・Sr.阿部のバンコク通信 ㊷聖週間そして「国際母なる地球デー」-試練の時を乗り切れるように祈る…

 3月22日、夕の食卓で、「『Earth Hour』知ってる?午後8時半-9時半、全ての電気を消して、地球への感謝と節電、いたわりの思いで連帯するの」と姉妹。

 そこで私も連帯して実行。自室で電気を消し、扇風機を止め、読書と繕い物。汗が吹き出し、団扇で扇ぎながらローソクの光で仕事をしました。暑季を迎え、気温上昇中の亜熱帯バンコクの夜間は33度前後。サウナ同然です。日中は38度前後にも。これから夏を迎えるという時の『Earth Hour』は、すこぶる効き目ありでした。

 1時間の間に浮かんだ思いは数々。遥かなる世界、宇宙の彼方に。電気の無い山岳民の村に神学生たちとボランティア体験学習に出かけ、ニワトリの目覚ましで起床、陽の光で明け暮れ、ローソクの灯でミサ、夕食、分かち合い。見上げる空には瞬く満天の星… 計り知れない恩典に浴しながら、資源を使い放題の至極便利な生活。どこに向かい、何を求めて突進している?振り払われてこぼれ落ちる人々… そしてモノ。

 小さな、目に見えない新型コロナウイルスで騒然とする社会、私も「70歳以上は外出禁止です」と姉妹たちに厳しく言い渡され、大人しく編集の仕事などに集中するここ一週間です。祈りにも拍車がかかり、姉妹たちと顔を合わせ、食卓を共にする、お休みのような毎日です。お陰で、足腰の痛みも和らぎ、体調も整いました。

 4月22日は「国際母なる地球デー」。国連総会で採択され2010年から実施されています。日本国際連合協会から国際連合に贈られ、国連本部に置かれた「日本の平和の鐘」が毎年、鳴らされています。

 地球環境を優しくいたわり、美しい人類の家を大事にする、そして人が健康で、優しい、きらめき輝く、聡明な姿を取り戻るために、新型ウイルスによる苦しみと試練の時を、世界の人々が皆、連帯して生き抜いていくように、と合掌する手に力が入ります。

 聖週間、主のご受難とご死去に与り、ご復活の喜びを名実ともに迎えることができますように。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2020年4月1日

・三輪先生の時々の思い ⑯コロナの危機は「英雄待望論」

 最近はコロナで暮れてコロナで明ける日が続いている。新型コロナウィルス感染症のことである。

 手元の『広辞苑』には「太陽大気の外層…」として、天文学用語の第一義のみが示されている。情報伝達手段の先端をゆくGoogleで「コロナ」と引くと「新型コロナウィルス感染症CONVID19」と出る。

 ウィルスとしては人類のすぐそばに、体内にもいるのに、コロナ本来の意味の「太陽大気の外層」ととらえれば、1億4960万㎞隔絶している。いわゆる「天文学的数値」である。1光年=9兆5000億㎞として、実に1581光年となるのである。

 感染症CONVID-19としてのコロナに打ち勝つのには「不要不急の外出を避け、外出したら帰宅時によく手を洗う」という自衛策が推奨されている。多種多様な個々人の集合体である現実の人間社会がこれでコロナ禍を完封できると信じているものはいないだろう。

 あとは神頼みか。いや偉大なる政治指導者への待望だろうか。そこに民主主義の陥穽がある。人々は何時の間にか独裁者を選出してしまっているのに気付くだろう 。しかし、時すでに遅し、後の祭り、である。

 コロナがもたらす危機は医療に限らない、もっと深甚なる危機は「英雄待望論」に乗ってやって来る、と知るべきである。

( 2020. 3. 31記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大学・博士)

2020年3月31日

・ガブリエルの信仰”見聞思” ⑤贖いは暗闇の中で…

 公開の御ミサにあずかることができない、また肉体的ご聖体拝領もできない状況は1ヵ月続いてきましたが、新型コロナウィルスのパンデミックで感染者数が日に日に増加し、深刻化しつつある中、このような状況は当面、無期限に続くことになりそうです。

 四旬節中、そしてこれから迎える聖週間と、全典礼暦年の頂点となる聖なる過越の三日間と復活祭を祝う御ミサにあずかることができないなんて、世の中のカトリック信者では誰も想像したことがないことです。

 このような予期せぬ変化や苦しみによって揺さぶられている世の中、私たちは実に大きな試練に直面し、私たちの信仰が厳しく試されていると思います。

 私たちの生活の暮らし方、更には礼拝の仕方を変えているこのパンデミックはいつまで続くのか誰も予測できない中、人間の無力さをあらためて実感させられています。しかし、私たちが抱えているこの無力感は、私たちが神様に依存することはいかに重要であるかを示しています。また、この無力感こそ、聖なる御ミサの欠如は無駄にならない、実りのないことではないという、深い不変の謙虚さを齎してくれると思います。

 最後にあずかった御ミサは一ヵ月前の四旬節の始まりである灰の水曜日でした。灰の式で、司祭を通して、主イエスが「回心して福音を信じなさい」(マルコ福音書1章15節)と仰せになり、私の額に灰を付けられました。

 私たちは四旬節を通して、荒れ野での主イエスの神秘に心を合わせ(カトリック教会のカテキズム、540番参照)、主イエス・キリストに目を向け、神の御言葉に耳を傾け、絶えず祈り、内的と外的の断食、善行を通し、悔い改めて神様に心を傾注するよう、呼びかけられています。

 御ミサにあずかることすらできない、不確実性や苦しみに満ちた暗闇に陥った今日のご時世でも、主イエス・キリストは変わらずに私たちを呼ばれています。

 暗闇の中で、強風と波が襲い掛かった舟に乗っている弟子たちが溺れ死ぬのを怖がっていた時、主イエスが嵐を鎮められ、「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか」と仰せになりました(マルコ福音書4章37-40節参照)。暗闇の中で、荒れている湖の上に歩かれた主イエスは「安心しなさい。私だ。恐れることはない」と仰せになりました(マタイ福音書14章27節)。

 主イエス・キリストは嵐と暗闇を支配されています。しかし、私たちがしなければならないことは、荒波と暗闇から目を離し、私たちの主に焦点を戻すことです。この暗闇と嵐の時期で、私たちは神聖なるエウカリスチア(感謝の祭儀・御ミサ)でご聖体を拝領することができないかもしれませんが、主の食卓ともなる神の御言葉を毎日拝受することができます。

「教会は主の体を崇敬するのと同じように、聖書を常に敬ってきました。教会は、神の言葉とキリストの体の食卓から受ける生命のパンで、絶えず信者を養っていきます」(カトリック教会のカテキズム103項)

「教会は聖書の中に、常にその糧と力を見いだします。なぜなら、聖書の中で、単なる人間の言葉ではなく、神の言葉そのものを受け取っているからです。『聖書において、天におられる父は、深い愛情をもって、常にご自分の子供たちと会って、互いに語り合うのです』」(同104項)

 私たちは、キリストの御体を再び拝領できるのを待ち望んでいる間、キリストである神の御言葉を引き続き拝受することができます。御ミサの聖書朗読は誰でもいつでも読むことができます(※)。暗闇の中でも、嵐の中でも、主イエスは私たちと共におられ、絶えず私たちを呼びかけられています。

 「安心しなさい。私だ。恐れることはない」(マタイ福音書14章27節)。「見よ、私は戸口に立って扉を叩いている。もし誰かが、私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう」(黙示録3章20節)。

 暗闇の中でも、嵐の中でも、神様は、ご自身にもっと委ね、ご自身の導きの御手を信頼するよう、私たちを呼ばれています。

 「しかし、今からでも、心を尽くし、断食と泣き叫びと嘆きをもって、私に立ち帰れ」(ヨエル書2章12節)、「心を尽くして私を尋ねもとめるならば、私は見いだされる」(エレミヤ書29章13節)。

 贖いは暗闇の中で起こります。

 「『闇は私を覆い隠せ。私を囲む光は夜になれ』と言っても、闇もあなたには闇にならず、夜も昼のように光輝く。闇も光も変わるところがない」(詩編139編11-12節)。

 現在のパンデミックが速やかに終息することを祈り続け、絶えず私たちの主を求めましょう。この大きな試練の中におられる主への信頼を深め、私たちの生活が元に戻り、再び私たちの御父のお家で自由に礼拝できるようになる日を、心から辛抱強く待ち望みましょう。

(ガブリエル・ギデオン =  シンガポールで生まれ育ち、日本在住のカトリック信徒)
——————————————————————–

※参考
・「毎日のミサ」 https://www.cbcj.catholic.jp/publish/massz/ ・「日ごとの福音」 https://www.higotonofukuin.org/

2020年3月30日

・Sr.石野の思い出あれこれ ㉑ローマの修道院生活の日々…シスターたちの無事を祈る

 一日の日課はきちんと決まっていて、鐘が時を告げてくれる。だから、だらだらと過ごす時間はない。それでも、昼食後には午睡の時間、夕食後にはリクレーションの時間と、緊張から解放されてリラックスする時間があった。

 夜のリクレーションは楽しかった。冬はサロンで、夏は屋上で皆で円陣をつくって簡単なお縫物をしながら、一日を振り返っていろいろ話しあったり、小話や
笑い話が得手な人たちが毎晩いくつかをご披露してみなを笑いに誘ったりした。

 どんなに楽しく笑い興じていても、就寝の鐘が鳴るとピタッとやめて大沈黙に入る。40人くらいの志願者が(準修練期の私たちは人数が少なかったので、大部分の時間を志願者といっしょに過ごしていた)わいわいがやがや騒いでいるのに、鐘の合図とともに沈黙に入るのは、実に気持ちがよいものだった。

 志願者の寝室は大きな部屋で、一人一人のベッドがカーテンで仕切られていた。当番の志願者がマリア像の前で「イエズスの御母聖マリア、われらを聖ならしめたまえ」と、大きな声で100回唱えるうちに、ほかの志願者たちは皆、ベッドに入っていなければならない。唱え終わると電気は消され深い、深い沈黙。

 昼食の後は午睡をする代わりによく散歩にも行った。ローマは古代キリスト教に関係のある名所旧跡が豊かだ。修道院を出て西の方に15分も歩くと、ローマにある四大聖堂の一つで、聖パウロの遺体が保存されているといわれる聖パウロ大聖堂がある。また反対方向におしゃべりをしながらゆっくり歩いても25分くらい行くと、静かな森の中に有名なトゥレフォンターネがある。

 聖パウロが斬首されて殉教した場所といわれている。トゥレフォンターネとはイタリア語で三つの泉という意味。古くからの言い伝えによると、斬首されたパウロの頭は三回、地面にバウンドした、そして、その場所から泉が湧き出た。それで、この地のことをトゥレフォンターネと呼ぶとのこと。

 今は、泉は大理石で覆われていて、見ることはできない。覆っている大理石に、聖パウロの頭の彫像が刻まれている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 多くの楽しい思い出を私の心に刻んでくれた懐かしいローマの修道院も、今は新型コロナウイルスの脅威にさらされている。ローマからの便りによると、シスターたちは全員無事、もっぱら修道院の中に閉じこもっているとのこと。一日も早い終息を心から祈るばかりです。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

2020年3月30日

・Sr. 岡のマリアの風 ㊾「小さないのちが『危機』の中で生まれた」-北イタリアの友から

 新型コロナウイルス感染拡大に襲われている北イタリアの友人から今朝、一通のメッセージが届きました。

 友人はミラノ教区の信徒。「自分の娘に、男の子、Peter(ピーター)が生まれた」と。ミサや教会での儀式が停止している同教区で、一つのいのちが生まれた!しかも、現地時間の3月25日、「神のお告げ(受胎告知)」の祭日に!

 「今日、私たちの孫、ピーターが生まれた!!!」というイタリア語のメッセージを見て、神さまはどんな時にも、そして特に困難な時に、私たちのことをいつも気にかけてくださるのだ、と私は感動し、神さまに感謝し、賛美しました。

 まさに昨日、受胎告知の祭日に、教皇フランシスコは、ビデオ・メッセージでの一般謁見で、25年前のこの日、聖ヨハネ・パウロ二世が、回勅Evangeliumvitae(『いのちの福音』)を公布されたことを思い起こしました。

 いのちについての回勅が、神のお告げの祭日に公布されたのは偶然ではない、とパパ・フランシスコは私たちに気づかせます。

 「神のお告げ」と「いのちの福音」の間の絆は、緊密で深い。聖ヨハネ・パウロ二世が回勅の中で強調したように。

 今日、私たちは、人間のいのちと、世界経済を脅かす新型コロナウイスの世界的感染の状況の中で、この教えに再び注意を呼び起こしています。今の状況は、回勅の始めの言葉を、さらに重要なものにしています。聞きましょう:「いのちの福音は、イエスのメッセージの中核に位置します。教会は、いのちの福音を日ごと心を込めて受け止め、あらゆる時代、あらゆる文化の人々への『よい知らせ』として、あくまでも忠実にのべ伝えなければなりません」(1項)。

 今、私たちの山の中の本部修道院では、毎日ミサ、日々の祈りが捧げられています。この小さないのちのため、彼女の家族のため、そして世界中の家族のため、一つ一つの大切ないのちのため、母である教会の懐で、信頼をもって祈ります。

 「今、ここ(イタリア)は夜中です。おやすみなさい。偉大なことでいっぱいの一日でした。お願いです。私たちのために祈ってください。幸いにも、Arianna[彼女の娘]は、この私の孫に洗礼を授ける意志があるようです。私はこのために闘わなければならないと思っていました。感謝!」

 「大丈夫、ここ(日本)では、私たちは起きたばかり。代わりにあなたの家族のためにお祈りを続けるから、安心して休んでね!」

 「ありがとう!」

 こうやって、メッセージのやりとりは一時、終了。

 彼女の娘、Ariannaは教会から離れていました。私の友人は、この子に洗礼を授けさせるよう「大きな闘い」をしなければならない、と覚悟していたようです。

2020年3月26日

・Sr.岡のマリアの風 ㊽ルーマニア、ローマ出張報告⑴

【出張の目的】

①ルーマニア訪問:エキュメニカルな「ビザンティン・マリアン・センター」設立準備をしている、Ionuţ Blidar神父(ギリシャ・カトリック教会[ビザンティン典礼])から、わたしが「アジアとオセアニアのマリアン・アカデミー」(AOMA)の秘書として招待された。わたしたちが同じ「東方」であること、また、同じように、さまざまな宗教、キリスト諸教会が混在する現実を生きていること、さらに「平和・いのち」のために境を越えての協働を模索していることで、互いの経験、思いを分かち合い、さらに大きな協働の輪を広げるため。

②ローマ訪問:AOMAの活動について、また、今年九月に開かれる「教皇庁立国際マリアン・アカデミー」(PAMI 主催の国際会議での、アジアとオセアニア部門の貢献についての話し合いのため。

2月17日(月):羽田出発

 長崎地方が雪の予報。予定より1便早い飛行機に乗る。空港に行く道で、雪が降り始める。羽田空港に着くと、打って変わって暖かく、晴天。春のよう。羽田空港は、新型コロナウィルス対策のためだろう、なんとなく物々しい。みなさん、マスクをしているけれど、欧米系と思われる旅行者たちは、ほとんど付けていない。客室乗務員も、マスクと、ナイロン手袋使用 NHK交響楽団の方たちが、同じ飛行機に乗るらしい。皆より先に、楽器を持って乗り込んでいる。

2月18日(火):ウィーン乗り換えでブダペスト(ハンガリー)へ

 早朝、乗り換えのウィーン空港着。コロナウィルスの影響があるかと心配していたけれど アジア人だからバイキン扱いされるとか、いろいろ質問されるとか 、まったくそんなことはなく
、パスポート・コントロールも並ぶこともなく、質問もなく、さっさと通過。もちろん(?)、マスクをしている人は皆無。羽田の、あの緊張感はなんだったんだろう。ほっとするが、大丈夫なのだろうかと、かえって心配する。

 空港内では、人々の列が出来ていた生ジュースのお店で、ミスター・ミントという名の、りんご、バナナ、ミントなどのミックス・ジュースを注文して飲む。プラスチックの大きなコップに、なみなみと入っている。おいしい。

 日本から、EU諸国への飛行機乗り換えは、空港によって、かかる時間が、ひじょうに違う、といつも経験する(一度、ドイツのミュンヘン空港だったか、延々と歩いた上に、パスポート・コントロールで、これまた延々と続く列に並び、乗り継ぎに一時間以上かかったことがあった) ウィーン空港乗り換えは、スムーズだし、歩く距離も短い(空港によってはターミナルが異なり、電車、バス、または歩きで移動しなければならない。まったく訳が分からなかったのは、数年前に行った中国での、上海空港乗り換え)

 乗り換え時間に余裕があるので、休憩エリアで休む。ブダペストへの飛行機は、 オーストリア航空のプロペラ機(さすがに、プロペラ機は久しぶり)。左右2列の座席、客室乗務員は二人 空いているし、 さながらバス旅行感覚。風は冷たいが、よい天気。座席の上の収納スペースが小さいので、飛行機に乗る前に、手荷物をワゴンのようなものに乗せて預ける(これは、ポーランドの小さな飛行場でもそうだった)。

 飛行機に乗り込み、プロペラが大きな音を立てて回り始める。まことにすごい音。ゆっくり進みながら滑走路へ。 けつこうガタガタ揺れる。こんなことで飛ぶんだろうか、と思ったが、滑走路で助走を始めるとかなりのスピードが出る(当たり前だけど)。

 今回、ルーマニアに招待してくださったのは、ルーマニア人でギリシャ・カトリック教会所属のP. Ionut Blidar神父(「ヨハネ神父」:Ionutは、福音作者「ヨハネ」のルーマニア語)。イタリアのベネツィアとローマで、ビザンティン典礼・神学を学び、ローマのアントニアヌム大学で博士号取得、PAMI(教皇庁立国際マリアン・アカデミー)の、各地の「通信(連絡)会員」である。今、PAMIの助力のもと、ルーマニアに、「ビザンティン典礼の、エキュメニカルなマリアン・センター」を設立するために尽力している。東方教会の司祭で、奥さんがいて、男の子が生まれたばかりだ。

 ちなみに、P. Ionuţは、ルーマニア語では、Părinte(「神父」)Ionuţ Blidar。 Blidarは「器を作る人」の意味だそうだ。(「Ionuţ」は、わたしの耳には「イヨヌッツ」と聞こえる。最後のtの下にひげが付く)。

 【ブダペスト(ハンガリー)で夕方まで】

 ブダペストはハンガリーだが、 P. Ionut(ヨハネ)が住んでいるところは、ルーマニアの西の端、ティミショアラ(Timisoara)という町で、国際空港としてはブタペストが一番近い。
ウィーンを離れ、飛行機の窓から見ると、どこまでも続く平野に 風力発電の白い柱が点在している。 40分くらいで、ブダペスト着。福岡・釜山間よりも短い。

 荷物を取って出てくると、P. Ionutは、まだ来ていない まったく未知の場所なので、とにかく待つ。空港のフリーWiFiに繋がったので、「 今着きました、待っています」とメッセージを送る。ぼーっと立っていると、空港案内のお姉さんが近寄ってきて、「何か、お困りですか?」。「人を待っています」と言うと、(わたしの荷物が多かったので、人通りの邪魔をしていたらしい)「こちらの柱の近くに寄って待っていてください」と親切に。よく見ていると、このお姉さん、ちょっと困っているような人のところに、さっさと行って、声をかけている。

 まもなく、P. Ionutからメッセージ 「ようこそ!もう着いたの?僕たちも空港にいるよ、今、どここ」。「あの」お姉さんを呼んで、ここは第何ターミナルですか?と聞く。「第2Aターミナルの到着ロビーです」と丁寧に教えてくれる。その通りP. Ionutに返事。「動かないで待ってて!」と神父から返事。よかった。

 ほどなく、P. Ionutと、 友人で東方教会の信徒であるCosmin コスミン さんが迎えに来る。 P. Ionutは暑がりらしく、けっこう軽装。彼らは、わたしの飛行機が着いてから、わたしが出てくるまで もっと時間がかかると思っていたらしい。実際、バス旅行くらいの人数だったので荷物はすぐに出てきたし 、パスポートコントロールはウィーンで済ませていたので、出てきたのは、日本の国内線よりも早かったかも知れない。

 Cosminさんの運転で、11時半前に空港を出発して 夕方まで、ブタペストの町を回る。主に見た場所は ブタペスト中央駅 ハンガリーの保護の聖人、聖ジャラルド(Gerardo Sagredo 980年、ベネツィア―1046年、ハンガリー)の大きな像が町を見下ろしている公園。ゴシック式のカテドラルのような議事堂 、カテドラル(司教座聖堂)(入場料有りだったが、「司祭と修道者は無料でどうぞ」と言われる)。 無原罪の聖母像が中央祭壇の上にある ゴシック様式だが、柱など色鮮やかな彩色。これは、ルーマニアの教会でもしばしば見られた。

 ハンガリーも、ルーマニア同様、共産主義政権を経験した。通りの建物を見ていると、ひじょうに繊細な彫刻、飾りが施されている古い建物と、みんな同じ形の、そっけないアパートのような建物が混在している。後者は「それまであった建物を壊して、共産主義政権が建てたものだ」とP. Ionut。場所によっては観光客でにぎわっているが、全体的に「灰色の町」という印象を受けたのは、わたしだけだろうか。

 夕方、ブタペスト出発 車の中で、もうれつに眠くなる(時差ぼけのときは、いつもこのように急激に眠くなる)。 途中、コーヒー休憩(これはもちろん、運転手のコスミンさんのため)。コスミンさんに、「おなかすいていませんか?何か食べますか?」と聞かれるが、ジュースだけでいいです、と言うと、遠慮していると思ったのか(?)、チョコレートを二つ買って、持ってきてくれる。

 【ティミショアラ(ルーマニア)に到着】

 ハンガリーとルーマニアの国境、パスポート・コントロール所で「どこから?」と聞かれる。「日本から 」と答えると、「ちょっと待ってて」と警備員 。新型コロナウィルス関係で問題なのか、と心配するが、すぐに戻ってきて「どうぞ」。 よかった。

 二人は、「さあ、ここからルーマニアだよ。ようこそ、僕たちの国に」。P. IonutとCosminさんが住んでいるTimișoara(「ティミショアラ」と発音)は、Timiș(ティミシュ)地方に属している。

 Timișは川の名前。さらに、Timisc地方は、Transilvania(トランシルヴァニア)地方-現在のルーマニアの西方半分以上を占めている―にある。Transilvaniaは「森の奥(後ろ)」を意味し、かつてのオーストリア・ハンガリー帝国で、1917年、ルーマニア国として統一された。ルーマニアの中で「西洋化」された、生活水準が高い地方だ、とP. Ionutから説明を受ける。

 宿泊場所は、P. Ionutが、彼の家の近くの(同じ通りらしい) 小さなキッチン付きの「アパートメント」に部屋を予約してくださった。 エキュメニカル・センターの宿泊施設は、まだ準備中なのでアパートに行く前に スーパーに寄って 明日の朝食のために牛乳、水、ビスケットなど購入(21時、閉店ギリギリだったので、パンはなかった) 。日常の小さなことに関する、この辺の気遣いは、彼が家庭をもっているからかもしれない。

 アパートに着き、荷物を下ろす。P. Ionutが「自分はミサを捧げるが、よければ、ここ(アパートの部屋 )で捧げてもいいですよ。疲れているなら、僕は家に帰って捧げます」と言ってくれる。「ミサにあずかりたいです」と言うと、P. Ionutは、アパートの一室の机の上に祭壇を準備(イコン、ろうそく… )し、イタリア語で、東方典礼のミサを捧げてくださった(イタリア語のミサ、教会の祈りのテキストは わたしのために準備してくれていた)。

 ミサの後、祭壇(となった机)はそのままにしておいてくださる。「いつでも主の前で祈れるように」とP. Ionut [写真]

 「明日の朝はゆっくりしましょう」と言って、P. Ionutは家に帰る。寝たのは夜中ごろ。 P. Ionut、コスミン氏のほうが、よっぽど疲れただろう…  感謝!

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

 

2020年3月14日

・菊地大司教の日記 (59) 3月11日-「あの日」から9年目

 「展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会いが不可欠です」

 昨年11月に日本を訪問された教皇フランシスコが、東北の被災地の方々との集いで語られた言葉です。

 2011年3月11日の「あの日」から、今年で9年という時間が経過しました。東日本大震災からの復興への取り組みは続いており、日本のカトリック教会の支援の取り組みも、今日から10年目に入ります。

 あらためてこの大震災で生命を落とされた方々と、それ以降の様々な状況の中で亡くなられた方々の、永遠の安息をお祈りいたします。

 9年前、復興支援の活動を始めたときには、いまの日本の国力と技術力を持ってすれば、数年のうちに被災地は見事に復活するだろうと、単純に考えていました。

 しかし復興の歩みとはそんな単純なものではなく、単に資金と技術をつぎ込んで、インフラを元に戻したり整えたりすることだけで、復興は成し遂げられないのだと言うことを、わたしたちは体験から学んできました。

 この9年間の東北の方々との歩みが、「復興」とは「元に戻す」ことではなくて、「新たな希望を生み出し歩み続ける」ことだと、わたしたちに教えています。

 教皇フランシスコは、日本訪問を計画されていたときから、ぜひとも東北の被災者の方々と会いたいという希望を表明しておられました。時間的制約もあり、残念ながら東北の地に足を運んでいただくことはできませんでしたが、東京において東北の被災地の方々と集いを開き、教会との関わりがある方が主ではありましたが、被災された方々、支援の中で道をともに歩んでおられる方々と出会っていただきました。

 教皇は、羽田空港に到着した直後、教皇庁大使館で日本の司教団と会い、東北の被災者との集いに関連してこう述べておられました。

「今なお続く彼らの苦しみを見ると、人として、そしてキリスト信者として、わたしたちに課された義務をはっきり自覚させられます。身体や心に苦しみを抱えている人を助け、希望といやしと和解という福音のメッセージを、すべての人に伝えるという義務です」。

 そして東京において開催された集いでは、こう言われました。

「食料、衣服、安全な場所といった必需品がなければ、尊厳ある生活を送ることはできません。生活再建を果たすには最低限必要なものがあり、そのために地域コミュニティの支援と援助を受ける必要があるのです。一人で「復興」できる人はどこにもいません。だれも一人では再出発できません。町の復興を助ける人だけでなく、展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会いが不可欠です」。

 その上で、現代社会に蔓延する利己主義と無関心を「悪」と指摘した上で、「家族の一人が苦しめば家族全員がともに苦しむという自覚をもてるよう、力を合わせることが急務です」と呼びかけられました。

 確かに災害などからの復興のためには、衣・食・住の充足は不可欠な要素であり、人間のいのちを守るために忘れてはならない要素であります。しかしながら人間は、それだけでは生きていけないのです。人間が豊かに生きていくために必要なのは、教皇が不可欠だと言われた、「展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会い」であります。

 衣・食・住は、外から持ってくることができるものです。しかし希望と展望は、誰かが外から持ってきて与えることのできるものではありません。それは人の心の中から生み出されるものであり、そのためには、「友人や兄弟姉妹との出会い」が不可欠です。

 カトリック教会の復興支援活動は、教会が災害の前から、そして災害の間にも、また災害の後にも、その地域の一員として存在していることから、つねに地域と密着して行われてきました。教会は、どこからかやってきて去って行く存在ではなく、ともに道を歩みながら、友として、兄弟姉妹として、災害から復興する道を歩んでいる方々と出会い、その心に希望と展望が生み出されるように、きずなを深めようとしてきました。

 同時に、教会の活動は、全世界に広がる教会のネットワークを通じて、世界中からの祈りによって支えられています。教会の活動は徹底的にローカルでありながら、祈りを通じてグローバルであります。

 カトリック教会は、教皇フランシスコの言葉を心に刻みながら、東北の方々を家族の一員として互いに支え合う活動を、これからも継続してまいります。

 復興庁の統計によれば、今年の1月の段階で、いまだに4万8千人を超える方々が避難生活を送られているといいます。これほど多くの方が、普通の生活を取り戻すことができない状態が続いていることを、私たちは心にとめなくてはなりません。

 とりわけ、原子力発電所事故の影響が残る福島県内では、復興の歩みにはさらなる時間が必要であり、公式の統計には表れない避難者の方々も全国に多数おられると推測されます。人生の道筋が予想もしなかった困難な道となってしまった多くの方々が、忘れ去られることのないように、カトリック教会のネットワークを生かしながら、ともに歩み続けたいと思います。

 大震災から9年となりましたが、10年目以降の関わりも視野に入れながら、継続してともに道を歩み続けましょう。

 東日本大震災からの復興の道を歩んでおられるすべての方々に、そして復興のために日夜活動されている多くの方々の上に、いつくしみと愛に満ちた神の祝福があるように、お祈りいたします。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

2020年3月13日

・ある主任司祭の回想・迷想 ③聖金曜日に倣う日々-ミサがない時こそ、ミサを味わいなおす

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、カトリック東京大司教区では公開のミサの中止を各小教区に公布し、結果、私たちは、しばらくミサのない日々を過ごすことになりました。

 もともと、ミサができない日があります。年に一回必ずあります。それが「主の死」のみ記念する「聖金曜日」です。そうです。「ミサ」(感謝の祭儀)とは、「主の死と復活」を記念する儀式です。聖金曜日は「死」(ご受難を含めて)を記念して、復活の記念は翌日(聖土曜日~復活徹夜祭)から、その次の「復活の主日」に祝われます。ミサができるようになるのです。

 時々、こんな問い合わせのお電話を受けます。聖金曜日に、です。「今日の夜のミサは何時からですか?」。受けたほうも、えっ、と思うわけです。

 「本日ミサはございませんが」とお答えすると、「そんな、だって今日は『♩見よ十字架の木~』ってやる日でしょ」。そこで、「ああ、あれはミサではなく『主の受難』という礼拝なんですよ」と言うと、「だってご聖体いただくじゃない」と、とその人。

 なので、またそこで、「もちろん、聖体拝領はありますが、それだけではミサとは言いません。昨日(聖木曜日『主の晩餐のミサ』)で聖別したご聖体を、今日、いただくわけです」。すると、「へ~、そうなんだ、知りませんでした」。

「ちなみに、今日の聖金曜日(主の受難)の典礼は午後7時からです」。「分かりました。ありがとうございました」。

・・・・・・・・・

 今回は「公開のミサ中止」ということなので、主日だけでなく、公開であれば週日もこれに含まれるのですから、毎朝ミサに出席している人(修道者に限らず)からすれば、まるで「ミサをしてはいけない日である聖金曜日」のような日々が続いているような感覚ではないでしょうか。もっとも、そこまでのミサ理解に及ばない上記の例もあるわけですが…

 最近では、主日であってもミサが行われない(というよりそれが無理な条件下に置かれた地方の)教会や、司祭不足ゆえに主日は月一回のペースでミサの代わりに信徒が司式する「(聖体拝領を伴う)集会祭儀(言葉の祭儀)」を行なっている共同体もあるでしょう。

 ですから、あまり「あるのか、ないのか」だけを、共同体的な問題にしわ寄せしてはいけない、と思います。こうした時こそ、私たち一人一人が自らのミサ理解を振り返り、ミサの意味などを深く味わう準備の機会として生かしたいですね。

 ミサが共同の祈りの形を採るのは言うまでもないことですが、一人一人の思いには色々な差があることでしょう。人によっては、日々の労苦の慰めとしての心の拠り所、また、人によっては習慣的な営み、また、人によっては何かのお恵みをいただくための場。これらは確かにミサがもたらす要素ですが、むしろミサはこれら以前に「捧げる場」です。

 皆さんにとって、「いいミサ」とはいったい、どのようなミサでしょう。「歌が綺麗」「説教が面白い」「朗読や奉仕が丁寧で整っている」「深く祈れそうな雰囲気がある」「儀式もさることながら、その前後の対応が親切」などなど、でしょうか。

 確かに、そういうことが整っているのが望ましいかも知れません。しかし、本来のミサの重要性は「ミサそのもの」にあります。それ以外の”オプション”の部分にだけ「良さ」を見出しているとすれば、ミサを捧げることができない時に、ミサから離れてしまうこともあり得るのではないでしょうか。

 そもそも、今回のようにミサが行えない状況では、あれこれ言っていられなくなるわけですが、ミサが行えるようになった時、ミサ理解が少しでも熟したものとなっていれば幸いです。私自身も、今回、そうした思いで改めてミサを理解し直したい、と思っています。

(日読みの下僕「教会の共通善について」より)

 


2020年3月5日

・菊地大司教の日記 (58)「私たちが今、直面している試練は」四旬節第一主日の説教

2020年3月 3日 (火) 四旬節第一主日@東京カテドラル

    新型コロナウイルス感染拡大防止のため、東京教区では3月1日と8日の「公開」のミサの中止を決定しています。詳細については、この投稿の前の二つの投稿をご確認ください。(公示へのリンクと、補足説明のリンク

    3月1日と8日ついては、主日のミサにあずかる義務を免除いたしましたが、教区共同体の主日におけるともに祈りを捧げる務めと、祈りのうちに一致するために、また霊的に聖体を拝領することでキリストとの内的一致にあずかるために、主日の午前10時、カテドラルで捧げられるミサをインターネットで放映することにいたしました。

   ミサは東京カテドラル聖マリア大聖堂の地下聖堂で捧げられ、構内に修道院のある師イエズス修道女会と近隣に修道院のある聖ドミニコ宣教修道女会のシスター方数名に、お手伝いいただきました。

  また映像を作成するにあたっては、字幕などの課題をクリアして作業を進めてくださった、関口教会の信徒の方に感謝いたします。

 以下、当日のミサの説教の原稿です。

   今年の四旬節は、これまで経験したことがない四旬節となってしまいました。新型コロナウイルスの感染拡大をなるべく緩やかのものとするために、この二週間ほどが最も重要な期間であるという専門家会議の見解を受けて、主日のミサをその期間に限って非公開とすることを決めました。

   ミサの中止という言葉が一人歩きしていますが、教区共同体という視点から見れば、ミサは続けられています。中止とされているのは公開のミサですが、司祭は主日の務めとして今日もミサを捧げており、そのミサは、たとえ「信者が列席できなくても、感謝の祭儀はキリストの行為であり、教会の行為」として、共同体の公のミサであります。

   とはいえ、感謝の祭儀は「キリスト教的生活全体の源泉であり頂点で」ありますし、「聖体の集会においてキリストの体によって養われた者は、この最も神聖な神秘が適切に示し、見事に実現する神の民の一致を具体的に表す」と、第二バチカン公会議の教会憲章に記されていますから、ミサにあずかることと、聖体を拝領することは、わたしたちの信仰生活にとって欠くべからざる重要なことであります。

   その意味で、現在のような状況は、あってはならないことでもあります。未知のウイルスからの感染を避けるために、わたしたちはしばらくの間、集まることを止めているのですが、それは決して共同体を解散したという意味ではありません。やむを得ない状況の中で集まり得ないときにも、共同体は存続し、ともに主の日に祈りを捧げる義務は消失していません。

   また教会の伝統は、聖体拝領を通じてキリストとの内的な一致を目指すために、秘跡を通じた拝領と、霊的な拝領の二つがあることも教えています。

こうやって映像を通じてともに祈りを捧げるとき、またそれぞれの家庭で祈りを捧げるとき、それはひとり個人の信心業なのではなく、キリスト者の共同体のきずなのうちにある祈りであり、その祈りのうちにあって、ぜひキリストとの一致を求めて、霊的に聖体を拝領していただければと思います。

   この不幸な状況は、同時に、わたしたちに様々な信仰における挑戦を突きつけております。ちょうど主イエスが、その公生活を始めるにあたり40日の試練を受けられたように、わたしたちもいま、復活の喜びに向けて心を整える40日間にあって、大きな試練に直面しております。

   先ほど朗読された福音によれば、40日の試練の中で、イエスは三つの大きな誘惑を受けておられます。

   まず空腹を覚えた時に、石をパンにせよとの誘惑。次にすべての権力と繁栄を手にすることへの誘惑。そして神への挑戦の誘惑。この三つの誘惑が記されています。

   第一に、人間の本能的な欲望や安楽にとどまることへの願望。第二に、権力や繁栄という利己的な欲望。第三に、人間こそこの世の支配者であるという思い上がり。

   悪魔からの誘惑とは一体どういうことか。それは、神から離れる方向へと人をいざなう、さまざまな負の力のことでしょう。そういう誘惑はどこからか降りかかってくるのかといえば、実は、外からやってくるものではない。その多くは、結局のところ、わたしたち一人ひとりの心の中から生み出されている。わたしたちの心の反映であるように思います。

   わたしたちがいま直面している試練はどうでしょう。

   東京ドームでミサを捧げられた教皇フランシスコは、「わたしたちは、すべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています」と述べて、わたしたちが視点を、自分から他者へ移すようにと、むなしく輝く虚飾のシャボン玉を打ち破って外へ出向くようにと呼びかけられました。

   その上で教皇は、そのために必要なことは、「知恵と勇気をもって、無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢、それらに特徴づけられるあかしです。それは、実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度です」と指摘されました。

   得体の知れないウイルスによる感染症が蔓延しつつある現在、感染の事実や発症の実態が目に見えない度合いがとても強い今回のコロナウイルスの感染拡大ですが、そのためにどうしてもわたしたちは疑心暗鬼の暗闇の中に閉じ込められたような気分になってしまいます。

   確かに慎重な感染対策を行って、一人ひとりの身を守る行動は不可欠ですし、実際教会はいまそうしているわけですが、それが同時にわたしたち一人ひとりの心の内にも防御の「壁」を築き上げる結果になっていないでしょうか。

   心が守りの姿勢になるとき、どうしてもその防御の「壁」はより堅固なものになり、自分を中心にした心の動きに、とらわれてしまいがちになります。それこそ悪魔の誘惑であります。

  教皇は、「知恵と勇気をもって」行動せよと呼びかけます。

  教皇は、「無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢」をもって、いのちを守る姿勢を証しせよと呼びかけます。

  教皇は、「実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度」が必要だと呼びかけます。

   2009 年に新型インフルエンザが蔓延したとき、日本の司教団の部落差別人権委員会はメッセージを発表して、次のように指摘していました。

  「『感染源』という発想から感染者探しにエネルギーを注ぐと、たくさんの『容疑者』を作り出していく危険があります… 感染症対策という名で社会防衛策がとられると、菌やウィルスよりも人々の間に不安や恐怖が伝播して偏見や差別を社会の中で醸成していく危険があります」

  これもわたしたちが悪魔の誘惑に屈して築き上げてしまう心の防御の「壁」のなせる業であります。

  わたしたちは体の健康を守るための防御壁を必要としていますが、その壁が、心の中にまで防御の「壁」を築き上げないように心したいと思います。

 「人はパンだけで生きるものではない」という言葉は、パンの必要性を否定をしてはいません。しかしイエスは、それよりも重要なものがあるのだとして、「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と述べられています。

 人は、自分のいのちを守るためにパンを必要とするが、それ以上に、神の言葉、すなわちすべてのいのちを守るための神の一人ひとりへの思いが実現することこそが、人を生かすのだ。

 他者への思いやりの心は、単なる人間としての優しさに基づいているのではなく、神の言葉を実現させたいという信仰における確信に基づいています。その確信は、神ご自身が大切に思われているすべてのいのちに対する思いやりの心、豊かな想像力を持った配慮を、わたしたちに求めています。

 この困難な時期、教会共同体においてつながっている兄弟姉妹に思いを馳せ、そのつながりの中でわたしたちは一致へと招かれていることをあらためて思い起こしましょう。そして体の防御の壁が心の「壁」になってしまわないように、神が愛されるすべてのいのちへと、わたしたちの心の思いを馳せましょう。

2020年3月3日

・Sr.阿部のバンコク通信 ㊶頭と心と身体が丸ごと一体になったタイ人の信仰

 灰の式を受け四旬節が始まりました。平日にもかかわらず、今年も多勢の信徒と共にミサに与り、回心の機会をいただいたこと、うれしく思いました。

 この日は早朝に修道院を出、最寄りの教会でミサに与り、各自の使徒職の場へ。

 「大斉日に限って空腹を感じるわね」「今朝のミサ信徒が多かったわよ」。夕の食卓での話題は、その日の出来事。確かに教会の折々の典礼行事、大祝日、各教会の保護の聖人の記念日と、その準備の共同の赦しの秘跡… 聖堂はいっぱい、いつも羨ましさを感じます。

 種々の祭り事を面倒がらないで準備し、お祝いするタイ人の習わし。暑くて枯れやすい切花を惜しげもなく祭壇に飾り、祝祭日には、信徒が馳せ参じ、相応しい雰囲気作りを楽しげに準備するのです。

 年に1度の保護の聖人の祝日には、近隣の教会にポスターを貼り、ご招待。聖堂は満員。テントを貼った屋外にも座席が用意され、赦しの秘跡を受けられるように、何人もの司祭があちこちに待機し、大きなスクリーンでミサに与かり、その後、全員に昼食を振る舞うのです。

 果物、アイスクリーム、デザートの屋台まで、大歓迎の教会祭です。親しくなったミャンマーの青年、倹約生活をしていたので、教会のお祝いに誘い、ミサ後、一緒に充分なご馳走を頂いた思い出もあります。信仰厚い青年でした。

 毎月13日夕、ファチマの聖母教会で、ミサとローソク行列があり、時々友人と参加。式後に振舞われる雑炊はすこぶる美味。枝の主日の前日には、手造りの棕梠の葉を用意します、細長い棕櫚の葉で芸術作品を作り、お喋りしながら信徒間の交わり…。

 こちらの教会の生活、習わしに親しみ、理屈っぽい自分の信仰が、柔らかく単純になったな、とほくそ笑んでいます。

 頭と心と身体が丸ごと一体になった感性が息づく信仰、そこに教会共同体づくりの秘密があるように思います。

(四旬節に入りしゅろの枝が生けられたバンコクのセントルイス病院の小聖堂)

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2020年3月2日