そう簡単な話ではない、という見方を提示。具体的には、「民主党候補は、トランプ氏と違い日本や欧州と連携して中国と対峙していくだろうが、中国への圧力という結果は変わらない。気候変動対策には積極姿勢に転じるが、市民生活に犠牲が伴う各論では慎重になるだろう。民主党はイラン核合意に復帰に前向きだが、選挙までに復帰が不可能になるほど合意自体が崩壊している可能性がある。ロシアのプーチン大統領には友好的ではないのは明らかだが、ロシアへの厳しい姿勢には限界もある」と語りました。

 一方、ストークス氏は、次の景気後退が選挙後の2021年になるという見通しから、「次期政権は経済対策が最優先にならざるを得ず、景気後退が自分たちのせいでなかったとしても批判を受ける。したがって、世界課題への対応は二の次になるだろう」と語りました。

 さらに、ストークス氏は、「米国は比較的衰退しており、世界のリーダーに戻ってはいけない。日本にも欧州にも役割が必要である。自分の役割が変わったと米国自身が理解しないといけない」とした上で、その点を正直にアピールしていることがトランプ氏の魅力になっていると解説。米国が戦後秩序の中で担ってきた、国際的な公共財の分担を見直さなければいけない、と主張しました。

 また、ストークス氏は米中対立について、民主党候補が当選した場合は対中関係の修復を試みるだろうと予測しながらも、「中国の軍事的野心は我々が経験したことがないものであり、米中の緊張関係を意味する。香港や台湾に対する中国政府の姿勢にも、米国社会はかなり批判的だ。それが現在我々に立ちはだかっているチャレンジだ」と、米中対立は長期化するとの見通しを示しました。

これに対し、渡辺氏は、民主党候補には、トランプ氏のような「米国が国際的な枠組みや同盟関係から搾取されている」という認識はなく、「安全保障で日本がただ乗りしている、という発言が抑制されるなど、変化はあるだろう」と発言。ただ、伝統的には保護貿易色が強い民主党は、「貿易では中国に強く出るだろうし、対日貿易でも甘い期待は禁物だ」と展望しました。

IMG_9104.jpg

*日本で予測されているほどトランプ優勢ではない

 さらに工藤は、「民主党候補者のテレビ討論会が始まり、世論調査では民主党候補が優勢という結果も出ている」という状況に触れ、選挙戦の行方を問いました。

 渡辺氏は、民主党の指名争いでバイデン前副大統領がリードしているという報道に対し、「立場が似ているサンダース、ウォーレン両上院議員が連携することで、バイデン氏を抜く可能性がある」と、指名獲得の行方はまだ分からない、と予測しました。

 フクシマ氏は、言論NPOの有識者アンケートで、トランプ氏の勝利を予測する声が多数派となったことについて、日本の有識者には共和党に有利な意見の方が伝わりやすいからだ、と理由を説明。具体的には、共和党の関係者にはビジネス界出身の人が多く、彼らがビジネス目的で来日した際、日本の経済人や政治家、官僚と会って共和党の宣伝をしていると語りました。また、過去の民主党の大統領は、選挙の1年前には無名だった人が多いことを挙げ、「ウォーレン氏やハリス上院議員のような、ワシントンの政治に染まっていない人が有望なのではないか。大票田カリフォルニア州の予備選がある3月には絞られるだろう」と予想しました。

 最後に工藤は、自由と民主主義、多国間主義の規範を守るという立ち位置から今後も大統領選の動向に注目していきたいと語り、議論を締めくくりました。

2019年9月12日

・「キリスト者のあかしとつまずき――虐待の原因・解決策」(阿倍仲麻呂師)

■キリスト者のあかしとつまずき――虐待の原因を考える

 神が責任をもってあらゆるものを慈悲深く見守ってくださることに信頼して生きるのが信仰者の役割です。それは、何か架空の遠い出来事のように感じられますが、イエスはたとえを用いて言っています。

 「王としての神による慈悲深い支えと配慮は、あなたがたのまっただなかにある」(ルカ福音書17章21節)。

 信仰者がいっしょに協力して支え合っているときに、その姿をとおして、神の王としての導きの現実が社会に向けて確かにあかしされてゆく、という意味です。神の目に見えないはたらきは、実に、助け合う人びとの姿のなかにこそあるのです。ということは、私たちのように洗礼を受けたキリスト者も、神の王としての慈悲深い支えを社会のなかで広げてゆけるのです。私たちが協力し合っていればよいのですから。相手のことを思いやって支え合うことが、神の支配の広がりを実現するのです。

 協力する姿そのものが尊いのです。私たちのはたらきをとおして、神が社会に影響力をおよぼします。架空の理念ではなく、私たちのお互いの協力関係が大きな力を持ちます。たしかに、私たちが協力している姿を世間にさらせば、一般の方々も影響を受けます。しかし、逆に、私たちがお互いに無視して傷つけ合っているならば、社会の一般の人びとに対してつまずきを与えてしまいます。

 教会共同体のスキャンダル、自己中心的な利益を優先して他人を切り棄ててしまう動きが生じたときに、社会に衝撃を与えることになります。とくに、昨年(2015年)、騒がれたように、ローマ・カトリック教会の北米の一地域で司祭たちが児童虐待をしていたという事実が発覚しまして、人を導いて守るはずの司祭が自分の興味で欲望のままに動いていたという事件がありました。全米に激震が走りました。

 司祭による児童虐待。この事態は大きなつまずきを社会全体に与えました。教会のなかでキリスト者が他人を傷つける行いを平気でつづけているならば、大きなショックを人びとに与えることになります。
逆に、教会のなかで信仰者同士が助け合って、その励ましに満ちた団結の力強さを示すときに、一般の人たちが感銘を受けながら賞賛を贈ることになります。ですから、小さなふるまいが、相手につまずきを与えることになる場合もあれば、一方で勇気を与える場合もあるわけです。どのように生きるか、という信仰者同士の協力が、いま、問われています。

 アメリカ合衆国のなかでは、精神的に成長の段階が未熟なままで司祭になってしまう人が見過ごされていたわけです。これは、神学養成上の司教の監督不行き届きです。司教たちは、気をつけないと、自分の教区の教会で働く司祭が減っているからという現場の状況に応じて、すぐに人材を得ようとしがちです。簡単に候補者を受け容れてしまって、充分な養成の時間をかけていない場合もあり得るのです。一定期間、神学を修めさえすれば、充分な査定を経ずに認めてしまうのです。働き手が、すぐに欲しいからという理由で、ぞんざいな教育で済ませてしまうのです。精神的に未成熟なままで司祭になった人は現場
で問題を起こします。

 アメリカ合衆国の社会というのは、人間の権利つまり人権を強調するあまり、個人の自由や自己実現を表に出します。それで、家庭が崩壊することもあります。つまり、妻と夫が、それぞれの仕事を優先して相手の気持ちを無視して離婚してゆくという状況がつづいています。自分の自己実現のためだけに生きてしまい、子どもを置き去りにして、家を飛び出す親が続出しています。

 親の愛情を充分に受けずに育った子どもは、大人になって今度は自分の子どもを虐待するようになります。親から虐待された子どもが司祭になった場合、相手を充分に愛せない、つまりゆがんだかたちで相手を囲い込んで私物化してしまい、自分の欲望のことしか考えない、という状況が出てきます。

 ですから、アメリカ合衆国の司祭による児童虐待の問題の背景には、家庭環境の劣悪な状態で愛情を受けずに育った司祭の生活状況があるわけです。悩みをかかえながら司祭職を目指している神学生が司教から充分なアドヴァイスを得ずに、ゆがんだまま進級していった場合に、自分のままならない心の傾きを背負ったままで、結局は相手を理解することができないような人間的な弱さをかかえており、何も解決していない状況で司祭になりかねないわけです。

 ということは、①司祭による児童虐待の根底には、親の責任、家庭のあたたかさが欠如しているという原因があるわけです。そして②司教や養成担当司祭たちによる適切な指導がなされていなかった、という原因もあります。充分な愛情を肉親や指導者たちから受けていなかったということが、虐待を行った司祭たちの欠点に結びつきます。

 教皇フランシスコは最近、2016年6月4日付に児童虐待防止のための指導者による監督責任についての自発教令(使徒的書簡)を出しまして、司教が司祭たちを充分に監督して育てていない場合は、怠慢という理由で公的に解任されると述べています。

 司教は、ただ事務仕事や信仰上の話題を信徒に向けて語っているだけでは足りません。とくに、司教こそが、司祭養成にも心を砕かねばならないのです。司教は神学生たちの声に耳を傾けて、彼らの心の傷を理解し、保護しながら適切に矯正してゆく義務をもっています。とくに児童虐待に関して、司教が指導者としてのアドヴァイスを怠っているときは、司教としての職務を解任されます。教皇フランシスコは、そこまで厳しいことを述べながら、児童虐待をする司祭が増えないように、司教の監督責任を公けに問おうとしています。

■「修復的司法」(Restorative Justice)というヒント――虐待の解決策

 ところで社会的な方向に「ゆるし=愛」を広げて考察を進める必要があります。人間は社会のなかで他者といっしょに協力しながら生きています。その社会的な人間関係を円滑に行うために様々な法律が制定されています。社会生活と法的な規定とは現代人が生きるうえで重要な意味合いをもっているからです。

 プロテスタント系の法学者のハワード・ゼア博士は1990年以前から「修復的司法」(Restorative Justice)」を提唱しました(Howard Zehr, Changing Lenses: A New Focus for Crime and Justice, Herald Press, 1990.)。「修復的司法」は、従来の「応報的司法」(Retributive Justice)の限界を乗り越えるための法的なシステムです。「応報的司法」では、加害者と被害者の関係性を見究める際に、被害者のこうむった苦しみに沿って加害者に相応の刑罰を課すことで、埋め合わせをします。

 客観的に事件概要を吟味しながら一番適正な刑罰を課すことに重点が置かれます。しかし「修復的司法」の場合は、被害者と加害者と被害者関係者と加害者関係者、さらには事件の起こった地域の住民たちにまで幅を広げて事件の原因と結果を究明しながら全共同体的な視野で反省を行い、崩れてしまった人間関係を修復するとともに二度と同様な犯罪がなされないように地域的な意識を高め、「あたたかい支え合いのコミュニティー」を構築する方向性を自覚的に選びます。

 いわば、「修復的司法」は、以下の六点を強調する立場です。――①被害者にとっての正義の見直し(事件に対する認識、関係者への発言権、生活の回復やトラウマからの解放を実現させること)、②加
害者にとっての正義の見直し(加害者に責任を問いつつ償わせる、加害者の健全化、監視システムの設定、③加害者の家族の尊厳の確保)、④被害者と加害者の関係性を実現する共通場の模索(対話、情報交換)、⑤社会的コミュニティー全体の環境整備(犯罪を起こさせないような「あたたかい関わり」の常態化を目指すこと)、⑥将来的な建設的な展望を開く。

 ゼア博士は「修復的司法」を提唱することで、被害者対加害者、被害者関係者対加害者関係者、加害者対地域社会、などの対立構図だけで法的制裁を目指す枠組みそのものを見直そうとしています。
もちろん「修復的司法」はアメリカのディスカッション型の自己アピール社会では「相互コミュニケーション」の技術を洗練させることで容易に実現可能なのかもしれません。

 しかし、少なくとも日本では困難をかかえています。日本人の大半は、相手と積極的に討議して、自分の権利を公然と主張したり、相手の言い分を客観的に聞き容れるようなオープンな「相互コミュニケーション」に慣れていないからです。それゆえに「修復的司法」は、日本においては一部の大学の講義などでは、ひとつの理想的理論としては参考程度に紹介される場合があっても、法的な現場においては採用されることなく今日に至っています。

 ただし、困難だからといって諦めることは、まだ早いわけで、一度破壊されてしまった人間関係を修復しながら「新たな相互協力の方向性を開く」ひとつの理念的な試みが確かに存在するという事実には希望があると言えるでしょう。困難な状況であっても、「決して諦めない」という気概は、まさにキリスト者の生き方の根幹に関わる姿勢であるわけですが、ゼア博士はキリスト者としての生き方を客観的で社会的な法思想の再構築というシステムの根本的変革にまで関連づける努力をつづけています。

 その意味でキリスト者が自分たちの美点としての「決して諦めない」という姿勢を、どのように社会的にシステム化してゆけるのかどうか、つまりキリスト教の核心を社会生活と緊密に結びつけて洗練させることであらゆる人に奉仕してゆくことができるかを計るヒントが「修復的司法」の発想には潜んでいると言えるのです。

(阿部仲麻呂=あべなかまろ=サレジオ会司祭・2016年、カトリック相模原教会での「主の祈り」についての全14回の講演のなかからの一部抜粋)

2019年3月2日

・世界の教会の今、教皇フランシスコの思い、そして日本は?(「カトリック・あい」代表・南條俊二)

*第二バチカン公会議前後からの、歴代教皇と教会の流れ  

 近代のカトリック教会にとって最も重要な出来事となった第2バチカン公会議(1962年∼65年)は、伝統的な教会の行き詰まりに強い危機を感じ、「現代化」、現代の世界と共に歩む、開かれた教会への刷新を強く望む教皇ヨハネス23世によって、”守旧派”の抵抗を押し切って開催された。

  教皇は会期途中で亡くなられ、教皇パウロ6世が跡を継いで、教会憲章、典礼憲章、現代世界憲章など多くの憲章、教令、宣言を決定、公布。ヨハネス23世の切望された教会刷新が始まるかに見えた。

 ミサ典礼文のラテン語から現地語への移行、主の食卓を囲む形へ祭壇の変更など、は進んだが、根本的な教会刷新の推進者として期待された教皇ヨハネ・パウロ一世が在任わずか33日で急死されるという悲劇が起こった。

 初の東欧出身、50代の若さで教皇となったヨハネ・パウロ2世は東西冷戦構造の崩壊を背景に国際的に目覚ましい働きをされたが、守旧派が抵抗を続ける教会刷新は進まず、バチカン官僚支配も進み、続いて教皇となったベネディクト16世は他宗教に対する心ない言動が物議をかもし、バチカン内部の秘密文書漏洩などのスキャンダルも重なって、任期8年足らずで、異例の辞任。

 そして、2013年3月、教会刷新の期待を担って、初の欧州以外の出身教皇として、フランシスコが登場した。アルゼンチンの軍事政権下で苦難の中でイエズス会管区長とし格闘し、不遇の時を生きぬき、ベノスアイレス大司教、枢機卿、そしてラテンアメリカの教会の指導者として庶民と共に歩み続けた新教皇は、就任インタビューの第一声が「私は罪びと」だったことに象徴されるように、自らの弱さを知り、第二バチカン公会議の精神を今に受け継ぎ、弱く傷ついた人々を受け入れる「野戦病院」の教会、内に籠らず、「表に出る」教会、小さな人々と共に歩む教会を目指して働きはじめた。

 

*公会議の精神と狙いを現代に、と懸命に働く教皇フランシスコ

  教皇フランシスコは「世界に開かれた、弱い人々と共に歩む教会」という第2バチカン公会議の精神をそれをもとにした教会刷新の方策を、現代世界の教会、社会の実情に合わせる形で、実践に着手した。教皇の清廉で飾らない言動は、世界の若者を含む多くの信徒の心に響き、教会から離れていた信徒も大挙して戻る、という現象も起きた。サンピエトロ広場での日曜の正午の祈り、水曜の一般謁見に集まる信徒たちの数は、就任から5年を超えた今も、以前の教皇の時代よりもはるかに多い、と現地の日本の関係者も証言している。

 ①精力的な勧告、回勅の発布で全教会、全信徒に祈りと実践を訴え

  これまでの5年半でまず注目されるのは、毎年のように精力的に使徒的勧告、回勅、使徒憲章などを自らまとめて発表し、世界の全教会、全信徒に祈り、霊的活動、そして現実の社会での実践の指針を繰り返し示していることだ。それには、時系列的に示すと次のようになる。

 ☩使徒的勧告「福音の喜び」→信徒、教会の現在の社会の中で生きていく基本姿勢、心構え

☩回勅「ラウダ―・ト・シ」→地球環境を守る人間としての、教会としての、信徒としての課題

☩使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」(教会活動の原点としての家庭の抱える諸問題の克服)

☩使徒的勧告「喜びなさい、大いに喜びなさい」(現代における信徒の聖性)

☩使徒憲章「真理の喜び」→カトリック大学改革が急務

☩使徒憲章、「エピスコパリス・コムニオ(司教の一致)→

 

②シノドスの開催で、世界の司教たちの意思の結集を目指す

  第二バチカン公会議で打ち出された教皇と全世界の司教たちとの協働の精神に従って、直面する重要課題について、全世界代表司教会議(シノドス)を通常会議ばかりでなく、臨時会議も含めて積極的に招集しているのも、これまでの教皇に見られなかったことだ。

  具体的には、使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」とりまとめに当たった毎年、計二回の「家庭」をテーマとした会議、そして、10月3日から「若者の育成、召命」をテーマにした会議が始まる。このほかに、シノドスではなく、開催期間も短いが、聖職者の性的虐待と隠ぺいへの対応という緊急課題を扱う全世界の司教協議会会長による会議も2019年2月に招集されることになった。

 

③日曜正午の祈りの説教、水曜恒例の一般謁見での説教

  その他の場を通して、一貫したメッセージを発出。現地主義、家庭主義の教会をことあるごとに訴え、浸透を図る。

 

④バチカンの組織改革・・”官僚主義”の打破、組織の合理化・活性化、説明責任と透明性確保

  省庁の再編・統合⇒信徒評議会と家庭評議会を統合して「信徒・家庭・命の部署(Dicasty)」、正義と平和、開発援助促進、移住・移動者司牧、保険従事者の4評議会を統合して「人間開発促進のための部署」(移民・難民支援、弱者、失業者、紛争・自然災害、奴隷・拷問被害者に対応)に再編。さらに財政改革、予算の適正な活用を推進める財務事務局を新設した。

 

*教皇就任5年半の課題と守旧派の抵抗・・聖職者の性的虐待と隠ぺいによる打撃・・中国問題

 ・教皇就任5年間を当面の活動のめどとし、5年かけて改革の方向付けをしたい、と考えておられた。

 ・だが、形式は整っても、バチカンの意識改革は遅々として(例・性的虐待対策委員会・・前向きな具体的対応を拒む教理省の担当官僚の抵抗に抗議して、被害者代表が辞任など)進まず。

 ・その中で、聖職者による性的虐待問題への各国レベルの対応がうまくなされず、枢機卿、大司教レベルの関与、隠蔽が米、豪、チリなど主要カトリック国で表面化。司法当局の介入招く事態に。

 ・教皇が最優先課題とする「家庭」「若者」への教会としての前向きな、各地の実情に合った取り組みが、性的虐待・隠ぺい問題への対応に精力を奪われ、進展は思うように進まず。財務事務局の長官、豪の枢機卿が有罪判決を受け、機能不全状態に。

 ・ダブリンで開かれた「世界家庭大会」も、10月のシノドスにつなげる議論が期待されていたが、会場内外で性的虐待批判、大会の主宰者、基調報告者の2人の米枢機卿も同問題の責任を問われ、欠席し、十分な成果を挙げられなかった。。

 ・そうした最中に、米国と経済摩擦強める中国と司教任命で”妥協“の暫定合意したが、合意内容の詳細は発表されず、中国共産党内部のカトリック教会に対する足並みがそろっていない、とも伝えられている。正式合意の展望も具体的に示されず、党による宗教活動規制の強まりの中で、”地下教会“の信徒たちに不安の声も上がっている。

 ・最新のバチカン統計によると、世界のカトリック信徒の数は欧米で減少、アフリカ、アジアなどで増え、差し引き微増にとどまる。欧米の教会では、ミサなどに出る信徒の減少が加速している。教皇フランシスコの人気と努力にもかかわらず、以上のような根深い問題が影を投げかけているのだ。

 

*日本の教会は・・司教団としての連帯を失い、教皇の必死の教会刷新努力にも消極的な対応続く

  第二バチカン公会議(1962⁻1965)の「世界に開かれた教会」の方針を受けて1980年代後半に二度にわたる全国的取り組みとしての全国福音宣教推進会議(NICE)が開催され、教会刷新へ聖職者、一般信徒上げた具体的な動きが広がることが期待された。

  だが、「高松問題」-スペインで始まった運動「新求道共同体への道」が高松教区に、日本の神学校とは関係なく神学校を開設、同運動の外国人を中心とした信徒たちの動きもあって地元教区に大きな混乱を起こし、これに対する司教団の中に姿勢の乱れがでた-を契機に、司教たちの全国的な連帯が崩れた。

  そして、それ以降、NICEは、その取り組みを発展、軌道に乗せるための会議は開かれず、推進役だった白柳枢機卿・森補佐司教が舞台から去った後は、教会刷新に目立った成果も生まない“空白の30年”となった。

  このような流れの中で、現在は、教皇の提起する課題、その検討のカギを握るシノドスなど、世界的な取り組みには“消極的参加”のみ。一連のシノドスでも発言無し、存在感無し。信徒への報告も無い。

  政治、社会、経済各方面のリーダーの劣化。少子高齢化、家庭崩壊、少年非行・自殺など、現在の日本が抱える深刻な社会問題も直視できず、「列福」「東北災害」、あるいは教会関係者、信徒の間にも異論のある政治問題に「憲法改正反対」など特定の政党のような旗を掲げる以外に目立つ動きはなく、悩み苦しむ多くの人々の心に響くものも打ち出せていない。

  ごく最近では、神学校を二キャンパス一校とし、日本の教会としての一本化が図られたはずの司祭育成の体制が、東京と長崎の二つに神学校が分かれ、育成体制も分裂することに決まった。

 司教団の連帯がこの面でも崩れる中で、高松問題の原因となり、いったんはローマに退いていた「新求道共同体」の神学校が、司教団との事前協議もなく、自身が同運動の一員となっているバチカン福音宣教省の長官が一方的に東京に再設置を通告し、責任者を決めて開設準備にかかる、という「神学院問題」が噴出する事態となっている。

  だが、希望もある。北海道から仙台、新潟、さいたま、東京、横浜の6教区をもつ東京教会管区の長でもある東京教区長の大司教に昨年11月、菊地大司教が就任した。若い時から国際カリタスで活動、アフリカでの悲惨な体験が原点とし、教皇フランシスコと思いを一つにしている。彼に続いて、新たな司教が沖縄、大阪(補佐司教2名)、さいたまなど生まれている。菊地大司教の60歳の“若い力”などに期待したいし、この機会に、司祭、信徒が教会刷新、活性化に、ともに働くように求められていると思う。

(2018年9月30日、カトリック横浜教区・雪ノ下教会プラチナ会主催の講演)

2018年10月1日