・菊地大司教の日記㊵澤田和夫神父様、白寿の感謝ミサ

2018年12月 8日 (土)

 東京教区の名物司祭のひとりであるヨハネ澤田和夫神父様は、1919年12月9日の生まれです。すなわち、明日で99歳。白寿であります。

 8日午後2時半から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、澤田和夫神父様の白寿を祝い、感謝のミサが捧げられ、神父様とこれまで様々な出会いのあった多くの方々が参加してくださいました。その中には、岡田名誉大司教をはじめ司祭や修道者も多く、また信徒ではない方、様々な身体的であったり精神的困難を抱えて生きておられる方などなど、これまでの澤田神父様の人生を象徴するようなバラエティーに富んだ方々が集まりました。

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 澤田神父様は、このところ車椅子での生活をされており、日曜日にはそのまま関口教会の主日ミサに会衆席から参加されておられます。今日は、屈強な侍者の青年たちが多数集まり、澤田神父様を、車椅子ごと内陣へ持ち上げ、久しぶりの共同司式となりました。

 ミサ後には、ケルンホールで茶話会が行われ、神父様は、お元気にケーキのロウソクの炎を吹き消されておりました。

Sawada1802 神父様、お誕生日おめでとうございます。次は来年の100歳の誕生日を目指して、これからもお元気でお過ごしくださいますように。

以下本日の説教の原稿です。

 司祭が長年忠実にその務めを果たしてきたことを祝うとき、私たちは、神からの呼びかけ、すなわち召命に前向きに応えている人生そのものをお祝いいたします。ですから、澤田神父様の99歳の誕生日を祝うこのミサで、まずは召命について少し考えてみましょう。

 召命は、私たちが神の望まれる生き方を選択することにあり、その中には司祭や修道者となる生き方もありますが、私たちキリストに従う者にはすべからく、何らかの神からの呼びかけがあり、すなわち召命があります。私たちひとりひとりは、その召命に忠実に生きるようにと招かれています。

 私たちは、人生の中にあって幾度となく、どのように生きていくのか選択を迫られ、決断を重ねていきます。司祭や修道者になることだけではなく、わたしたちが神に従う者としてどのような生き方を選ぶべきなのか、どのような生き方へと招かれているのか、その神の呼びかけに耳を傾ける努力を続けることは、すべてのキリスト者に共通している大事な務めです。

 召命のために祈るのは、単に、司祭が増えるようにとか、修道者が増えるようにと祈ることだけなのではありません。そうではなくて、キリストに従う者すべてが、神からの呼びかけを識別しながら、最善の道を見いだすことができるようにと、兄弟姉妹皆のために祈ることでもあります。

 澤田神父様は1951年の12月に叙階されていますので、99年の人生のうち、ほぼすべてとも言うべき70年近くを司祭として奉仕されてきました。司祭が長年にわたり教会へ、社会へ、そして多くの人々へ奉仕されたことに感謝をささげるとき、私たちは、召命に生きる姿の模範をそこに見いだします。召命は、司祭であれ信徒であれ、キリストに従うすべての者に与えられているのですから、澤田神父様のように、長年にわたって司祭が忠実にその使命に生きる姿は、勇気を持って神からの呼びかけに応え生きる姿として、すべてのキリスト者の模範であります。

 司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」とカテキズムには記されています。すなわち司祭には、三つの重要な役割があるということです。

 一つ目は「福音を宣教すること」。二つ目が「信者を司牧すること」。そして三つ目が、「神の祭礼を執行する」ことです。この三つの務めすべてに忠実に生きる司祭の姿は、すべてのキリスト者にとって生きる姿勢への模範を示すものでもあります。

 私たちは、司祭の示す模範に倣って福音を宣教したい。私たちは司祭の示す模範に倣って教会共同体を育て上げたい。そして私たちは司祭の示す模範に従って聖なる者でありたい。

 多くの方々が、澤田神父様の70年に及ぶ司祭生活の中で、様々な出会いの体験から、この三つの司祭の務めにおいて、大きな影響を受けられてきたことと思います。勇気を持って、司祭としての召命に応え、忠実に生きてきた人生の模範であります。

 神からの呼びかけに、謙遜のうちにも勇気を持って応えられた最高の模範は、聖母マリアの生き方であります。

教皇フランシスコは、聖母マリアは祈りと観想のうちに、密やかに生きる信仰生活の姿を示しているだけではなく、その霊的な土台の上に、助けを必要とする他者のために積極的に行動する力強い信仰者の姿の模範でもあると指摘されます。

 使徒的勧告「福音の喜び」の終わりに、次のように記しています。
「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です。・・・教会の福音宣教の活動には、マリアという生き方があります。というのは、マリアへと目を向けるたびに、優しさと愛情の革命的な力をあらためて信じるようになるからです」(288)。

 聖母マリアの人生を見れば、それは決して弱さのうちに恐れているような生き方ではありません。それどころか、神から選ばれ救い主の母となるというすさまじいまでの人生の転換点にあって、「私は主のはしためです。お言葉通りに、この身になりますように」と、恐れることなくその運命を受け入れ、主イエスとともに歩み、その受難の苦しみをともにしながら死と復活に立ち会い、そして聖霊降臨の時に弟子たちとともに祈ることで、教会の歴史の始まりにも重要な位置を占めるのです。教会にとって、これほどに強い存在はありません。まさしく、信仰における「革命的な力」を身をもって表された方です。

 しかし聖母マリアは、あくまでもその強さを誇ることなく、謙虚さと優しさのうちに生きて行かれます。ですから謙虚さと優しさは、弱い者の特徴なのではなくて、本当に強い者が持つ特徴である、と言うべきでしょう。

 教皇フランシスコの言葉は、現代社会が優先するさまざまな価値観への警鐘となっています。聖母マリアの生き方を語るとき、ここでも、いったい本当に力のあるものは誰なのか、という問いかけを通じて、この世の価値基準への警告を発していると感じます。今の世界では、いったいどういう人が強い者だと考えられているのか。その判断基準は、真の強さに基づいているのか。

 聖母マリアの生き方を見るときに、本当の強さとは、謙虚さと優しさという徳のうちにあるのだと分かります。それならば、私たちの世界は「謙虚さと優しさ」に満ちているでしょうか。残念ながらそうとはいえません。それよりも、自分たちが一番、自分たちこそが強いと虚勢を張って他者を排除し、困難に直面する人や助けを必要とする存在に手を差し伸べるどころか、不必要なものとして彼らに関心を寄せることもなく、排除すらしてしまう。そんな虚勢を張った強者の価値観が力を持ち始めてはいないでしょうか。虚勢を張った強者の価値観は、どこまでも自分本位で身勝手です。

 聖母マリアの生きる姿勢に倣いながら、私たちも謙虚さと優しさのうちに、神から与えられた召命に一生涯忠実に生きていきたいと思います。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(以上「司教の日記」より転載)

・菊地大司教の日記㊴ケルン教区に表敬訪問・故マイスナー枢機卿墓参

 11月28日から本日12月5日まで、東京教区と姉妹関係にあるドイツのケルン教区を、わたしと高木事務局長の二人で、表敬訪問してまいりました。今回は特に、1988年にケルン教区長に就任し2014年に引退され、昨年2017年7月に83歳で亡くなられた前ケルン教区大司教であるヨアキム・マイスナー枢機卿の墓参も重要な目的の一つでした。

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2014年7月からケルン教区大司教を務めておられるライナー・マリア・ヴェルキ枢機卿ともお会いし、ケルン大聖堂のミサをご一緒させていただき、またこれからの姉妹教区関係についてもゆっくりと意見を交わす機会がありました。時間を割いていただいた枢機卿に感謝です。(写真は、ヴェルキ枢機卿と)

 ケルン教区からの援助については、東京教区ホームページに次のような記載があります。

 『まだ第2次世界大戦の傷あとの癒えない1954年、当時ドイツのケルン大司教区の大司教であったヨゼフ・フリングス枢機卿(すうききょう)は、ケルン大司教区の精神的な復興と立ち直りを願い、教区内の信徒に大きな犠牲をささげることを求めました。そして その犠牲は、東京教区と友好関係を結び、その宣教活動と復興のための援助をするという形で実現されていきました』(詳しくは、こちらのリンク: 東京教区ホームページ

 この支援活動が、後にドイツの教会の海外支援組織であるミゼリオールの設立につながったというお話も伺いました。

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今回は一週間という時間がとれたため、ケルン教区が取り組んでいる様々な司牧のプログラムを見学させていただきました。主に訪れたのは;青年たちのための拠点教会での活動、教区神学生との対話、デュッセルドルフでの日本人会の方々やイエスのカリタス会のシスター方との交流とミサ、そして日本人家族5名の洗礼式。ボン市内の小教区での、いくつかの小教区の連合体の月に一回の特別なミサ(下の写真。聖パウロ教会で、ミサ後の対話集会。真ん中で立っているのが主任司祭)ケルン教区カトリック社会学研究所の活動。教区のメディア関係の活動。

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なかでも、ちょうど11月30日にケルン大聖堂で、教区女性連盟の100周年感謝ミサがあり、ヴェルキ枢機卿が司式されるとのことで、一緒に司式させていただくことができました。いやはや、ケルン大聖堂の巨大なこと。

 そして信徒の数も司祭の数も、東京教区とは比べものにならないくらい巨大なケルン教区ですが、やはり召命の減少には悩まされているようで、いくつかの教会をひとりの司祭が担当する制度が取り入れられ、信徒のリーダー養成などに、様々な取り組みがなされているように伺いました。

 またデュッセルドルフでイエスのカリタス会のシスター方が幼稚園の活動をしている小教区は、聖フランシスコ・ザビエルを守護の聖人としており、12月1日の夕方のミサで、ザビエルと日本の教会について、説教もさせていただきました。シスター方はケルン市内とデュッセルドルフの二カ所で活動されていましたが、このたびケルン市内は引き上げ、デュッセルドルフに集中されるそうで、教区の方々から、一部撤退を残念がる声が聞こえておりました。それほど、イエスのカリタス会のシスター方の活動と存在が評価されている証拠であると思います。

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ミサの説教は、日本語でしたが、ドイツ語に通訳してくださったのは、なんとフランシスコ会のフーベルト神父様。数年前まで新潟教区の直江津や高田で働いておられた神父様は、ドイツに帰られ80になられましたが、お元気で、日本語ミサの手伝いをしてくださっているとのこと。思いもかけない再会でした。

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 ケルン大聖堂の内陣一番奥には、東方の三賢者の聖遺物がおさめられた金の櫃が安置されています。この三賢者の聖遺物があることで、ケルンは一大巡礼地となったのだとか。今でも巡礼で訪れる人が後を絶たず、巡礼団には、内陣の中に入り、聖遺物をおさめた櫃の下を祈りのうちに歩いて通ることが許されます。

 この聖遺物を東京教区はケルン教区から一部分けていただき、その三賢者の聖遺物は、東京カテドラル聖マリア大聖堂に安置されています。

 ケルンからの東京への支援は、今ではミャンマーへの支援へとつながりました。次にミャンマーからさらに必要のある教会へと、つながっていくことでしょう。信仰における兄弟姉妹の輪が広がり強まっていくことを願っています。

ケルン教区の皆様に、感謝。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(以上「司教の日記」より転載)

2018年12月7日

・Sr.阿部のバンコク通信㉗来年は、タイのカトリック教会正式承認から350年

 「シャム国」として知られるタイ王国(1939年改称、現在はラマ10世が国王)は、仏教を国教とし、国民の94%が信奉する仏教国です。他の宗教の活動が制限を受けた時期もありましたが、現在は、信教の自由が保障され、宣教も容認されていて、今では30万余人の信心深いカトリック信徒に恵まれています。

    カトリックの信仰は、16世紀のアユタヤ王朝の時代にポルトガル船が国交を求めて入港したのが始まり(詳細な記録はありません)、とされています。その後、ドミニコ会、フランシスコ会、パリ外国宣教会、イエズス会の宣教師が、次々とタイ国を訪れました。

    宣教師の間で、仏教文化信仰に不寛容尊敬を欠く姿勢を持つ者があり、制裁を受けたりすることもあって暫くは沈滞の時期もありました。教皇庁は事態を問題視し、慎重に検討を続けたあと、寛容こそが大事な宣教姿勢」と現地の宣教師たちも認識するに至り、ナライ王時代の1669年に、教皇正座から正式にタイ国のカトリック教会が承認されました。そして特に教育、福祉部門に貢献しながら、カトリックの信仰がタイ国に根ざす形で発展し、現在に至っています。

    来年は教皇正座からタイ国のカトリック教会が承認されて350周年。記念の年を前に、全国の教会では、年間の感謝と決意の祈りが用意され、幟が掲げられ、日々の祈りが捧げられるなど、聖職者、信徒こぞって準備を進めています。

    タイの人々の信仰心は、単純素朴で感性豊か。一緒に祈り感謝の祭儀に与っていると、「頭でっかちで理屈っぽい信仰」が、「柔らかく優しい、素直な信仰心」に変えられていくのを感じます。私の理屈の座ではなく、心身に、主が語られるのを実感し、信仰宣言と宣教の意義を新たにする毎日です。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2018年11月30日 | カテゴリー :

・三輪先生の現代短評③トランプのメキシコ越境阻止計画への疑問

 アメリカの週刊誌TIME(11月19日号)によれば、メキシコとの国境を越えようとする中南米発の米国への移民希望者達を阻止するために、トランプ大統領は1万5千名ものアメリカの正規軍を差し向けようとしている、とのことだ。

 それをラテンアメリカやカリブ海域で軍功があった将軍などが 「とんでもない兵力の投入だ」と批判している。威示行為としてもおかしい、と言う。大統領が”invasion侵略”と呼んでいる移民志願者の大半がいわゆる難民で、しかも女子供がほとんどだというのに、である。

 国境を踏破しようとする者に対して空に向けて発砲したりして威嚇阻止しようとするのであろうか。

 歴史に照らしてみれば、メキシコと国境を接するテキサス、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア、更にはルイジアナなどの諸州は、もとはと言えばメキシコやフランスに帰属していた地域なのである。

 1万5千の兵力とはどんなものか。比較のために世界各地に展開している米軍の規模を見ると、日本(第7艦隊東アジア太平洋地域の洋上要員を含む)5万3660、ドイツ3万5369、韓国2万6045、アフガニスタン1万4千、イラク5200。つまり、イラクに展開している米兵力よりもほとんど1万名も多い兵力、そしてアフガニスタンに展開しているよりも1千名多い兵力を、メキシコ国境封鎖のために派遣しようというのである。

 もし本当にそうすることになれば、今年中だけ2憶ドルもの大金を無駄使いすることになる、というのである。それは、朝鮮半島、アフガニスタン、アラビア海、イラン、イラク、シリアでのコミットメントの重大さを勘案すれば、如何に大きな無駄づかいかが、理解されようというものである。

(2018・11・30記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

2018年11月30日

・菊地大司教の日記㊳海外からの働き手と人間の尊厳…小金井教会で堅信式

11月27日

海外からの働き手と人間の尊厳

 いわゆる入管法の改正が国会で論議され、その審議のプロセスがあまりに拙速だと、この数日間ニュースでも取り上げられています。

 常日頃から、キリスト教の信仰の立場に立って、人間の尊厳を語る者として、海外からの働き手をより多く導入しようとする政策に、無関心でいることはできません。

 毎日曜日の教会の現実を見れば、そこには日本人の信徒とともに、海外から来られた信徒の方が多くおられ、近年は特にアジア諸国からの若い信徒の方々が急増していることを実感いたします。

 キリスト者の立場からは、同じ神を信じ、同じイエスをキリストと信じる兄弟姉妹は、国境を越えて一つの共同体を形作る大切な仲間です。その仲間たちには、様々な歴史的背景があり、来日の事情もそれぞれ異なっています。留学生やビジネス、または結婚などで来日された方も多いとはいえ、今特に増加しているのは、いわゆる技能実習生として来日された若者たちです。

 確かに、『人口の大きな塊である「団塊の世代」は2022年に後期高齢者(75歳)に達し、嘱託などとして働いていた職場からの「引退」が本格化し始めるとみられる。そうなると65歳以上の就業者数の増加はそろそろ見込めなくなってくる。つまり、人手不足はこれから「本番」を迎える』ことは間違いがなく、日本の社会は極端な人手不足に直面することは間違いがありません(日経ビジネス10月26日)

 それを見越して、必要な労働力を確保しなければならないと考えることは、政府にとっては当然の責務であると思います。しかし、「いわゆる移民政策は採らない」という方針を明示するがあまり、ともすれば海外からやってこられる働き手を、一人ひとりの人間としてではなく、抽象的な「労働力」として見てしまう傾向も感じられます。

 人間の生命は、神がご自分の似姿として創造されたが故に、一人ひとりに人間の尊厳があると信じている私たちキリスト者は、神がそのいつくしみをもってひとりたりとも忘れることなく、一人ひとりの名前を手のひらに刻みこむほどに(イザヤ書49章)すべてのいのちをいつくしまれているとも信じています。

 そう信じるとき、ニュースなどから報道されてくる、いわゆる技能実習生の方々の置かれた過酷な労働現場の現実や、ともすれば奴隷労働のような取り扱い、そして実際に教会で出会う海外から来られた方々の実情を目の当たりにして、心の底から悲しみを感じざるを得ません。

 教皇フランシスコは「排除されても良い人は誰ひとりいない、忘れ去られて良い人は誰ひとりいない」と説かれ、「無関心のグローバル化」に警鐘を鳴らされています。それは、キリストを信じる仲間だけに向けられているのではなく、思想や信条にかかわらず、神が創造されたすべての生命に対して向けられた言葉です。ですから教会は、キリスト者だけにではなく、すべての人の悲しみと苦しみに対して関心を持っています。

 将来に向けて日本における労働力の確保を考えるとき、どうか、どうか、海外から来られる働き手は、ひとりの大切な人間であることを、尊厳を持った存在であることを、神が愛され、慈しまれて、大切にされている生命であることを、忘れないでいただきたい。人間の尊厳を、守り抜く道を整えていただきたい。私たちは、それを常に心にとめておきたい、と思います。

 残念ながら、すべての人が満足する方法は、どの分野でも実際には存在しないのかも知れません。しかし、この大切な兄弟姉妹を、十把ひとからげに、抽象的な『労働力』と見なしてしまうことのないように、心から願います。

 そして教会は、教会として、人間の尊厳を奪い取られるような状況に追い込まれた兄弟姉妹に、常に寄り添い助け合う存在でありたいと思います。

11月25日 (日)

王であるキリスト・堅信式@小金井教会

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典礼暦の上で年間最後の主日となる「王であるキリストの主日」の本日、小金井教会でミサを捧げ、その中で9名の方が堅信の秘跡を受けられました。

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堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。これからも、福音を告げしらせるという使命に生きるキリスト者としての自覚を心に刻み、人生の歩みを進めてください。

 小金井教会の聖堂でミサを捧げることは、実は初めてではありませんでした。先日、聖ヨハネ修道会の総会があり、その開会のミサをこの聖堂でシスター方と捧げておりました。しかし小教区の皆さんとは今回が初めてです。

 小金井教会は、聖ヨハネ修道会が経営母体となる桜町病院の敷地の中にある教会です。設立の歴史的経緯から、一見すると病院の付属教会のように見えないこともありません。

 東京教区のホームページには、次のような歴史が掲載されています。

「小教区として設立される前に、長い前史がある。1939年に桜町病院が教区司祭戸塚文卿博士によって設立され、博士の帰天後、福音史家聖ヨハネ布教修道会に引き継がれた。この敷地内にあった聖堂に集う信者が増えたので、1975年に正式に吉祥寺小教区から分かれ、小金井小教区が誕生した。当初は府中墓地聖堂でもミサを毎週行っていたが、1990年、府中教会が小教区として独立、それ以降は小金井市を主な受持ち地域としている」

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また表の小金井街道を挟んで向かい側には、聖霊会のシスターたちの家もあります。

 ちなみに今夕、カテドラルで通夜が行われた東京教区司祭・藤岡神父様の最期も、この桜町病院のホスピス病棟でした。

 今日の堅信式のミサには、小教区管理者の加藤豊神父様をはじめ、小金井教会出身で今年叙階されたカルメル会員の志村神父様も参加してくださり、侍者デビューのかわいい二人もいて、盛大で荘厳なミサができたと思います。ミサ後には、地下のホールで祝賀の茶話会。

 堅信を受けられた皆様に、聖霊の護りと導きを祈ります。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(以上「司教の日記」より転載)

・Sr.石野の思い出あれこれ⑤洗礼の喜びと感動…そして修道院に惹かれていく

 洗礼は言葉で表現できない喜びと深い感動を私の心に刻んだ。

 教会が教える通り、全く新しい人になった気持がした。修道院でのお友達もたくさん増えた。中にはシスターになることを希望して修道院に入る人もいた。その都度修道会のことが話題に上る。わたしはそのような話は極力避けた。

 当時は「格子無き牢獄」とまで呼ばれた厳しい規則と禁欲に彩られた生活。しかも一回入ったら生涯出ることはできない。そのような生活に魅力を感じるどころか嫌気さえ感じていた。

 そんなある日、中央線のA駅の北側に新しい修道院が開設された、イタリア人のシスタ-が幾人かいらして云々ということを聴いた。よく調べてみると A 駅の南側にあるわが家から歩いて40分。交通網が今ほど発達していなかった当時30分、40分、50分くらい歩くのは当たり前のことだった。

 ある日、学校の帰りに興味本位でその修道院を訪れてみた。二階建ての日本家屋。玄関のチャイムを押すと出てきてわたしを迎え入れてくれたのはイタリア人のシスター。笑顔で挨拶はしたものの、その先が続かない。

 アメリカ経由で日本にいらしたというシスターは片言の英語を操り、わたしも学校で学んだ片言の英語をしゃべった。二人は知っている英語の単語を並べ、分からなくなると二人の間に置いた大きな英和-和英辞典の単語を探して指さす。「イエス、イエス」二人の会話はこうして成立した。

 けっこう意志の疎通が図れ、私はいつも満足して、その修道院を後にした。そして、近いという地理的条件もあって、この修道院にも時々訪れるようになった。

 シスターのやさしさ、とんちんかんな英語、意味が通じないで時々首を傾げ、辞書を何ページも繰りながら適当と思われる単語を探しあてる面白さ、そして通じて理解しあえた時の喜びと笑い。そんなこともこの修道院を訪ねる魅力の一つだった。

 何回も通っているうち、ある日、シスターがわたしに、「シスターになりたいですか?」と、単刀直入に尋ねていらしてわたしを驚かせた。即座に「 no!」と答えたわたしに、シスターはあれやこれやと、シスターの素晴らしさを説明してくる。

 シスター?修道生活?どう見たってわたしなんかにふさわしくない。そう思っているわたしにはそんな話は面白くなかった。かえってうるさく感じられた。

 でも一方好奇心が首を持ち上げ初めているのも感じていた。全く知らない世界のこと、夢にも考えたことのない生活のことを、シスターにしてみれば最低の英語と最高の熱意をもってわたしに告げようとしているのだ。その熱意には心動かされた。そして…「わたしがシスターになったら、もし修道院に入ったら」と、いつか知らないうちに、心の片隅で思うようになっていた。

 またあの話が出たら嫌やだからと、しばらく修道院を訪問するのを避けていたが、どうしても目に見えない引力がわたしを修道院の方に引き寄せるので、また通うようになった。

 辞書を使っての単語並べの英語も結構進歩した。勘違いしたり失敗したり、それでも真面目に修道生活についてなど話せるようにまでになった。

(続く)

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女、元バチカン放送日本語課記者兼アナウンサー)

2018年11月28日 | カテゴリー :

・Sr.岡のマリアの風㊱真ん中に置く「いのち」とは?

 真ん中に置く「いのち」とは?

 キリスト教の二千年の伝統。それをさらに超える、三千年以上、四千年といわれる、ユダヤ教の伝統が、なぜ、「これだけは譲れないもの」として、「いのち」そのものの尊厳を宣言し続けてきたのか?

 ユダヤ教・キリスト教の中心にある、「でも」、「もし」無しの、条件なしの「いのち」そのものの尊厳の土台は、旧約聖書の「モーセ五書」、特に創世記の始めの三章の中に凝縮されている、ということも出来るだろう。

 創世記の一章から三章には、物語の形式で、天地創造、人間の創造、人間の堕落、楽園からの追放が語られている。

 人間が「造られたもの」であり、「土」「地の塵」に過ぎないこと。しかし、造り主である神の「命の息」を吹き込まれたこと、つまり、神の息によって生かされていること。生き物の中で、人間だけが、「神の像(イメージ)」をもっていること。「自由」である神の本質を共有していること。

 神が、人間をご自分の「像(イメージ)」として造りながら、自身に「限界」を設けたこと―自由な者として造られた人間は、善を選んで幸福になることも、悪を選んで自らを滅ぼすことも出来る。神でさえ、ご自分が自由な者として造った人間の心に踏み込んで、強制することは出来ない―。

 旧約聖書の中で表される、ご自分の民に対する「神の怒り」とは、だから、憎しみではない。それは、幸福のために自由を与えられた人間が、その自由をもって悪を選び、自分で自分を滅ぼそうとしている人間に対する、神の激しい感情、pietas、全存在を震わせる苦悩である。「わたしはお前たちが死ぬのを望まない。善を選んで、生きよ」と、神は、ご自分の民に嘆願し続ける。

 ユダヤ教・キリスト教の伝統―四千年の伝統―は、神の言葉―聖書―に耳を傾け、思いめぐらしながら、「いのち」が、神の領域、神秘―人間の理論、知恵では計り知れないもの―であることを理解してきた。詩編作家たちは、神は「善― まったく善い方―」であり、ご自分が造られたものを、何一つ厭わない。神は、造られた一つ一つのものをいとおしむ。…とうたう。

 一つ一つの命には、託された唯一の使命、意味がある。すべての人々の救い―ご自分の永遠の命に入り、その命を共有すること―を望む神の、救いの計画の中で、一人一人には、その人にしか果たせない、使命を預かっている。どんな状況の中でも。そしてその使命を、わたしたちは、この地上では、完全に理解することは出来ない。わたしの「いのち」は、神の領域、神秘だから。

 わたしたちの信仰の先輩者たちは、三千年、四千年にわたって、この、神が土の塵から形づくり、ご自分の息を吹き入れた「いのち」、一つ一つのいのちを大切にするために、守るために、時に声を上げ、命を軽視する「死の文化」に対抗して闘い、自らの命さえ差し出してきた。

 アウシュビッツの後に、神はいるのか?という問いかけに、ある現代ユダヤ教のラビ(先生)は、はっきりと答えている。

 「アウシュビッツの後に、神はいる。あらゆることにかかわらず、わたしたち、ユダヤ人たちは、神を信じることを止めなかった。あわれみ深い神、ご自分の民に『わたしは、お前たちとともにいる』と約束した神を信じ続けてきた。それが、神はいる、という証拠だ」。

 最も「小さくされた者たち」に、ほほえみかけ、手を差し伸べ、歩み寄るとき、わたしたちは、わたしたちの中におられる神に「気づく」。わたしたちが、神の像(イメージ)で造られた者であり、土の塵に過ぎなくても、神の息で生かされていることに、気づく。

 教皇フランシスコは、「貧しい人々」-その中には、物質的に貧しい人々、障がいを負っている人々、尊厳を踏みにじられている女性、高齢者、子供たちが入っている―のために、わたしたちが、直接に、具体的に、何かの行動を起こすとき、わたしたちは、実は彼らが、貧しい人々が、わたしたちに多くのことを教えてくれる、ということに気づく、と言っている。

 「貧しい人々」に差し出すほほえみ、やさしい言葉は、わたしたちを解放させる。自分の心配事、利益ばかりを考えて閉じこもっているわたしたちの殻を破り、自由にしてくれる。わたしたちが、本当に「神の子」として、自由な者として造られていることに、気づかせてくれる。

 「いのち」の神秘は、だから、物語の中で、四千年の民の歩みの中で、わたしたち一人一人の歴史の中で、語り継がれていく。だから、「旅」。短い時間だけれど、この、いのちに触れる「旅」に、と。

         (2018年11月28日)(社会福祉法人「聖家族会」・障がい者福祉施設の全職員の集いのために)

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年11月28日 | カテゴリー :

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑯ハーフェズの詩句に回復の力を得た

 引き続き、筆者の心を打つハーフェズの詩である。

 「心よ 一瞬たりとも恋と陶酔を忘れてはならない かくして消滅と存在からの救いを求めよ もし偶像(美女)を見つけたら真剣に求めよ いかなる偶像であれ自らをあがめるよりはまし 弱くとも力なくとも北東風のように楽しくやろう 道を行くもの(修道者)にとって 病気であることは健康であるよりもまし 道を行くものにとってうぶであるのは不信者に同じ まさに幸せへの道は賢さ巧みさが肝要 知識や学問に頼る限り(神の)智徳は得られない

 汝に一つだけ言っておこう 自らを救うために自らをあがめてはならない 恋人(神の表象)の足下にとどまり この世の出来事に煩わされてはならない

 そんなことをすれば誇りの頂点から地の底に落ちる とげは痛いが(同じ木の)花は補って余りある 葡萄酒の苦さは我慢しよう 心地よき陶酔が待っているから (陰で)ちょびちょび葡萄酒に飲みふける修道者よ ハーフェズに大酒を控えろと 短い裾の衣をまとった者(修道者)よ いつまで高慢でい続けるのか」。

 健康であれば、人生とは、死とは、人生如何に生くべきかなどはあまり思うこともない。若いときはともかく、社会人ともなれば、いずれいつかは考えなければならない問題とは思っても、とりあえずは先送りである。病気は、そうした自分に一考を促す。

 筆者は、2015年5月突然脳梗塞に襲われ、長いリハビリ期間を含め半年にわたり入院生活を余儀なくされた。上記のハーフェズの詩句はじんと迫ってきた。

 病気を患って健康のありがたみが初めてわかるとはよく言われることであるが、筆者にとって健康の有り難味が身に染みて感じられた体験であった。いろいろ想いをめぐらす日々であった。この断片を含む詩句を、ハーフェズの意図に位置付けて読み直せば、筆者の状況とは基本的に異なるが、筆者の実感に重なる部分もありそうである。

 イスラーム神秘主義の修行を通じて、神の愛への道、すなわち神との融合を目指すのは、ハーフェズの人生そのものであり、それがあるべき生き方と信じている。それこそが最高の楽しみであり、生や死の恐怖を乗り越える道だからである。

 その修道の実践の要諦は自己滅却であり、修行の大敵は自分自身となる。現代の言葉でいえば、自我であり、自らを貴しとする傲慢である。神ではなく、自らを敬うくらいなら、自分以外のものなら何であれ偶像(美女)であってもその方がまし、とまで言って自我の跋扈を警戒している。

 一瞬たりとも自戒を怠れば、自我が頭をもたげるのである。謙虚さが失われる。障害(病気)が生じなければなおさらそうである。健康であれば、俗世の利益や快楽、さらには栄誉に惑わされかねない。病気こそ却ってそうした謙虚さをもたらす助けになる。

 神への恋における修道にあっては、同時に、賢く巧みに振る舞うことも必須である。賢く巧みに振舞うことは、自らを崇めることにも通じかねないが、あくまで神への恋を実現するためにである。

 神との融和は、知識や書物によって体得できるわけではなく、修行を通じてのみ可能になる。己を崇めるな。修行は厳しくも苦しいものであるが、痛いとげも美しい花も同じ幹に生じるものであり、また葡萄酒の苦さもその後の陶酔のためであり、苦しみと陶酔は紙一重である。どんなに苦しくとも、修行の努力は一瞬一瞬、しかも一生、続けなければならない。そうした道を放棄すれば、直ちに奈落の底へ転落である。人生を迷うことになり、後で後悔しても遅い。

 それにしても、(ハーフェズにとって)我慢ならないのは、修道の師や同輩たちである。かっこよく表では道や徳を説き、ハーフェズは大酒飲みと非難するが、陰に回ればブドウ酒をちょびちょびやっている(イスラームでアルコールは禁止)。これは賢くもなく巧みでもない。ただの偽善である。

 最後の行との関連で、ハーフェズは大酒飲みとも噂されたが、ハーフェズと葡萄酒との関係は、すでに論じた。北東風(サバー)は草木を弱々しく震わせて吹く風、その故ペルシャ文学では病人にたとえられる。

 最後に付け加えれば、地方の大学で宿泊中に倒れた筆者は、誰も知らない地域の病院に緊急入院となったが、脳梗塞と(併発した肺炎による)高熱にうなされながらも、入院の直後には日ごろ暗唱していたハーフェズの詩句を思い起こすことができ、入院の毎日にもハーフェズの詩の断片を暗唱し続けた。そのことが回復の大きな自信となったのは本当に幸運であった。

 (詩の翻訳は筆者)

(駒野欽一=元イラン大使)

・菊地大司教の日記㊲東京国際カトリック青年の集い・2019年の主日の予定

(菊地功・東京大司教の「司教の日記」より)

2019年の主日の予定

 来年2019年の復活祭以降、日曜日の教会訪問などの予定についてお問い合わせを頂いております。今の段階ですでに予定されている2019年1月から12月の日曜の小教区などの訪問予定を、ご参考までに記載いたします。
  • 1月20日 一致祈祷集会小金井教会
  • 1月27日 碑文谷教会
  • 2月3日 本所教会 ベトナム共同体
  • 2月10日 新庄教会
  • 2月24日 八王子教会
  • 3月10日 一粒会総会
  • 3月17日 新潟教会
  • 3月24日 北町教会
  • 3月31日 茂原教会
  • 4月28日 千葉中央宣教協力体
  • 5月5日 フランシスカン・チャペルセンター
  • 5月12日 世界召命祈願日
  • 5月19日 フランス語共同体
  • 5月26日 国際カリタス総会
  • 6月2日 成城教会
  • 6月9日 聖霊降臨・合同堅信式
  • 6月16日 吉祥寺教会
  • 6月23日 築地教会、イグナチオ教会
  • 6月30日 豊四季教会
  • 7月7日 赤羽教会
  • 7月21日 高円寺教会
  • 8月18日 新潟教区
  • 8月25日 宮古教会
  • 9月1日 日本カトリック教育学会講演
  • 9月8日 徳田教会
  • 9月15日 聖体奉仕会
  • 9月22日 葛西教会
  • 9月29日 青梅教会
  • 10月6日 あきるの教会
  • 10月13日 巡礼
  • 10月20日 新潟教会
  • 10月27日 大森教会
  • 11月3日 合同追悼ミサ
  • 11月17日 豊島教会

2018年11月19日 (月)

東京国際カトリック青年の集い@関口教会

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 東京教区の国際センター(CTIC)と主に海外出身の青年心とのグループが一緒に、東京国際青年の集い(TICYG: Tokyo International Catholic Youth Gathering)を東京カテドラルのケルンホールで11月18日の日曜日に開催し、15カ国出身の青年信徒が160名以上参加してくれました。

午前中から集まった青年たちは、自分たちのコアグループの作成したプログラムに従い、7つのステージをクリアするグループゲームや、互いの分かち合い、それぞれの文化からの歌やダンスの披露などの交わりの時間を過ごし、最後に午後5時から、ケルンホールでミサを捧げ、一日の活動を締めくくりました。ミサは私が司式し、国際センター所長の高木神父、関口教会の西川神父、真境名神父が共同司式。

今の日本には様々な国からやってきた人たちや、様々な国を背景に日本で生まれ育った方々が多くおられ、その中には信徒の青年たちも少なくありません。文化の違いや言葉の違いもあり、なかなか一緒になって一つのキリストの体を作っているのだという意識を持ちきれていないと感じます。お客さん的な扱いも、時に見受けられます。

そんな中で、同じキリストにおける兄弟姉妹としてともに歩んでいくためには、互いを知り合うことが重要です。それぞれが抱えているそれぞれの人生の物語を、互いに分かち合うところから、互いの理解が始まり、支え合うことにつながることでしょう。

その意味で、今回の集まりは、海外をベースに持つ青年たちだけではなく、日本人の青年も多く参加したことには、大きな意味があると思います。プログラムの企画も、日本人を含むさまざまな文化的背景を持った人が集まって行いました。

Ticyg1807 そして、私にとって一番重要だと感じたのは、その地の言葉で、つまり日本語でのミサが締めくくりのミサで会ったことです。プログラム中のアナウンスや語りは、すべて英語と日本語で行われました。ミサの私の説教も、日本語と英語でしたが、ミサ自体は日本語。生活の基盤のある国の言葉でのミサで一致することには、一緒になって一つの体を作り上げる道にとって大切なことです。

もちろん司牧的な配慮として、それぞれの言葉でのミサや霊的生活は否定しませんし、必要であると思います。しかしそこだけに留まっていては、一つの体はできません。やはりそこを前提にした上で、基盤のあるその地の言葉での交わりと祈りは、重要です。

これからも、さらにこの輪を広げて、大きなキリストの体を育て上げていってください。

2018年11月23日

・菊地大司教の日記㊱東京教区青年の合宿、合同追悼ミサ、1日で60歳に 

*2018年11月 5日 (月)

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 東京教区の青年たちの合宿、「mass mass 楽しい」が、11月3日と4日、イエスのカリタス会管区本部を会場に行われ、60名を超える青年たちが参加しました。主催は東京教区の青少年委員会。そのホームページには、今回の目的が次のように記されていました。Youthc1802_2

「神様のもとで、同年代の若者が集うこと。それが第一の目的です。 共に学び、語り合い、食事をし、ミサを受ける中で、仲間の広がりを大事にします。 そして、ミサについて少しでも知って考えてもらうこと。ミサに関して、分かっている / 分かっていない ひとまず置いておいて、ひとつひとつ大事な基本要素を学んでいきます。ミサの中で行われることひとつひとつに意味があって、それぞれに思いがあります。 ただ学ぶばかりではなく、ミサについて考え、若者によるミサを作ることを目的にします。ミサについて、たくさん知っている人は、もっと深めるために、まったく知らない人は、この機会にちょっぴり知るために、興味ない人も、楽しさを見つけ出すために、単純に、仲間と楽しく過ごすために、ぜMemorial1806ひ、この青年合宿参加してみてください」

というわけで「mass mass 楽しい」をテーマに、参加者は典礼について真剣に学び、いくつかのグループに分かれて意見を交わし、私たちの信仰の中心にある聖体祭儀への理解を深めたようです。

わたしは二日目の10時から行われたミサを、司式させていただきました。事前にしっかりと学んだこともあり、よく準備され、また積極的に参加する、良い典礼であったと思います。修道院のシスター方も一緒に参加してくださいました。準備したリーダーたちに感謝。もっとこの輪が広がりますように。

そして、同じ11月4日。11月は死者の月です。11月最初の日曜日に、府中と五日市のそれぞれの教区墓地と、納骨堂のある関口で、合同追悼ミサが行われています。関口の納骨堂にご親戚やご家族が眠っておられる方々を中心に、多くの方がミサに参加され、亡くなられた方々の永遠の安息を祈るとともに、地上の教会と天上の教会の交わりを心にとめ、互いに祈り合うことの大切さを再確認しました。の日曜日午後2時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、合同追悼ミサを執り行いました。

復活の主を信じる者にとって、死は終わりではなく永遠のいのちへの門です。私たちは、目に見えるこの世の生活だけで、すべてが完結するものではないことを信じています。常に、永遠のいのちへの希望のうちに生きています。

ミサの奉献では、亡くなられた方々を追悼して記入された名簿が奉納されました。またミサ後には、地下の納骨堂へ移り、祈りが捧げられました。亡くなられた方々の、永遠の安息を、心からお祈りいたします。

*11月1日(木)60歳となりました

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11月1日は、私の60歳の誕生日でありました。多くの方々からお祝いの言葉やお祈りをいただいたことに、心から感謝申し上げます。これまでも多くの方々のお祈りによる支えをいただき、司教職をなんとか務めることができまし た。

健康が許すならば、司教職の定年は75歳ですので、まだ15年も先があることになります。どうか皆様のお祈りによる支えをいただきますように、心からお願い申し上げます。お一人お一人に、御礼を申し上げることが適いませんので、この場を借りて、感謝申し上げます。

還暦ですから、何か赤いものを身につけるのが慣例ですが、先般行われた東京教区の司祭研修会では、伝統的な還暦の衣装をいただきました。その写真は、白黒ですが、教区ニュースの最新号に掲載されています。

カリタスジャパンのチームからは、10月末に行われた全国担当者会議の懇親会で、Share the Journeyキャンペーン(日本では排除ゼロキャンペーン)のTシャツを、記念にいただきました。もちろん赤色のTシャツです。

そこでもお祝いのケーキをいただきましたが、日曜日のイエスのカリタス会管区本部で行われていた教区の青年の集まりでも、ミサの後の振り返りの集まりで、お祝いのケーキをいただきました。配慮してくださった青年のリーダーたちに感謝します。(写真上)

これからも、職務に忠実で、そして懸命に使命を果たしていくことができるように、皆様の変わらぬお祈りをお願いいたします。

感謝のうちに。

2018年11月6日