・ガブリエルの信仰”見聞思” ②パソコンに残っていたヤコブの手紙の一口メモは…

明けましておめでとうございます。

 先日、久しぶりに自宅のパソコンのデータをクリーンアップしている時、ずっと放置していた多くのデータファイルの中、あるファイルの内に書いてある一口メモを目にしました。

 「James 4:13-16、Never forget! 」(ヤコブの手紙4章13節ー16節、忘れるな!)

 20年以上も前に自分自身に残したメモでした。自分にとって大事な聖句の一つであったから、従うことを忘れないようにメモっておきました。しかし、久しぶりにこのメモを再び見れば、やはり時が経つに連れて、その教えを忘れたりすることがあることに気が付きました。

 「13節 さて、『今日か明日、これこれの町へ行って一年滞在し、商売をして、ひと儲けしよう』と言う人たち、 14節 あなたがたは明日のことも、自分の命がどうなるかも知らないのです。あなたがたは、つかの間現れ、やがては消えてゆく霧にすぎません。15節 むしろ、あなたがたは、『主の御心であれば、生きて、あのことや、このことをしよう』と言うべきです。 16節 ところが実際は、見栄を張り誇っています。そのような誇りはすべて悪です」

 一見、使徒ヤコブは商人や大人を批判しているようですが、実際には年齢と関係なくすべての人たちに向けた教えなのです。当時私が尊敬していたあるお年寄りの神父様がそう教えてくれました。何かを計画して、目的(目標)があって、そのために一定の時間を投入し、ある特定の行動を遂行して、ある特定の結果(報い)を求め得ることは、すなわち第13節のこと、学生を含めほとんどの人たちが網羅されています。

 ここでの問題は、計画を立てることではありません。使徒ヤコブは、計画を立てることが罪深い、または愚かだとは言っていません。彼は第15節で、あのことを行い、このことを計画すること自体は合理的であると指しています。また、ルカ福音書にも「あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰を据えて計算しない者がいるだろうか 」(14章28節)。

 むしろ、ヤコブが指摘している問題は、完全な自立、自分の能力に対する自信、そして謙虚さ欠如の態度です。自分が高ぶって、自分の欲と野望を叶えるための計画だけで、頭にはその目標と結果のことしかなく、神様の御心が何なのか、などを考えたり、祈ったりすることがないままひたすら、自己中心的、自分に夢中であるということです。

 久しぶりにこのメモを再び目にしたことで、使徒ヤコブの教えと尊敬していたお年寄りの神父様のことを思い出させられ、神様に感謝いたします。今度こそは忘れることのないように、常に見れるようにスマホにもメモっておきました。

  2020年は神様の内に皆様にとって素晴らしい年となることを心からお祈りします。

2020年1月16日

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㊲ さようなら「閉鎖病棟」

南杏子さん(稲垣政則撮影)

 長野県のとある精神科病院を舞台にした話題の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(平山秀幸監督)を観た。

 妻と愛人を殺害して死刑が確定したものの、刑の執行が失敗したことから精神科病院に入院して生き続けることになった中年男性、秀丸が主人公。作品は、幻聴に悩まされる元サラリーマンや、義理の父親から家庭内暴力(DV)を受けた女子高校生らと秀丸が出会い、次第に心を通わせていく日々を描く。居場所をなくした人々の交流と回復、そして病院内で起きた衝撃的な事件をきっかけに、登場人物たちは別の運命を背負っていく……。

 元死刑囚の秀丸を笑福亭鶴瓶さんが演じ、役作りのために7キロ減量して撮影に臨んだというこの作品は、中国最大の映画祭「第28回金鶏百花映画奨」の外国映画部門で、最優秀男優賞と最優秀作品賞に輝いた。国内でも、「第44回報知映画賞」で女子高生役を演じた小松菜奈さんが助演女優賞を受賞するなど、何かと話題を集めた。確かに見応えのある素晴らしい作品だった。

 映画の原作となったのは、精神科医で作家の帚木蓬生さんが書かれた小説『平成病棟』。1995年の山本周五郎賞を受賞し、約四半世紀も読み継がれた名作だ。普遍的な作品には時代を超える力がある。作品のタイトルにも強いインパクトがある。ただ、作品に描かれた精神科病棟そのものは、実は大きく変わろうとしている。

 閉ざされた病室で日々を暮らし、超長期にわたる入院が当たり前だった日本の精神科医療は転機にある。厚生労働省は2004年以来、精神科医療を「入院医療中心から地域生活中心へ」改革するビジョンを掲げている。この方針の下、精神に障害のある人も地域で暮らせる仕組み作りがさまざまな形で進められ、精神科の病床は現在の約35万床が2025年には約27万床に減少する見通しだ。1年以上の長期入院患者も、現在の18万5000人から25年には半減すると予測されている。

 東京都小平市にある国立精神・神経医療研究センター病院も、精神科患者向けの病床数を大きく減らし、開放病棟のシェアを約半分程度にまで広げている。デイケアや外来作業療法などを充実させ、入院の短期化を図った成果として、長期入院はほぼゼロにまで減らしたとして注目されている。

 変革のさなかに求められるのは、市民の側の理解と学習だ。2022年度から使われる高校保健体育の教科書には、精神疾患の記述が40年ぶりに復活する。「精神疾患の予防と回復」という項目で、高校生たちは「精神疾患の予防と回復には、運動、食事、休養及び睡眠の調和のとれた生活を実践するとともに、心身の不調に気付くことが重要であること。また疾病の早期発見及び社会的な対策が必要であること」を学ぶ。精神疾患に対する偏見の解消や病気の早期発見につなげる取り組みの一環だ。

 「わしは世間に出たらあかん人間や」――。映画の中で秀丸が悲しげにつぶやくシーンが、劇場を後にしても忘れられない。私たちは今、そのセリフからさまざまなことを学ぶ必要があるに違いない。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 末期がんや白血病、フレイル……病に負けず舞台を目指す人たちと女性医師の挑戦を描いた物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』を2019年9月に講談社から刊行しました。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=、クレーム集中病院を舞台に医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中!)

2020年1月2日

・Sr.阿部のバンコク通信 ㊴ケータイにはない、郵便、ポストの心のぬくもり大切に

 郵便ポスト、私の親しい街のマスコットです。(上は新型、下は旧型)

読者の皆さま、新年おめでとうございます。

 ケータイを駆使して益々大幅な年末年始の挨拶、閃光さながらの関わりに驚くこの頃ですが…、手紙をしたためて投函する時の気持ち、ポストに届く手紙、駆け巡る思いや開封時のぬくもりはやはり格別です。人を殊更に感じるのです。

 私は郵便を重宝大いに利用しています。タイに来て26年、郵便事情を観察して来ました。確実さは抜群、日本も顔負けする程です。一例ですが、友人が制服布地やシングルマザー縫製所からの仕入れが届かないと。

 調べた結果、日本側のミス。タイ側と確信していた本人が驚き、『ごめんなさい、失礼しました』と。裁判を起こし、損害全額

と再送の弁償してもらったとの事。私は事態に立合い、書類を日本に送り事情を知りました。その他にも、『着かない、届かない』事は知る限り無し。どこの田舎、僻地から投函しても確実に配達される、感動です。

 ケータイと睨めっこしている人を『首曲がり族』と呼ぶの、と台湾の親しい友が。『ぼく、今度生まれたら、ケータイになりたい、ママといつも一緒にいられて必ず探してくれるから』。人を放っておいて携帯に没頭する姿、悲しいですね。

 珍しい新しいものが大好きなタイ人、ケータイへのはまりぶりはまさに驚異。この大人の玩具必需品、時に恨めしく感じ、自戒する昨今。遊ばれずに駆使する閃きを聖霊WiFi に念じています。

 そして、人の温もりを直に伝える関わり、至近距離での面と向かっての出会い、葉書の一枚も、臆せず怠らず励む年にしたいです。新しい年、主への信望愛の翼で、令和の空高く翔く年でありますよう念願しております。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2020年1月2日

・三輪先生の時々の思い ⑬人類史上、一大転換点の予兆か 

 2019年は「子供が歴史転換の予兆を代表した年」として記憶されるだろうか。それも女子だ。スウェーデンの環境活動家、16歳のグレタ・トゥンベリさんだ。地球温暖化について国連で先進国首脳を痛罵したのだ。

 日本では学校教育で生徒が「怖くて」、叱ることもできない先生がいるのだそうだ。それをとがめて、プロスポーツ界のレジェンド、イチロー氏がテレビで警告した。「生徒が怖くてどうするんですか」と批判しつつ、「これからは自分で自分を教育しなければなりません」と呼びかけた。

 今年のクリスマスにも大きな変化があったようだ。

 曾孫からのクリスマスカード、まだ1歳そこそこだから、むろん母親、つまり私にとっては孫娘が用意したものだろうが、そこにはサンタは描かれていなくて、代わりにトナカイの帽子をかぶった男子の曾孫がプレゼントは僕が届けるよとあった。神話 、伝説 、慣習、に超然とする姿勢の萌芽が認められた。

 「生徒が怖くてどうするんですか」と、教育の現場を批判したのはイチローさんだが、時代は大きく動いていて、子供の時代に、はっきりと1歩も2歩も踏み出していることが実感された年であった。天真爛漫な子供らの楽しむお遊びも様変わりして、チャンバラや、ままごとの時代はすでに遠のいて見える。

 アーティフィシャル・インテリジェンスのおもちゃや、大人が実務で操るものと同じハイテクの機器を巧みに操る子供たちもいるような今の時代は、人類の新世紀がすでに開幕したことを告げているのだろう。ここから我々は何処に向かっていくのだろうか。環境破壊の地球を逃れて宇宙を右往左往するのだろうか。

 「希望」の光よ、今こそ輝き、燦々と、往く道を示し、励まし、たがえないように、導いてください。

(2019・12・29記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元国際関係研究所長)

2019年12月31日

・Sr.石野の思い出あれこれ ⑱ローマに着いた!歓迎のシスターたちの勢いに圧倒される

 新年あけましてめでとうございます。

 昨年は教皇フランシスコをお迎えして、喜びと幸せ、希望と感謝にあふれるはじけるような笑顔に接することができました。新しく始まるこの一年が皆様にとって喜びと幸せ 希望と感謝に満ちた一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。 石野澪子

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 飛行機がガタンと音を立ててチャンピーノ空港に着陸した瞬間、乗客の間から割れるような拍手が起きた。おそらくイタリア人が無事故国に帰ったのを喜ぶ印だったのだろう

 ローマの夏は暑かった。飛行機のタラップを降りて地上に立つと、長い制服の裾の方から生ぬるい空気が洋服の中を上の方に上ってくるのが感じられた。ローマ、ローマに着いたのだ。そう思うと、感激で胸がいっぱいになった。修道院からの迎えの車で左右に緑が広がる閑静な道をおよそ20分走って修道院に着いた。

 広いお庭、石造りで四階建ての大きな修道院。完成すればサンタ・マリア・マジョーレに次いで、ローマで二番目に大きなマリア聖堂になるという建築中の大きな聖堂など私たちの想像をはるかに越える規模の大きいものばかりだった。自動車から降りると、鐘がカンカン鳴っているのが聞こえた。右からも左からもたくさんのシスターたちが、階段をばたばたと駆け降りてきて私たちを迎えてくれた。その勢いのよさにも驚いた。

 彼女たちにしてみれば初めて見る日本人。どんな人たち?そんな好奇心もあったのだろう。「私たちと同じじゃない、」「私たちと少しも変わらない」などと口にする人もいた。どんな人を想像していたのだろう。私たちが着ている制服は彼女たちのと同じ。違うのは、日本人は一般に背が低く、鼻も低くて、目が、イタリア人に言わせると「細くてアーモンドのような形をしている」くらいだった。

 私たちのイタリア語はおぼつかなかったし、シスターたちの熱気に圧倒されたが、たくさんのシスターたちに囲まれて温かく迎えられている空気が伝わってきて嬉しかった。イタリア人たちは挨拶するときに互いに抱き合って抱擁する。ましてや太平洋を渡って日本からはるばるやってきた私たちを抱きしめて接吻したかっただろう。

 でも、おそらく日本の上長から日本では接吻をしないので気を付けるようにとのお達しがあったに違いない、シスターたちは自制しているようだった。これはイタリア人にとっては大きな、大きな”犠牲”であったに違いない。イタリアの生活に少し慣れたころ、人を迎えたり、送ったりするときは愛情の表現として、互いに抱擁しあうのが慣例、ということを知ったので、私たちを迎えた時の彼女たちの気持ちをおもんばかって気の毒に思った。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

2019年12月31日

・Sr.岡のマリアの風 ㊻わたしの新しい年への「願い」は

新しい年も、よろしくお願いします!

 パパ・フランシスコがたびたび口にする表現で、この一年、リフレインのように繰り返し味わった言葉があります:「単純に(シンプルに)」、「イエス・キリストを真ん中においた生活」、普通の日々の営みの中で、また試練の中でも「驚き」「喜ぶ」ことの出来る信仰感覚-そこから、神への感謝、賛美が生まれる―

 祈りながら、わたしの心の中で、新しい一年(2020年)への「願い」がはっきりしてきました。

 【神さまの「あたたかい心」の中で生かされていることに感謝し、あたたかい心で生きることができますように。】(年末に、T神父さまから赦しの秘跡を受け、心に感じたこと)。

 【自分にできる小さなことを、心を尽くして、日々果たしていくことができますように。】(神さまに託された使命を、喜んで、ときに苦しみを捧げながら、こつこつとしていきたい。それが、すべての人を救いたいという神さまの「夢」の実現に協力することだと信じて)

 真ん中にみ言葉を置いて、「単純」に、ごちゃごちゃ言い訳せず、日々の「普通」の営みを生きる…というイメージでしょうか。

 親族、友人、恩人方の上に、主の豊かな祝福を祈りながら。すべてのことを、マリアさまの母のご保護に委ねて… 新しい年も、よろしくお願いします!

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2019年12月31日

・菊地大司教の日記 (56)1月1日は聖マリアの祝日、世界平和の日、守るべき祝日

2019年12月30日 (月)

主の降誕、おめでとうございます

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 まもなく2019年が終わろうとしています。12月31日の深夜、年が明けて2020年1月1日零時ちょうどから、東京カテドラル聖マリア大聖堂では新年のミサが捧げられます。わたしが司式いたします。1月1日は神の母聖マリアの祝日であり、世界平和の日でもあります。日本では1月1日は守るべき祝日となっていることをお忘れなく。31日の深夜ミサは、その守るべき祝日の1月1日のミサです。信徒ではない方も、年の初めのミサに、どうぞおいでくださり、祈りの時を一緒にいたしましょう。

 さて少し遅くなりましたが、主の降誕のお喜びを申し上げます。クリスマスおめでとうございます。

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12月24日の夜、典礼的には日没後ですから翌日ですの、クリスマスの夜半のミサを捧げました。わたしの担当は夜10時。遅い時間にもかかわらず、大聖堂が一杯で、立ち見の方もおられる盛況でしたが、聖体拝領の時に祝福の方が半分ほどでした。

この日、関口教会では夕方5時、夜7時、夜10時、深夜零時の4回、夜半のミサが捧げられ、翌朝7時に早朝のミサ、そして10時に再びわたしが司式して日中のミサが捧げられました。典礼ではこれに前晩のミサも整えられており、4回のミサがクリスマスのために用意されていますが、伝統的には、夜半、早朝、日中の三回のミサが捧げられてきました。

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教皇様の訪日の記憶がまだまだ鮮明ですし、その語られて言葉のインパクトは大きく、さらに深めていく必要もあると思います。ですので、このところどこに行っても説教は、教皇様の日本での言葉の引用です。お許しを。

以下、夜半のミサの説教の原稿です。

「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住むものの上に、光が輝いた」

愛する自分の子どもに、最高の贈り物を与えたい。愛するあの人に、最高のプレゼントがしたい。クリスマスと言えばプレゼントがつきものですし、今日もこのミサが終わってから、またはもうすでにそういうシーズンですから、プレゼント交換をする人も少なくないことだと思います。

もちろんクリスマスとプレゼントは無関係ではありません。それは、クリスマスの出来事そのものが、神から人間への最高のプレゼントとして起こったからに他なりません。神は自ら創造した人間を愛するがあまりに、闇にさまようようにして生きている人間を見捨てることなく、神に至る道を指し示すために、自らを人間としてお与えになった。

最初に天地を創造された状態にこそ、神が定められた秩序が実現しており、それこそが本当の意味での正義と平和に満ちあふれた状態であった。しかし人間は与えられた自由意志を乱用し、その世界からはみ出し神から逃れることによって、闇の中をさまようことになった。そこで神は、闇の中をさまよい続ける民に、自らが道しるべの光となるために、そして神の道に立ち返るよう呼びかけるために、自ら人となって誕生し、人類の歴史に直接介入する道を選ばれました。

この神の行為にこそ、わたしたちの信仰における重要な行動の原理が示されています。
必要があるところに直接自分から出向いていくという、行動の原理です。
神は天の高みから人に命令を下すのではなくて、自ら人間となって、人のもとへと出向いていくことによって、そこに光をもたらそうとされました。

教会は、神が示された道を歩みたいと願っています。ですから、神ご自身の行動の原理に倣い、必要とされているところへ自ら出向いていく教会でなければなりません。

「出向いていく教会」とは、あらためていうまでもなく、先日訪日された教皇フランシスコが、幾たびも繰り返されている教会のあるべき姿であります。

教皇はなぜ日本に来られたのか、と問う声がありました。教皇はまさしくこの教会のあるべき姿を自ら実践されたのではないかとわたしは思います。そこに必要があるからこそ、教皇は日本に来られた。

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それではいったいどのような必要が日本にはあるのか。それは今回の訪日のテーマであった「すべてのいのちを守るため」という福音のメッセージを、伝えなければならないような現実が日本にあるからこそ、教皇は自ら出向いて、現場に足を運んだのです。宮殿の中から教え命じる教皇ではなく、現場に足を運び、苦しみのうちに助けを、闇の中に光を必要としている人たちとともに歩みながら、大切なメッセージを発信するのは、今の教皇のスタイルです。

今わたしたちが生きている社会の現実は、ともにいのちを守ることよりも、自らのいのちを守るために他者を排除する社会でもあると感じることがあります。異質な存在を排除して安心安定を得ようとする誘惑に満ちあふれています。それは障害のある人たちへの排除であったり、海外から来られた方々への排除であったり、性的指向性による排除であったり、思想の違いによる排除であったり、姿格好の相違による排除であったり、文化や言葉や慣習の違いによる排除であったり、ありとあらゆる排除の傾向が現実社会には存在します。

異質な存在を排除することで安心安定を目指す社会は、残念ながら一部のいのちを守ることはできるでしょうが、「すべてのいのちを守るため」の社会ではありません。

教皇は、東京ドームでのミサで、こう呼びかけられました。
「わたしたちは、すべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています。知恵と勇気をもって、無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢、それらに特徴づけられるあかしです。それは、実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度です。『そこにあるもろさ、さもしさをそっくりそのまま、そして少なからず見られる、矛盾やくだらなさをもすべてそのまま』引き受けるのです。わたしたちは、この教えを推し進める共同体となるよう招かれています」

その上で教皇は、「傷のいやしと、和解とゆるしの道を、つねに差し出す準備のある、野戦病院となることです」と述べて、誰も排除されない社会は、神のいつくしみを状況判断の基準とする社会だと指摘されました。

さらに教皇は、このカテドラルで、集まった青年たちを前にして、こう言われています。
「世界には、物質的には豊かでありながらも、孤独に支配されて生きている人のなんと多いことでしょう。わたしは、繁栄した、しかし顔のない社会の中で、老いも若きも、多くの人が味わっている孤独のことを思います。・・・抱えている最大の貧しさは、孤独であり、愛されていないと感じることです」

クリスマスにはプレゼントがつきものです。神はすでに最高のプレゼントをわたしたちに与えられました。闇に輝く光を輝かせ、わたしたちに善の道を示し続けてくださっています。

今夜、主の降誕を祝うわたしたちが、自ら与えることのできるプレゼントはいったいなんでしょうか。わたしたち一人ひとりは、いったい何のために、どこへ出かけていくことができるでしょうか。伝えなければならないメッセージの必要があるところは、いったいどこでしょうか。

教皇は、「何のために生きているのではなく、だれのために生きているのか。だれと、人生を共有しているのか」と問いかけました。

わたしたちはこの問いかけにどう答えることができるでしょう。それぞれの生きている場の中で、この問いかけへの答えを探し続けたいと思います。

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誰のもとへ、どのようなプレゼントを持ってで向いていくのか。

「すべてのいのちを守るため」は、いま、この日本に生きているわたしたちすべてにとって、最も重要な呼びかけの一つであると思います。わたしたちは、この呼びかけに応えて積極的に出向いていき、いのちが危機に直面している暗闇の中で、互いに支え合い、互いを尊重し合い、理解を深め、いのちを守り抜いている姿を光のように輝かせ、より善なる道を指し示すプレゼントとなりたいと思います。

「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住むものの上に、光が輝いた」

 主イエスの輝ける光を、わたしたちも輝かし続けましょう。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)(「司教の日記」より)

2019年12月30日

・菊地大司教の日記 55 習志野教会堅信式、澤田神父様の100歳誕生日、そして司祭叙階式

2019年12月21日 (土)

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 教皇様の訪日に忙殺されていた頃に先延ばしにしていた予定が押し寄せてきていて、いつまで経っても余裕のない毎日です。更新が遅くなっています。

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 その先延ばしにした行事の一つが、習志野教会の堅信式でした。当初の予定は11月24日。教皇訪日の日程が後で決まったので、堅信式を12月8日に先延ばしにしてもらっていました。

 今年は主日と重なったので、無原罪の御宿りの祝日は翌9日に。

 習志野教会ではこの日、22名の方が堅信を受けられました。おめでとうございます。主任司祭はベトナム出身のディン神父様と言うこともあり、多くのベトナム出身の若者たちが集まっていました。ミサに参加する人で一杯の聖堂は、もちろん大多数の日本人とともに、ベトナムやフィリピンなど、様々な文化を背景に持った人たちであふれかえっていました。

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 ミサ後の祝賀会でも、ベトナム出身の若者たちが、素晴らしいダンスを披露してくれました。様々な背景を持った人が、心やすく祈り、またともにいることができる共同体として、さらに成長してくださることを祈ります。

 さてその翌日、9日の午後には、東京教区司祭の最年長である澤田和夫神父様の100歳の誕生日のお祝いがありました。100歳ですから、1919年12月9日の生まれ。大正8年です。

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 昨年は99歳で白寿と言うことで、カテドラルでミサを捧げましたが、今年は澤田神父様のご意向で、こぢんまりと司祭だけで祝いたいとのことで、しかも車椅子のご自分も一緒にミサに参加したいとのことで、段差の多い聖堂ではなく、カトリックセンターのホールでミサが捧げられました。わたしが司式をさせていただきました。ミサ後には、集まった司祭団と、茶話会でお祝い。澤田神父様は、お元気に笑顔を見せておられました。おめでとうございます。

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 そして12月14日土曜日の午後には、碑文谷教会で、サレジオ会の司祭叙階式が行われました。このたび司祭に叙階されたのは、ベトナム出身の、レー・ファム・ギェ・フー師。おめでとうございます。叙階式にはサレジオ会員をはじめ、いくつかの修道会の司祭や教区司祭、そして仙台の平賀司教も参加。碑文谷教会の荘厳な佇まいの中、ベトナムの聖歌も歌われ、華やかなうちにも荘厳な叙階式でした。

 フー神父様、おめでとうございます。翌日、15日の日曜日には、調布教会で初ミサを捧げられたとうかがいました。

 以下は当日の叙階式の中で行った説教の原稿です。

 教皇フランシスコの日本訪問は、実質三日ほどの短い旅でしたが、多くの人に強烈な印象を残し、また特にわたしたち日本の教会に、豊かな宝を与えてくださいました。

 教皇様の与えてくださった豊かな宝とは、日本にいる間に教皇様が語られた、様々な言葉です。広島や長崎では、核兵器の廃絶や平和について力強く語りました。そのメッセージは、原子爆弾の悲劇を体験した広島と長崎から語られたからこそ、日本のみならず、世界中の多くの人の心に力強い生きた言葉として届いたことだと思います。

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 東京においても教皇様は、東北の大震災の被災者と出会い、災害からの本当の復興とは衣食住が整うことだけを意味するのではなくて、共同体の絆が再建されることが必要なのだと力説されました。教皇様は、次のように言われました。

 「わたしたちにもっとも影響する悪の一つは、無関心の文化です。家族の一人が苦しめば家族全員がともに苦しむという自覚をもてるよう、力を合わせることが急務です。課題と解決を包括的に受け止め、きずなという知恵が培われないかぎり、互いの交わりはかないません。わたしたちは、互いにつながっているのです」

 互いに助け合い、関心を持ち合うことの大切さは、教皇フランシスコが2013年の教皇就任以来、強調されてきたことです。就任直後には地中海に浮かぶランペドィーザ島を訪れてアフリカから逃れてきた難民と出会い、自分の安全安心ばかりを考えてシャボン玉の中にこもり、助けを必要としている人に関心を持たない無関心のグローバル化に警鐘を鳴らされました。

 そして、誰ひとりとして排除されない神の愛しみに満ちた世界の実現を、常に呼びかけてこられました。忘れられて良い人は誰もいない。無視されて良い人は誰もいない。すべてのひとが、神から与えられた賜物である命を生きているのだから、おなじように大切にされなければならないし、互いに支え合わなくてはならない。教皇様は、そう繰り返してこられました。今回のテーマ、『すべてのいのちを守るため』は、教皇フランシスコが大切にしていることを明確に表す言葉です。

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 カテドラルで青年たちと出会ったとき、教皇様は困難に直面する人たちへの思いやりの心の大切さを強調して、こう言われました。
「さて、とくにお願いしたいのは、友情の手を広げて、ひどくつらい目に遭って皆さんの国に避難して来た人々を受け入れることです。数名の難民のかたが、ここでわたしたちと一緒にいます。皆さんがこの人たちを受け入れてくださったことは、あかしになります。なぜなら多くの人にとってはよそ者である人が、皆さんにとっては兄弟姉妹だからです」

 この短い言葉には、多くのことが詰め込まれています。

 今、日本の社会を見れば、様々な国から来られた方が一緒に生活し、その中には、安全と安心を求めて避難してきた方々も少なくありません。文化の違い、言葉の違い、外見の違い。様々な違いによって、社会の中で孤立して、助けを必要としている人も少なくありません。

 社会全体としても、若者たちの間にも、また高齢者の間にも、助けの手が差し伸べられることなく、孤立し孤独のうちに生きている人も少なくありません。

 わたしたちは教皇様の呼びかけに励まされて、この社会にあって、助けを必要としている人に積極的に手を差し伸べ、互いに支え合って生きていく共同体を育てていきたいと思います。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)(「司教の日記」より)

2019年12月21日

・菊地大司教の日記 (54)福音宣教省長官にタグレ枢機卿、おめでとう!

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 バチカンの重要な役所の一つである福音宣教省の長官が、交代することになりました。

 12月8日日曜日のローマ時間正午、教皇様は、マニラの大司教であるアントニオ・タグレ枢機卿を福音宣教省の長官に任命されました。タグレ枢機卿様、おめでとうございます。

 福音宣教省は、日本を含む宣教地域を管轄する役所で、伝統的にPropaganda Fideなどと呼ばれています。教会の福音宣教全般について、様々な調整や情報収集、研究を行う部署ですし、教皇庁宣教事業(Pontifical Mission Society)も配下に擁しており、世界宣教の日の献金を元に、宣教地の様々な活動を援助している機関でもあります。

 アジアの各教会は、キリスト教国とされているフィリピンを除いて、すべてが福音宣教省の管轄下にあります。したがって、日本を含む宣教国の司教の任命は、バチカンの司教省ではなくて、福音宣教省の枢機卿会議が事前の調査や調整を行い、福音宣教省長官が最終的に教皇様へ具申することになっています。

 バチカンの諸官庁は、バチカンにある事務局とメンバーと呼ばれるいわゆる委員で構成されており、そのメンバーの大半は枢機卿となっています。現在は40名ほどのメンバーが任命されています。その中に常に5名ほどの司教がメンバーとして含まれており、わたしも2014年から福音宣教省のメンバーになっておりますが、もう5年経つので、まもなくどなたか他のアジアの司教に代わることだと思います。

 タグレ枢機卿様、おめでとうございます。

 なおアジアから長官が選ばれるのは、ボンベイのディアス枢機卿が長官に任命されて以来、2度目です。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

2019年12月9日

・Sr.阿部のバンコク通信 ㊳バンコクの教皇-亜熱帯ならではの熱いミサに身も心も焼けた!

 タイ国の首都バンコクの上空に、11月19日夕~23日朝に掛けて、大輪の花火が見事に打ち上げられ続け、人々の心を魅了しました。フランシスコ教皇様がカトリック教会設立350周年を祝うタイ国を訪問、ドンムアン空軍飛行場に到着、歓迎と出会いの大祭典によるものでした。

 ベトナムから4000人、中国から1000の信徒、司祭の参加者他、近郊のアジア諸国から多勢の参加者。海外の司教53人とタイ国の枢機卿、司教15 人、屋外国際競技場、隣の競技場は4面大型スクリーンでの参加者で満場… 午後6時からのミサ、夜空に賛美と感謝が響き荘厳圧巻。亜熱帯ならではの熱い厚い感謝の祭儀、身も心も熱く焼けました。

 国王陛下、首相政府関係者、仏教界僧侶、宗教界代表者とそれぞれ親身な出会い、YouTube で見聞きし、中でも教皇様の言動を把握賛同した首相の挨拶賛辞には感嘆、うれしくなりました。若者との集い、神学生司祭修道者との出会いもありました。

 来泰決定が発表されたのは2ヶ月前、短い強行な準備期間で、カトリック司教協議会からバンコク教区、広報部…各関係機関へ、教会が軸になって国と政府機関にも交渉、手抜かりない細部に至る準備、動員力。タイ国のカトリックの”極小からし種”の威力を見せた出来事でした。

 全教区、バンコクの各教会の割当人数を遥かに超える応募者。残念組には教会が「大型画面で実況中継をお弁当付きで」とか、送迎時に「飛行場近隣の教会の信徒がひと目会えるように」とか、ヴァチカン大使館泊のパパ様が隣のカトリック総合病院訪問の折、「中庭を巡り、大勢の人が会えるよ

うに」とか、精一杯の配慮工夫がされました。

  日本から友人司祭が、あの熱狂が「一過性の打ち上げ花火」にならないように… と。タイと日本の上空に打ち上げられた特大曼荼羅、愛と命、真理と平和の福音の発信が、人々に受信→発信し続けられること信じ、祈っています。

 パパ様、この度は日本への途中バンコクへ寄り道して下さり、有り難うございました。

(阿部羊子=

あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2019年12月7日